かけがえのないもの・後編
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次の日。
杏菜達は帰りの船に乗っていた。
そこには、行く時にはいなかった螢子達女性陣と、死んだはずの幻海までいた。
浦飯チームが優勝したことで、幻海は生き返ったのである。
そんな帰りの船の中、杏菜は蔵馬と一緒に、一番上のデッキのヘリによりかかって、海を眺めていた。
行く時と違うのは、船に乗るメンバーだけでなく、杏菜と蔵馬の距離もだった。
「ねえ、杏菜」
「何?蔵馬」
ただ名前を呼ばれただけでも、片想いだった頃とはまた違う意味でドキドキしており、甘えた声で蔵馬の名前を呼ぶ。
「来月のゴールデンウィークにさ、どこかでかけない?泊まりで…二人っきりで」
「へ?そ…それは…いいのかな?私達、まだ学生だし。特に私、中学生だし…」
「いいんじゃないかな。連休だし。一泊くらいなら、親もそんなに疑問には思わないでしょ。友達のところに泊まりに行くとでも言えば…。OKしてくれると思うよ。温子さんも、そんなに気にする人じゃないでしょ」
「ま、まあ確かに…。ていうか、むしろ行けって言われそう。ていうか、まず家にいるかどうかすら定かじゃないけど…」
「じゃあ決まり」
まだはいと返事していないのに、半ば強引に蔵馬は決定にした。
「もう…蔵馬ったら…。でもまあ、いっか。楽しそうだし」
「そうだよ」
そうだよと言いつつ、蔵馬は内心、少しだけガッカリしていた。
杏菜の返事のしかたが、恋人同士というよりは友達と遊びに行く感じだったからだ。
「そうと決まったら……杏菜、ちょっと来てくれる?」
「え…なんで?」
蔵馬が場所を移そうとしていることを疑問に思ったが、特に抵抗することなくあとについていく。
「蔵馬、どこまで行くの?」
「室内だよ。杏菜に渡したいものがあるんだ」
渡したいものなら、別に室内まで移動しなくてもそこで渡せばよかったのに、何故わざわざ移動するのだろうと、杏菜は更に疑問を抱いた。
疑問を抱きながらも、室内まで来ると蔵馬は適当な場所にすわり、カバンから何かを取り出した。
「はい、杏菜。これ飲んで」
「えっ……」
蔵馬は取り出した物を、プラスチックでできたコップにいれると、杏菜に手渡した。
それを見た瞬間、杏菜は顔をひきつらせる。
その、コップにそそがれた液体は、ショッキングピンクの色をしていた。
しかも、冷たくも熱くもない、どこかなまぬるい温度のドロドロとした液体からは、今沸騰させたわけでも熱いわけでもないのに、ボコボコと泡が出ており、ピンク色の煙まで出ている、この上なく怪しい液体であった。
「く……蔵馬サン蔵馬サン、これは一体なんデスカ?」
「これは薬だよ。オレお手製のね」
「薬!?こんな怪しげなものが!?」
ありえない答えが蔵馬から返ってきたので、杏菜は驚き、思わず大声で叫んだ。
「どこからどう見ても薬だろ?」
「どこからどう見ても、魔女がぐるぐるとかきまぜた、怪しげな液体なんですけど…。ていうか、なんで沸騰してるわけでもないのに、こんなに泡がたってんの?しかも、ドロドロしているから、なんだかマグマのように見えるんだけど…。ていうか、薬とか本気で言ってんの?」
「100%まごうことなき薬だよ」
どこをどう見ても薬には見えないのに、きっぱりはっきりと薬だと断言した蔵馬に、杏菜は顔を青くした。
「……えっと……それで………まさか、この薬を…」
「もちろん。杏菜が飲むんだよ」
「やっぱりィイ!?」
こんなものは、薬どころか飲み物ですらないので、杏菜は絶叫する。
「むっ、無理!!絶対に!!てかこの液体、一体何が入ってんの!?」
杏菜に問われると、蔵馬は口もとに手をあて、目を上にむけて考える素振りを見せる。
「まあ、とにかく飲んで」
「ええええええええええっ!!!!!!」
けど、この薬を作った本人であるというのに、杏菜の問いに答えることなく誤魔化したので、杏菜は再び絶叫した。
「ほら、早く。これを飲めば、杏菜の虚弱体質も治るよ。もう、薬をつねに持ち歩かなくてもよくなるから」
「ほ、本当に?」
「うん。…………たぶんね…」
「たぶん!?」
しかも、誤魔化しただけでなく、微妙な間があいたあと、ものすごく曖昧な返事が返ってきたので、大きな声でつっこむ。
「ま、いいから。早く飲んで」
「えっ?……ちょっ……ま…………ああああああああああっっ!!!!!!!!」
