狼と赤ずきん
赤ずきんの童話はほとんどの人が知ってるよね。
でも、狼が赤ずきんやおばあさんを食べたという事実が本当は違っていたらどうする。
これは誰も知らない、本当の狼と赤ずきんのお話――。
私はいつも家の近くにある森に来ていた。
ここは季節ごとに違うお花が咲くから綺麗で、摘んでは家に飾ったり、病気で寝込んでいるおばあさんのお見舞いに持っていったりしている。
そして今日もその場所に来たけれど、普段誰もいない場所に先客がいた。
灰色の毛並みが風で揺れて、心地よさそうにお花の上で眠っているその姿がとても美しく見えた。
起こさないようにそっと近付く。
なるべく音を立てないようにするけど、草を踏む音でその生き物の耳がピンっと立って目が開く。
青い瞳はまるで空。
更に近付こうと足を一歩踏み出すと、その生き物はスッと立ち上がり唸りを上げる。
「ごめんなさい。お昼寝の邪魔をして」
私はここにあるお花を摘みに来たことを話すと、まるで言葉を理解したかの様に唸るのを辞めて去っていく。
「待って!」
私がその背に声をかけると、その生き物は立ち止まり顔だけをこちらへ向けた。
「アナタが去る必要はないわ。私はお花を摘んだら帰るから、少し待っていてちょうだい」
やはり言葉を理解しているんだろうか。
私の言葉を聞くとその場に伏せて目を閉じた。
お母さんや猟師のおじさんは、危ないから狼に近付いてはいけないと言っていたけど、私にはそうは見えない。
気持ちよさそうに眠る目の前の狼さんは、たまに片目を開けては私を見ていた。
きっとそれは人間が怖いから。
人が狼を怖がるように、きっと狼だって人間が怖いはず。
おじさんは今までに何十匹もの狼を仕留めたとよく話していた。
私が可哀想だと言ったら「殺らなきゃ殺られるんだ」と言っていたけど、それは狼だって同じなはずだ。
お花を摘み終え立ち上がると、お昼寝を邪魔したお詫びに、明日お母さんの焼いたパンを持ってくることを狼さんに伝えて家へと帰る。
お母さんにも誰にも内緒。
きっと話したら明日あの場所へ行くことを許してくれないから。
「お母さん、明日のパンはいつもより多めに焼いてほしいの」
「食いしん坊さんね。わかったわ。でもおばあさんの分まで食べてはダメよ」
明日はおばあさんのお見舞いの日。
カゴにパンを入れて、あの場所でお花を摘む。
今日摘んだのは家に飾る分だけ。
早く摘んでもそのぶん早く枯れてしまうから。
翌朝、おばあさんのところへ行くときにいつも被る赤い頭巾をして家を出た。
狼さんがいてくれるかはわからないけど、きっと賢い狼さんだから私の言葉を理解してくれたはず。
今度は驚かさないようにそっと覗く。
そこには気持ちよさそうに眠る狼さんの姿。
ゆっくり近づいて行くと、鼻をひくひくさせて目を覚ます。
美味しそうなパンの香りがわかったみたい。
「どうぞ、昨日話したお礼のパンよ。私はこれからおばあさんのところへ行かないといけないから、またお花を摘ませてちょうだいね」
狼さんがパンを食べてる間、私はお花を摘んでカゴの空いたスペースに入れる。
「これで大丈夫。おばあさんのお家には少し距離があるからもう行かないといけないの。じゃあね、狼さん」
お花畑を背にして私はおばあさんのお家へ向かう。
でも、何故か後ろを狼さんが着いてきてる。
パンが足りなかったんだろうか。
でも残りはおばあさんの分だからあげられない。
「パンが気に入ったのならまた明日持ってくるわね」
振り返り伝えたけど、まだ着いてきている。
同じ方向に狼さんのお家があるんだろうかと思ったけど、おばあさんのお家に着いてしまった。
おばあさんが狼さんを見たら驚かせてしまうと思い困っていると、狼さんは扉の側に伏せた。
どうやらそこで待っているみたい。
ドアをノックして中へ入ると、おばあさんがベッドで眠っている。
「おばあさん、パンを持ってきたわ。お花も摘んできたのよ」
返事がない。
体調が悪くて話せないんだろうかと思っていると、布団からぴょんっと耳が出た。
それに布団の横からは尻尾。
「アナタ、だあれ?」
布団の中から飛び出てきたのは茶色の狼。
よだれを垂らしながらジリジリと私に近付く。
「おばあさんはどこ!? まさか……」
怖くて動けない。
兎に角逃げなくちゃと扉を開けたとき、茶色の狼が私に飛びかかってきた。
食べられると思った時、私の横からスッと風が通り過ぎたかと思うと、外で待っていた狼さんが茶色の狼さんに噛み付いていた。
キャンキャンと言う声と共に狼は逃げていき、私はその場に座り込んだ。
そんな私の側に狼さんは擦り寄ってきた。
「ありがとう、狼さん」
抱きついた狼さんの毛は思っていたより固い。
でも、とても温かかった。
その後部屋を見たけどおばあさんの姿はなく、血すらもないから無事に逃げたのかもしれない。
兎に角探さなくちゃと思い家を出たとき、銃声が響く。
視線を向けるとそこにはおばあさんと、猟銃を構えたおじさん。
恐る恐る後ろを振り返ると、狼さんが倒れていた。
地面に血が広がっていき、私は狼さんにすがり寄る。
溢れる涙は大粒の雨となり狼さんに降る。
私の腕に伝わる狼さんの体温が冷たくなっていくのを感じながら、私は泣き続けた。
あの瞳と同じ青い空の上に届くように『ありがとう』の言葉を伝えながら――。
《完》
