転生者

 人は死ぬと無だとか、生まれ変わるとか言われているけど、結局どうなるかなんて死んだ者にしかわからない。

 でも、前世の記憶を持って生まれた人が現実に存在するため、生まれ変わりはあるのだろう。

 死んだあとにも新しい人生があるのだと思うと、死も少しは怖くなくなる。
 物語では、死んだあとに生まれ変わることを転生とよくきく。



「神様、自分から命を手放したり私も、転生できますか」



 神に問いかけたその言葉とともに、私はマンションの屋上から落ちた。

 真っ暗な世界、何もしようとは思えないし、自分が何故今こうなっているのかもわからない。
 ただ瞼を閉じた真っ暗な世界にいた。



「き……ゆき……美雪みゆき!!」



 煩い声に閉じていた瞼を上げると、何故か私は抱き締められていた。

 訳もわからないまま私は救急車で病院に運ばれ、検査をされたが異常はない。
 看護師さんの話で私は車にはねられたのだと聞かされたが、とくに異常もなかったため直ぐに帰れることになった。
 だが、ずっと私のそばにいるこの人は何者なのか。



「異常もなくてよかったよ。じゃあ、帰ろうか」

「帰るって何処に?」

「何処にって、勿論僕達の家だよ」



 先程から何一つ理解できていないが、兎に角私が車に跳ねられた事だけはわかった。

 でも、僕達の家とか美雪とかこの場所とか、私は全く知らない。
 そもそもこの人と一緒に暮らしているということは同棲か結婚しているということなのだろうか。



「あの、私と貴方はどういった関係なんでしょうか」



 車に乗り、発進させようとした車内で問いかけた私の言葉に、男性は驚いた表情を見せたが、直ぐに視線を前に戻し車を走らせる。

 きっと事故で混乱しているのだろうと、1つずつ話してくれる。

 男性の名は山中やまなか とも
 そして私の名前は、時奈ときな 美雪。
 同じ23歳、交際して3年。
 今は一緒に同棲をしているらしい。

 ここまで聞いても全く思い出せないどころか、まるで自分ではない別の誰かの人生のように思えてしまう。

 智さんがいうように混乱しているだけなんだろうと思うことにして、私は同棲しているというマンションの部屋へと入る。



「美雪の部屋はそこだよ。今日は色々あったし休むといいよ」

「はい、ありがとうございます」



 私は自分の部屋に入ると、姿見を見る。
 自分の姿だというのにやっばりわからない。

 次に目に入ったのは写真立て。
 手に取ると、そこには智さんと私が写っている。

 何もわからないことが怖くて、私は布団を頭から被り目をぎゅっと瞑る。
 まるで自分だけがこの世界の人間ではないような恐怖。
 でもきっと思い出せる。
 今は混乱してるだけ。


 翌日。
 やっぱり何も思い出せていない。
 昨日はあのまま眠ってしまったため、タンスから着替えを出すとお風呂場へと行く。

 通路にある飛びが3つと、奥はリビングのようだ。
 ということは、3つのうち1つは智さんの部屋で残り2つがお風呂かお手洗いということになる。

 私は1つの扉をまず開けてみると、そこはお風呂場。
 扉を閉めて着替えとタオルをカゴに置き、お風呂に入る。

 ちゃんと温かさも感じで感覚もある。
 やはりこの身体は私のだと実感して少し安心できた。


 お風呂から出ると、リビングから音が聞こえ扉を開ける。
 そこには起きていた智さんの姿があり、テーブルには朝食が用意されていた。



「すみません、作っていただいて」

「僕達は恋人同士なんだから遠慮することはないよ」



 優しい私の恋人、幸せな朝。
 でも、いつもと何かが違う。
 その違和感が何なのかわからない。

 朝食を食べ終わると、智さんは仕事へ行ってしまい、私は一人になった。

 兎に角家の中を把握しておこうと、部屋を見て回る。
 まず今いるリビング。
 そしてお風呂の横がお手洗いだった。
 残りは智さんの部屋と思われるところだけだが、人の部屋に勝手に入ることに少し躊躇ってしまう。

 少しでも思い出せれば智さんに心配をかけなくて済むと思い、思い切って中へと入る。
 部屋にはベッドにタンス、本棚とシンプル。

 特に思い出すことはなかったため部屋を出ようとしたとき、写真立てが目に入り手に取る。
 私の部屋にあったのと同じ写真。
 早く思い出せたらいいのになと心で思いながら写真立てを戻そうとしたとき、写真立ては床に落ちてしまった。

 後ろの蓋が外れ中の写真がでてしまったので慌てて拾うと、写真が二枚あることに気づく。
 どうやら重なっていたようだ。

 なんの写真だろうかと手に取ったとき、私は一気に血の気が引いた。
 何故ならその写真はもう一枚と同じものなのに、私の顔が黒く塗り潰されていたから。

 兎に角元に戻しておいて、何事もなかったように仕事から帰ってきた智さんを迎える。



「お疲れ様です。朝は作っていただいたので、夕食は作らせてもらいました」

「ありがとう。あれ? 顔色悪いけど大丈夫?」



 顔を覗きこまれ体が強張るが、なんでもないですよと言いリビングへ行く。


 翌朝。
 今日は朝食も私が作り智さんが仕事へ行くのを見送ると、再び智さんの部屋へと入った。

 あの写真は何だったのか、私が何なのかわかるかもしれないと、部屋の中に何かないかと探していると、小説が並べられている本棚に一冊だけアルバムが紛れていた。

 手に取り開いてみると、そこには智と誰かが写った写真。
 誰かというのはきっと私なんだろう。
 なぜ曖昧なのかというと、どの写真も顔が黒く塗り潰されていたからだ。



「やっぱり見たんだね」



 突然の耳元で聞こえた声に驚きアルバムを落とす。



「智、さん……仕事に行ったはずじゃ」

「昨日から様子がおかしかったから、記憶が戻ったのかなって」



 顔は笑っているのに、智さんが怖くて後ずさる。



「事故に見せかるつもりだったのに。まぁ、次はしっかり殺してあげるからさ」

「どうして……」



 どこからか取り出したナイフで私は刺され、マンションの屋上から落とされた。

 でも何故か、この感覚には覚えがある。
 そう、私は転生していたんだ――。


《完》
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