甘いあまい。
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夜、宿舎の周りを歩いていたりんの頭に、ゴッと何かが当たった。
コロコロ転がるテニスボールを見て、反射的に振り向けば…何食わぬ顔で「ん」と片手を上げる財前がいた。
『…財前さん、普通に話し掛けて下さい…何もテニスボール当てなくたってっ』
財「別に当ててへんけど。たまたま投げたら、たまたまりんが前に来たんや」
『(絶対嘘だ…!)』
しれっと良くわからない言い訳をする財前を、キッと睨み付けるりん。
財「…何やその顔。全然怖くないわ」
『!!』
ガン!と衝撃を受け、自然と涙目になっていた。
対する財前はコロコロ変わるりんの表情を楽しむかのように、口角をつり上げる。
りんはそんな彼を悔しく思いながら見上げていると、「おーい!」と別の声が聞こえた。
『!原さん、こんばんは』
原「なんや~ハラテツでええで?」
『はい。ハラテツさんっ』
ブンブン手を振りながらやって来たのは、四天宝寺の元部長…原哲也。
素直に愛称で呼べば、原は満足気に笑った。
原「財前やん!元気でやっとるか?」
財「…はぁ、まぁ。」
原「…相変わらずクールなやっちゃなぁ。ええか?お前も四天宝寺ならなぁ、「元気すぎて夜も眠れないくらいですー」くらい言えや!」
財「ゲンキスギテヨルモネムレナイクライデスー」
原「めっちゃ片言やないかい!しかも棒読みにも程があるわ!」
表情を変えず話す財前に、原はすかさずツッコミを入れる。
いいコンビだなぁとりんは心の中で客観的な感想を述べていると、「そや!2人共今ヒマか?」と原が尋ねた。
財「まぁ。こいつ虐めるのにも飽きてきたし…」
『(今虐めって言った…!)は、はい!暇です!』
原「おお!ほんま?」
ボソッと財前の口からとんでもない言葉が飛び出たのは、気のせいだろうか。
また2人きりになればテニスボールをぶつけられるかもしれない…という恐怖にかられ、りんは勢いよく答えていた。
原「ほんなら、ちょっと付きおうてや」
『?』
ニコッと意味深に笑う原に、りんと財前は同時に首を傾げた。
連れて来られたのは……寮から少し離れた場所にある、レストラン棟。
普段使っている食堂の奥に扉があり、原は何食わぬ顔で進んでいった。
薄暗い空間に怯え、ぎゅっと目を閉じて「しょうがないな」とリョーマが手を繋いでくれる妄想を始めるりん。
キラキラと輝く兄のお陰(※大分美化されています)ですっかり恐怖心は消えたが、「着いたで~」と緩やかな声にハッと現実に引き戻された。
原「とーちゃくしたでぇ!バーラウンジへようこそ~!」
一際大きな扉を開けると、ワインやテキーラ、日本酒や焼酎など、様々なお酒がずらりと並んである棚がすぐに視界に映った。
テーブル席もあるが、長いカウンターが一層バーの雰囲気を際立たせている。
煌びやかなシャンデリアの眩しさに、目がチカチカしてくるりん。
原「ここは職員専用のバーでな、普段はたどり着くまでに厳重なトラップが仕掛けてあるんやで」
何故そんな場所に彼が来れるのか…という質問をしなかったのは、「黒部コーチが、OBが入る許可を出してくれとるんや」との説明があったからだ。
原「まーお酒は一滴も飲まして貰えへんけどな」
そう言って苦笑する原は、バーのマスターらしき人にグラスを貰う。
恐らく炭酸系のジュースか何かなのだろう。
財「…そんな場所に俺らが来ていいんスか?」
原「ま、大丈夫やろ~」
財「『(軽………)』」
色々な不安を残しつつも、りんと財前は取り敢えずカウンターの前に座ることにした。
マスターが置いてくれたグラスに口を付けるりんを見て、「たくさん飲みや!黒部コーチの奢りやから」と原はニッコリ笑った。
『(それ、逆に飲めません…!)』
原「んじゃ、かんぱーい!!」
財「ぱーい」
財前の適応力の高さに驚きながらも、りんはおずおずとグラスを合わせた。
財「………で、寝とるし」
その20分後……カウンターに頭を付けて、すーすーと寝息を立て眠るりんがいた。
原「うさ公ってお酒弱いんやなぁ。チョコに入っとるアルコールで酔っ払うなんて」
原はりんの傍に置いてあったボンボンショコラを手に取り、口に運ぶ。
このチョコは、マスターが知人からお土産で貰ったものらしく、始めはりんも『美味しいです』と喜んで食べていた。
だが、その中身はラズベリージャムやオレンジピューレだけでなく、ウイスキーなどのお酒が含まれたものもあったのだ。
同じチョコを食べた財前と原の2人は何ともなかったが、りんの瞳はだんだんと熱を帯びていき……カクンと俯いた時には、もう遅かった。
「本当にすみません…ちゃんと確認してから出せば良かったですね」
原「ええですって!うさ公のこともちゃんと送り届けますし、」
