入れて

 雨が降り、雲で星も月も隠れてしまっている夜。
 傘を差し歩いていると、電柱の側で一人の女性が立っている。

 その前を通り過ぎようとしたとき「入れて」と声をかけられる。
 そこで歩みを止め声のする方を見ると、長い髪の隙間から覗いた女性の目と合う。
 傘も差さずに立ち尽くした女性は全身びしょ濡れ。
 でも傘を貸してしまっては自分が濡れてしまう。

 どうしたらいいのか考えていると「入れて」とまた声がする。
 このままでは女性が風邪を引いてしまうと思い「いいですよ」と答えると、女はニーっと不気味な笑みを浮かべ姿を消した。



「その女性の入れてっていうのは、傘の中じゃなくてその人の中に入れてって意味だったの」

「つまり女性はその人に憑依したってこと?」



 誰もいない教室で、女生徒二人は怖い話で盛り上がっていた。
 作り話だったり、都市伝説だったり。
 夏にはやっぱり怖い話だよねということで、下校前に二人で盛り上がっていると、突然教室の扉が開いて二人の肩がビクッと跳ね上がる。

 視線を向ければ先生がいて「まだ残ってたのか。遅くなる前に帰れよー」と言われた二人は時計を見て慌てて教室を出た。



「この天気だと時間もわかんないよね」

「雨で空にはどんよりとした雲。まるでさっきの怖い話みたいな天気だもんね」



 そんな会話をしていると、片方の女生徒が声のトーンを下げ言う。
 実はあの話だけは作り話じゃなくて、ここ最近この地域だけで噂されている話だと。



「ちょっとー、そうやって怖がらせないでよ」

「あはは! ごめんごめん。ただの噂だけど、火のないところに煙は立たぬとか言うからねー」

「またそうやって脅かすー」



 笑いながら二人別れると、片方の女生徒が一人帰路を歩く途中、先程まで怖い話をしてたせいか少し怖くなりはじめた。

 取り敢えず遅くならないうちに帰ろうと早足になると「入れて」と声が聞こえ立ち止まる。
 まるで先程友達から聞いた話のようで、恐る恐る振り返ると、女生徒の後には小さな女の子がいた。

 ほっと胸をなでおろし周りを見るが、他に人はいない。
 遅くまで遊んでこんな時間になったんだろうか。



「入れて」



 再び繰り返す女の子の言葉に「いいよ」と笑みを浮かべ答える。
 小さな子をこのままにはできず、家まで送るだけならと思い傘の中に入れると「ありがとう」と女の子は笑みを浮かべた。

 その時ようやく気づく。
 今日は一日ずっと雨だった。
 こんな小さな子が一人で、親の迎えもなしに遊んでいるだろうか。

 時間を忘れて遊ぶということは、小さな子にはよくある事。
 だが、一日中雨が降っているのに傘を持っていないのは不自然。
 それにこの女の子の服は、雨で濡れているはずなのに全く濡れた様子がない。



「入れてくれてありがとう」



 女の子の姿が消えると、女生徒はニーっと笑みを浮かべ呟いた。


《完》
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