2人の距離
ヒロインの名前
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私は貴方が好き。綺麗に丸い坊主にカットされた髪型も、派手さはないけれど誠実で、ミスが少なく的確なプレイをする姿に、長過ぎず短過ぎない爪も。その想いに蓋をして掻き消すように空気を肺に溜めて息をホイッスルに吹き込んだ。
ピーーッと体育館に響き渡るくらいに音を鳴らして本日の部活が終了した事を知らせる。
金曜日の夕方。来週、他校と練習試合がある。オーバーワークも良くないとの事で今日は部活の時間が早く終わる。パタパタ手で仰いだり、タオルで汗を拭ったり、「あー、暑いー」と項垂れる部員もいる中、田岡監督はパイプ椅子から腰を上げて私達の元へ来る。
「今日はこれにて終わりだが、気を緩めないように!」
部員達は「はい」と返事するが、顔の頬が緩んでいるのは隠し切れていなかった。
田岡監督は眉を顰めてごほんっ、と態とらしく大きな咳払いをした後、これ以上叱るのもストレスを与えると思ったのか、何も言わずに体育館を後にした。
恐らく、福田君のほわちゃあ事件で学んだのだろうか。
スコアボードやボールを片付け、空になったドリンクボトルを籠に詰め込んで水道へ運ぶ。
自分で言うのも何だが、1年の頃の比べると、少しは手際良くなったと思う。
当初はドリンクを作るのもやっとで、味が濃くなったり薄くなったりで大変だったなぁ、と苦笑する。
「いつもありがとう。モップ掛けは俺達がやっておくから」
ジャーーッと水道水が出る音で足音が聞こえなくて、人の気配に気付かなかった私は、声がする方へ顔を向けると、心配そうに覗き込む植草君がいて、思わず肩がびくんと硬直する。
こんな至近距離で見たら心臓に悪いよ…。ドクンドクンと煩い鼓動を抑えながら、「そんな…悪いよ」と言いながら手元へと視線を移す。もし、季節が冬なら水の冷たさでいい具合に身体の熱が抜けるのに生憎、蝉の声が聞こえる夏真っ盛り。お湯のような温い水では一向に熱が逃げそうにない。
大体、選手のサポートをするのが仕事なのにそれを取られたら立場的にも…と困惑する。
「良いって。1人で抱え込まないでよ。エリナちゃんもバスケ部の一員なんだから」
「……へ?」
「もしかして、マネージャーだからとか部員じゃないからとか思ってたの?」
眉を八の字にして顎に手を当てて笑う植草君が可愛くて…でも、何となく小馬鹿にされた気がする私は素直に喜べなくて唇を尖らせる。
元々、バスケの強豪校と知ってはいたが県大会で白熱した試合を観てから、自分はこのチームにとって何かを与えられているのか…と不安に感じる部分があった。私はバスケなんて体育の授業で習った程度で、知識に長けている訳でもなく…やりたい事も特になかった。
唯、高校3年間を振り返って何もないのだけは嫌だと思ったから、話題のバスケ部のマネージャーになってみるか…と志望動機としてはやや邪な気もする。イケメンを見る為に入部したよりは些かマシだとは思うけど…。
「そうだよっ」
核心を突かれた私は、思わず声が大きくなる。
「ごめん、怒らせるつもりはなかったんだけど。でも、これは覚えておいて。皆、きっと俺と同じ事思ってるから」
「…っ!」
さらっと嬉しくなる言葉をくれるので怒りなんて何処かへ飛んでいきそうだ。真剣な眼差しに瞬きを数回繰り返し、「うん…。」と小さく返事すると、納得したように口角を上げる彼。
「もし、エリナちゃんが良かったらだけど、この後寄り道でもしない?この間クレープ食べたいって言ってたでしょ?」
「!…うん!」
何ヶ月前だったか、植草君とは学年が同じだからか雑談する関係になった。部員の中で一番仲が良いと思う。その時、ふと“生地がとろけるクレープ”と書かれた看板のクレープ屋が一駅先にあって美味しそうだったと何気なく口にしたのを覚えていてくれたのが途轍もなく嬉しくて。
「悪い、植草!ちょっと手伝って」
「はーい。じゃ、下駄箱で待ってるから」
楽しみが出来た私は、体育館へと戻る後ろ姿が見えなくなるまでぼんやり見詰めていた。
その後は片付けを直ぐに済ませて、約束通り下駄箱へ行くと私に気付いた彼は片手を上げた。
「楽しみだねー。」
「うん!」
横に並び、彼との感覚を意識してから他愛のない話を始めた。
並んで歩く時、私と彼の間には数歩分の隙間がある。何故なら、付き合っていないから。恋人同士ではない2人は、飽くまで“部活が同じの友達関係”と言うポジションに過ぎない。
