遠距離
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『お兄ちゃんっ』
先を歩くリョーマの後ろを慌ててついていくと、立ち止まった彼はすっと何かを指差した。
その方向を見れば、大好きなあの人。
『白石さん!』
そう呼べば、すぐに両手を広げてくれる彼の元へ、りんは駆け寄った。
ふと後ろを振り向けば、そこにいた筈の兄がいなくて。
『お兄ちゃん、何処…?』
心配になって必死に辺りを見渡す。
やっとその姿を見付けた時には、リョーマは自分から離れたずっと先にいた。
もうあんなに遠くにいるから、その表情は伺えない。
怖くなって隣に伸ばした手は、宙を掴んだ。
『白石さん…?』
そこに、白石はいなかった。
慌ててリョーマに視線を戻すけれど、自分を見つめる瞳はもうない。
『…おにい、ちゃん?白石、さん…っ』
やだ、置いてかないで。
1人きりにしないで。
その温もりが消えただけで、まるで世界中の人間が自分だけになってしまったみたいだ。
悲しくて、苦しくて、呼吸の仕方もわからなくなってきた時、誰かが自分を呼んだ気がした。
ーりん、
透き通るような声は、確かに自分を呼んでいて。
りんは重たい足を動かし、ゆっくりと近付いていく。
真っ暗な空間に微かな光が差し込み、りんはそこにいた人物を見ようと必死に目を開けた。
ーりん、
ーりん
「聞いてるのか?りん」
ハッとした時には、担任の要が自分を覗き込んでいた。
『はう!?』と謎の奇声を上げて飛び退くりんに、「うお!」と要も驚いてしまう。
どっとクラス中が笑いに包まれ、りんの顔はカァァァと赤く染まっていく。
要「…ったく、次居眠りしたら補習だからな?」
ぽんっと教科書を丸めたもので頭を叩くと、要は教壇に戻っていった。
先程まで見ていた夢を忘れられずに、未だぼーっとするりんに「いーなー先生からのぽん」と雪は羨ましがる。
授業を進めながら、要もその方向に目を向けていた。
聖華女学院に、1日の授業がすべて終了したチャイムが鳴り響く。
本来ならりんも帰りの支度をしている時間であるが、今日は職員室にいた。
トントンとペンが上下に動くのを目で追っていると、ふと、それをしていた要と目が合った。
要「何で呼び出されたかわかるよな?」
『えと…はい』
要「授業中は居眠り、掃除用具を頭にうけ、花に水をやる筈がホースを頭から被る」
『!見てたんですか?』
「たまたまだよ」と笑う要に、ここ最近の自分の失態の数々を思い出して、顔を俯かせるりん。
恥ずかしくて顔を上げれずにいると、要はフゥと短く息を吐いた。
要「最近寝れてないのか?」
『す、少しだけ……』
本当は、ここ2週間はあまり眠れていない。
毎晩毎晩あの夢を見るので、眠ることが怖くなってしまった。
「なんとなく理由はわかるよ」と要に言われ、りんの鼓動がドクンと音をたてた。
要「世界大会の強化合宿に、俺も呼ばれてるんだよね」
『え?』
要「新設した学校があるとかで、そこの化学教師として授業頼まれてさ」
大会の主催者側は、選手やマネージャーの学校の教師に声を掛けているらしい。
要「今回人手が足りないんだってよ?」
『…………っ』
それを聞いて更に顔を下に向けるりんに、要は困ったように頭の後ろを掻いた。
りんは協調性はあるが、一度決めたことはなかなか曲げない。
この学校の教師になって1年くらいだが、其々の生徒の性格は理解してきたつもりだ。
要はそんなことを思いながら、目の前で頭を垂れるりんを見つめる。
要「りんを必要としてる奴は、たくさんいると思うよ」
その言葉に、りんはやっと顔を上げた。
嘘を言ったつもりはないのに、あまりにも目を真ん丸にさせるりんに要はぷ、と吹き出す。
要「(謙虚すぎってのも考えものだな…)一緒に行くなら早目に決断しろよ?明後日出発」
『………(明後日…)』
りんはその場でぐっと拳を握り締めた。
ー見ての通り!マネージャーこと、りんの感謝会だよ~
ーか、感謝…
ー本当に感謝してるんだよ
ー本当にサンキューな!
ーりんがいたから皆力をもらえた。…お前は、青学テニス部の一員だ
家に帰ってから、りんはずっとあの時のことを思い出していた。
全国大会が終わって、青学の皆が開いてくれた感謝会。
ただ、マネージャーとして陰から応援することしか出来なかった。
それなのに、皆が自分の為に考えてくれたことが…嬉しくて。
濡れた髪を乾かしていたドライヤーを止めて、りんは青学の卒業式に皆で撮った写真を眺める。
コトリ、と写真立てを元の位置に戻すと、その手は自然と淡いピンク色の箱に伸びていた。
白石に貰った、お揃いの指輪。
ーずっと俺の傍にいて欲しい
左手、薬指にはめてくれるから、プロポーズなのかと勘違いしてしまいそうになった。
お花のヘアピンも、ぬいぐるみも、誕生日に貰ったネックレスも。
白石からのプレゼントはどれも思い出で溢れている。
それを1つ1つ手に取って眺めていたら、胸をぎゅっと締め付けられた気がした。
『………(ほんとは、)』
本当は。
でも、その言葉を口にした瞬間、溢れて止まらなくなってしまう。
気持ちを押し殺して待ち受け画面を見つめていた時、ぱっとメールが受信された。
りんは慌ててベッドに腰掛け、それを読み進めていく。
from:白石さん
sub:無題
----------------
りんちゃん、どうしとる?
俺は合宿が滅茶滅茶ハードでアカンわ…毎日足腰がたたへん。
それでも何とかやっとるけどな。
それよりも、りんちゃんが来れへんって知って、うちの連中が毎日嘆いててうるさいねん。金ちゃんなんか迎えに行くー言い出してな。
青学の皆も元気でやっとるけど、やっぱり寂しそうな気するわ。
りんちゃんが落ち着いたらでええ
連絡待っとる。
----------------
すべて読み終えたりんは、思わず携帯を胸の前に持っていく。
電話帳からその名前を探すと、驚くほど自然に…電話を掛けていた。
プルルルと鳴り続ける音が消え、代わりに《はい》と待ち焦がれていた人の声が聞こえて。
《…りんちゃん?》
名前を呼ばれただけなのに、トクトクと鼓動が優しい音をたてる。
白石の存在を感じた瞬間、さっきまでの寂しさが嘘のように消えていった。
『白石…さん、』
口にしたら駄目なのに。頭ではちゃんとわかっているのに。
自分が話すのを待っててくれる白石に、すべて打ち明けたくなる。
『…………会いたい……』
会いたい、電話越しじゃなくて、白石の顔を見て話したい。
『私、白石さんに、会いたい…』
《…りんちゃん》
『会いたいです、』
ポロポロ涙が溢れる度、ずっと胸の奥に仕舞い込んできた本音も溢れる。
本当は、合宿の話を聞いた時から、白石に会えることを楽しみにしていた。
選手とマネージャーとしてでもいい。同じ土地で合宿をして、同じ学校に通いたかった。
傍に、いたかった。
《りんちゃん》と呼ぶ白石の声は、まるで宥めてくれているみたいに優しい。
ぼんやりと滲んだ視界にガチャ、と扉が開いたのが見えて、りんは慌てて目を擦った。
菜「りんちゃん、ちょっといい?」
遠慮がちに顔を覗かせた菜々子に、りんはゆっくりと頷いた。