湖の妖精
もし魔法が使えたら。
そんなことを考えた事が、少なかれある人もいるだろう。
もし実際に魔法が使えるとしたら、その人を羨ましいと思うだろうか。
よく言えば魔法使い、悪く言えば魔女。
魔法使いと言えば聞こえはいいが、魔女と聞いたらどうだろう。
どちらも同じ魔法が使える人物を指す言葉だが、昔は皆不思議な力に驚き、魔女だと恐れた。
現代では魔法使いなんて可愛らしく呼ばれるようになり、小さい子は魔法使いになりたいと思う者までいる。
そして今、森の中の小さな小屋に、そんな憧れの魔女が住んでいた──。
「ねえねえ」
「なんだ」
「たまには街へ出てみましょうよ」
外へ連れ出そうとしているのは、小さな妖精。
そんな妖精の言葉に嫌だと私は拒否する。
「もう何百年も街に出てないじゃない。今は昔と違って貴女が魔女だって知る人間もいないし、魔法さえ使わなければ普通の人間と変わらないんだから」
「なんと言われようと断る。私は人間が嫌いなんだ」
頑なに街へ行こうとしないのには理由がある。
それは数百年前に遡り、まだテレビもない頃の事だ。
最初は魔女と人間は仲良く助け合っていた。
そんなある日、事件は起きた。
魔女と人間が喧嘩をし、魔女は魔法で相手を傷つけてしまった。
その事がきっかけとなり、人間の魔女を見る目が変わった。
「魔女よ」
「嫌ね、何処かへ行ってくれないかしら」
「何されるかわかったもんじゃないわ」
人間の魔女に対する感情は恐怖に変わり、魔女を危険視した人間たちは次々に魔女を殺していった。
そして生き残った一人の魔女は、街から離れた森で身を潜め暮らした。
その生き残りが私だった。
「人間は何もしてない私の仲間を次々と殺した。そんな奴等の住むところになんて二度と行くものか」
「でも、何百年もこうして過ごしているなんて退屈じゃない?」
「退屈じゃない。近くには湖だってある。それに川では魚もとれるからな。なに不自由なく暮らせている」
私は小屋を出て行くと、夜の湖へと向かう。
湖に映し出される夜空はとても綺麗で、その上を歩くことが私の楽しみ。
そして今夜も何時ものように水の上を歩いていると、何かの気配を感じ振り返る。
するとそこには、こちらを見ている青年の姿があった。
私は水面を歩き、その青年のいる方へ近づくと、地面に足をつけキッと睨み付ける。
この場所に魔女がいることが知られれば、自分も仲間のように殺されかねない。
その前に、青年を始末しようと考えたのだが、何故か私の手は青年の両手に包まれていた。
「貴女が湖を歩く姿、とても綺麗でした。妖精って本当にいたんですね」
青年の瞳は星が入っているかのようにキラキラと輝いている。
久しぶりの人の手の温もりに、私は頬を染めながら手を振り払う。
「お前は人間だろう。何故人間がここにいる」
「あはは、それが道に迷ってしまって」
「笑い事じゃないだろ! はぁ……。着いてこい」
私は自分の小屋に青年を連れてくると、背を向けたまま「今日一晩だけ泊めてやる」と、青年に2階を使わせた。
正直人間は嫌いだが、この青年の瞳は私の好きな夜空のようで放っておけず連れてきてしまった。
運良く妖精だと勘違いしてくれているようなので、朝までなら問題ないだろう。
翌朝。
森の抜け道まで案内すると、青年は街へと帰っていった。
「珍しいわね。人間嫌いの貴女が」
「勘違いするな。アイツは私が妖精だと勘違いしていたから見逃してやっただけだ。それに、私の事も誰にも話すなと口止めもしたからな」
「フフ、貴女が妖精……」
そんな私の気紛れは、翌日には後悔へと変わる。
何時ものように水の上を歩いていると「妖精さん」と呼び掛けられ、私は目を疑った。
そこには青年の姿があり、何故また来たのか尋ねれば「妖精さんにまた会いたくて」なんて言い出す。
「私に……?」
「うん。迷わずに来れてよかったよ」
