小さな華

 初めての恋人とのデートは夏祭りだった。
 当日の夜空には月も星もなく真っ暗闇が広がっている。
 駅で待ち合わせをしていた私と彼は浴衣姿で雨が止むのを待つ。
 いくら待っても止む気配はなく、それどころか雨は次第に激しさを増し周りに居た人達も諦めたのか、すでに駅には誰もいなくなっていた。



「私達も帰ろっか」

「でもお前、楽しみにしてただろ」

「そうだけど、仕方ないよ。雨も強くなってきて止みそうにないし」



 笑みを浮かべながら言ったつもりだったけど、その表情はどこかぎこちない。
 これ以上ここにいても仕方ないので彼と共に電車に乗る。
 本当なら今頃、屋台で楽しんで花火を見ていただろう。
 初の花火デートがこんな形で終わってしまったことがショックで気持ちが沈む。

 だからといってそれを口にしたところで彼を困らせてしまうだけだと考えていると、突然腕を掴まれ電車から下ろされてしまった。
 驚く私など気に求めず彼は何も言わないまま歩きだし着いた先は彼の家。
 両親が今日は出掛けていないからと、花火デートが終わったあと来るはずだったけどとても今の気持ちでは楽しめそうにない。



「ごめんね。今日は——」



 言いかけたとき、彼はある物を私に差し出した。
 それは、線香花火。



「これ……」

「それくらいならここでもできるだろ」



 ニッと笑みを浮かべる彼につられるように口元を緩ませ頷く。
 雨の入らない屋根のある庭で二人並んで火をつけると、小さな火の玉がパチパチと音をたて光だす。
 打ち上げ花火のように大きくはないけど、瞳に映る小さな華はどんな花火よりも綺麗に見えた。


《完》
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