その一瞬で私は生きる

 自分で言うのもなんだけど、私のお家はお金持ちで、何不自由なく暮らしている。
 そんな私には、小さい頃から周りには友達が沢山いた。

 そして、大人になった今はとくに仕事もせず、毎日お人形のような生活をしている。
 時々お父様と一緒に偉い方の集まりに主席をして、お父様に恥をかかせない振る舞いをした。

 普段の私は家の中で一人。
 使用人はいるけど友達ではない。
 必要なこと以外の会話は一切なかった。

 最初はこの生活が好きだったけど、大人になるにつれてつまらなくなってきた。
 私の周りにいるのは、私を見ようともせず、お金目当てだったりお父様に媚を売るために私に近づく者ばかり。

 そして気づいた。
 私には何もないんだってことに。

 私自身には何もなくて、だから私は誰からも見てもらえないんだと。
 でも、今更それをどうこうできるとは思わないし、どうすればいいのかさえわからない。

 だからそっと家を抜け出した。
 誰かに言えば必ず付き人が一緒だから。

 それにまだお昼。
 お昼を済ませたあとは、普段部屋に閉じ篭って読書をしているから、誰も部屋には入らないし気づかれることもない。

 あとは夕食の時間までに戻れば大丈夫。

 とはいっても特に行きたい場所もなく、私は一人あてもなく歩き、偶然見つけた広場のベンチに座る。

 目の前には噴水があり、葉の揺れる音も聞こえて心地がいい。
 瞼を閉じると風が頬を撫で、こんな穏やかな気持ちになるのは初めてだ。

 そんな事を考えていると、突然パシャリという音が聞こえ瞼を開く。



「すみません。とても絵になっていたのでつい」

「いえ、構いません。でも、私などをお撮りになるより、花や風景を撮られた方のがよろしいのではないかしら」



 私は何もない空っぽな人間でただのお人形。
 そんな私を撮るより、生き生きとした花々や風景を撮る方のが余程絵になる。

 なのに男性は「お嬢さんの表情がとても素敵だったので」なんていう。
 容姿や家柄を褒められることはよくあるが、表情なんて初めてだ。

 いったい私はどんな表情をしていたのか気になり、今撮った写真を見せてほしいと男性に頼むとカメラを渡された。

 そこには、今まで見たことのない自分の姿が写されていた。
 いつも鏡で見る私は、作り笑いを浮かべたりするお人形。
 なのに、ここに写されているのは生きた私の姿。



「私、こんな顔できたんだ……」

「ここに写っているのは紛れもなくお嬢さん自身。写真は、お嬢さんの一瞬を切り取ったんですよ」



 その瞬間、私の中で何かが変わったような気がした。
 この写真が私自身なら、私は変わることが出来るんじゃないかと思えた。



「おじ様、明日もここへ来てくれるかしら」

「それは構わないが、どうしてだい?」



 おじ様の言葉に、私はベンチから立ち上がり、ゆっくり足を前に出しおじ様と擦れ違い振り返る。

 ニッと作り物ではない笑みを浮かべ「もっと私の一瞬を切り取ってほしいから」と言う。
 するとおじ様は私にカメラを向けてパシャリと一枚、私の一瞬を切り取った。


《完》
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