この日から、毎晩青年は湖に訪れた。
何度も来るなと言っても聞かない青年に「勝手にしろ」と言うと、星が輝く夜の晩にいつも湖にやって来た。
青年はただ、私が水の上を歩いている姿を見ては帰る毎日。
一体何を考えているのか理解不能だ。
そして今宵もやって来た青年に、私は一言「明日は雨だな」と言った。
「え、そんなこともわかっちゃうの? 妖精さん凄いね」
妖精ではなく魔女だからわかるのだが、明日が雨ということは、青年は湖にはやって来ないということ。
ほっとすると同時に寂しさを感じるのは、きっと人間と一緒にいすぎたからに違いない。
今まで忘れていた人の温もり。
これ以上青年に会うべきではない。
翌日。
私の言った通り雨は降り、その翌日は晴れたのだが、私は湖へ行かなかった。
「最近湖に行ってないみたいだけど、いいの?」
「いいんだ」
「でもあの青年、毎晩あの湖に来てるわよ」
妖精の言葉で肩がピクリと動く。
だが、そのうち諦めるだろうと、湖へは決していかなかった。
あの湖を歩けないのは残念だが、何百年も今まで生きてきたのだから、人間が諦めるまでなんてあっという間の事。
それから数ヵ月が経った頃、妖精の話で青年は湖に現れなくなったと聞き、あの湖へ行くことにした。
久しぶりの湖はやはりとても綺麗で、水の上に乗ると、まるで舞うように踊る。
だが、心に穴が開いたような気持ちになる理由はわからない。
そんなことを考えながら舞っていると、突然何処からか拍手が聞こえ視線を向ける。
「なんで……」
いるはずがないというのに、そこには青年の姿があり、何故か心に空いていた穴が埋まっていく。
「もう来ないのかと思ったよ。でも、また会えてよかった」
その言葉で目頭が熱くなり、それを隠すように青年に背を向ける。
「私は貴方と会いたくない」
「え、何故だい?」
「私は妖精なんかじゃないからだ」
そう、私は人間とは仲良くなれない魔女。
この青年も、もし目の前にいる女が魔女であることを知れば、街の人達を連れて殺しに来るに違いない。
だが、このまま嘘をつき続けることが苦しくなり、いっそのこと真実を伝えた方のが楽になれるかもしれないと思った。
自分が魔女であることを伝えようとしたそのとき、背後から暖かな温もりがフレアを包み込む。
「妖精さんは妖精さんだよ。僕は君を見たあの日から、一日だって君を忘れたことはないよ」
「違う……。私は、妖精じゃなくて……」
青年の温もりから離れると魔法を使い、目の前の湖を凍らせて見せた。
「私は魔女だ」
これで全てが終わる、そう思った。
そう思ったというのに、青年が発した言葉に涙が頬を伝う。
〝魔女でも関係ない。君は僕の妖精さんだから〟
何百年も孤独に生きてきて、思い出してしまった人の温もり。
だが、いくら時が経とうとも、人間が自分達の仲間を殺したことに変わりはない。
そんな人間を愛してしまった自分は許されるのだろうか。
二人抱き合い唇を重ねる。
私が小屋へ戻ると、ニシシと笑う妖精の姿。
青年が来なくなったというのは妖精の嘘だったのだとわかる。
そのお陰でまた人間の温かさに触れることが出来たのだから、今回は大目に見ることにして眠りにつく。
だがその翌日以降、青年が湖に現れることはなかった。
「やっぱり、魔女と人間が仲良くなどなれるはずがなかったんだ」
そんなことをポツリと呟くと、妖精が慌てた様子で小屋へと入ってくる。
一体どうしたのか聞くと、私はほうきを持ち外へ飛び出した。
ほうきに跨がり何百年振りかの街へ向かう。
人間に気づかれないように、空から探し青年を見つけた。
眠るようにして棺の中に入っている青年を。
棺の蓋が閉められると、墓へと運ばれ埋められた。
誰もいなくなった墓の前に降りると、私は墓石に刻まれた青年の名を指でなぞる。