ペコペコと何度も申し訳なさそうに頭を下げるマスターに、原は手を横に振った。
原「財前は強いんやな?」
財「んなことないスわ。大体、チョコで酔っ払うって…どんだけガキやねん」
原「…お前、今お酒弱い全人類に喧嘩売ったで?」
しれっと辛口発言をする財前に、だんだん心配になってくる原。
原「でも、俺はお前のこと気に入っとるで。大人になったら飲みに行こーや!」
財「嫌っスけど……もし行くなら謙也さんもついてきますよ、きっと」
原「(嫌っスけど!?)謙也どんだけ過保護やねん!別に取って食ったりせんって…」
自分の後輩はどれだけ過保護なんだ…と新たな心配事が追加される。
だが、財前はなんだかんだ皆に可愛がられているんだな、と嬉しくもなった。
キャラが濃い者が集まる四天宝寺を誇らしげに思い、何故か鼻を高くする原に、財前は首を傾げていた。
『……チョコ……おいし、です』
原「ははっうさ公寝言言っとる!」
財「…まだ食べとんのか」
ムニャ…と口元を動かしていると思ったら、夢の中でも食べているらしい。
財前はその無防備に動く頬が気になり、何となくぷに、と人差し指を押し付ける。
すると、りんがふにゃあと口元を緩めたので、不覚にもドキッと鼓動が鳴った。
原「何や、うさ公ってちっちゃい子みたいやなぁ。妹系っちゅーか」
財「…ただのガキっスわ」
原が笑いながら横を向くと、赤くなった顔を悟られぬよう、財前はぐいっとグラスの中のものを飲み干した。
しかし、原は既に何かを思い付いたような怪しい笑みを浮かべていた。
原「そんなガキが大好きな財前くんも、相当ガキちゃうか??」
ニヤニヤとだらしなく口元を緩める原を、ギギギ…と音が鳴りそうなほどゆっくり振り向いて見る財前。
顔には暗い影が掛かり、瞳孔をこれでもかと開く姿に、原は「(顔怖っっ!)」と心の中で怯えた。
財「ガキちゃいますけど」
原「大好きは否定しないんやな?」
財「~~~っ!!」
今度は隠し切れないほど、ボッと顔を赤く染める。
その新鮮な反応を見せられ、最初はからかってやるつもりだった原も、「えーと…」とだんだん悪いことをしている気分になってきて。
原「(相当こじらせとるんやろか……)」
謙也と財前のダブルスと戦って以来、色々と察してはいた。
謙也もりんを特別に意識しているみたいだし、ポーカーフェイスな財前も、りんを気に入っているとバレバレであったからだ。
うーんと掛ける言葉を選んでいると、「…ま、わかっとりますけど」と財前の声がポツリと聞こえた。
財「りんが俺のことを…そういう意味で好きじゃあらへんこと」
白石のことばかり考えるりんが気に入らず、キスをしていた。
最初は意識されているみたいだったが、すぐにまた、以前のように普通に会話をする仲に戻っていった。
変に避けられるよりましだと安心した反面、針が刺さったみたいに心が痛くなった。
"それ"が何を意味しているのかも、同時にわかってしまったから。
財「(……ほんまに男としては、見てもらえないんやな)」
白石の後輩、謙也のダブルスの相手、いつもからかってくる先輩。本音でぶつかりあえる友達。
想いの形は違くても、りんが自分を大事に想ってくれていることは知っている。
原「…何でそんな言い切るん?自分、うさ公と仲ええやん」
財「何でって…第一、こいつ白石部長にベタ惚れやし」
原「白石………え、ええええ!?白石!?」
ガタンッと驚きのあまり大声を上げて席を立つ原を、財前はうるさいと言わんばかりの顔で見つめた。
原は自分を落ち着かせる為に咳をした後、元の位置に戻る。
原「えっ何?もしかしてうさ公って、白石と付き合ってたりするん…?」
財「?はぁ、そうですけど」
原「(ほ、ほんまかぁ……)」
異様に取り乱す原を、財前は瞳を細めて見つめた。
原「いや~…クリスマス、うさ公に申し訳あらへんことしてもうたわ」
財「何のことっスか?」
原「白石をわざとシフトに入れて、イチャイチャ封じしてもうた」
財「あんた最低やな」
短期間ではあるが、原が働いているお店で、白石がアルバイトをしていたことがあった。
子供染みた理由で最低なことをしたにも関わらず、原は悪戯っ子のようにペロッと舌を出して済ませようとする。
一体謙也はこの人の何処を見て、すごいと尊敬しているのだろうか…と財前は不思議で仕方がなかった。
原「まー白石がライバルっちゅーのは、ちょお厳しいかもしれへんなぁ…あいつ普段は温厚やけど、絶対欲しいもんは何があっても譲らへん性格やし」
グラスに口を付けようとしていた財前は、ふと隣を見つめた。
ふざけた人だと思っていたが、部員のことはやはり良く知っている。
「…結構子供っぽいっスもんね」と同調すれば、「そうそう!」と原もケラケラと笑い出す。
原「昔っから生真面目やし、入部した頃なんかおもろいこと1つも言えへんかったんやで?