しかも、幾つになっても人の色恋沙汰は話題のネタに打ってつけだ。
距離が近かったり、不審な動きがあれば誰が何処で見ているのか分からない。万が一、クラスメイトに『二階堂さんと植草君、付き合ってるんじゃないの?』と好奇な目で見られたら一巻の終わりだ。幸い、仲の良い友達と認識されているので一緒にクレープを食べに行く程度で噂になるのはないと思う。
彼は、バスケ部の一員として日々ハードな練習に励んでいる。その姿を誰よりも近くで見て来たから分かる。自分勝手な想いで彼の今の関係が崩壊するのが怖い気持ちと、全国への切符を手にする大きな目標を邪魔したくない気持ちに挟まれながら適度な距離を保って接している。
想いを悟られないように表面上は笑みを浮かべているが、内心は周りの目の事を考えている。そうしている内に、目的地であるクレープ屋へと着いて注文を終えると、近くの椅子へと腰掛けて、店員の作業を見る。慣れた手付きでクレープ生地を混ぜ合わせ、熱された鉄板にを描くように薄く伸ばされた生地は、こんがり美味しそうに狐色に焼き目が付いており、其処に具材やクリームを入れてくるくる巻かれていく。
「苺ミルフィーユと濃厚ガトーショコラでお待ちのお客様ー。」
「俺、取ってくるから待ってて」
「ありがとう!」
率先して気遣いが出来る姿も素敵…。店員さんに「熱いのでお気を付けて」と注意を聞きながらペコリと小さく頭を下げて、出来立てのクレープを私に差し出す。
「ごめんね、私が取りに行くべきだったのに」
位置的には私の方が受け取り易いにも関わらず、真っ先に席を立ってくれる紳士的な立ち振る舞いに、何十回と感じてる優しさにじんわりと胸の中に暖かい陽だまりが広がるようだ。今年は特に猛暑で、夏の暑さでうんざりしているのにこの暖かさは全く苦痛ではなかった。
「良いって。本当、気にしいだね。そう言う所も好きだけど」
最後の方はぼそりと呟いていたので聞こえなくて、首を傾げていると「何でもないよ」と小さく笑う彼に、曖昧な返事をしつつも、パクリと齧り付く。今は目の前の事を楽しもう。
コクのある生クリームの上品な甘さと苺の甘酸っぱい香りが口内に染み渡り、幸福感を得る。
生地が柔らかくて舌と唾液でとろけるような…不思議な感覚だった。もちもちとはまた違った食感に無我夢中で食べ始める。
ピーーッと体育館に響き渡るくらいに音を鳴らして本日の部活が終了した事を知らせる。
金曜日の夕方。来週、他校と練習試合がある。オーバーワークも良くないとの事で今日は部活の時間が早く終わる。パタパタ手で仰いだり、タオルで汗を拭ったり、「あー、暑いー」と項垂れる部員もいる中、田岡監督はパイプ椅子から腰を上げて私達の元へ来る。
「今日はこれにて終わりだが、気を緩めないように!」
部員達は「はい」と返事するが、顔の頬が緩んでいるのは隠し切れていなかった。
田岡監督は眉を顰めてごほんっ、と態とらしく大きな咳払いをした後、これ以上叱るのもストレスを与えると思ったのか、何も言わずに体育館を後にした。
恐らく、福田君のほわちゃあ事件で学んだのだろうか。
スコアボードやボールを片付け、空になったドリンクボトルを籠に詰め込んで水道へ運ぶ。
自分で言うのも何だが、1年の頃の比べると、少しは手際良くなったと思う。
当初はドリンクを作るのもやっとで、味が濃くなったり薄くなったりで大変だったなぁ、と苦笑する。
「いつもありがとう。モップ掛けは俺達がやっておくから」
ジャーーッと水道水が出る音で足音が聞こえなくて、人の気配に気付かなかった私は、声がする方へ顔を向けると、心配そうに覗き込む植草君がいて、思わず肩がびくんと硬直する。
こんな至近距離で見たら心臓に悪いよ…。ドクンドクンと煩い鼓動を抑えながら、「そんな…悪いよ」と言いながら手元へと視線を移す。もし、季節が冬なら水の冷たさでいい具合に身体の熱が抜けるのに生憎、蝉の声が聞こえる夏真っ盛り。お湯のような温い水では一向に熱が逃げそうにない。
大体、選手のサポートをするのが仕事なのにそれを取られたら立場的にも…と困惑する。
「良いって。1人で抱え込まないでよ。エリナちゃんもバスケ部の一員なんだから」
「……へ?」
「もしかして、マネージャーだからとか部員じゃないからとか思ってたの?」
眉を八の字にして顎に手を当てて笑う植草君が可愛くて…でも、何となく小馬鹿にされた気がする私は素直に喜べなくて唇を尖らせる。
