夕陽に染まる

 人には初めてが沢山あり、高校生にもなると、その初めては恋愛の話がほとんどとなっていた。



「えーっ、彼氏がいたことがないって本当?」

「しー、春ちゃん声大きいよ」



 声を上げて言う友人の春に、私は自分の口の前に人差し指を立て恥ずかしそうに言う。
 ごめんごめんと言いながら再び椅子に座ると春ちゃんが話を戻したため、私は今まで彼氏がいたことのない事実を話す。

 私は恥ずかしがりやで怖がり、そして臆病でもあるため、ラブレターを貰って指定された場所に行っても、隠れているため相手に気づかれず、相手はフラれたと勘違いして終わる。
 直接告白をされたこともあるが、その場合は恥ずかしさのあまりその場から逃亡。
 そして相手は、それを嫌われたと思い諦める。



「んじゃさあ、折角高校生にもなった訳だし、彼氏を作ることを目標にしたらどうよ?」

「え!? ムリムリムリッ!」



 体の前で両手を思い切り振ると、春ちゃんはその手を掴み、真剣な表情で言う。



「このままでいいわけ。変わりたいと思わないの?」

「でも……」

「大丈夫、私も協力するからさ」

「春ちゃん……。わかった。私、頑張ってみる」



 ようやくヤル気になった私の様子を見て、春ちゃんは誰か良い相手はいないかと教室を見回す。
 そしてその視界にある一人の男子生徒が入る。

 窓際の一番後ろの席であり、私の二つ後ろの席。
 その男子生徒はいつも机に突っ伏しており、先生に呼び出しをくらっているのを何度か見たことがある。



「あの人なんてどう? 一見不良っぽくも見えるけど、案外ああいうタイプが優しかったり──」

「絶対にムリッ!」



 言葉が言い終わるより先に私の否定の言葉が被さると、大声を出したことで私は皆から注目を浴びてしまう。

 恥ずかしさのあまり教室を飛び出すと同時に予鈴がなるが、そんなことにも気づかず走り続けていると、使われていない教室を見つけ駆け込んだ。

 床に座り、足を抱え込むように丸く座り顔を伏せる。
 あんな注目を浴びたあとに教室に戻れるはずもなく、私は授業をサボってしまった。


 それから時間は過ぎ、いつの間にか無人の教室で眠ってしまっていた。



「んっ……私、いつの間にか眠ってたんだ。って、時間!」



 教室の中を見回すが、周りには何もない。
 使われていない教室なのだから当然だ。
 時間を知りたいがスマホは鞄の中。
 教室に戻ることもできず、更に縮こまりながら泣きそうになっていると、廊下から足音が聞こえてくる。

 まさかこの教室に来る人なんていないだろうと思っていたが、その足音は戸の前で止まり、私の目の前の戸が開かれた。

 現れたのは、春ちゃんが言っていた男子生徒であり、私は今すぐにその場から逃げ出したくなる。
 だが、そんな私の心情相手が知るはずもなく、その男子生徒は私から離れた床に座ると、手に持っていたパンの袋を開けた。
 こうなってしまうと怖くて動けず、どうしたらいいのかパニック状態になる。

 何もない教室にパンの袋の音がガサガサと聞こえ、あることに気づき口を開く。



「もしかして、今ってお昼?」



 つい声にしてしまった言葉を押さえ込むように口を手で押さえると、男子生徒はパンを食べ終り立ち上がる。

 扉へと向かうところを見ると、どうやらここから出ていってくれるのだと思い安堵したのも束の間、私が顔を上げると、目の前には男子生徒の顔があり、慌てて後ずさろうとすると壁に後頭部をぶつけてしまった。
 恥ずかしさと後頭部の痛さで顔が上げられずにいると、ぽつりと漏れた男の言葉が耳に届く。



「そんなに俺が怖いのかよ」

「え?」



 私が顔を上げた時にはその男子生徒は扉に手をかけており、そのまま教室を出ていってしまった。



「何だろう……。なんだか悲しい声だった」



 よくわからないが、何故か私の心に寂しさがポツリと雫のように音を立て落ちた。


 それからどのくらい経ったのか、もう教室には誰もいないだろうと思った頃、こっそりと空き教室を出て自分の教室に向かう。

 誰かいるといけないため、こっそりと教室の中を覗くと、そこには窓際に座るあの男子生徒の姿があった。
 その男子生徒は窓の外を眺めており、その横顔がわずかに見える。
 橙色の夕陽に照らされたその男子生徒の横顔がどこか寂しげに見えて見つめていると、視線を窓の外から逸らした男子生徒と目が合ってしまった。

 慌てて逸らそうとしたその時、空き教室での去り際、男子生徒が呟くように漏らした言葉を思い出し、私は顔を伏せたまま教室の中へと入り自分の席へと向かう。
 お互いに会話もなく、無言のまま鞄を持つと、私は男子生徒へと歩み寄る。



「あ、貴方が怖いとか、そうじゃないから。ただ、私、恥ずかしがりやで怖がりで……兎に角、違うから」



 顔を伏せながらだったがハッキリと伝えると、私は教室を出る。



「鼓動が煩いよ……」



 初めて自分の意見をハッキリと伝えたからなのか、鼓動が落ち着かない。
 そんな私が思い出すのは、夕陽に照らされたあの男子生徒の横顔だった。


《完》
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