ラブ・レター
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この季節の風は何処か生温く、上着のいらない夜が夏の訪れを知らせていた。
だが、白石は練習着の上着を手に掛けて宿舎を飛び出した。自分の為ではなく…彼女が寒がらない為に。
何面もあるコートの周りを行き来して、隅のベンチに漸くその小さな背中を見付けた。
「りんちゃん」と愛おしい名を呼ぶと、2つに結った髪がふわりと揺れる。
『…っ白石さん、』
白「髪型、戻したん?」
「どっちもかわええけどな」と付け足すことを忘れない。
正直、もう少しポニーテール姿のりんを拝みた…見たかったが、あんまり可愛すぎても心配事が増えるだけなのは目に見えている。(今だって天使のように愛らしいのに…)
正直な感想を述べる白石に顔を赤く染め、りんは恥ずかしそうに目を伏せた。
『…き、急に呼び出しちゃってすみません』
白「ううん。俺も、りんちゃんに会いたいって思ってたし」
「寒ない?」とりんの華奢な肩に上着を掛けて、自分はその隣に座った。
白石のこの言動は天然なものだとりんは知っているので、せっせと掛けられた上着に袖を通す。
すると、全身白石の匂いに包まれているような感覚になり…目がくらくらとしてきた。
白「え、もしかして臭い?洗ったばっかなんやけど…」
『!いえ、そんなことないです…っ』
寧ろ、練習直後の上着だとしても全然嫌ではない。
何しろりんは洗濯物を預かった際、周りに誰もいないことを確認しながら、白石の練習着をぎゅっと抱き締めたことがあるのだ。
それも、たまにではなくしょっちゅうで……
『(こんなこと白石さんが知ったら、絶対絶対引かれるもん…)』
白石の汗の匂いも好きだなんて知られたら、確実に変態だと思われる自信がある。
りんは意識しないように、なるべく自分の足元を見つめて話すことに決めた。
白「…それで?何があったん?」
その声音は柔らかで、くすぐったい程に優しく響いて。
何処か思い詰めた表情をしていたりんは、膝に置いていた掌をきゅっと握る。
『ま、前に話した、友達のことなんですけど……』
白「うん」
その時のことを1つ1つ思い出しながら、話していった。
***
寿葉が後ろ手に持っていた手紙を差し出してから、りんはドキドキと鳴り止まない鼓動を感じていた。
それが忍足の手に渡った瞬間、「こ、ここで読んで欲しい…!」と寿葉が懇願する。
忍&不「「『(ここで…!!?』」」
これには全員が驚きの声を上げた。(※心の中で)
忍足は本当に良いのだろうか、と疑いながら前を見据える。
さっきから寿葉と一度も視線が合わないので、きっとそれを話すことさえ精一杯なのだろう。
忍「…それじゃあ、読ませて貰うで」
「(コクコクッ///)」
キャラクターが描かれた封筒を捲りながら、こんなの初めてやなぁと思う。
あの跡部でさえも、目の前で手紙を読み、答えを要求されたことはなさそうだ。
そして忍足が読んでいる間、息を殺して時を待つりんと不二。
不「(…僕ら、ここにいていいのかな)」
人様の大事な場面を盗み見する罪悪感と、好奇心が不二を惑わせていた。
りんはりんで、忍足が前を向いただけだというのに、寿葉と一緒になってビクッと身体を浮かせている。
忍「えっと…手紙ありがとう。そんな風に言うて貰えて嬉しいわ」
寿「!」
その言葉が嬉しかったのも一瞬で、「…でも、ごめんな」と静かに続く。
忍「今は合宿で残ることに精一杯やねん。せやから……それは出来ひん」
その時、今まで合わなかった視線が初めて合った。
忍足の姿を映していた瞳が悲しげに潤み、だっとその場を去って行く。
不「………りんちゃん、」
不二の声は、ただ彼女が去って行った方を見つめ続けるりんに届いていなかった。
***
全て話し終えたりんは、じわりと知らぬ間に涙を溜めていた。
『わ、私があんなこと提案しちゃったから…』
本当に、心から応援したいと思った。
氷帝に入って、忍足さんに会いたかったから
~~~っそこまで言うなら、書いてもいい
恋をする寿葉が可愛くて、実って欲しいと願ってしまった。
だからといって、強引に考えを押し付けて良い訳じゃなかったのに。
『…っあんなこと言わなければ、傷付くことはなかったのに』
ポロリ、と一筋の涙が溢れた時…「すとっぷ!」と隣から明るい声がした。
驚きで涙を引っ込めるりんに、白石はニッコリと笑う。
白「りんちゃん、ちょっとだけ相手してくれへん?」
『…ふぇ?』
思わず間の抜けた返事をしてしまうりんの手を取って、白石は立ち上がった。
白「へぇ…上手いやないか」
『そうですか?』
褒められたことが嬉しく、りんは頬を染めてはにかむ。
すっかり日は落ち、月明かりと宿舎の周りを照らす電気だけを頼りに、2人はラリーを繰り返していた。
白石は手加減をしてくれているだろうが、やはりスピードも威力もりんとは全然違う。
『ラケット、勝手に使っちゃっていいんですかね…』
白「見つかったら怒られるかもしれへんなぁ」
ははっと笑いながら打球を返す白石に、2人一緒なら怒られてもいいかもしれない、とりんは思ってしまう。
コート傍に誰かが置いていったラケットを見付けて、白石がテニスに誘ったのが数分前。
2人でこんな風に打ち合うことは初めてだったので……りんは内心とても嬉しかった。
白「…さっきの話やけど、」
