travel!! 前編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
温泉は「癒しの湯」、「美肌の湯」と様々なものがあり、中も十分すぎるほどに広い。
その1つに浸かりながら、紅葉は「極楽やな~」と足を伸ばした。
紅「…で、どないしたん?りんちゃんは」
『…………』
紅「光の言うたこと気にしてるん?」
肩が隠れるくらいに身体を湯に沈めたりんは、ここに来た時からずっとおとなしかった。
心配した紅葉が問い掛けるも、りんの表情や体勢に変化はあらず。
素直になれない黒髪の後輩を思うと、まったく…と溜め息を吐きたくなる。
そんな感情を抑え、紅葉はりんに近寄った。
紅「りんちゃん、かわええとこぎょうさんあるやん。コンプレックスの1つや2つ、人間誰でもあるで」
『…紅葉さんも?』
紅「当たり前やん。特に、この逞しい腕とかなぁ」
「ほら、」と紅葉は自身の腕を曲げてみせる。
それでも、引き締まったスタイルは羨ましいものである。
紅「あとは肌とかな。りんちゃんが羨ましいわ。色白で柔らかそうで……」
『ふ、ふぇ!?』
紅葉の話に耳を傾けていたりんは、突然伸びてきた手をかわすことが出来なかった。
二の腕やお腹辺りをつままれ、そのくすぐったさに笑ってしまう。
紅「あー…蔵に叱られるから、もうやめとかな」
『へ、どうして白石さんが?』
紅「(俺より先に触りよって、とか言いそうやし)何でやろなぁ」
『??』
幼馴染みの嫉妬深さは度肝を抜くほどである。
それもすべて、りんにメロメロだからなのだろうが……
何処か遠くを見つめる紅葉に、りんは小首を傾げた。
りんが扇風機で涼んでいると、"1階のゲームセンターに集合☆"と、絵文字のたくさん付いたメールが小春から届いた。
後から行くと言う温泉好きの紅葉に頷いて、りんはそこを目指して歩いている。
賑やかな声に顔を覗かせてみると、自分と同じ浴衣を身に纏った彼等の姿があった。
謙「スピード勝負なら負けへんっちゅー話や!」
渡「はっはー謙也、オサムちゃんに勝とうなんざ10年早いでぇ」
端にあるゴーカートを乗っ取り、白熱する2人。
謙也はまだしも、大の大人が本気になっている姿は相当滑稽である。
彼等以外に人がいないことが、せめてもの救いだろう。
『(た、楽しそう…)』
すっかり交ざるタイミングを見失っていると、頬に冷たいものが当てられた。
その拍子にりんの口からは『ひゃう!?』と変な声が出る。
財「ん、いるやろ」
『ざ、財前さん…!』
りんは暫く目を丸くしていたが、お礼を述べてから差し出されたジュースを受け取った。
好きな味のそれは、ひんやりと喉を潤す。
いつも苦手な飲み物を差し出されていたのに…とちらり隣を見ると、財前は缶コーヒーに口を付けていた。
財「…なんや」
『!財前さんってブラックコーヒー飲めるんですね』
財「普通やろ」
『そ、そうですよね……』
数秒で、会話が続かないことに挫けてしまいそうになる。
「お子様はまだ飲めへんか」とからかってきそうなものなのに、何故か無口な財前。
りんもどうしたら良いかわからなくなってしまい、手持ちのジュースを勢い良く飲み干した。
小「りんちゃん浴衣似合うとるやないのぉ~」
『は、はわ…!』
後ろからぎゅっと抱き付いてきた小春に驚いて、落ちそうになったジュースを慌ててキャッチした。
「浮気かぁ!」と続いてやってくるユウジと交互に見て、財前は眉間に皺を寄せていた。
その凄みのある顔で睨まれても特に怯むことがないのは、同じチームメイトだからだろう。
『!小春さん、それ…』
財前のオーラに気付かないりんは、小春の持っていたくまのぬいぐるみに首を傾げる。
クリーム色で、首もとがピンクのリボンで結ばれたそれは、つぶらな瞳がとても可愛らしかった。
小「これね、あそこのユーホーキャッチャーでユウくんに取ってもらったのよぉ~」
ユ「ま、ちょっと弄れば楽勝やったけどな!」
『!わ、すごいですね!』
キラキラと大きな瞳を輝かせながら、小春に抱かれるぬいぐるみを見つめる。
一方の財前は嫌なものでも見るように目を細めていたが、りんの反応によって表情を変えた。
