てのひら
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立ち入り禁止の屋上で、寛ぐ影が3つ。
要、オサムの教師陣と合宿のコーチである齋藤は、仲良く肩を並べて座っていた。
オサムが開けたお弁当箱を、左隣に座っていた要はギョッと盗み見る。
要「渡邊先生のお弁当凝ってますねー生徒からですか?」
渡「さっきりんちゃんに貰うたんですわ」
要「へぇーりんから、」
カレー味のご飯は猫の形をしていて、パンダの魚肉ソーセージやうさぎ型のリンゴなど、とても可愛らしいものばかりだった。
30歳を前にした男が持つには少々…かなり厳しいお弁当である。
メルヘンなオーラを纏うそれに、オサムと要の2人はゴク…と息を飲む。
恐る恐る卵焼きを口に運ぶと、不安気だった表情が一気に和らいだ。
渡「んーめっちゃ美味い…!」
要「いいですね、俺にも1つ下さいよ」
齋「水城先生は素敵なお弁当があるじゃないですか」
少しム、としながらお弁当を覗く要に、見かねた齋藤が口にした。
要はあまり気乗りしない様子で自分のお弁当箱を開ける。
オサムのメルヘン全開なお弁当と違い、きんぴらごぼうやたくわんなど、健康志向のメニューであった。
齋「宿舎の食堂のメニューですから、絶対に美味しいですよ」
渡「おばちゃんに貰うたんですか?いやーモテるなぁ」
要「食堂のおばちゃんにモテてもね…お弁当は有り難いですけど、」
出掛ける前、半ば強引に持たされたことを思い出す。
おばちゃん達の愛情お弁当より、可愛い生徒のお弁当が食べたいと思うのは間違っているのだろうか。
要は何処かしょんぼりしながら、箸を取った。
渡「そないにしても…立ち入り禁止に堂々と入るっちゅーことは、若い頃は結構遊んどったんとちゃいます?」
心なしか、入り方がこなれている気がしたのだ。
2人はキョトンと目を丸くさせ、「そんなことないスよ」と要がやんわり否定する。
齋「水城先生は有名な番長だったって聞いてますよ」
要「!?誰がそんなこと、」
渡「ほぉーそうなんですか?」
要「…昔のことですよ」
中・高と荒れていた時期を思い出す。
等の昔に忘れたつもりでいたのに…と、要はやんちゃ時代を振り替えって溜め息を吐いた。
一方オサムと齋藤は、制服を着崩し相手を威嚇する要を想像して、妙に納得していた。
齋「しかし、あの子…越前さんは良い子ですね。素直で先生想いで」
最近、反抗期気味の自分の娘と重ねて、染々と呟く齋藤。
渡「ほんまに。立派な親御さんですわ」
齋「渡邊先生のとこの白石くんと付き合ってるとか、」
コーチ陣の間で何処まで話が広まっているのかわからないが、オサムは「そうなんですぅ」と軽く返した。
要「気を付けて下さいね、そのお弁当。…嫉妬されますよ」
渡「はっはー白石はそない小さな男じゃな…………」
笑って否定しようとした言葉が、続かない。
正確には否定してあげたいのに出来ない…温和な白石から真っ黒な何かが降臨するのを、目の辺りにしているのだから。
要は化学の実験の時、白石に視線で殺されそうになったことを話すと、オサムは静かにお弁当箱を閉じた。
齋「…心配ですね」
要「渡邊先生と僕の命ですか?」
オサムには顧問の情があるし、第一の被害者になるのは自分だろう。
本気でそんなことを考える要に、「違いますよ」と齋藤はぽつり言った。
齋「…精神的には彼等の方が弱いと思っていましたが………彼女の方が、」
緩やかな風が、齋藤の長い髪を揺らした。
「何か言ったらどうなんだ!?」
突如起こったことに頭がついていけず、りんはぼおっとしていた。
目の前には怒り心頭の様子の女の子。
後退りした拍子に壁に背がつき、ハッと我に返った。
『(…どうしてこうなったんだっけ……?)』
りんは順を追って考えてみることにした。
あれは、お弁当を持って中庭をぶらぶらしている時だった。
『(先輩達に入れて貰えば良かったな)』
仲の良い青学のこと。
きっとお弁当も集まって食べているだろう。
今から食堂へ行き、リョーマと桃城に合流しても良いが……
『(……いいやっ)』
静かな中庭で、1人きりというのも悪くない。
キョロキョロと首を動かして座る場所を探していると、赤い髪が寝転がっているのが見えた。
『!金ちゃん、』
スヤスヤと気持ち良さそうに眠る金太郎。
「ん゛ー」と寝返りをうった瞬間、りんはドキリと身体を浮かせた。
金「………コシマエ……勝負や………………」
むにゃむにゃと口を動かしながら寝言を呟く姿に、りんの顔も緩んでいた。
1人分のスペースを空けて、隣に腰を下ろす。
『………金ちゃん、ごめんね』
"知らない"なんて言って、傷付けて。
『私ね、背の高い金ちゃんも…大好きだよ』
どんな姿でも金太郎は金太郎なのに。
身長が高くなった姿を見て、1人だけ置いてけぼりにされた気がして寂しかったのだ。
『(金ちゃんには、言えるのになぁ…)』
あの人の前だと、どうして言えなくなってしまうのだろう。
どうして、一番伝えたい人に伝えられないのかな。
膝に顔を埋めてしゅんと落ち込むりんに、近付く影。
瞬間、ひゅんと風が通り過ぎたと思ったら、お弁当が忽然と消えていた。
『?あ、あれ??』
急な事態に驚いていると、「ふふ、」と怪し気な笑い声がした。
