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合宿所の朝は早い。
負け組がいない事情から、新設された学校はまだ始まっていなかった。
しかし、毎日のように行われる試合に向けて、選手達はトレーニングの為早起きしていたのだ。
『…はぁ』
今朝も、またあの夢を見た。
再び眠ることも出来ず、誰よりも早く起きてしまったりんは、コートの周りをとぼとぼと歩いていた。
思わず吐いた溜め息は、桜の花びらと共に風になびかれていく。
『(…あれ?)』
ここに来た時から、桜の木なんて見当たらなかったのに。
花びらを追うように歩みを進めていたら、角を曲がった時にドンッと誰かにぶつかってしまった。
『っごめんなさい…っ』
「……りん?」
その声に勢い良く顔を上げると、目の前にいたのは……
『て、手塚部長…!?』
1年前、ドイツに旅立った手塚がそこにいた。
ぱちぱちと大きな目を瞬きするりんに、手塚はすっと手を差し出す。
尻餅をついていたりんはその手に掴まって立ち上がった。
『ほ、ほんとに手塚部長ですか?』
手「ああ」
『本当に…?』
手「本当だ」
まじまじと見つめてくる視線から顔を背けながら、手塚は淡々と言い切る。
手「日本から世界大会の誘いを受けてな。大石からこの合宿の話を聞いて、戻って来たんだ」
りんがいないと知った時はがっかりした、とは言えなかった。
ちらりと視線を戻すと、瞬きを繰り返していた瞳はキラキラと輝きを放っていて。
『嬉しい…本当に、嬉しいです!』
今にもぴょんぴょん飛び跳ねそうなくらい、嬉しそうに笑うりん。
手塚も内心の嬉しさが溢れてしまうのを、コホンと咳払いすることで抑えた。
『部長は、ランニングですか?』
手「ああ。身体が鈍らないようにな」
合宿の練習だけでハードな筈なのに、自主練する姿勢に感心するばかりだ。
手「他の皆には会ったのか?」
『いえ、なかなか挨拶するタイミングがなくて…』
初日に幸村や不二には会ったが、他の選手達にはまだ挨拶していなかった。
皆、毎日試合や個人の強化練習メニューをこなしたりと多忙なので、会える機会が少ないのもあるが…
『………』
どの学校にもマネージャーがいて、青学も、既にマネージャーがいる。
もしかしたらここにはもう…自分の居場所はないのかもしれない。
ぐっと唇を噛むりんに手塚は首を傾げていたが、やがて頭の上に手を置いた。
慣れない手付きで撫でられ、キョトンと目を丸くするりん。
自分を見据えるその瞳が懐かしくて、優しくて。目の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
『…手塚部長、私「りん~!!!」
ドドドドと遠くから掛けてくる足音は一瞬の内に近付いてきて。
振り向く間もなく、りんの背中にガバッと何かが抱き付いた。
『わわ!き、菊丸先輩?』
菊「せいか~い!」
すりすりと背中に頬擦りする姿は、まるで大きな猫みたいだ。
りんがふふ、と微笑んでいると、続いてやって来たのは…
不「おはよう、りんちゃん、手塚」
『不二先輩!』
爽やかに手を上げる不二に、りんはペコリと頭を下げた。
菊「りん!参加したらしたらで、何でもっと早く言ってくれなかったのさ~」
『ご、ごめんなさい、』
不「皆りんちゃんに会いたがってたよ」
『そうですか』と、ふにゃっと頬を緩めたりんの顔に違和感を感じて。
不「りんちゃ「おはようございます。本日は3番コートと5番コートの総入れ替え戦を行います。皆さん気を引き締めてー……」
朝の恒例行事となっている黒部のアナウンスが響き、不二が彼女に声を掛けることは叶わなかった。
「ゲームセット ウォンバイ白石・切原 6―4!!」
試合終了を告げる審判の声が響き渡る。
相手は、世界大会出場の経歴を持つ選手。
以前この合宿で鍛え、今は日本代表として世界と戦っている者達ばかりだ。