くまのぬいぐるみを鷲掴みし、ユーホーキャッチャーの側まで歩いていく姿を3人はポカンと口を開けて見つめる。
ユ「お前…!小春の熊子(←ぬいぐるみの名)に何するんや!!」
小「いやや、乱暴にしないでぇ!」
財「…………」
投げ掛けられる声を無視して、財前は小銭を機械に入れた。
多くの者を苦しませるそれを軽々と操作すると、くまの耳を掴む。
瞬きを繰り返していたりんも、気付いたら夢中でその様を見つめていた。
穴の中に落ちた瞬間、大きな目がパァアと輝く。
『すごい…財前さん落ちました!』
すごいすごいと自分のことのように喜んでいたりんの顔は、柔らかいもので覆われた。
ボスッと押し付けられた衝撃で、『はぅ!?』と身体を浮かす。
目の前にあるのは、くまのぬいぐるみだった。
『え、えっと??』
財「…早よ受け取れや」
桜色のぬいぐるみと交互に見て戸惑うりんに、財前は短く言い捨てる。
もしかしたら自分にくれるのかなと思えたのは、複数のピアスを付けた耳が赤く見えたから。
『…ありがとうございます、財前さん!』
ぎゅっとそれを抱き締めると、ふわふわした手触りの良い生地が気持良くて。
嬉しそうな笑顔を向けるりんに、財前はふ、と薄い口元を緩めた。
普段意地悪なことを言う時に見せる笑顔ではない、自然なもの。
『(ざ、財前さんが笑った…!)』
そんな彼を見たりんは、不思議と自分も嬉しくなってしまい、笑顔になっていた。
ニコニコと笑うりんが気に入らないのか、額にデコピンをされる。
『何するんですかっ』と涙目で訴えていると。
金「あー!光がりん苛めとるでぇ!」
『ゎわ、金ちゃん!?』
離れた位置からそう叫ぶなり、金太郎はダダダダと猛スピードで走ってきた。
向かい合う財前とりんの間に入り、きしゃー!と威嚇する姿は猫のようだ。
りんが言葉を選んでいる間に、少し遅れてやってきた白石が「こーら金太郎」と首根っこを掴んだ。
金「せやけど光がかつあげようとしとるで!」
『ええ!』
財「何でやねん」
白「そうやで金ちゃん。勘違いはアカン。…せやけど、」
白石はすっと手を伸ばすとりんの前髪を上げ、財前にデコピンされた部分に優しく触れた。
白「りんちゃんに手上げるのは感心せぇへんな」
労るように撫でられれば、りんは恥ずかしさでカァァと顔を赤く染める。
俯いていたので気付かなかったが、白石の目はりんの抱くぬいぐるみを捉えていた。
財「…遅かったやないですか。えらい長風呂っスね」
白「折角温泉に来たんやから、つからなもったいないやろ」
りんを間に挟み、2人は見つめ合う。(睨み合う)
白石の周りの温度が急激に冷たくなった為に、金太郎の身体はビクッと震えた。
不穏な空気を感じ取った皆は一斉に違う話をし始めたが、かなりわざとらしい。
紅「おー集まっとるなぁ…て(入りづらっっ)」
今正にゲームセンターに到着した紅葉は、真っ黒いオーラを放つ彼等を見た瞬間、肩に掛けていたタオルを落とした。
普通ならスルーしたいものだが、りん絡みとなればそうもいかない。
紅葉は呆れながら近付いていくと、恐怖で泣き出す寸前の金太郎が抱き付いてきた。
謙「よっしゃー!!5ポイント連取や!」
この場に不相応な声が飛んだお陰で、彼等の意識は一瞬擦れた。
奥の卓球台にいる謙也は、両手を上げて喜びに浸っていた。
浴衣の袖を捲り上げているのが、真剣さを物語っている。
健「謙也は卓球でもスピードなんやな…」
謙「当たり前やっちゅーねん!小石川ももっと本気で来いや」
小「きゃー!謙也くん男前やわー!」
ユ「!浮気かぁ小春!」
スキップするように近寄ったかと思えば、謙也の二の腕を触る小春。
顔を真っ青にする謙也に、物凄い剣幕で詰め寄るユウジ。
数少ない傍観者もどこからツッコめば良いのかわからなくなってきた時、「白石部長」と冷めた声がした。
財「折角やし、対戦しないっスか?……………まぁ負ける気しないですけど」
白「何や生き生きしとるなぁ財前くん……………後悔するで?」
『(…え、えとっ)』
再びバチバチと火花を散らし始めてしまう。
2人の間には、捕えられた草食動物のように身を縮めるりんがいたのだった。