墓の前で泣き崩れながら叫ぶ声は、降りだしたどしゃ降りの雨によりかきけされる。
一頻り泣いたあと、妖精から聞いた言葉が頭の中で聞こえた。
〝あの青年なんだけど、通り魔に殺されたって。今葬儀が行われてて――〟
その日の夜、まだ激しい雨が降る中、一人の女性が通り魔に刃物で刺された。
「人の命ってのは呆気ないねぇ」
地面に血を流し倒れる女を見下ろしながら言うと、通り魔はその場から何事もなかったかのように去ろうとする。
そんな通り魔の目の前に、傘もささずにズブ濡れになっている一人の女が姿を現した。
「見られちまったか。なら、あんたもここで殺しておかなきゃな」
刃物を手に近づいてくる男を前に、女は逃げることもできないのか、その場から動かない。
そんな様子の女に笑みを浮かべ迫る通り魔に、女は口を開く。
「人間っていうのは、魔女を恐ろしいと言い殺す。魔女だけでなく同じ人間でさえも」
「何言ってんだ。恐怖で可笑しくなっちまったのか?」
女が杖を出し振るうと、通り魔の手が勝手に動き、自分の胸をナイフで刺す。
地面に倒れる通り魔を見下ろす女の瞳は、漆黒の闇の様に黒く、その姿は魔女というよりも悪魔のようだ。
「私は人間の方が怖い存在だと思うがな。でも、魔女を怒らせたらそれよりも怖いってことを覚えておいた方がいい。まぁ、もう聞こえてないだろうが」
ほうきに跨がりその場を去る。
向かった先は青年の墓。
雨は強さを増し雷が鳴り響く。
「人間は弱い。そして貴方も弱かったから死んでしまった」
墓石を撫でると、私は笑みを浮かべる。
そんな人間を愛してしまった自分も弱いのだと、自分の心臓をナイフで刺す。
青年の墓の前で、自ら自分の命を奪った魔女は翌日発見された。
笑みを浮かべ、眠るように墓の傍で倒れる魔女の目尻には、昨夜降り続いた雨のせいなのか雫が溜まっており、まるで泣いているかのようにそれは頬を伝う。
《完》
そんなことを考えた事が、少なかれある人もいるだろう。
もし実際に魔法が使えるとしたら、その人を羨ましいと思うだろうか。
よく言えば魔法使い、悪く言えば魔女。
魔法使いと言えば聞こえはいいが、魔女と聞いたらどうだろう。
どちらも同じ魔法が使える人物を指す言葉だが、昔は皆不思議な力に驚き、魔女だと恐れた。
現代では魔法使いなんて可愛らしく呼ばれるようになり、小さい子は魔法使いになりたいと思う者までいる。
そして今、森の中の小さな小屋に、そんな憧れの魔女が住んでいた──。
「ねえねえ」
「なんだ」
「たまには街へ出てみましょうよ」
外へ連れ出そうとしているのは、小さな妖精。
そんな妖精の言葉に嫌だと私は拒否する。
「もう何百年も街に出てないじゃない。今は昔と違って貴女が魔女だって知る人間もいないし、魔法さえ使わなければ普通の人間と変わらないんだから」
「なんと言われようと断る。私は人間が嫌いなんだ」
頑なに街へ行こうとしないのには理由がある。
それは数百年前に遡り、まだテレビもない頃の事だ。
最初は魔女と人間は仲良く助け合っていた。
そんなある日、事件は起きた。
魔女と人間が喧嘩をし、魔女は魔法で相手を傷つけてしまった。
その事がきっかけとなり、人間の魔女を見る目が変わった。
「魔女よ」
「嫌ね、何処かへ行ってくれないかしら」
「何されるかわかったもんじゃないわ」
人間の魔女に対する感情は恐怖に変わり、魔女を危険視した人間たちは次々に魔女を殺していった。
そして生き残った一人の魔女は、街から離れた森で身を潜め暮らした。
その生き残りが私だった。
「人間は何もしてない私の仲間を次々と殺した。そんな奴等の住むところになんて二度と行くものか」
「でも、何百年もこうして過ごしているなんて退屈じゃない?」
「退屈じゃない。近くには湖だってある。それに川では魚もとれるからな。なに不自由なく暮らせている」
私は小屋を出て行くと、夜の湖へと向かう。
