一筋の光
名前変更
名前変更夢主(主人公)のお名前をこちらで変えられます。
【デフォルト】
高野 千良(たかの ちよ)
※一部名前が登場しないお話もあります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「甲斐での暮らしが少し心配だっただけ。でももう大丈夫よ」
にこりと笑みを浮かべ、佐助こそ私がいなくなると寂しくなっちゃうんじゃないかしら。
なんて冗談を言うと、突然背後から抱きしめられた。
私の鼓動は高鳴り、どうしたのですかと尋ねると、佐助の笑い声が聞こえる。
「これから男のところへ行くのに、んな無防備だと簡単に襲われそうだな」
「っ!? い、今のは驚いただけで」
慌てて言い訳をするも、はいはいと受け流され佐助は姿を消してしまう。
私に熱だけを残して。
それからまた数日が経ち、遂に明日甲斐へと立つ日を前にした。
城内も落ち着きを取り戻し、今日は父上と母上に改めて別れの挨拶をした。
明日にはこの国を去る。
私が生まれ育ち、父上に母上、佐助がいるこの国。
沢山の思いや思い出の詰まったこと場所ともお別れなのだと思うと不思議な感覚を感じる。
「姫さん」
突然の声に視線を向ければ、そこには佐助の姿。
共に過ごした時間は誰よりも長く、私の傍にいつもいてくれた。
私の好きな人。
「明日で俺の世話係兼護衛も終いなんで、ようやくこれからは忍びの任につけますよ」
「はいはい、よかったわね」
いくら何でも少しくらい寂しがってくれてもいいのに。
妹扱いだとしても、寂しいくらいの感情はあるものではないだろうか。
それともやはり忍びだから、感情に左右されてられないってことなのかもしれない。
何だかそれは寂しいが、これなら私がいなくなったあとも佐助は大丈夫そうだ。
元は優秀な忍びのため、きっと父上達の力になってくれるだろう。
私は佐助の手を両手で握り、あとのことは任せましたよ、と真剣な表情で真っ直ぐに見詰め言うと、当たり前ですよと答えて姿を消した。
この国で過ごす最後の夜。
私は夢を見た。
それは、今から数年前。
こっそりお城を抜け出したとき、私は木の根本で倒れている人を見つけた。
その人の意識はなく、酷い怪我をしている。
早く手当をしたいところだが、私一人で運ぶのは難しく、一度お城へ戻ると女中を呼び、男を空いている部屋へと運ぶ。
父上に事情を話男を見たところ、着ているものが忍び装束であることがわかった。
もしかすると、この国、もしくは父上を狙っている者が偵察に寄こしたのかもしれないと言う父上に、私は直ぐに医者を呼ぶように頼む。
もしそうだとしても、このまま見殺しになどできるはずがない。
「そうだな。もし偵察や暗殺のためなら、このような深手を負っているのは不自然だからな」
治ったあと詳しく話を聞くということになり、直ぐに医者を呼び手当をしてもらう。
どうやら傷口から毒が入ったらしく、しばらく痛みがともなるだろうと言われた。
それから数日、毒のせいで魘される毎日が続いたが、しばらくして収まり、男はようやく目を覚ました。
状況が理解できていないらしく、木の根本で怪我をして倒れていたことや、数日が経っていること。
そしてここはお城であることを話すが、男は口を開こうとはしない。
寝たきりだったため飲まず食わずだった男に食事を持っていくが一切手をつけず、流石に頭にきた私はお粥を掬うと男の口の前に差し出す。
「食べてください。一気にお腹に入れると良くないのでゆっくりでいいですから」
男の目をじっと見たまま動かずにいると、諦めたのか私からお粥ののった匙を掴み口へと運ぶ。
それからはしっかり食べてくれるようになり、怪我も回復した頃。
夕餉を済ませた男の器を片付けようとしたとき、すまない、と小さいが確かに声が聞こえた。
こうして会話もしてくれるようになり、一体何があったのか経緯を尋ねると、男は抜け忍であることを話した。
怪我は追手の忍びによりやられたものらしく、その際に毒のせいで気を失ってしまったようだ。
「何それ……元は仲間だったんでしょ。なのに毒って」
忍びの事はわからない。
でも、仲間だった人を傷つける理由なんて知りたくもない。
私が一人怒っていると、何でアンタが怒るんだよと笑い、俺の名は猿飛 佐助だと名前を教えてくれたので、私も自分の名を教える。
思えばこの時にはもう、すでに私は佐助のことが気になっていたのかもしれない。
その後は、私が父上に頼んで佐助をこのお城に置いてほしいと頼んだ。
最初は悩んだ父上だったが、後日私と佐助は呼び出され、佐助は私の世話係兼護衛役に任命された。
理由は、私がよくお城を抜け出すため、その見張り役というわけだ。
勿論そのままの姿では追手の忍びに気づかれてしまうため、城外では必ず変装をする。
顔も別人で声まで変えれてしまうため、最初は驚いたものだ。
今でも慣れないのは、音もなく突然現れることだろうか。
翌朝目を覚ますと、何だか懐かしい夢を見てしまったことで、少し寂しさを感じる。
だが、今日は甲斐への出立つの日。
今から籠に揺られて行くことになる。
お付きの者が一人付き、私の荷物はその人が運んでくれるのだが、残念ながら佐助ではない。
そして国を離れる別れのとき。
父上と母上に別れを告げるが、そこに佐助の姿はなく、結局別れを言えないまま甲斐へと向かうが、道中私は元気がなかった。
最後くらいお別れを言いたかったのに言えなかったのだから無理もない。
私は妹でもなかったのかな、とそんなことばかり考えていると、日が沈みかかったころようやく甲斐のお城に到着した。
直ぐに幸村様がやって来て、信玄様の待つ部屋へと案内される。
少しの会話と挨拶が終わったあと用意された部屋に入ると、そこには私の荷物を運んでくれていたお付きの人の姿があった。
「荷物、ありがとうございました」
「いえ。それより姫様、お元気がないようですが大丈夫ですか?」
信玄様達と別れたから一気に気持ちが顔に出てしまったらしく、私は苦笑いを浮かべながら話す。
大切で大好きな人がいて、その人にお別れが言えなかったこと。
見送りにまで来てくれなかったんですよ、とぎこちない笑みを浮かべると、突然私の体は温もりに包まれていた。
私が落ち込んでいると、いつもこうして抱きしめて慰めてくれる。
言葉がなくてもわかる優しさ。
そしてこの優しいぬくもりはただ一人。
「佐助……?」
「気付くのが遅いんじゃないですか」
変装してる佐助に気付けるわけないじゃない、と怒っていると、額に柔らかなものが触れる。
一瞬何が起きたのかわからずにいると、佐助は懐から木箱を取り出し私に渡す。
そして、幸せになれよ、という言葉を残して姿を消してしまった。
一瞬の出来事にようやく理解したとき、私の顔はみるみる紅く染まっていく。
「何であんなこと……」
視線を下に落とすと、手に持った木箱を思い出し開ける。
するとそこには、前に私が見ていた桜の簪が入っている。
私は簪を胸の前で大事に抱きしめ、静かに一筋の光を流した。
《完》