でも、狼が赤ずきんやおばあさんを食べたという事実が本当は違っていたらどうする。
これは誰も知らない、本当の狼と赤ずきんのお話――。
私はいつも家の近くにある森に来ていた。
ここは季節ごとに違うお花が咲くから綺麗で、摘んでは家に飾ったり、病気で寝込んでいるおばあさんのお見舞いに持っていったりしている。
そして今日もその場所に来たけれど、普段誰もいない場所に先客がいた。
灰色の毛並みが風で揺れて、心地よさそうにお花の上で眠っているその姿がとても美しく見えた。
起こさないようにそっと近付く。
なるべく音を立てないようにするけど、草を踏む音でその生き物の耳がピンっと立って目が開く。
青い瞳はまるで空。
更に近付こうと足を一歩踏み出すと、その生き物はスッと立ち上がり唸りを上げる。
「ごめんなさい。お昼寝の邪魔をして」
私はここにあるお花を摘みに来たことを話すと、まるで言葉を理解したかの様に唸るのを辞めて去っていく。
「待って!」
私がその背に声をかけると、その生き物は立ち止まり顔だけをこちらへ向けた。
「アナタが去る必要はないわ。私はお花を摘んだら帰るから、少し待っていてちょうだい」
やはり言葉を理解しているんだろうか。
私の言葉を聞くとその場に伏せて目を閉じた。
お母さんや猟師のおじさんは、危ないから狼に近付いてはいけないと言っていたけど、私にはそうは見えない。
気持ちよさそうに眠る目の前の狼さんは、たまに片目を開けては私を見ていた。
きっとそれは人間が怖いから。
人が狼を怖がるように、きっと狼だって人間が怖いはず。
おじさんは今までに何十匹もの狼を仕留めたとよく話していた。
私が可哀想だと言ったら「殺らなきゃ殺られるんだ」と言っていたけど、それは狼だって同じなはずだ。
お花を摘み終え立ち上がると、お昼寝を邪魔したお詫びに、明日お母さんの焼いたパンを持ってくることを狼さんに伝えて家へと帰る。
お母さんにも誰にも内緒。
きっと話したら明日あの場所へ行くことを許してくれないから。
「お母さん、明日のパンはいつもより多めに焼いてほしいの」
「食いしん坊さんね。わかったわ。でもおばあさんの分まで食べてはダメよ」
明日はおばあさんのお見舞いの日。
カゴにパンを入れて、あの場所でお花を摘む。
今日摘んだのは家に飾る分だけ。
早く摘んでもそのぶん早く枯れてしまうから。
翌朝、おばあさんのところへ行くときにいつも被る赤い頭巾をして家を出た。
狼さんがいてくれるかはわからないけど、きっと賢い狼さんだから私の言葉を理解してくれたはず。
今度は驚かさないようにそっと覗く。
そこには気持ちよさそうに眠る狼さんの姿。
ゆっくり近づいて行くと、鼻をひくひくさせて目を覚ます。
美味しそうなパンの香りがわかったみたい。
「どうぞ、昨日話したお礼のパンよ。私はこれからおばあさんのところへ行かないといけないから、またお花を摘ませてちょうだいね」
狼さんがパンを食べてる間、私はお花を摘んでカゴの空いたスペースに入れる。
「これで大丈夫。おばあさんのお家には少し距離があるからもう行かないといけないの。じゃあね、狼さん」
お花畑を背にして私はおばあさんのお家へ向かう。
でも、何故か後ろを狼さんが着いてきてる。
パンが足りなかったんだろうか。
でも残りはおばあさんの分だからあげられない。
「パンが気に入ったのならまた明日持ってくるわね」
振り返り伝えたけど、まだ着いてきている。
同じ方向に狼さんのお家があるんだろうかと思ったけど、おばあさんのお家に着いてしまった。
おばあさんが狼さんを見たら驚かせてしまうと思い困っていると、狼さんは扉の側に伏せた。
どうやらそこで待っているみたい。
ドアをノックして中へ入ると、おばあさんがベッドで眠っている。
「おばあさん、パンを持ってきたわ。お花も摘んできたのよ」
返事がない。
体調が悪くて話せないんだろうかと思っていると、布団からぴょんっと耳が出た。
それに布団の横からは尻尾。
「アナタ、だあれ?」
布団の中から飛び出てきたのは茶色の狼。
よだれを垂らしながらジリジリと私に近付く。
「おばあさんはどこ!? まさか……」
怖くて動けない。
兎に角逃げなくちゃと扉を開けたとき、茶色の狼が私に飛びかかってきた。
食べられると思った時、私の横からスッと風が通り過ぎたかと思うと、外で待っていた狼さんが茶色の狼さんに噛み付いていた。
キャンキャンと言う声と共に狼は逃げていき、私はその場に座り込んだ。
そんな私の側に狼さんは擦り寄ってきた。
「ありがとう、狼さん」
抱きついた狼さんの毛は思っていたより固い。
でも、とても温かかった。
その後部屋を見たけどおばあさんの姿はなく、血すらもないから無事に逃げたのかもしれない。
兎に角探さなくちゃと思い家を出たとき、銃声が響く。
視線を向けるとそこにはおばあさんと、猟銃を構えたおじさん。
恐る恐る後ろを振り返ると、狼さんが倒れていた。
地面に血が広がっていき、私は狼さんにすがり寄る。
溢れる涙は大粒の雨となり狼さんに降る。
私の腕に伝わる狼さんの体温が冷たくなっていくのを感じながら、私は泣き続けた。
あの瞳と同じ青い空の上に届くように『ありがとう』の言葉を伝えながら――。
《完》
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