『………っ』
打球を返しながら、りんの肩がビクッと震えた。
白「その子は、りんちゃんに応援して貰って嬉しかったと思う」
白石が返した球がネットに引っ掛かると、「やってもうた」と苦笑いが溢れる。
足を止めてこちらを見つめるりんに気付いて、ふっと表情を和らげた。
「それにな」と囁く声は、2人だけの空間に大きく響き渡っていた。
白「友達の為に一生懸命になれるりんちゃん、ほんまにかっこええで」
「何や…惚れ直してもうた」と照れたように笑う。
しん、と静かな空気に居たたまれなくなった白石は前を見ると、ポロポロと止めどなく涙を流すりんがいた。
思わずギョッと目を見開き、「りんちゃん!?」と慌ててネットを跨ぐ。
白「ど、どないしたん?どっか痛いん??」
『……っ違います……白石さんが、優しいから……っっ』
白「??」
ポロポロと大きな瞳から涙を流すりんに動揺していた白石だったが、やがて肩を落とす。
「あーもー…」と小さい子をあやすように中腰になり、自分の袖でその涙を拭った。
白「言うとくけど、りんちゃん悪くあらへんからな?手紙って提案したの俺やし」
『!白石さんのせいじゃないです…っあの時、真剣に答えてくれて嬉しかったです』
白「(…ほんま優しいなぁ、この子)」
いくら友達だからといっても、ここまで他人の為に傷付き、涙を流せるだろうか。
優しくて不器用なりんをぎゅっと抱き締め、甘やかしたいと思ったことは数え切れない。
それでも、今触れてしまえば……きっと止まらなくなる。
白「(…ごめんな、りんちゃん)」
ロビーで相談をされた時、りんが甘えようとしてくれたことには気付いていた。
でも、りんを見ると感情が込み上げてきて、それを抑えることが辛い。
手を繋いだり、抱き締めたり、キスをしたり。それだけじゃ足りない自分に気付いてしまったから……
抱き締める代わりに指で涙を拭っていた白石は、ふと、りんが心地良さそうに目を瞑っていたことに気付く。
思わず掌で包むように頬を撫でてしまうと、すり…と自らその体温を求めてきて。
白「(!これ……アカン、)」
慌ててバッと引っ込めようとする白石の手を、りんの小さな手が掴んだ。
中腰になっていた為に、2人の距離に差はない。りんの顔が一瞬にして近付き…白石の唇を柔らかいものが覆った。
白「……………………………?え」
一瞬何が起きたのかわからず、只々呆然と固まる。
思考がまとまらない頭でもわかるのは、りんが再び涙を溜め、顔を真っ赤に染めて自分を見つめているということ。
『……っ何で触ってくれないんですか……?私は……白石さんに、触りたいです……っ』
『こんな風に思っちゃうの……私だけですか?』
同じ姿勢のまま立ち尽くす白石のポケットに何かを入れて、りんはだーっと宿舎に駆けて行ってしまった。
取り残された白石が、程なくして沸騰しそうなくらい顔を赤く染めるとも知らず。
白「(~~~~っな、何や!?今の!!///)」
大天使なのか小悪魔なのか。そんなのは最早どっちでもいい。
りんが可愛い。可愛くて可愛くてどうしようもない。
今なら間違いなく「お前…語彙力どうしたんや」と謙也あたりに遠い目をされながら言われるだろうが、しょうがない。
募る想いをどうすることも出来ずに、白石は自分を落ち着かせようと壁に背を付ける。
その時、カサッと音を立てたポケットに気付いて、手を入れた。
白「?」
桜が描かれた綺麗な封筒。不思議に思いながら中を開けてみると……りんの字で"白石さんへ"と綴られていた。
一読し終えて、気付いた。これは間違いなくラブレターだ。
白「……ほんま、まだ可愛いことするん?」
へなへなとその場に座り込み、手紙を顔の上に持っていく。
これ以上の可愛い過多が起きれば、自分は溶けてなくなってしまうのではないか。
今すぐにりんの元へ飛んで行って、自分も同じ気持ちであると伝えたい。
この文章を一生懸命考えたりんを愛おしく思い、並べられた文字に口付けを落とした。
***
白石が上機嫌で寮に戻ると、妹ではなく兄のリョーマと鉢合わせした。
リョ「白石さん、自主練ですか?」
白「あ…まぁそんな感じや。越前くんはまだ寝ないん?」
リョ「遠山と今まで試験勉強してたんで」
ふぁ、と短い欠伸をするリョーマに、「お疲れさん」と思わず口から出てしまう。
白「金ちゃんと仲良くしてくれて、おおきに」
リョ「…別に。同じ部屋だし、勉強見てくれってうるさいから」
そんなことを言いつつも、この合宿で2人の絆が更に深まったことは知っている。
白石は微笑みながらリョーマを見ていると、彼のポケットから何かが落ちそうになっていることに気付いた。
白「越前くん、何か落ちそうやで」
リョ「?」
リョーマが"それ"を手に取った瞬間……視界が歪んでいく気がした。
白「…………それって、」
それは、自分がりんから貰ったものと同じ封筒だった。
白「…………っ」
"大好き"だと綴られた文字は、リョーマの手紙にもあるのだろうか。
弱音を吐いてくれたこと。自分からキスをしてくれたこと。色んな形で気持ちを伝えてくれたこと。
その全部が……自分だけのものだと。
自分だけのものだと、信じていたのに。
白「……越前くん、」
白石の表情からは笑顔が消え、感情の読み取れない瞳が射抜くようにリョーマを見つめていた。
白「ちょっと…話さへんか?」
好きという感情は、どうしてこんなに息苦しいのだろう。