奪わせない

 ここ新選組屯所では、今まさに戦いの火蓋が切ろうとしていた。

 睨み合うのは、新選組の中でも最も仲が悪いと言われている、新選組一番組組長、沖田おきた 総司そうじと、新選組副長、土方ひじかた 歳三としぞう

 普段から顔を合わせる度に喧嘩をする二人だが、最近は前以上に喧嘩の頻度が増えている。
 喧嘩が増えた原因だが、理由は一人の女組長だ。

 今まで男所帯であった新選組に女の隊士が入った。
 それも、入ったばかりだというのに一気に組長になり、最初は皆納得していなかった。

 そんな騒ぐ男達を黙らせたのは女の腕だ。
 局長や副長も何も考えずに女を組長にしたわけではない。
 女だからと差別をせず、実力を見て組長にする人物だと判断したのだ。
 今では皆が認める組長であり、誰一人として女を悪くいうものはいない。

 とはいっても女という性別は変えようがなく、男所帯に女が一人という状況。
 好意を持つのは仕方のないことだった。



「土方さん、もしかしてあの子の事好きだったりして」

「馬鹿か、んなわけねぇだろうが。んなくだらねぇこと言ってる暇があんなら鍛練でもしてきやがれ」



 疑いの眼差しを向ける総司だが、歳三の言葉に軽く返事をすると「あの子と鍛練しようかな」と歳三に聞こえるように言い残しその場から去っていく。

 そんな総司の背を、歳三はムッとした表情で見ると自室へと戻る。
 先ほどの総司の言葉が頭を過るが、そんなはずあるわけがないと振り払う。



「土方さん、少しよろしいですか」



 その時、襖の向こうから声がかけられ、その声ですぐに誰なのかわかり返事をする。
 襖が開かれ入ってきたのは、思った通りあの女組長だ。
 刀の腕は総司に並ぶほどに強く、凛としたその姿は戦場に一輪の花が咲いたように感じさせる。



「今巡回から戻ったのですが、少し気になることを耳にしまして」



 女が巡回の最中に耳にし気になること、それは、不逞浪士がある場所で集まるという情報だ。
 最近悪さを働いている不逞浪士であり、この機会に全員捕まえることで話は纏まったその時、廊下を誰かが歩いてくる音が聞こえたかと思うと、襖が開かれ総司が姿を現した。

 どうやら総司は鍛練に付き合ってもらうべく女を探していたようだが、今は不逞浪士の件もあるため幹部隊士に集まってもらう必要がある。
 話を聞いた女は勿論、一番組組長である総司や他の幹部達にも話さなければならない。
 だが、そんなこと知りもしない総司が女を連れていこうとしたため、咄嗟に歳三は女の腕を掴み引き留めた。

 その行動にムッとした総司は「邪魔しないでください」と女の腕を引っ張る。



「総司、まだそいつには話が——」

「土方さんは、なんでいつも僕の欲しいものを奪うんですか」



 歳三の言葉に被せるように総司の言葉が重なり、その表情は苦痛に歪んでいた。
 総司の言葉の意味がわからず、女の腕を掴んでいた歳三の手が緩められると、総司は女を自分へと引き寄せ唇を重ねる。
 嫌がる女の抵抗など気にする様子もなく、総司の口づけは深いものへと変わる。



「総司ッ!!」



 嫌がっている女を総司から無理矢理引き離すと「絶対に土方さんには渡しませんから」と言い残し総司は部屋から出ていく。
 総司のことも心配ではあるが、今自分の腕の中で震えている女の方が先だ。