先輩の無茶振りによう困ってたわー」
財「部長は素で天然やから。無理に言おうとせんでも、そのままで十分おもろ……」
白石を褒めている自分が急に恥ずかしくなり、財前は口を閉じた。
結局は、部長としても人としても尊敬している先輩なのだ。
だが……どんなに憧れていようとも、この意見だけは譲れない。
財「…あんな変態なストーカー彼氏、俺が女やったら絶対嫌っスけどね」
原「(……ここまで言われるなんて、どんだけ重いねん白石……)」
真剣な顔で改めて言われるくらい、白石の愛情は重いのだろうか…いや、歪んでいるのだろうか。
せめて罪に問われることだけはしないで欲しいと願う原は、「あ、紅葉さんからメールや」と言う財前の声に、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
原「ちょ、ちょ!紅葉ちゃんなんて!?」
財「"元気でやっとるか?りんちゃんはあいつらのマネージャー上手くやれとる?"って」
原「何で財前にメールするん!?」
財「?ブログに写メアップしたんで、それ見たんやないですか?」
海堂の誕生日会の時に皆で撮った写真を、ブログにアップしていたのだ。
あの後、猫耳カチューシャを付けたりんの写真を白石に見せ、売ったりもしたが…メールが何だと言うのだろうか。
更に色々と聞き出そうとしてくる原を見て、財前は「(…ああ)」と察してしまった。
財「紅葉さん、美人っスもんね」
原「っただの美人やないで!?あの気取らへん明るくて優しい性格もひっくるめて、女神級の美人なんや!!」
財「(女神……)」
財前は、たった今女神となった紅葉の前に、跪く原を想像してみる。
一方、ライバルが出現したのかと焦りもした原だったが、「いや、こいつは可愛い系が好きみたいやし大丈夫か…」と自分を納得させていた。
原「…財前、よーく聞くんや。これだけは言っとくで」
財「(…急にキメ顔になった)」
突然キリッとした凛々しい顔付きになる原に合わせて、財前も少し姿勢を整える。
原「今、確かに2人は付き合っとる…この先もずっと一緒におるかもしれん」
財「…………」
原「…せやけどな、それは1つの道でしかない。うさ公も白石も別の人を好きになって、付き合って結婚して、子供が出来るかもしれん。
他の道に進む可能性なんて、ぎょーさんあるんや」
白石に聞かれたら確実に殺されるやろな…と思いながら、原は話を進めていく。
原「もしかしたらその相手が財前かもしれへんし、別の誰かを好きになって、うさ公以上に大切やって想える相手が出来るかもしれん。
何通りも道はあるんやで?」
財「……………」
原「せやから、俺が言いたいのは「そんなん当たり前やないですか」
ズバッと遮れば、「ええ話やったのに!!」と原の瞳に涙が溜まる。
財前はそんな原にある先輩の姿を重ねながら、やはり自分の周りには優しい人が多いな、と思っていた。
財「(……アホやけど)」
素直になれず、心の中で悪態をつくことしか出来ない。
それなのに頭をくしゃっと撫でてくるところも、太陽のような明るい笑みも、スピードスターを名乗る男ととても似ているのだった。