蔵馬は、いつまでもぐずぐずして、なかなか飲まない杏菜からコップを奪いとり、強制的に飲ませた。
その薬は、甘いのか苦いのか、しょっぱいのかすっぱいのか、それとも辛いのかよくわからない、なんとも形容しがたい味だったが、とにかく、とてつもなくまずい、人間どころか妖怪の飲むものでもない…というか、飲み物ですらない液体ということだけは確かだった。
そして、薬を口に入れた瞬間、杏菜の大絶叫が船全体に響き渡った。
かけがえのないもの・後編
そして、一ヶ月後のゴールデンウィーク。
「く………秀一!」
「やあ、杏菜」
皿屋敷駅で待ち合わせをしていた杏菜と蔵馬。
杏菜が駅に着くと、すでに蔵馬が、改札口の横で、本を片手に待っていた。
けど、杏菜が自分の名前を呼べば、蔵馬は本を閉じて、うれしそうに杏菜の名を呼んだ。
「ごめん、待った?」
「いいえ、今来たところですよ」
先に蔵馬が来ていたので、待たせてしまったかと思ったが、それでも蔵馬はまったく気にすることなく、にっこりと笑って杏菜を気遣った。
「ところで、あの薬飲んだ?体調はあれからどう?」
「飲みました…。体調はよくなりました…。でも、あの変な薬のせいで、別の意味で悪くなりました…」
蔵馬の、口からでまかせのような言葉が本当となり、あれからあの薬を飲み続けた杏菜は、もう発作が起こることはなくなった。
…が、あのまずい薬を一ヶ月も飲み続けたせいで、別の意味で具合が悪くなったので、杏菜の顔色はどこか悪く、青くなっていた。
「そう。ならよかったよ」
けど、蔵馬はまったく気にもとめず、逆に笑っていた。
そんな蔵馬が、いくら好きとはいえ、この時ばかりは恨めしく思った。
「それじゃあ行こうか」
「え、うん」
いつまでもここにいても仕方ないので、二人はでかけるため、そこから移動した。
杏菜と蔵馬が電車に乗ってやって来たのは、遊園地、動物園、植物園、劇場、ボーリングなどがある遊技場がひとつになった巨大アミューズメントパーク。
最初は温泉というのも視野にいれていたが、学生二人だけだとあやしまれるし、費用が結構かかるため、近場の電車で行ける距離にあるこの場所になったのだ。
あとは、杏菜が希望したため、蔵馬がふたつ返事で了承したというのもある。
どこから行くか迷いそうなくらいに広い場所だったが、これもまた杏菜の希望で、遊園地からまわることになった。
ジェットコースターにコーヒーカップ。メリーゴーランド。この遊園地の目玉ともいえる、巨大な観覧車。いろんな乗り物に乗った後は、適当な場所で昼食をとり、そのあとは蔵馬の希望である植物園に行こうとした。
けど、ここでハプニングが起こる。
「南野くん?」
突然、蔵馬に声をかける者がいた。
自分の名前を呼ばれた蔵馬は、声がした方へ振り返る。
「あ……」
そこには、一人の女の子がいた。
「喜多嶋……」
それは、蔵馬の中3の頃の同級生の、喜多嶋麻弥だった。
「(誰…?)」
元クラスメートなので、当然蔵馬は知っていたが、初めて会うこの人物に、まったく知らない杏菜はついていけない状態だった。
「わぁー、偶然だね。久しぶり。中学校の卒業式以来ね」
「……ああ…」
今の麻弥の発言により、彼女は蔵馬の中学校の頃の同級生だということはわかった。
それと同時に、返事をするのが精一杯といった感じの蔵馬に、違和感を感じた。
「元気だった?」
「まあね。喜多嶋は……今日は、どうしてここに?」
「友達と遊びに来たの」
「それって……男?」
「まあね。友達以上恋人未満ってとこかな」
「…そう……」
杏菜そっちのけで話を始めた二人。
麻弥の口から男と一緒に来ていると聞いた蔵馬は、どこか沈んだ顔をした。
「あ、女の子もいるよ。今日はね、仲のいいクラスメートと一緒に遊びに来たのよ。親睦を深めるためにね」
「そっか」
けど、女の子もいると聞いた時、蔵馬はどこかほっとしているようにも見えた。
この時、杏菜の女のカンが働き、もしや…と思った。
「ところで南野くん、その子は?」
「あ……こんにちは」
今までスルーされ、ようやく気づいたことに少しだけムカッとしたが、とりあえずあいさつくらいはしておこうと、杏菜はおじぎをしながらあいさつをする。
「………あ……えっと……この子は、杏菜といって……」
蔵馬は麻弥に、杏菜を紹介しようとするが、どこか躊躇しているようにも見えた。
「南野くん、妹とかいたんだ」
「「え?」」
しかし、予想外の言葉が麻弥の口から出てきたので、杏菜と蔵馬は、同時にすっとんきょうな声をあげる。
