あの夜の元へ

 この世界には闇しかない。
 光といえば、紅く暗い月が照らす明かりのみ。

 それでも、私達悪魔は夜目が効くので不便はない。
 それどころか、暗い方のが見やすいくらいだ。

 でも時々思ってしまう。
 私達悪魔にとっては、眩しくあたたかな月。
 そして、夜空に輝く星が見たいと。

 人間界では、月と一緒に星という小さな光が無数に夜空を照らすらしい。
 一体それはどのような光景なのか、私は一度見てみたいと思っていた。



「兄さん、人間界の夜空って、魔界とはどう違うんだ?」

「また人間界のことかよ。まあ、そうだな。月は魔界みたいな紅くて暗い月じゃねーし、星ってのもあって、兎に角眩しいな」



 そんなに明るいなら、やっぱり悪魔にとっては嫌なものなんだろうけど、兄さんは決まって「でも、不思議と見てたくなるんだよな」と言う。

 人間界に行ってみたい気持ちは強くなるのに、行けるのは年齢を満たした者のみという掟がある。

 私もあと50年経てば行くことができる。
 悪魔にとっての50年など短いはずなのに、早く行きたいという気持ちが抑えきれず、遂に私は人間界へと来てしまった。

 魔界では見ることのできない瑠璃色の空。
 そして見えた一番星。

 三日月も顔を出し、私はじっと眺め続けた。
 一番星は無数の星へと変わり、魔界のように暗くなった空が、星や月の明かりを更に引き立たせる。



「あ……」



 一つの星がキラリと流れると、次々に星が流れ始めた。
 これは、兄さんから聞いたことのある流星群。
 まるで地上に星が降りそそいでいるようだ。

 空を仰ぎ、初めて見た光景に瞳が釘付けになっていると、突然胸に鈍い痛みが走る。
 顔だけ後ろに振り返ると、そこには、悲し気な表情で私を見る兄さんの姿。



「お前に星の話をしたのは間違いだった」



 そう言い引き抜かれた刃。
 私の体が前に傾くと、兄さんが片腕で抱きとめる。

 遠のく意識の中兄さんを見ると、髪で隠れた瞳から輝く雫が流れ落ちた。



「兄さん……みて……流星群、だ」



 その言葉を最後に、私は息絶えた。
 掟を破った私への罰。

 妹を胸に抱き涙を流す兄。
 そんな二人に非情にも星は降り続ける。
 兄の瞳から零れ落ちる星の輝きのように──。


《完》
1/1ページ
    スキ