元々、バスケの強豪校と知ってはいたが県大会で白熱した試合を観てから、自分はこのチームにとって何かを与えられているのか…と不安に感じる部分があった。私はバスケなんて体育の授業で習った程度で、知識に長けている訳でもなく…やりたい事も特になかった。
唯、高校3年間を振り返って何もないのだけは嫌だと思ったから、話題のバスケ部のマネージャーになってみるか…と志望動機としてはやや邪な気もする。イケメンを見る為に入部したよりは些かマシだとは思うけど…。
「そうだよっ」
核心を突かれた私は、思わず声が大きくなる。
「ごめん、怒らせるつもりはなかったんだけど。でも、これは覚えておいて。皆、きっと俺と同じ事思ってるから」
「…っ!」
さらっと嬉しくなる言葉をくれるので怒りなんて何処かへ飛んでいきそうだ。真剣な眼差しに瞬きを数回繰り返し、「うん…。」と小さく返事すると、納得したように口角を上げる彼。
「もし、エリナちゃんが良かったらだけど、この後寄り道でもしない?この間クレープ食べたいって言ってたでしょ?」
「!…うん!」
何ヶ月前だったか、植草君とは学年が同じだからか雑談する関係になった。部員の中で一番仲が良いと思う。その時、ふと“生地がとろけるクレープ”と書かれた看板のクレープ屋が一駅先にあって美味しそうだったと何気なく口にしたのを覚えていてくれたのが途轍もなく嬉しくて。
「悪い、植草!ちょっと手伝って」
「はーい。じゃ、下駄箱で待ってるから」
楽しみが出来た私は、体育館へと戻る後ろ姿が見えなくなるまでぼんやり見詰めていた。
その後は片付けを直ぐに済ませて、約束通り下駄箱へ行くと私に気付いた彼は片手を上げた。
「楽しみだねー。」
「うん!」
横に並び、彼との感覚を意識してから他愛のない話を始めた。
並んで歩く時、私と彼の間には数歩分の隙間がある。何故なら、付き合っていないから。恋人同士ではない2人は、飽くまで“部活が同じの友達関係”と言うポジションに過ぎない。
しかも、幾つになっても人の色恋沙汰は話題のネタに打ってつけだ。
距離が近かったり、不審な動きがあれば誰が何処で見ているのか分からない。万が一、クラスメイトに『二階堂さんと植草君、付き合ってるんじゃないの?』と好奇な目で見られたら一巻の終わりだ。幸い、仲の良い友達と認識されているので一緒にクレープを食べに行く程度で噂になるのはないと思う。
彼は、バスケ部の一員として日々ハードな練習に励んでいる。その姿を誰よりも近くで見て来たから分かる。自分勝手な想いで彼の今の関係が崩壊するのが怖い気持ちと、全国への切符を手にする大きな目標を邪魔したくない気持ちに挟まれながら適度な距離を保って接している。
想いを悟られないように表面上は笑みを浮かべているが、内心は周りの目の事を考えている。そうしている内に、目的地であるクレープ屋へと着いて注文を終えると、近くの椅子へと腰掛けて、店員の作業を見る。慣れた手付きでクレープ生地を混ぜ合わせ、熱された鉄板にを描くように薄く伸ばされた生地は、こんがり美味しそうに狐色に焼き目が付いており、其処に具材やクリームを入れてくるくる巻かれていく。
「苺ミルフィーユと濃厚ガトーショコラでお待ちのお客様ー。」
「俺、取ってくるから待ってて」
「ありがとう!」
率先して気遣いが出来る姿も素敵…。店員さんに「熱いのでお気を付けて」と注意を聞きながらペコリと小さく頭を下げて、出来立てのクレープを私に差し出す。
「ごめんね、私が取りに行くべきだったのに」
位置的には私の方が受け取り易いにも関わらず、真っ先に席を立ってくれる紳士的な立ち振る舞いに、何十回と感じてる優しさにじんわりと胸の中に暖かい陽だまりが広がるようだ。今年は特に猛暑で、夏の暑さでうんざりしているのにこの暖かさは全く苦痛ではなかった。
「良いって。本当、気にしいだね。そう言う所も好きだけど」
最後の方はぼそりと呟いていたので聞こえなくて、首を傾げていると「何でもないよ」と小さく笑う彼に、曖昧な返事をしつつも、パクリと齧り付く。今は目の前の事を楽しもう。
コクのある生クリームの上品な甘さと苺の甘酸っぱい香りが口内に染み渡り、幸福感を得る。
生地が柔らかくて舌と唾液でとろけるような…不思議な感覚だった。もちもちとはまた違った食感に無我夢中で食べ始める。
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