消えた初恋
小さい頃の話だ。
私がまだ5歳の頃、仲が良かった同い年の男の子から手紙を貰った。
それは今でも私の宝物で、いつも持ち歩いている。
でも、大きくなるにつれて記憶は薄れていき、あの頃読めていた筈の子供の文字が、今では全く読めない。
「あー、また見てる」
「うん。だって大切な物だから」
高校生になった私は、友達の依里 と一緒にファミレスに来ていた。
料理が来るまで依里は携帯をいじっていたから、私は鞄から手帳を取り出し中に挟んでいた手紙を見てニヤニヤしていたら、それに気付いた依里がまたかといった様子でこちらを見ている。
無理もない。
私は時間があれば手帳を開いてこの手紙を眺めている。
小さい頃からの幼馴染である依里はうんざりするほど見てきただろう。
「アンタは一途だよね」
「もう顔も思い出せないんだけどね」
それでも手紙は私の元に確かにある。
この手紙を受け取った翌日から、その子はいなくなった。
今ではもう、会うことも諦めている片思い。
最初は探そうとして、両親や先生にも聞いたけど、そんな子は知らないという。
そんなはずないのに。
一緒の保育園で同じ組。
髪は少し癖っ毛だったのは今も微かに覚えている。
なのに、保育園の先生だけでなく両親もその子を知らない。
勿論依里も、その子のことは記憶になかった。
みんなが忘れた一人の男の子。
顔も名前も手紙の内容も、全て忘れてしまった。
覚えているのは、この手紙が大切だということ、髪が癖っ気で、その子が同じ組だったということだけ。
手紙ももうボロボロで、文字もところどころ汚れたり薄くなったりしている。
このまま思い出として大切にしようと今では思っていた。
その日の夜。
私は手帳を開いて血の気が引いた。
いつも無くさないようにと手帳に挟んで入れていた筈の手紙がなくなっている。
一体どこで落としたのだろうかと記憶を思い出す。
学校で一回開いて見た時はあった。
ファミレスに行ったときも。
その後は家に帰ったから、落としたとしたらファミレス。
時計を見ると夜の十時。
二十四時間営業のお店ではあるが、この時間に外に出るわけにも行かず、私はファミレスに電話をして今日居た席に落ちていないか確認してもらった。
結局見つからず、お店の人が言うには、もしかしたら掃除をしたときにゴミと思い処分してしまった恐れがあるとのこと。
流石にお店の人にゴミの中を探してもらうわけにもいかず、私は力なくお礼を伝え電話を切ると床に崩れ落ちるように座る。
このままでは明日の朝ゴミと一緒に処分されてしまう。
「……これでいいのかも」
手紙はいつか破れ、文字すら消えて、本当に読めなくなる。
なら、今無くなったところで早いか遅いかの違い。
私の片思いはここで終わる。
翌日。
私は机に突っ伏していた。
その様子に依里が声を掛けてきたため話したら「初恋なんてそんなもんだよ。元気だしなって」と言ってくれる。
依里の明るい性格はいつも私を前向きにさせてくれたけど、今日ばかりはそうもいかなそうだ。
かと言って心配をかけたくなくて、そうだよねと普段通りに振る舞う。
つい癖で手帳を開いて確認してしまうが、そこに手紙はない。
「今日は用事があるから先帰るね」
下校時間、私は依里にそれだけ伝えると昨日のファミレスへと向かった。
もう手遅れなのはわかってるけど、それでも確かめずにはいられない。
外からお店の中を見ると、昨日の席が空いていたため、私はその席に座り注文を済ませた。
料理が運ばれてくる前に床や椅子などを確認するが、やはりどこにもない。
やっぱり処分されたんだと思い、運ばれてきた料理に手を付けずにいると、知ってる声が聞こえ顔を上げる。
すると何故か私の前に依里が座っていた。
「なんで……」
「あんたとは幼馴染なんだから、考えてることくらいわかるって」
流石幼馴染というべきか、何でもお見通しのようだ。
