迷路
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『(ミ、ミカエルさん…?)』
ミ「やはり…ご無沙汰しております」
ペコリと礼儀正しく頭を下げるミカエルに合わせて、りんも深々と頭を下げた。
ミ「どうなされたんですか…?」
ボードを抱える姿を不思議に思ったのか、ミカエルは心配そうに尋ねる。
りんは喋れない理由をボードに書いて説明すると、「それはそれは…」と悲しい顔をした。
『"でも、ねつもないしげんきですよ!"』
"今もあそんでました" と笑うと、目線を上げたミカエルは「向日様と芥川様ですか?」と聞く。
お店の名前を見て察したのだと理解したりんは、コクリと顔を縦に振った。
ミカエルが手に持っていたものを無意識に見てしまうりんに、「これですか?」とミカエルは苦笑する。
ミ「餅つきをする為の足りない材料を買ってきたんです」
『"?"』
ミ「毎年、実家から大量に送られてくるので、屋敷の使用人やメイドを集めて行うんですよ」
「私は元々こういうところで育ったので、商店街は好きなんです」と添えて。
楽しそうに話すミカエルを見ていたら、りんも自然と笑顔になっていた。
ミ「体調に差し支えなかったら、今からりん様もいらっしゃいませんか?」
『!』
ミ「景吾坊っちゃまも喜びます」
微笑んでいたミカエルの顔は、りんの反応を見て暗くなっていく。
「以前、パーティに出席して頂いたお礼も兼ねて」とまで言われてしまえば、りんの心は揺らいだ。
必死に頼まれると断れない性格が働いてしまい、気付いたら頷いていたのだった。
商店街から少し離れた場所に停めてあったリムジンに乗り、それは跡部邸へと向かっていた。
前に何度か乗ったことはあるが、やはり落ち着かない。
窓の外をぼんやりと見つめていたりんは、いきなり鞄を探った。
『(お兄ちゃんにメールしなくちゃ…っ)』
夕食の前には帰るね、と慌ててメールを打ち、送信する。
そんなりんとは対照的に、「坊っちゃまは今日お帰りになるんですよ」と落ち着いた声音でミカエルは話し出した。
ミ「お正月は毎年、ご両親が住むイギリスに行ってらっしゃるんです。帰って来て一番にりん様にお会いしたら、きっと坊っちゃまも喜びます」
ミカエルは運転しながら、まるで自分のことのように嬉しそうに語る。
りんはその話を聞き、漸く気付いた。
『(……違う、)』
跡部は、きっと喜ばない。
―ごめんな
跡部のパートナーとして出席したパーティー。
あの時、もしかしたら夢の中のことかもしれないけど………泣きながら好きだと言っていた。
手を握り返すことしか出来なかった自分に、跡部は寂しそうに顔を歪めて謝った。
そんな彼が、自分を見て喜ぶ筈がない。
『(私…本当に馬鹿だ)』
今更、やっぱり行くべきではないとぎゅっと服の裾を握る。
駐車している最中に"あの"と書いたボードに気付いたミカエルは、後ろを振り向いたが……
ミ「…あのお車は、」
『…?』
後ろに停まっていた車を見て、何かを考える素振りをする。
2人が車から下りた時、大きな屋敷の扉が開いた。
龍「あーやっと帰ってきた」
ミ「龍間様…!?」
『…!』
そう言って腕組をする青年は、りんも一度会ったことのある人物だった。
髪型は違うが、泣きボクロといい容姿は何処と無く跡部に似ている。
…この、跡部の従兄弟である龍間(タツマ)とは、パーティーで面識があったのだ。
龍間はミカエルの後ろを覗き、りんに気付くと驚いたように目を見開いた。
龍「あれ…君、景吾のパートナーだった、」
『"おひさしぶりです"』
ミ「りん様とは先程お会いしたんです。ぜひ自慢の餅を食べて頂きたくて…」