白石は対戦し終えたOBの選手達を一瞥し、頭を下げた。
赤「よっしゃーまず一勝!!」
ダブルス2で一緒に組んでいた赤也が、手を高く上げて喜びに浸る。
赤也の為に負け組になってしまった柳から、「赤也のデビル化を止めて欲しい」と託されていた。
勝利は勿論だが、その願いが達成出来た嬉しさから、白石は目の前ではしゃぐ赤也の頭をぽんと叩いた。
白「やる気満々なのはええけど、皆の応援もしよな」
赤「わかってるっス!………」
白「?どないしてん」
軽く叩かれた場所を押さえながら、じっと見返す赤也。
赤「何か白石さんって、俺の先輩達と違うっスね」
白「立海の?」
赤「幸村部長は優しいけどめちゃくちゃ怖い時もあるし、真田副部長は頼れるけどすぐ怒鳴って煩いし、丸井先輩は気さくだけど良くパシられるし…」
ブツブツ文句を言う赤也だが、自分の先輩を尊敬していることはちゃんとわかっている。
素直だけど素直じゃない様に、白石はふ、と頬を緩めた。
赤「白石さんは優しさだけで出来てる感じっス!」
白「ありがとう。切原くんみたいな子がうち(四天宝寺)に来てくれたら、めっちゃ楽しいやろな」
赤「嬉しいっス!」
まるで犬のようにブンブン尻尾を振る赤也。
試合中、良くワカメ頭と呼ばれている赤也の髪型を誉めたら、デビル化ではなく天使化をした。
白石にしては純粋に思ったことを言っただけ。だが、それからというもの…やけに懐かれてしまったのだ。
芥「んー…ん!?りんちゃんの匂いがするC!」
今までベンチの上で眠っていたジローが、突然そんなことを言った。
白石は瞬時の速さで振り向くと、少し遠くにいたりんとバチリ目が合う。
赤「おーりん!!」
芥「りんちゃーん!!」
『わわっ///ジロちゃん…っ』
起き上がるとすぐに傍に行き、ガバッと正面から抱き付いてきたジロー。
最初は顔を赤く染め慌てていたりんも、ぎゅっと控え目に抱き締め返した。
手「りん、」跡「りん、」
手&跡「「………」」
その戯れを見て思わず声を掛けてしまった手塚と跡部。
声が重なり、2人は静かに顔を見合わせてから視線を逸らした。
跡「あーん?手塚、お前は次試合だろ?」
手「…そうだな」
『部長、頑張ってください!』
手「!」
ガッツポーズを取るりんに、手塚は「ああ」と頷く。
ほわっと花が飛んでいるその背中を、皆(りん以外)は何とも言えぬ顔で見届けた。
手塚が去ってしまえば、隣にいた跡部と顔を合わせることになる訳で…
跡「…いつ合宿に来たんだ?」
『っえと、一昨日の夜です。ご挨拶が遅れてしまってすみません』
跡「いや、うち(氷帝)の奴等も聞いたら喜ぶだろ」
『は、はい』
芥「??」
何処かギクシャクしているその会話に、ジローは首を傾げる。
芥「…2人共変だCー」
『ふぇ!?』
芥「何か、別れたカップルみたい!」
跡「カ…!?」
"別れた"という部分は耳に入れず、"カップル"という言葉にだけ反応する跡部。
りんと目が合うと、彼にしては珍しく顔を赤く染め上げた。
口元に手を添えながら横を向かれ、りんは不安そうに首を傾げる。
その時、ふわっと視界が何かで覆われ、真っ暗になってしまう。
『わ…!』
あわあわと戸惑っていたりんでも、不思議とそれをしている人物がわかった。
『…白石さん?』
白「はい?」
顔は見えなくても、ニッコリ笑っている姿が想像出来て。
白石は後ろからりんの目を覆うようにして、片手で引き寄せていた。
りんに語りかける柔らかな口調とは対照的に、その瞳は真っ直ぐ跡部を捕らえている。
白「さっき水城先生が呼んでたで?」
『へ!先生がですか?』
白「行こ。案内したる」
コクリと素直に頷いたりんの手を取り、白石はコートから離れた。
千「白石怒っとるばいね~」
橘「…何でお前はそんな能天気なんだ」
共に試合を観ていた千歳が口にしたことに、橘はハァと溜め息を溢した。
嵐が起こらなければいいが…と、ただ祈るしかなかった。