食事を済ませた帰り道、依里が公園のベンチに私を誘う。
本当は直ぐにでも帰りたい気分だったけど、強引に座らされてしまった。
二人の間に沈黙が流れる。
依里とこんな空気になったのは初めてかもしれない。
いつも依里は、どんなときも明るかったから。
私のせいで依里まで暗い気持ちにさせてはいけないと思い、私は明るく振る舞う。
「あはは、やっぱ処分されちゃったかな。まあ、所詮初恋だしね。次の恋を探し──」
話している途中、私は瞳に飛び込んできた物に続きの言葉を言えなくなった。
依里が今私に見せているのは間違いなくあの手紙。
でも、何で依里が持ってるのか、何で拾ったなら教えてくれなかったのとか、わからない感情が私の中で渦巻く。
そんな私が発した言葉は「なんで」だった。
「ごめん。昨日この手紙が落ちたことに気づいて拾ってた」
「待って……え? わかんない。なんで……拾ってたなら教えてくれればよかったじゃん」
私の大切な手紙、それは依里だって知ってるのになんでこんなことをするのかわからない。
悲しい気持ちに怒り、感情がわからない。
なのに、なんで依里が辛そうな顔をするのかわからない。
「この手紙がなくなればいいと思った」
そう言った依里は話し始めた。
あの日の真実を──。
5歳の頃の依里は、男の子に憧れていた。
でも、男の子みたいな格好をすると依里の両親は叱った。
依里の上には1つ違いのお兄さんがいるから、服を勝手に借りることは簡単だ。
だが、周りはそれを許さない。
だからこっそりお兄さんの服を幼稚園服の中に着て、皆が食事中の時にお手洗いに行き鏡で自分の姿を確認した。
こっそり帽子もお手洗いに持ってきた依里は、それを前に深く被って顔を隠す。
その姿が男の子っぽく見えることに嬉しくなっていたときだった。
「あなただあれ?」
偶然にもお手洗いに来たのが私だった。
顔が隠れているためわからなかった私に、依里は、りおと名乗った。
「りおくん? 同じ組にいたかな」
「うん。体が弱くて来れてないだけ」
この日からお手洗いでだけ、依里はりおくんとして私と話した。
勿論、その存在は誰も知らない。
何故私が先生達に話さなかったのかはわからないけど、内緒の友達みたいな関係が楽しかったのかもしれない。
そんな関係が数日続いて、ある日私は依里の家に遊びに行った。
その時、依里の部屋でりおくんの服を見つけてしまった。
「えりちゃん、りおくんのこと知ってるの?」
「うん、そう。そうなんだよね」
私は仲のいい依里がりおくんを知っていることが嬉しくなり、りおくんのことを沢山話した。
今まで誰にも話してこなかったからか、口から出るのはりおくんの名前ばかり。
「これは内緒なんだけどね。私りおくんが好きなんだ」
笑顔で伝えたその言葉は、幼い依里の胸にも痛く刺さった。
仲良しな友達を騙しているという罪悪感が幼いながらにあり、このまま騙し続けることは出来ないと思った。
そして依里はその日、私への手紙を書いた。
「そして私はあんたの前から姿を消した」
「そっか、そうだったんだね」
話されて思い出す幼い頃の記憶。
帽子から覗く癖っ毛。
あれは、依里と同じ。
幼い子供とは恐ろしいものだ。
今ならそんな騙しが通用するはずないのに、小さい頃は何でも信じてしまう。
「ごめん!」
頭を下げる依里は、あの頃の記憶を覚えていた。
それはきっと、罪悪感が残り続けたから。
好きと言われて本当の事が言いづらくなって、それでも騙したくない気持ちが小さい中で戦ったに違いない。
「あはは! 初恋のりおくんが依里だったとはね。小さい頃って恐ろしー」
怒ってなんていない。
だって、依里は私の大切な友達だから。
そしてりおくんも確かにいた。
落とした手紙は初恋とのお別れになった。
それでも、二人の関係が更に深まったからいいと思うのは、私が依里に似てきたからかもしれない。
《完》