湖に映し出される夜空はとても綺麗で、その上を歩くことが私の楽しみ。
そして今夜も何時ものように水の上を歩いていると、何かの気配を感じ振り返る。
するとそこには、こちらを見ている青年の姿があった。
私は水面を歩き、その青年のいる方へ近づくと、地面に足をつけキッと睨み付ける。
この場所に魔女がいることが知られれば、自分も仲間のように殺されかねない。
その前に、青年を始末しようと考えたのだが、何故か私の手は青年の両手に包まれていた。
「貴女が湖を歩く姿、とても綺麗でした。妖精って本当にいたんですね」
青年の瞳は星が入っているかのようにキラキラと輝いている。
久しぶりの人の手の温もりに、私は頬を染めながら手を振り払う。
「お前は人間だろう。何故人間がここにいる」
「あはは、それが道に迷ってしまって」
「笑い事じゃないだろ! はぁ……。着いてこい」
私は自分の小屋に青年を連れてくると、背を向けたまま「今日一晩だけ泊めてやる」と、青年に2階を使わせた。
正直人間は嫌いだが、この青年の瞳は私の好きな夜空のようで放っておけず連れてきてしまった。
運良く妖精だと勘違いしてくれているようなので、朝までなら問題ないだろう。
翌朝。
森の抜け道まで案内すると、青年は街へと帰っていった。
「珍しいわね。人間嫌いの貴女が」
「勘違いするな。アイツは私が妖精だと勘違いしていたから見逃してやっただけだ。それに、私の事も誰にも話すなと口止めもしたからな」
「フフ、貴女が妖精……」
そんな私の気紛れは、翌日には後悔へと変わる。
何時ものように水の上を歩いていると「妖精さん」と呼び掛けられ、私は目を疑った。
そこには青年の姿があり、何故また来たのか尋ねれば「妖精さんにまた会いたくて」なんて言い出す。
「私に……?」
「うん。迷わずに来れてよかったよ」
この日から、毎晩青年は湖に訪れた。
何度も来るなと言っても聞かない青年に「勝手にしろ」と言うと、星が輝く夜の晩にいつも湖にやって来た。
青年はただ、私が水の上を歩いている姿を見ては帰る毎日。
一体何を考えているのか理解不能だ。
そして今宵もやって来た青年に、私は一言「明日は雨だな」と言った。
「え、そんなこともわかっちゃうの? 妖精さん凄いね」
妖精ではなく魔女だからわかるのだが、明日が雨ということは、青年は湖にはやって来ないということ。
ほっとすると同時に寂しさを感じるのは、きっと人間と一緒にいすぎたからに違いない。
今まで忘れていた人の温もり。
これ以上青年に会うべきではない。
翌日。
私の言った通り雨は降り、その翌日は晴れたのだが、私は湖へ行かなかった。
「最近湖に行ってないみたいだけど、いいの?」
「いいんだ」
「でもあの青年、毎晩あの湖に来てるわよ」
妖精の言葉で肩がピクリと動く。
だが、そのうち諦めるだろうと、湖へは決していかなかった。
あの湖を歩けないのは残念だが、何百年も今まで生きてきたのだから、人間が諦めるまでなんてあっという間の事。
それから数ヵ月が経った頃、妖精の話で青年は湖に現れなくなったと聞き、あの湖へ行くことにした。
久しぶりの湖はやはりとても綺麗で、水の上に乗ると、まるで舞うように踊る。
だが、心に穴が開いたような気持ちになる理由はわからない。
そんなことを考えながら舞っていると、突然何処からか拍手が聞こえ視線を向ける。
「なんで……」
いるはずがないというのに、そこには青年の姿があり、何故か心に空いていた穴が埋まっていく。
「もう来ないのかと思ったよ。でも、また会えてよかった」
その言葉で目頭が熱くなり、それを隠すように青年に背を向ける。
「私は貴方と会いたくない」
「え、何故だい?」
「私は妖精なんかじゃないからだ」
そう、私は人間とは仲良くなれない魔女。
