travel!! 後編
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*りんside*
あれから覚悟を決めて、温泉に入ることにしたけれど……
『こ、こんよく…』
服を脱いで薄いタオルを身体に巻いた私は、ドアを見つめたまま呆然としていた。
そこには確かに"混浴専用"と書いた張り紙があって、サーと顔が青ざめてゆく。
あの時は見逃してたけど、確かに入り口のところに書いてあったような…
し、白石さんも、気付いてないのかな。それとも…
動揺を隠すようにドアの前をウロウロしていると、無意識に『くしゅんっ』と身体を震わせた。
『(………よしっ)』
瞼の裏に温かい温泉を思い浮かべながら、覚悟を決めてドアを開けた。
中は想像していたより広く、紅葉した葉が夕日に反射して赤々と染まっていた。
ぼんやりとした湯気の中その姿を探すけれど、いなくて。
もしかしたら……来ないかもしれない。
あんなに避けられているし、白石さんには来る理由がない。
丁度真ん中にある大きい岩を背にしながら、またじわりと目頭が熱くなった。
『…私、何やってるんだろ』
早く出よう。そう覚悟を決めた瞬間、ガラガラと反対側からドアを開ける音がした。
近付いてくる気配に焦った私は、限界まで縮こまって身体を湯の中に沈めた。
白「……りんちゃん、そこにおる?」
『!は、はははい…!』
大きな自分の声が、辺りに反響する。
その気配から、白石さんは私がいる岩の反対側にいるんだとわかった。
白「堪忍な、付き合わせてしもうて…あいつら強引やから」
『いえ、白石さんは悪くないですっ私の方こそ…』
続きを言う前に、「りんちゃんが謝ることちゃうやろ」と先に言われてしまう。
お互い口を閉じたままでいるから、どのくらい時間が経ったのかわからなくなってしまった。
どうしようと頭を悩ませていると、「ごめんな」と白石さんの声がした。
白「ほんまに、ごめん……」
『白石さん…?』
白「紅葉に聞いたんや、昨日の夜のこと」
『!』
"昨日の夜"と聞いた途端、脳内にぶわっと記憶がフラッシュバックした。
カァァアと赤く染まる顔が恥ずかしくて、隠すように半分温泉に浸かる。
白「俺覚えてなくて、あんま詳しいことわからへんけど…りんちゃん泣いてたみたいやから」
白石さんが喋る度、身体が強張っていくのを感じていた。
次に何を言われるのか…怯えてる。
『(……怖い)』
嫌われるのが、怖い。
白「嫌になったやろ」
ぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開けた。
白石さんの言ってることがわからなくて、『へ…』と間の抜けた返事しか出来ない。
白「避けてたんや…りんちゃんに、嫌われるのが怖くて」
「情けないやろ」と続く声がいつもより弱々しくて。
それじゃまるで、
私と一緒だ……
不安や安心が一気に押し寄せてきたのか、ポロポロと涙が止まらない。
必死に声を抑えていたつもりだったのに、「りんちゃん?」と白石さんにはばれていた。
『…ずっと白石さんに避けられてたのは、昨日、私が嫌がったからだって思って、それで、』
白「っちょ、りんちゃん…?」
『い、いっぱい思ってたのと違くて、白石さんがっかりしたのかなって』
泣きながら喋ろうとすると、途切れ途切れになってちゃんと伝えられない。
この状態から泣き止むのに時間が掛かることは、自分でもわかっている。
聞こえる筈がないのに、何処かでお兄ちゃんが溜め息を吐いた気がした。
更には一番衝撃的だったことを思い出してしまい、自分で自分の胸を痛める羽目に。
『白石さんが寝ちゃった後………白石さん、寝言で"雪"って…っ』
白「………え!」
自分の名前を呼んでくれるなんて、図々しいことを願ってた訳じゃない。
それでも、目の前にいたのは私だったのに。
岩の反対側にいる白石さんは、私が泣きながら部屋を飛び出した理由を理解したみたいだった。
白「多分それ……猫の名前や」
『ね、猫…?』
白「雪のように真っ白やから"ユキ"って呼んどるんやけど、寝言で言うなんて……最悪やな」
「1回家出したことがトラウマになっとんのかな」と溜め息混じりに呟く声を、私は瞬きを繰り返しながら聞いていた。
ずっと、猫にヤキモチ妬いてたってこと……?
それがわかった途端、この場にいることが急に恥ずかしくなって。
今更だけどこんな格好だし、2人の間にある岩も良く見たらそんなに大きくない。
それに…白石さんもはだ、裸ってことだよね…?