私がまだ5歳の頃、仲が良かった同い年の男の子から手紙を貰った。
それは今でも私の宝物で、いつも持ち歩いている。
でも、大きくなるにつれて記憶は薄れていき、あの頃読めていた筈の子供の文字が、今では全く読めない。
「あー、また見てる」
「うん。だって大切な物だから」
高校生になった私は、友達の
料理が来るまで依里は携帯をいじっていたから、私は鞄から手帳を取り出し中に挟んでいた手紙を見てニヤニヤしていたら、それに気付いた依里がまたかといった様子でこちらを見ている。
無理もない。
私は時間があれば手帳を開いてこの手紙を眺めている。
小さい頃からの幼馴染である依里はうんざりするほど見てきただろう。
「アンタは一途だよね」
「もう顔も思い出せないんだけどね」
それでも手紙は私の元に確かにある。
この手紙を受け取った翌日から、その子はいなくなった。
今ではもう、会うことも諦めている片思い。
最初は探そうとして、両親や先生にも聞いたけど、そんな子は知らないという。
そんなはずないのに。
一緒の保育園で同じ組。
髪は少し癖っ毛だったのは今も微かに覚えている。
なのに、保育園の先生だけでなく両親もその子を知らない。
勿論依里も、その子のことは記憶になかった。
みんなが忘れた一人の男の子。
顔も名前も手紙の内容も、全て忘れてしまった。
覚えているのは、この手紙が大切だということ、髪が癖っ気で、その子が同じ組だったということだけ。
手紙ももうボロボロで、文字もところどころ汚れたり薄くなったりしている。
このまま思い出として大切にしようと今では思っていた。
その日の夜。
私は手帳を開いて血の気が引いた。
いつも無くさないようにと手帳に挟んで入れていた筈の手紙がなくなっている。
一体どこで落としたのだろうかと記憶を思い出す。
学校で一回開いて見た時はあった。
ファミレスに行ったときも。
その後は家に帰ったから、落としたとしたらファミレス。
時計を見ると夜の十時。
二十四時間営業のお店ではあるが、この時間に外に出るわけにも行かず、私はファミレスに電話をして今日居た席に落ちていないか確認してもらった。
結局見つからず、お店の人が言うには、もしかしたら掃除をしたときにゴミと思い処分してしまった恐れがあるとのこと。
流石にお店の人にゴミの中を探してもらうわけにもいかず、私は力なくお礼を伝え電話を切ると床に崩れ落ちるように座る。
このままでは明日の朝ゴミと一緒に処分されてしまう。
「……これでいいのかも」
手紙はいつか破れ、文字すら消えて、本当に読めなくなる。
なら、今無くなったところで早いか遅いかの違い。
私の片思いはここで終わる。
翌日。
私は机に突っ伏していた。
その様子に依里が声を掛けてきたため話したら「初恋なんてそんなもんだよ。元気だしなって」と言ってくれる。
依里の明るい性格はいつも私を前向きにさせてくれたけど、今日ばかりはそうもいかなそうだ。
かと言って心配をかけたくなくて、そうだよねと普段通りに振る舞う。
つい癖で手帳を開いて確認してしまうが、そこに手紙はない。
「今日は用事があるから先帰るね」
下校時間、私は依里にそれだけ伝えると昨日のファミレスへと向かった。
もう手遅れなのはわかってるけど、それでも確かめずにはいられない。
外からお店の中を見ると、昨日の席が空いていたため、私はその席に座り注文を済ませた。
料理が運ばれてくる前に床や椅子などを確認するが、やはりどこにもない。
やっぱり処分されたんだと思い、運ばれてきた料理に手を付けずにいると、知ってる声が聞こえ顔を上げる。
すると何故か私の前に依里が座っていた。
「なんで……」
「あんたとは幼馴染なんだから、考えてることくらいわかるって」
流石幼馴染というべきか、何でもお見通しのようだ。
食事を済ませた帰り道、依里が公園のベンチに私を誘う。
本当は直ぐにでも帰りたい気分だったけど、強引に座らされてしまった。
