その姿は一人の女

 私の事を皆が避ける。
 ヒソヒソと話す声。
 きっと私の悪口だろう。

 だが、そんな私に普通に接する男がいた。
 それは、私がもっとも尊敬する人物、近藤こんどうさん。

 彼はここ、新選組の局長であり、誰にでも優しい人。
 こんな私にも優しくしてくれるのだから。



「今日も鍛錬か」

「はい。もっともっと強くなり、近藤さんのお役に立ってみせます」

「はははっ! 頼もしいな」



 私の頭に大きな手が置かれ、何だか子供扱いのようでムッとしてしまう。

 でも、この手に安心するのも事実で、周りにどう思われようと救われた。
 この人に、近藤さんだけに嫌われなければ構わない。

 私は、新選組一番組隊長、沖田おきた 総司そうじ
 刀の腕ならはじめくんにだって引けは取らないつもりだ。
 だが、強さを求めた結果、私は周りから『バケモノ』と呼ばれるようになった。

 その理由は、近藤さんに認められたくて、人を斬る際に笑みを浮かべてしまうから。
 鬼の副長、土方ひじかたさんなんかより私が上なんだと自分に言い聞かせるために。

 どんなに努力しても、私は土方さんには敵わない。
 近藤さんが一番信頼しているのは土方さんなんだから。


 その日、巡回に一番隊が出ていた時、町中で揉め事が起きた。
 言い争う声に、外で隊を待たせ店の中に入ると、そこには店の店主と三人の男の姿。
 止に入ろうとするが、三人の男は腰に差していた刀を抜き、その内の一人が私に斬りかかってきた。



「新選組が、偉そうにしてんじゃねーよ」

「不定浪士か。いいよ、相手になってあげる」



 瞬時に抜いた刀で受け止めると、私はニヤリと笑みを浮かべ、力で男の刀を押し返す。


 それからほんの数時だ。
 足元には三人の男。
 私の手には血で汚れた刀が握られている。

 その光景を見た隊士達の瞳には、笑みを浮かべる私の姿がバケモノに映った。


 屯所に戻った私は、血で汚れた隊服を脱ぎ自室へと向かっていた。

 その途中、土方さんと鉢合わせたため、軽く挨拶をして通り過ぎようとすると呼び止められ、私は立ち止まり土方さんへと振り返る。



「総司、お前、町中で騒ぎを起こしたらしいな」

「それは違いますよ。騒ぎを起こしていたのは私ではないですから」

「だとしてもだ。なんで不定浪士を殺した」



 不定浪士は京の町に害をもたらす奴等の集まり。
 なら、殺しても問題ないでしょと言えば、土方さんは私の胸倉を掴んだ。

 いくら不定浪士相手だとしても、無闇な殺生は局中法度に触れると怒る土方さんに私は言い返す。
 あんな奴らを生かしたところで害しかないのなら、斬っても問題ないじゃないですか、と。

 怒る土方さん。
 殺すことになんの躊躇いもない私。
 他から見れば、鬼とバケモノの睨み合いといったところだろう。

 そんな二人のケンカを止められるのはただ一人だ。



歳三としぞう、総司、そこまでだ」



 声がした方に視線を向ければ、そこには近藤さんの姿。
 近藤さんは土方さんの怒りを収めると、私の頭をぽんぽんと撫でる。



「あまり無茶をするな。私も歳三も君の身が心配なんだ」

「心配されずとも、私はあんな奴等になど負けません」

「総司が強い事は、隊士達も皆知っている。だが君は、一人の隊士であると同時に女だ」



 そう言った近藤さんの言葉を聞いて私は思ってしまった。
私が女である以上、近藤さんに認めてもらえることはないのだと。

 結局私は土方さんには敵わない。


 近藤さん、土方さんと別れたあと、自室へと戻った私は声を殺し泣いた。
 どんなに頑張っても、近藤さんの隣にいるのは土方さんで、信頼しているのも土方さんなんだ。

 その涙は枯れることがなく、私はひたすら泣いた。
 最初からわかっていたことだったのに、近藤さんから発せられた『女』という言葉で、私の中の何かが崩れる。

 女だからというのなら、私はバケモノにでもなろう。
 笑みを浮かべた私の手には刀が握られ、隊士達を斬っていく。

 その刀が床に落ちたのは、土方さんの刀が私の心の臓を貫いた時。
 薄れゆく意識の中、倒れる私の瞳に映ったのは、悲しげに私を見詰める近藤さんの姿だった。


《完》
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