 安心させるように抱き締めると、女は歳三の背に手を回す。
 少しの間そうしていると震えは収まり、小さな声で「すみません」と呟き女も部屋から出ていってしまう。

 こんな状況ではあるが、新選組として不逞浪士の件を放っておくこともできず、その日、幹部隊士達が集められた。



「今日皆に集まってもらったのは不逞浪士の件なんだが」



 話始める新選組局長の近藤こんどう いさみ
 内容は、歳三と話し合って決めたものだ。

 女の話によると、明日不逞浪士が吉原に集まるらしい。
 そこで、新選組の幹部隊士数名が吉原内部に潜入。
 残りの隊士達は外で見張ることが決まった。

 吉原の内部に潜入するのは、総司と女。
 他は外の見張りとなったのだが、今はあまりよくない組み合わせだ。
 先程あんなことがあった二人を一緒にしていいものかとも思った歳三だが、話し合いで決まってしまった以上仕方がない。

 こうして不安を残したまま翌日を迎え、不逞浪士が集まるとされる夜になると、女と総司は吉原内部に潜入する。
 外で見張る歳三は二人のことを心配していたが、無事何事もなく、その夜不逞浪士を一度に捕縛することができた。

 他の幹部隊士達が捕まえた不逞浪士を連れていく中、歳三は総司と女の姿が見当たらないことに気付く。



「どこに行きやがったんだ」



 周りを見るが二人はおらず、嫌な予感を感じ辺りを探していると、路地で何か物音が聞こえ近づいていく。

 するとそこには、探していた二人の姿がある。
 声をかけようとしたがあることに気づき足が止まる。

 暗くて見えにくいが、何かがキラリと光ったのを歳三は見逃さなかった。



「総司、何してやがる」



 雲で隠れていた月が顔を出し、総司が握っている刃物が今度はハッキリと見える。

 女の助けを求める視線が向けられたその時、歳三の体は勝手に動き、総司が握っていた刃物を奪い取った。



「なんで……。土方さんは近藤さんだけじゃなく、僕からこの子まで奪うつもりなんですか!!」

「何言ってやがる」



 総司が勇を慕っているのは知っていた。
 だが、歳三は総司から勇を奪った覚えはない。
 それに、女のことも奪おうとはしていない。
 この状況で止めるのは当然のことだ。



「土方さんはこの子のことが好きなんですよね。隠したって見てればわかりますよ」

「さっきから何訳わからねぇこと言ってやがる」

「訳わからないことですか。なら、わからせてあげますよ」



 総司は女を引き寄せ口付けをする。
 昨日よりも激しく深い口付けに、女から声が漏れ始め、気付くと歳三は総司を殴っていた。



「土方さん、自分が今どんな顔してるかわかりますか? 嫉妬で歪んだ自分の顔を見た方がいいですよ」

「俺が嫉妬で殴ったとでも言いてぇのか」

「そうですよ。土方さんはこの子のことが好きなんですよ。本当は僕が羨ましかったんじゃないですか」



 ニヤリと笑みを浮かべる総司に否定の言葉を口にしたい歳三だが、何故か否定できない自分がいる。

 何も言わない歳三の様子に、総司はフッと笑みを溢すと「今度は僕が土方さんの大切な人を奪います」と言い残しその場から去っていく。

 残された歳三は女がいることを思い出し、慌てて総司の言ったことはでたらめだと否定すると「わかってますよ」と女はぎこちない笑みを浮かべる。


 その後、二人で屯所に戻り、女を部屋まで送り届けた歳三の目に、首筋についた紅い痕が映る。

 総司の言葉が頭を過り、歳三にとって大切な人、それは、今の自分の感情が知っている。
 歳三は部屋に入ろうとする女の腕を引くと、自分の腕の中に閉じ込めた。
 本当はこのまま口付けたいところだが、大切な女にそんなこと出来るはずがない。



「土方さん……?」

「悪い。やっぱりさっきのは無しだ。俺はお前に惚れている」



 今まで知ろうとしなかった自分の気持ちを知り、まるで固く閉ざされた心がようやく解けたかのような感覚。
 総司には奪わせねぇと心で強く思い、女を抱き締める腕に力が込められた。


《完》
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