この青年も、もし目の前にいる女が魔女であることを知れば、街の人達を連れて殺しに来るに違いない。
だが、このまま嘘をつき続けることが苦しくなり、いっそのこと真実を伝えた方のが楽になれるかもしれないと思った。
自分が魔女であることを伝えようとしたそのとき、背後から暖かな温もりがフレアを包み込む。
「妖精さんは妖精さんだよ。僕は君を見たあの日から、一日だって君を忘れたことはないよ」
「違う……。私は、妖精じゃなくて……」
青年の温もりから離れると魔法を使い、目の前の湖を凍らせて見せた。
「私は魔女だ」
これで全てが終わる、そう思った。
そう思ったというのに、青年が発した言葉に涙が頬を伝う。
〝魔女でも関係ない。君は僕の妖精さんだから〟
何百年も孤独に生きてきて、思い出してしまった人の温もり。
だが、いくら時が経とうとも、人間が自分達の仲間を殺したことに変わりはない。
そんな人間を愛してしまった自分は許されるのだろうか。
二人抱き合い唇を重ねる。
私が小屋へ戻ると、ニシシと笑う妖精の姿。
青年が来なくなったというのは妖精の嘘だったのだとわかる。
そのお陰でまた人間の温かさに触れることが出来たのだから、今回は大目に見ることにして眠りにつく。
だがその翌日以降、青年が湖に現れることはなかった。
「やっぱり、魔女と人間が仲良くなどなれるはずがなかったんだ」
そんなことをポツリと呟くと、妖精が慌てた様子で小屋へと入ってくる。
一体どうしたのか聞くと、私はほうきを持ち外へ飛び出した。
ほうきに跨がり何百年振りかの街へ向かう。
人間に気づかれないように、空から探し青年を見つけた。
眠るようにして棺の中に入っている青年を。
棺の蓋が閉められると、墓へと運ばれ埋められた。
誰もいなくなった墓の前に降りると、私は墓石に刻まれた青年の名を指でなぞる。
墓の前で泣き崩れながら叫ぶ声は、降りだしたどしゃ降りの雨によりかきけされる。
一頻り泣いたあと、妖精から聞いた言葉が頭の中で聞こえた。
〝あの青年なんだけど、通り魔に殺されたって。今葬儀が行われてて――〟
その日の夜、まだ激しい雨が降る中、一人の女性が通り魔に刃物で刺された。
「人の命ってのは呆気ないねぇ」
地面に血を流し倒れる女を見下ろしながら言うと、通り魔はその場から何事もなかったかのように去ろうとする。
そんな通り魔の目の前に、傘もささずにズブ濡れになっている一人の女が姿を現した。
「見られちまったか。なら、あんたもここで殺しておかなきゃな」
刃物を手に近づいてくる男を前に、女は逃げることもできないのか、その場から動かない。
そんな様子の女に笑みを浮かべ迫る通り魔に、女は口を開く。
「人間っていうのは、魔女を恐ろしいと言い殺す。魔女だけでなく同じ人間でさえも」
「何言ってんだ。恐怖で可笑しくなっちまったのか?」
女が杖を出し振るうと、通り魔の手が勝手に動き、自分の胸をナイフで刺す。
地面に倒れる通り魔を見下ろす女の瞳は、漆黒の闇の様に黒く、その姿は魔女というよりも悪魔のようだ。
「私は人間の方が怖い存在だと思うがな。でも、魔女を怒らせたらそれよりも怖いってことを覚えておいた方がいい。まぁ、もう聞こえてないだろうが」
ほうきに跨がりその場を去る。
向かった先は青年の墓。
雨は強さを増し雷が鳴り響く。
「人間は弱い。そして貴方も弱かったから死んでしまった」
墓石を撫でると、私は笑みを浮かべる。
そんな人間を愛してしまった自分も弱いのだと、自分の心臓をナイフで刺す。
青年の墓の前で、自ら自分の命を奪った魔女は翌日発見された。
笑みを浮かべ、眠るように墓の傍で倒れる魔女の目尻には、昨夜降り続いた雨のせいなのか雫が溜まっており、まるで泣いているかのようにそれは頬を伝う。
《完》
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