「このお弁当はオイラが貰った!!」
『ふぇえ!?』
お弁当を高々と掲げ、「フハハハハ!」と豪快に笑う女の子。
見たことがあると思ったら、先程千石と一緒にいた子だった。
キョトーンと固まるりんに、女の子は遠慮なく喋り続ける。
「オイラは北園寿葉。氷帝学園のマネージャーだべ!」
ドーンと効果音が鳴りそうな程胸を張る。
りんは『は、はいだべ!』と何故か口調が移っていた。
寿「まぁ正式なマネージャーじゃないけど、この合宿で参加が認められたんだ」
『へ、へぇ』
寿「わざわざ北海道から東京に引っ越して来たかいがあったべ!」
寿葉(コトハ)という女の子は高々と宣言すると、りんをビシッと指差した。
気のせいか、その瞳はメラメラと燃えているように見える。
寿「あんたにはぜーったい負けねぇ!」
『??へ、』
寿「忍足さんはオイラが振り向かせてみせるから」
忍足=氷帝と頭の中で整理し、訳のわからないりんだったが少しだけ理解してきた。
寿「あんたの何処がいいのかまーったくわからねぇ」
『あ、あの』
寿「貧乳、チビ、幼児体型なのに」
『!!(はう…)』
ぐさっぐさっと何度も胸に刺さり、りんはよろ…と倒れそうになる。
寿「あんた、彼氏いるんだろ?それなのに忍足さんまで誘惑して…」
『!ゆ、誘惑?』
寿「そーゆうの八方美人っていうんだべ!」
『…っ』
言い返そうとしたりんは、言葉に詰まってしまった。
白石がたまに見せる、悲しそうな顔が浮かんだから。
『(………どうして、)』
いつも、いつだって、見つめてるのはたった1人なのに。
『(どうして、私は……)』
寿「何か言ったらどうなんだ!?」
『…私っ「ストーップ!!」
追い込まれていたりんは、その声にハッとして横を見る。
そこには今まで寝ていた金太郎がいて、「弁当落ちるでぇ」と寿葉から受け取っていた。
寿「な、何だ!?」
金「りん苛めたらワイが許さんで」
いつもと違う低い声を聞いて、りんは何も言えなかった。
ただ、逞しくなった金太郎の背中を眺めることしか出来なくて。
金「りんは白石のことが大好きなんや。姉ちゃんにとやかく言われる筋合いはないで!」
寿「っ!」
だって、
金「皆も、いつも優しいりんが大好きやねん」
思ってることを、代わりに金太郎が言ってくれるから。
『(………金ちゃん)』
きゅ、と唇を結ぶと、「馬鹿じゃないの…っ」と寿葉は走り去って行った。
りんはほっと息を吐き、猫のようにシャーッと威嚇する金太郎を見つめる。
『金ちゃん、ありがとう』
金「………おん」
財前のように素っ気ない返事をする金太郎。
くるっと振り返ると、お弁当をりんの掌にのせた。
金「……ほんまなん?」
『?』
金「ワイのこと大好きって」
『!?聞いてたの?』
顔をじっと見つめられると何だか恥ずかしくなってしまい、りんは慌てて顔を伏せる。
相手は金ちゃんなのに…と緊張している自分が不思議だった。
答えないりんを焦れったく思ったのか、金太郎はプルプルと震え出す。
金「~~…っっせ、"背の高い金ちゃんも大好き"ってゆーたやん!!」
『う、うんっほんとだよ…!』
涙目で訴える金太郎に、りんも声を大にしていた。
『…だって、金ちゃんは金ちゃんだもん』
『えへへ///』とはにかむりんを見ていた金太郎の目から、大粒の涙が溢れ出る。
ガバッとりんを抱き締めていた。
『ふわぁ!?』
金「…おおきに!ワイかて、りんのこと大好きや…!!」
ぎゅうぎゅう抱き締めると、りんの身長がもう自分と違うことを改めて理解する。
ただ、それを言ってまたりんが拗ねてしまったら困るので、金太郎は自分の胸だけに秘めておくことにした。
『(……ありがとう)』
りんは気持ちを込めて、金太郎の背に腕を回した。
白「……………」
赤「白石さーん、どうしたんスか?」
ひょこっと隣から顔を覗かせた赤也に、白石は視線を動かした。
白「何でもないで、堪忍な」
赤「?ならいいんスけど。にしても、一面ガラス張りっていうのもどうなんスかね」
自分がいるガラス張りの渡り廊下を見渡す赤也。
ずっと読み取れない表情をしていた白石も、その発言に頷いた。
白「…見たくないものが見えるのは、考えもんやな」
静かに、自分に語りかけるように話す。
そんな白石に首を傾げていた赤也だったが、犬の尻尾を揺らすように近付いた。
赤「勉強教えてくれてありがとうございました!白石さん教えるの上手いから、助かったっス!」
白「いやいや、切原くんが頑張ったからやろ?やれば出来る子なんやから、本番も頑張り」
赤「はい!小テスト滅茶苦茶頑張るっス!」
白「(…素直やなぁ)」
しみじみと思い、頭を撫でる白石にぱたぱたと尻尾を揺らす赤也。
弟、とはこんな感じなのだろうか。
妹の友香里もここまで懐いてくれたことはないので、純粋に嬉しい。
赤「りんもわかりやすいんスけど、発音がネイティブすぎて…聞き取れないんスよね~」
なでなでと動いていた白石の手が、ピタリと止まった。
白「…りんちゃんとは、よう勉強するん?」
赤「へ?そうっスね…ファミレスとか、俺ん家でもたまにしてるっス」
白「……そうなんや」
「まぁ大抵丸井先輩と仁王先輩もいるっスけどね」と付け足した言葉は、届かず。
白石はすっと目を伏せて渡り廊下を歩き出した。