二人の間に沈黙が流れる。
依里とこんな空気になったのは初めてかもしれない。
いつも依里は、どんなときも明るかったから。
私のせいで依里まで暗い気持ちにさせてはいけないと思い、私は明るく振る舞う。
「あはは、やっぱ処分されちゃったかな。まあ、所詮初恋だしね。次の恋を探し──」
話している途中、私は瞳に飛び込んできた物に続きの言葉を言えなくなった。
依里が今私に見せているのは間違いなくあの手紙。
でも、何で依里が持ってるのか、何で拾ったなら教えてくれなかったのとか、わからない感情が私の中で渦巻く。
そんな私が発した言葉は「なんで」だった。
「ごめん。昨日この手紙が落ちたことに気づいて拾ってた」
「待って……え? わかんない。なんで……拾ってたなら教えてくれればよかったじゃん」
私の大切な手紙、それは依里だって知ってるのになんでこんなことをするのかわからない。
悲しい気持ちに怒り、感情がわからない。
なのに、なんで依里が辛そうな顔をするのかわからない。
「この手紙がなくなればいいと思った」
そう言った依里は話し始めた。
あの日の真実を──。
5歳の頃の依里は、男の子に憧れていた。
でも、男の子みたいな格好をすると依里の両親は叱った。
依里の上には1つ違いのお兄さんがいるから、服を勝手に借りることは簡単だ。
だが、周りはそれを許さない。
だからこっそりお兄さんの服を幼稚園服の中に着て、皆が食事中の時にお手洗いに行き鏡で自分の姿を確認した。
こっそり帽子もお手洗いに持ってきた依里は、それを前に深く被って顔を隠す。
その姿が男の子っぽく見えることに嬉しくなっていたときだった。
「あなただあれ?」
偶然にもお手洗いに来たのが私だった。
顔が隠れているためわからなかった私に、依里は、りおと名乗った。
「りおくん? 同じ組にいたかな」
「うん。体が弱くて来れてないだけ」
この日からお手洗いでだけ、依里はりおくんとして私と話した。
勿論、その存在は誰も知らない。
何故私が先生達に話さなかったのかはわからないけど、内緒の友達みたいな関係が楽しかったのかもしれない。
そんな関係が数日続いて、ある日私は依里の家に遊びに行った。
その時、依里の部屋でりおくんの服を見つけてしまった。
「えりちゃん、りおくんのこと知ってるの?」
「うん、そう。そうなんだよね」
私は仲のいい依里がりおくんを知っていることが嬉しくなり、りおくんのことを沢山話した。
今まで誰にも話してこなかったからか、口から出るのはりおくんの名前ばかり。
「これは内緒なんだけどね。私りおくんが好きなんだ」
笑顔で伝えたその言葉は、幼い依里の胸にも痛く刺さった。
仲良しな友達を騙しているという罪悪感が幼いながらにあり、このまま騙し続けることは出来ないと思った。
そして依里はその日、私への手紙を書いた。
「そして私はあんたの前から姿を消した」
「そっか、そうだったんだね」
話されて思い出す幼い頃の記憶。
帽子から覗く癖っ毛。
あれは、依里と同じ。
幼い子供とは恐ろしいものだ。
今ならそんな騙しが通用するはずないのに、小さい頃は何でも信じてしまう。
「ごめん!」
頭を下げる依里は、あの頃の記憶を覚えていた。
それはきっと、罪悪感が残り続けたから。
好きと言われて本当の事が言いづらくなって、それでも騙したくない気持ちが小さい中で戦ったに違いない。
「あはは! 初恋のりおくんが依里だったとはね。小さい頃って恐ろしー」
怒ってなんていない。
だって、依里は私の大切な友達だから。
そしてりおくんも確かにいた。
落とした手紙は初恋とのお別れになった。
それでも、二人の関係が更に深まったからいいと思うのは、私が依里に似てきたからかもしれない。
《完》
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