掃除と恋心
新選組の屯所では、普段は鍛錬の声や竹刀がぶつかり合う音が響いているのだが、何故か今日は別の騒がしい声が響いていた。
その理由は、今日が年の終わりだということが関係している。
年に一度やってくる副長の姉。
鬼の副長と呼ばれる土方 歳三 にも引けを取らない鬼ぶり。
彼女には土方や隊士だけでなく、局長である近藤 勇 も敵わない。
女人とは思えない程の刀の使い手であり、凛々しく迫力あるその姿にあの新選組が怯むほどだ。
そんな人物が来る理由はただ一つ、屯所の掃除をするため。
それも新選組皆で。
「今年も最後、皆でお掃除頑張るわよ」
張り切る女一人以外は、またこの日が来てしまったと嘆いている。
だが、誰よりも一番嘆くことになる一人がいるため、皆そいつに比べればましだと思う。
その人物の名は山崎 丞 。
監察方の山崎は、普段任務で屯所から離れているのだが、重要な任務がない限り年末には屯所にいることが多い。
というのも、副長助勤でもあるからだ。
そんな山崎は副長である姉と何度か会話をしたことがあり気に入られてしまった。
それから女は掃除という目的の他に、山崎と会う目的もあったりする。
「歳三、丞くんは?」
「山崎ならさっきまでいたんですが」
「しまった。逃げられたか」
ちっといった様子の姉に、土方は苦笑いを浮かべる。
だが、今やるべきことは屯所内の掃除。
女は隊士達を仕切って掃除を始める。
皆が渋々掃除をする中、女はそっとその場を離れ屯所内を見て回る。
この行動は掃除ができているかのためではなく、ある人物を見つけるため。
「やっぱりいた」
「副長の姉上」
副長助勤である山崎が屯所を離れるはずがないと思っていた女の勘は当たっていた。
それにもう一つ山崎が屯所から逃げるはずがないと思った理由もある。
「皆がお掃除してるんだもの、丞くんだけが逃げるはずないと思った」
山崎の手には黒く汚れた布が握られており、二人がいる部屋は綺麗になっていた。
女から隠れながらも一人で掃除をしていたのだろう。
「丞くん、去年くらいから私を避けてるよね」
「いえ、そんな事は……」
「ないって言える?」
黙り込んでしまうのが何よりの応え。
女は苦笑いを浮かべ「丞くんは歳三と違って何か放っておけないんだよね」と言う。
その言葉に山崎は、複雑そうな表情を浮かべる。
沈黙が流れる中、その空気を断ち切ったのは山崎だった。
「俺は子供じゃありません」
「ごめんね。でも、私にとって新選組の皆は大切な家族だから」
噛み合っていないような会話のやりとり。
でもこの会話は噛み合っている。
山崎は女を副長の姉ではなく、一人の女人として想っていた。
山崎が自分の気持ちに気づいたのは去年。
その年の掃除は、女を離れたところから気付かれないように見ていた。
その時気付いた。
自分の気持ちは別の何かになっていることに。
最初の頃は、強く美しいその姿を慕っていた。
だがいつからかその気持ちは別の何かに変わり、それが恋だと知る。
そして今日、再び隠れて掃除をしたが、去年とは違い業と見つかりやすい場所の掃除をしていると、思った通り女は山崎を見つけた。
この想いを伝えようとした山崎だが、監察方の直感というのだろうか、女が自分の気持ちに気づいていることが何となくわかり、それ以上何も言えなくなる。
家族という言葉が女の答えで、それ以上にはなり得ないのだと知る。
掃除で綺麗になる屯所とは違い、山崎の心には悲しみの雨が降り続く。
誰にも癒せないその傷は、掃除の度に山崎を苦しめていくのだろう。
《完》
その理由は、今日が年の終わりだということが関係している。
年に一度やってくる副長の姉。
鬼の副長と呼ばれる
彼女には土方や隊士だけでなく、局長である
女人とは思えない程の刀の使い手であり、凛々しく迫力あるその姿にあの新選組が怯むほどだ。
そんな人物が来る理由はただ一つ、屯所の掃除をするため。
それも新選組皆で。
「今年も最後、皆でお掃除頑張るわよ」
張り切る女一人以外は、またこの日が来てしまったと嘆いている。
だが、誰よりも一番嘆くことになる一人がいるため、皆そいつに比べればましだと思う。
その人物の名は
監察方の山崎は、普段任務で屯所から離れているのだが、重要な任務がない限り年末には屯所にいることが多い。
というのも、副長助勤でもあるからだ。
そんな山崎は副長である姉と何度か会話をしたことがあり気に入られてしまった。
それから女は掃除という目的の他に、山崎と会う目的もあったりする。
「歳三、丞くんは?」
「山崎ならさっきまでいたんですが」
「しまった。逃げられたか」
ちっといった様子の姉に、土方は苦笑いを浮かべる。
だが、今やるべきことは屯所内の掃除。
女は隊士達を仕切って掃除を始める。
皆が渋々掃除をする中、女はそっとその場を離れ屯所内を見て回る。
この行動は掃除ができているかのためではなく、ある人物を見つけるため。
「やっぱりいた」
「副長の姉上」
副長助勤である山崎が屯所を離れるはずがないと思っていた女の勘は当たっていた。
それにもう一つ山崎が屯所から逃げるはずがないと思った理由もある。
「皆がお掃除してるんだもの、丞くんだけが逃げるはずないと思った」
山崎の手には黒く汚れた布が握られており、二人がいる部屋は綺麗になっていた。
女から隠れながらも一人で掃除をしていたのだろう。
「丞くん、去年くらいから私を避けてるよね」
「いえ、そんな事は……」
「ないって言える?」
黙り込んでしまうのが何よりの応え。
女は苦笑いを浮かべ「丞くんは歳三と違って何か放っておけないんだよね」と言う。
その言葉に山崎は、複雑そうな表情を浮かべる。
沈黙が流れる中、その空気を断ち切ったのは山崎だった。
「俺は子供じゃありません」
「ごめんね。でも、私にとって新選組の皆は大切な家族だから」
噛み合っていないような会話のやりとり。
でもこの会話は噛み合っている。
山崎は女を副長の姉ではなく、一人の女人として想っていた。
山崎が自分の気持ちに気づいたのは去年。
その年の掃除は、女を離れたところから気付かれないように見ていた。
その時気付いた。
自分の気持ちは別の何かになっていることに。
最初の頃は、強く美しいその姿を慕っていた。
だがいつからかその気持ちは別の何かに変わり、それが恋だと知る。
そして今日、再び隠れて掃除をしたが、去年とは違い業と見つかりやすい場所の掃除をしていると、思った通り女は山崎を見つけた。
この想いを伝えようとした山崎だが、監察方の直感というのだろうか、女が自分の気持ちに気づいていることが何となくわかり、それ以上何も言えなくなる。
家族という言葉が女の答えで、それ以上にはなり得ないのだと知る。
掃除で綺麗になる屯所とは違い、山崎の心には悲しみの雨が降り続く。
誰にも癒せないその傷は、掃除の度に山崎を苦しめていくのだろう。
《完》
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