kiss
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*りんside*
春風にのって桜の花びらが舞う。
テニスコートの脇を抜けると、大きな桜の木が一本だけそびえる場所がある。
前に桜の花びらを辿って行き、見付けたお気に入りの場所だった。
アーチがあるベンチに腰掛け、ふぅと息を吐く。
真剣に持ってきた本に目を通していたけれど、ふとパタンと閉じた。
『(…………………私、何であんなこと言っちゃったんだろっっ///)』
思い出すだけでボッと顔が熱くなる。
……や………です、
自分からねだるような真似をして、あんな恥ずかしいこと……
あの後、走って行ったから練習は遅れずに済んだけど、2人一緒にいたことで皆に質問攻めされて。
小「蔵リンおっそいやないの~……ってりんちゃん!?顔真っ赤やでぇぇ!」
『ふぇ?』
結局、口だけじゃなくて、おでこも、瞼も頬も、鼻先も…全部キスされてしまった。
やめないでと懇願したのは私だけれど、流石に苦しくて死んじゃうかと思った。
小春さんに問い詰められる白石さんをチラリと見ると、偶然か視線が合う。
人差し指を立ててそっと唇に当てる姿に、また大きく鼓動が鳴った。
『(…最近、白石さん、え…エッチっぽいよ)』
見つめる瞳も熱が込められてて、捕らえられたように動けなくなる。
唇を拭う動作も、前髪が邪魔だと掻き上げるのも、何だか色っぽくて。
『(………あれ?)』
こんなこと考えるなんて、もしかして私……?
『へ、変態、なのかな……』
「りん?」
『…!ひゃああああ!!??』
突然聞こえた声に驚いて、膝に置いていた本を落としてしまった。
目の前のその人は、本を少し払ってから差し出してくれる。
『あ、ありがとうございます…』
跡「いや(…驚いたじゃねーの)」
あの発言を聞かれていたことが恥ずかしくて、両手で本を受け取りつつ顔を伏せる。
そっと伺うように跡部さんを見ると、珍しくフードを被っていた。
『跡部さん、自主練ですか?』
跡「まぁな。身体が鈍らないように」
『………ふふ、』
跡「あーん?何が可笑しい」
『この間、手塚部長も同じこと言ってたなぁって思って』
クスクス笑う私を腑に落ちない顔で見た後、「座っていいか?」と隣を見て言った。
『ど、どうぞっ』と自分のものでもないのにサッと手で誘導する。
一定の距離を置いて跡部さんが座ると、私も改めて座り直した。
『あの、ごめんなさいっ私タオルとか何も持ってなくて』
汗をかいている選手にタオルを渡すことは最早日課になっている。
申し訳なく思っていれば、隣からくっくっと可笑しそうに笑う声がした。
跡「流石マネージャー気質だな」
『?』
マネージャー気質?と、私の言動を見て言ってるだなんて気付かなくて首を傾げる。
笑いすぎですと少しムッとしてみるけど、
『(……良かった)』
あとべさんは、私といるとくるしいから、たのしくないんですか…?
あの問いに、何も言わないことが答えなんだと、跡部さんの顔を見る度に思い出して悲しくなった。
思わずじっと見てしまっていると、ふと青い瞳と視線が合う。
心臓が飛び出そうになって、慌てて別の話題を探した。
『この間は花束をありがとうございました…っ』
跡「大したものじゃねぇよ。もう具合はいいのか?」
『はい。この通りピンピンです!』
ビシッと宣言するかのように言えば、ふっと笑う跡部さん。
『お見舞いにも来てくれたって、日吉さんから聞いて、』
ずっと眠っていたことが申し訳ないし、終始パジャマだったことも恥ずかしい。
少し視線を下げながら話す私に、「覚えてないのか?」と問う跡部さん。
『?何をですか?』
跡「…………何でもねぇ、忘れろ」
ふいっと顔を背けた跡部さんに首を傾げる。
フードを被っているからその表情は伺えなくて。
そういえば、と読み掛けの本をパラパラと捲った。
『この本幸村さんに借りたんですけど、すごい面白いんですよ』
跡「花の本か?」
『はい!あ、花言葉も載ってるんです。(跡部さんは薔薇が好きだから、)
えと、薔薇の花言葉は……
赤…情熱、愛情。ピンク…「上品、気品、温かい心。白…無邪気、純潔、清純」
読み上げていると跡部さんと声が重なって、驚いて隣を見た。
何で知って…?と暫く考えて、ハッと気付いた。
跡部さんがお見舞いにくれた薔薇の花束は、ピンクと白だったから。
『(で、でも偶然だよね)』
跡「俺様が花言葉を知らないで贈るわけねぇだろ」
『え、ええ!?』
さらっと言い切る跡部さんに、うんうんと1人で納得していた私は思わず飛び退いた。
そんな大袈裟なリアクションをする私を一度だけ見て、跡部さんは話し続ける。
跡「それもあるが、赤ってイメージでもねぇしな」
『そ、そうですか?』
自然と言葉が尻すぼみになっていく。
何だか、ここにいることが急に恥ずかしいような……
膝に落としていた視線は、ふわっと春風が通り過ぎた時に自然と上を向いた。
満面に咲き誇る桜の木を見て思い出すのは、やっぱりあの人だった。
『…桜って、不思議ですよね』
跡「何がだ?」
『見てるだけで心が温かくなって、優しく包み込んでくれてるみたいで、』
優しい、白石さんにすごく似てて。
でも……
『すぐ、散っちゃうんですよね、』
ずっと一緒にいたい。うんと歳をとっても、ずっと隣がいい。
でも、同時にとても恐くなる。
白石さんが自分に対して愛情を向けてくれる度、言い表せない不安もあって。
跡「…散らない花はねぇよ」
低くて力強い声に、隣に視線を向ける。
跡部さんもただ真っ直ぐに揺れる桜を見ているようだった。
跡「もし散ったら、また待てばいいだろ。来年も、再来年も。
もし咲かないなら…自分で新しい種を埋めればいいじゃねぇか」
「またその芽を育てていけばいいだろ」
何の迷いもない、ただ真っ直ぐ向けられた言葉。
………そうだ、そんなの、
『(簡単なことだった………)』
今は、この気持ちを信じるだけでいいんだ。
いつの間にかフードを外していた跡部さんを、私も真っ直ぐに見つめた。
『跡部さんといると、すごく強くなれる気がします』
『ありがとう』と拙い言葉だけれど、伝えたくて。
跡部さんは僅かに目を見開いて、でも視線は逸らさずにいてくれる。
跡「当然だ」
ふっと口元を緩めて、その瞳が笑った。
その時、何故だか涙が出そうになったけれど、すぐに嬉しい気持ちが込み上げてきた。
隠しきれずに微笑んでしまう私の姿が、その青い瞳に映し出される。
どんどん姿が大きくなっていくと、ふわっと唇に同じものが重なった。
『………………………………へ?』
跡「……………………………あ?」
ポカンと口を開ける私を見て、「しまった」と言うような顔をする跡部さん。
暫く呆然と固まり、次第にカァァァと顔に熱が集まっていくのを感じた。
『あ…う、えと///』
何て言ったら良いのかわからなくて。
『えと、えと』と視線を泳がせた後、だっとその場から逃げるように駆け出した。
背中で、桜の花びらが追い掛けるように舞っていた。
その時の私は見逃していたけれど、本には薔薇の本数の意味も書いてあった。
24本の薔薇
"いつもあなたを想っています"
その意味は後から知ることになるのに、鼓動は鳴り続ける。
触れただけのキスから、純粋で、真っ直ぐな想いが伝わってきたから。