甘いあまい。
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ドクン、ドクンと鼓動が波打つ。
緊張がはしる中、跡部がガタンと座ったのがわかった。
『(しょ、正面……??)』
音の方向からして、正面か斜め前だろうか。
りんは冷や汗を流しながら寝たふりを続けていると、ペラッと本のページを捲る音が聞こえた。
どうやら、そのまま本を読み始めてしまったらしい。
『(ど、どうしよう……)』
今起きたふりをして、何事もなかったかのように振る舞おうか。
だが、不自然にしようものならきっと怪しまれるだろう。
りんはぐるぐる頭を働かせ、結局寝たふりを続けることにした。
ペラリと本のページを捲る音と、微かに吹く風が心地良い。
『(…なんか、ふわふわする)』
だんだんと睡魔が襲ってきて、本当に眠りそうだ。
うとうとしていたりんの頭に、ふわっと柔らかいものが触れた。
頭を撫でられている…とわかった瞬間、りんは不思議な感覚に陥った。
『(……この感じ、何だっけ………)』
ぼんやりと考え、前に自分が熱を出した時に、額に触れた感触を思い出す。
その感触と、とても似ているのだー…
ーりん、
ドクン、と鼓動が鳴る。
あの日も、夢を見ていた。リョーマと白石がいなくなり、真っ暗な空間に一人きりでいる夢を。
怖くて、怖くて、泣きたくても泣けなくて、ただ押し潰されそうな不安と戦っていた時……ふと、声がしたのだ。
夢の中で、いつも自分を救ってくれる声。
『(な、なんで……今………)』
何故今、思い出すのだろう。
ー跡部さんも、心配していた
ー何回か見舞いに行ってると思うが
そういえば、日吉がそんなことを言っていた。
いつお見舞いに来たのか覚えていなかったのは、自分が寝ていたから…?
それじゃあ、あの声は………
りんはどくどく鳴る鼓動を感じていると、ブーブーと携帯のバイブが鳴り響く。
頭を撫でていた手が離れ、代わりに跡部が電話に出る。
『(…っびっくりした……)』
りんは同じ体勢のまま、跡部が話す声を聞いていた。
ドイツ語で話しているので内容まではわからないが、その口調から仕事関係の話だと察する。
ガタンと席を立つ音と共に跡部の声が遠退いていくと、りんはゆっくりと目を開けた。
微かに残る熱を確かめるように、頭にそっと触れてみる。
『…緊張、した………』
へなへなと全身の力が抜けていき、りんは跡部が座っていた正面の椅子を見つめた。
ユ「イライライライラ」
財「……………」
ユ「イライライライラ」
財「………ユウジ先輩、イライラって口で言うもんちゃいます」
練習中、眉間に皺を寄せ、あからさまにイライラしている先輩に、財前は冷静にツッコミをいれた。
同じようにコート傍のベンチに腰掛けると、ユウジは初めて後輩の姿を瞳に映した。
ユ「…お前、うんざりせんのか?」
財「何をですか?」
ユ「あれや、あれ」
ユウジが指差す方を見ると、そこには謙也と話すりんがいた。
スコアボードを持ち、試合の結果でも報告しているのだろう。
いつの通りの光景だが、あきらかに違うものがあった。
『今の試合、後半からスピードが落ちていたので、体力強化が必要になるかと、』
謙「やっぱしなぁ。持久戦はどうしても苦手やねん」
『じゃあ、持久力アップも兼ねた練習メニューを考えておきますね』
謙「おおきに!助かるわ」
微笑むりん。
そのすぐ後ろに、背後霊のごとくぴったりくっ付く白石。
彼女の頭に自分の顎をのせて、後ろから抱き枕のようにぎゅーっと抱き締め……抱き付いている。
りんの動きに合わせて動き、何処までも付いて歩く白石は不気味で、相当異様な光景だ。
それなのに、何のツッコミもせず普通に会話している謙也も同じくらい変である。
ユ「謙也の奴…見えてないんか?」
財「……いや、謙也さんの顔見てください」
ユ「?」
謙也は見えていないのではない。見ないようにしているのだ。
白目をむき、自分は何も見ていない、何も感じていないと自己暗示をかけている。一種の「悟り」だ。
ユ「……あいつ、いっつも相談役になるからな」
財「よっぽど関わりたくないんスね」
思わずホロリと涙が出そうになるユウジ。
財前も謙也の精神状態には同情せざるを得なかった。
自分が人々にストレスを与えているとも知らず、白石はハートを飛ばしながらりんを堪能していた。
『…………あの、白石さん』
白「んー?」
『そろそろ、離れて下さい』
白「!?」
予想もしていなかった言葉に、ガーンと頭を鈍器で殴られるような衝撃を受ける。
白石の魂が抜けていくのを感じていても、りんは接し方を変えるつもりはない。