タイミング良く反対側で動く気配がして、身体がビクッと跳ねた。
白「取り合えず、もう泣き止み?……今、どうすることも出来へんから」
『は、はい…っ』
何かに堪えるような白石さんの声を合図に、どちらともなく温泉から上がることにした。
『腫れてる………』
髪を結い直した後、持っていた手鏡で顔を確認すると瞼が腫れていた。
心なしか、目も充血してるような…
先程のこともあって、白石さんと顔を合わせられそうにない。
ロッカーから荷物を取り出し、キョロキョロと念入りに辺りを見渡す。
今なら行ける…!そう思ったのに、出口に向かおうとした瞬間手首を掴まれてしまった。
『!しら…っ』
振り向いた時には既に、白石さんの腕の中にすっぽりと収められていた。
煩いほどに鳴り響く鼓動も、同じシャンプーの香りを感じて更に加速していく。
こういう時、何か言って欲しいのに、どうして黙っちゃうの…?
僅かに空いた距離がもどかしくて、勇気を出してそっと腕を伸ばそうとした時、急にぎゅぅうと力が込められた。
白「ずっと、りんちゃんのこと抱き締めたかった……」
その温もりに触れてしまったら、悲しさや寂しさなんて何処かにいってしまう。
胸の辺りが温かくなって、白石さんが大好きだって教えてくれる。
『………私も、ずっとずっと、白石さんに抱き締めて欲しかったです…』
そうされて、本当はずっと待ってたんだってわかった。
遠慮がちに腕を回すと強く抱き締め返してくれる、いつもの白石さん。
白「りんちゃんポカポカやな」
『あ、あの』
白「ん?」
顔を覗かれそうになって、恥ずかしさから慌てて俯く。
隠すように自ら白石さんにくっ付けば、ことの大胆さに気付いて後悔することになった。
『私、昨日みたいなこと、白石さんとしかしたくないって…思いました』
正直な気持ちを伝えたのに、中々返事が返ってこない。
迷惑だったかなと不安になってきた時、白石さんが小さな声で何かを言った。
白「…っまに堪忍してや」
『?』
少し強引に剥がされてしまい、腫れている目を慌てて隠した手も簡単に退かされる。
近付いてくる顔から逃げるようにしても、視線は逸らせなかった。
『し、白石さんっ待ってくださ…!(心の準備が)』
白「待てへん」
「ごめんな」と謝る白石さんの顔はもう鼻先が触れる距離にある。
せめて見られないようにと、ぎゅっと目を瞑った。
帰りの車内は、行きと違って静かだった。
皆は旅の疲れから眠ってしまい、起きているのは運転手の渡邉先生と私と、白石さんだけ。
皆で席替えをしたのだけれど、私の隣には当たり前のように白石さんがいた。
紅葉さんに呆れられ、小春さんに祝福され、財前さんにゴミを見るような目を向けられた数分前が、何だか懐かしい。
『(えっと、)白石さんは今日何処に行ってたんですか?』
そっと隣を見てみると、返事の代わりに白石さんの頭が肩に触れた。
『!?あ、あの///』
すー…と静かな寝息をたてる白石さんに気付いて、慌てて動きを止めた。
少し横を向いただけで、白石さんの顔に息がかかってしまいそう。
私はカチカチに固まりながら、前を向いた。
渡「白石寝たんかー?」
『へ!?』
運転席から渡邊先生の声が聞こえて、ビクッと身体が跳ねる。
起こしてしまったかなと隣を見ると、変わらずに瞼を閉じる白石さんにほっと息を吐いた。
『白石さん、よっぽど疲れてたんでしょうか…』
白石さんが起きないように声を落として話す。
前にいる渡邊先生は、バックミラー越しに見ているようだった。
渡「白石のそない無防備な姿、初めて見たなー」
『そうなんですか?』
渡「白石は完璧主義っちゅーか、常に隙があらへんからな」
「貴重なことやでー?」と笑う先生から、私は視線を白石さんに戻した。
切れ長の目が伏せられていると、いつもよりずっと幼く見える。
白石さんは部長として完璧だったと思う。
今でも金ちゃんや財前さんを気にかけているし、同年代の人と比べると随分落ち着いている。
そんな白石さんが…私の前では少しだけ気を許してくれてるって、自惚れてもいいのかな。
嬉しくて頬が緩みそうになっていると、「そや、」と渡邊先生が何かを思い出した。
渡「りんちゃん、酔っ払った白石介抱したんやって?」
『は、はいっ』
渡「何か言うてたかー?」
何か……と昨日の夜を思い出したら、カァァとまた顔が熱くなった。
『(な、何て言ってたかな…)』
あの夜、頭がついていくのが精一杯で、白石さんの言葉に答える余裕がなくて。
ただ、初めて見る白石さんの表情に胸が痛くなった。
渡「酔っ払うと本音が出る言うから気になってな」
本音……?
「りんちゃんが、好きなんや」
「好きや……もっと近付きたい」
頭の中に苦しそうな白石さんの声が響いてきて、ドクンと鼓動が鳴る。
私は、白石さんに抱き締められるだけで近付けた気でいた。
だけど白石さんは、もっとって……
『(…今のままじゃ、嫌なのかな)』
私は…こうして白石さんが傍にいてくれるだけで嬉しいよ。でも、
俯きながらぎゅっと唇を噛んだことは、誰にも気付かれなかった。