喉の事情も聞くと、「へぇ…」と龍間は再度りんを見つめた。
龍「酷いなー俺も誘ってくれていいのに」
ミ「申し訳ございません…龍間様は明後日伺うとの予定でしたので、」
龍「その予定だったんだけどさーここの方が落ち着くから早く来ちゃった。景吾も今日帰ってくるっていうし」
ミカエルと龍間の会話をただ聞くしかないりん。
帰ることを告げるタイミングが中々なく困っていると、「越前さんだっけ?準備出来るまで待ってようよ」と龍間がこっちを見ていた。
龍「…手間が省けたし」
『?』
ミ「では、紅茶をお持ちしますね」
ボソッと小声で何かを呟いた龍間に、りんは首を傾げる。
しかし、「よろしく~」とミカエルに笑いかけた時はいつもの調子に戻っていたのだった。
龍「…………」
『(…………え、えと、)』
跡部邸の敷地はりんの想像を遥かに越えていて、りんは今まで通されたことのない部屋にいた。
きらびやかなシャンデリアの下で、長いソファに腰掛けながらミカエルが淹れてくれた紅茶に口を付ける。
目の前でじっと見つめられれば、そうするしかなかったのだ。
『(…ど、どうしよう)』
ボードで会話をしても良いのだろうか。
「この紅茶美味しいね」と言ってから、それっきり黙ってしまった龍間。
理由はわからないが、今更急用が出来たので帰りますとはとても言い出せない空気なのはわかる。
りんが紅茶のカップを置いた時、「俺ね」と漸く龍間が口を開けた。
龍「ずっと会いたかったんだよね」
『?』
龍「あははっ君だよ、越前さんに会いたかったんだ」
キョトンと目を真ん丸にするりんに、龍間は可笑しそうに笑う。
どうやらツボに入ってしまったらしく、笑い止むまで暫くかかった。
龍「越前さん、景吾のパートナーとして出席してたけど、他に付き合ってる人がいるんだって?」
暫くの間の後、コクリとりんが頷くと、龍間を包む空気が変わった気がした。
龍「単刀直入に言うねー……
景吾にもう会わないでくれないかな?」
その声と表情に、ゾクリと背筋が凍った。
龍「母親は元弁護士で今は茶道教室の先生、父親は元有名テニスプレーヤー、現在は寺の住職。双子の兄は、青春学園に通う2年生」
『っ!"どうして"』
龍「調べちゃった」
戸惑いの表情を隠しきれないりんに、龍間は何でもないように言い切る。
龍「一応、聖華女学院に通うお嬢様みたいだけど、家と比べたら一般家庭だよね」
「そんな女の子が景吾の周りにいると迷惑なんだ」と、ニッコリ笑った。
笑顔なのに、他人を射抜くような瞳。
こんなに人が怖いと思ったのは、生まれて初めてだった。
龍「景吾は将来の社長だからさ、生まれつき結婚相手は決まってるようなもんなんだよ。上に立つ者として、あの自信家な性格であって欲しいわけ」
『………』
龍「でも、君がいると駄目みたいなんだよね。脆く、弱くなっていく」
パーティーの夜、跡部が見せた表情を思い出し、ドクンと鼓動が跳ねる。
「君がいると、景吾は苦しいんだよ」と。
龍「だからさ、もうこんな風に…例え友達としてでも、景吾に会いに来るのやめてくれないかな?」
俯いて自分の手を見つめるりんに、龍間は笑顔で言った。
龍間が言ってることはすべて正しくて、言い返す言葉が見付からない。
これ以上彼の周りにいて傷付けてしまうくらいなら、会わない方がいい。
『(……でも、)』
合宿も、お花見も、文化祭も体育祭も。
今まであったこと全部…楽しくなかったのだろうか。
りんにとってはどれも楽しい思い出なのに、彼にとっては辛い思い出だったのだろうか。
「送ってくよ」の言葉にりんが唇を噛み締めた時、「景吾様…!」とメイドの声が響いた。