『白石さん、今は違くても部長なんですから。皆のお手本なんですよ?しっかりして下さい』
白「!せやけど今日試合ないし、りんちゃんとおりたいんやもん」
『っ!だとしてもです…っ試合ある人もいるんですからね』
プンプン怒るりんも可愛いと思ったが、伝えたら更に叱られそうだ。
白石はしゅんと落ち込み、そっと回していた腕をほどいた。
小「もう蔵リンったら~ほんまにりんちゃんが好きなんやからぁ」
一部始終を見ていた小春が近付き、ラケットの先をコツンと白石の腕に当てる。
「流石小春!ナイスタイミングや!」と思っている者が数人。
小「気持ちはわかるけど、りんちゃんが言うてることが正しい……」
小春はうんうんと頷きながらりんを見て、ハッと気付く。
動揺を悟られぬよう真剣な顔をしている分、胃に負担が掛かってしまったのか、きゅうう~と聞いたこともない音がりんのお腹から聞こえた。
白石が捨てられた子犬のような瞳でりんを見つめると、その音は更に強くなる。
小「蔵リーン!!?もうやめたげて…!!りんちゃんの胃が一大事やでぇ!!」
ギュギュギュギュと異様な音をたて始めたりんのお腹をさすって、本気で心配する小春。
白「?小春何でお腹さすって………ハッ妊、娠……?」
謙&ユ「「アホか!!!」」
ピン!と的外れなことを妄想する白石に、謙也とユウジがついにツッコんだ。
しかも、それを言う白石は何故か嬉しそうだ。
だが、白石がボケたことをきっかけに、ポーカーフェイスを貫いていたりんの顔がカァァと赤く染まっていった。
『そ、そんなわけ、ない、です……///』
「「「「「(……かわいい)」」」」」
口々に別のことを話していたのに、急に目を見開いて1つにまとまる。
どんな事態でも、皆は可愛いと思う心を持っているのだった。
「……少しいいだろうか?」
財「あ」
『!手塚部長、』
話し掛けるタイミングを見計らっていた手塚は、痺れを切らして声を出す。
傍で座っていた財前がいち早く気付くと、りんはだっと駆け寄っていた。
『どうしたんですか?』
手「こっちに四天宝寺のデータが紛れていてな、届けに来たんだが」
皆は手塚を見た瞬間、財前が持っていた猫耳姿の写真を思い出して、ぷくく…と一斉に笑いを堪える。
『ありがとうございます!』とお礼を述べるりんだけがいつも通りだった。
手塚はそんな周囲に首を傾げていると、近付いてきた白石にぽんっと肩に手を置かれた。
白「ナイスキャットやな、手塚くん」
手「何の話だ」
爽やかに言われても、手塚は何のことやらさっぱりだ。
首を捻りながらも、本来の目的である紙をりんに渡した。
『手塚部長、皆はどうですか??』
手「ああ、確実に力をつけている。だが油断は禁物だ。……りんもきちんと働いているか?」
『はい!』
ビシッと敬礼するりんに、「そうか」と口元を緩める手塚。
その時、仲睦まじい2人を見ていた白石の眉が、ピクッと動いた。
自分はあんなに冷たく返されたのに、何故手塚とは嬉しそうに話しているのだろうか。(※当たり前です)
子供っぽいヤキモチだとわかっていても、抑えることが出来ないのが白石だ。
白「手塚くん、うちのりんちゃんの為にわざわざありがとうな」
「うちの」を強調し、ニッコリと笑う。
皆も手塚がどう返すのかが気になり、そのやり取りを見つめていた。
手「…大したことない。それと、うちのりんがいつも世話になってすまない」
「礼を言う」と付け足す手塚は一見いつも通りであるが、ちゃっかり「うちの」と言い切っている。
それを聞いた白石の背後で、ぶわっと真っ黒い何かが飛び立った。
「「やるやないか手塚」」とユウジと謙也は感心し、小春は手塚の子供っぽいギャップに目をハート型にさせている。
財前に至っては、2人に挟まれるりんを含め、面白くなってきたと携帯を構え始めた。
白「…そや、手塚くん。終わったなら俺と試合せぇへんか?まだちゃんと戦ったことないやろ?」
手「…そうだな。空いているコートがあるならお願いしよう」
『(2人共、楽しそう…)』
その裏に隠された黒いものが見えないりんは、2人のやり取りを聞いて純粋に思った。
手塚との試合が決まり、何処か生き生きしている白石を見上げると、 心の奥が騒つく。
『(…さっきは、あんなにくっ付いてきたのに、)』
白石の興味は、もう別のところにある。
確かに、冷たく接したのは自分だ。
だが、皆もいるのに恥ずかしいという気持ちと、練習をきちんとして欲しいという願いがまざり、心を鬼にするしかなかったのだ。
大好きな手塚にこんな醜いことを思うなんて…と、りんは罪悪感から地面を見つめた。
財「…………?」
白石と手塚を撮っていた画面にりんを映して、財前は首を傾げた。