「かわいいねー。何年生?」
杏菜はどちらかというと童顔な方なので、よく2~3歳ほど年下に見られるが、それにしたって妹はないだろうと杏菜は思っていた。
しかも、明らかに子供(年下なのは事実だが)に話しかける口調で話してきたので、杏菜はムッとして眉間にしわをよせる。
「中学校3年生です!!秀一とは、2歳違いです!!あと、妹なんかじゃありません!!恋人です!!」
麻弥に子供扱いされたこともだが、蔵馬の麻弥に対する態度にも腹がたった杏菜は、すべての言葉を強調しながら、挑戦的に麻弥に言い放った。
「秀…一?彼女?そうなんだ」
予想外の事実に、麻弥はびっくりして目を丸くした。
そのびっくりした態度に、杏菜は更にムッとする。
「ちょっとぉーーー、麻弥ーーー。どうしたのよーー?そんなところでーー」
「あ。はーい」
その時、すぐ近くで麻弥を呼ぶ声がしたので、麻弥はそちらの方へ顔を向けて返事をした。
「ごめん。友達が呼んでるから、もう行くね。じゃあね」
「ああ……」
今のは、麻弥が一緒に遊びに来ているという友達だった。
麻弥はごめんごめんと言いながら友達のところに走っていき、今呼んだ人物とはまた別の人物…男友達と仲良くしゃべりだした。
その光景を、蔵馬は少し切なそうに見ており、そんな蔵馬を見て、杏菜はイライラしていた。
お互い、そんな微妙な心の状態で植物園へと行った。
楽しかったはずの旅行は一変し、杏菜と蔵馬の間には、微妙な距離ができており、どこか気まずそうにしていた。
「ここに咲いてる花、みんな綺麗だね。ね、杏菜」
「そうだね」
それでも、この重い空気をなんとかしようと、蔵馬は努めて明るく笑うが、杏菜の口からはそっけない返事が返ってくるのみだったで、蔵馬は苦笑いを浮かべた。
「のどかわかない?売店で、何か買ってこようか?」
「別にいいよ」
今の話題がダメなら…と別のことを話すが、杏菜は冷たく突き放すのみだった。
「ねえ…なんで怒ってるの?」
「…怒ってない」
「怒ってるよ」
「怒ってないってば。なんで、蔵馬にそんなことわかるわけ!?」
「杏菜の態度に出てるからだよ」
「怒ってないって言ってるじゃない。ほっといてよ」
自分の心を見透かされたような気がして、カッとなった杏菜は、先に歩いて行こうとするが、蔵馬に腕をつかまれて阻止された。
「……何よ?」
「ほっとかないよ。せっかく二人きりで遊びに来たのに、こんな風になって…。オレは楽しくすごしたいんだ」
「……………」
「せめて、なんで怒ってるのか話してくれないと、オレにはわからない」
怒ってるのはわかっても、自分のせいで怒ってることはわかってないことがわかった杏菜は、不機嫌になって唇を噛みしめた。
「………麻弥さんのことよ…」
「喜多嶋?」
何故、原因が麻弥にあるのかわかってない蔵馬に、杏菜は更に不機嫌になる。
「蔵馬……麻弥さんのこと好きでしょ?」
「……え…」
「やっぱり…」
特に肯定の言葉も否定の言葉もなかったが、今の蔵馬の態度でそうなのだとわかった杏菜はため息をついた。
「もう、態度でまるわかりだったわ。蔵馬が麻弥さんを好きだってこと」
「……そんなことないって」
「その微妙な間が、もう肯定の証よ」
「本当にそんなことないよ。もう昔のことだし………あっ…」
「やっぱりね」
話の流れで、めずらしく墓穴をほってしまった蔵馬は、しまったと思いながら口を閉ざし、杏菜はさっきよりも大きなため息をつく。
「付き合ってたわけ?」
「違うよ。確かに惹かれてたけど、付き合ってはいない。それに、喜多嶋からは、オレへの想いは消したんだ」
「どういうこと?」
杏菜に問われると、蔵馬は中3の時のことを話し始めた。
自分は、中3の頃に喜多嶋麻弥とクラスメートだったこと。そして、自分も麻弥を好きだったが、麻弥もまた自分に好意を抱いてくれていたこと。だけど、霊感が強いため、ある日妖怪に命を脅かされそうになったこと。その時に飛影と出会い、八つ手という…当時の蔵馬とくらべればの話だが、かなり強い力をもった妖怪を相手に、飛影と共闘して倒したこと。そして、麻弥は無事だったが、もう危ない目にあわせないために、自分への想いの記憶を、夢幻花という植物で消去したこと。
それらのことをすべて話した。
話を聞くと、杏菜は段々と不機嫌になっていった。
「………そう……」
なるべく、今の心を表に出さないようにはしているのだが、それでも眉間に深くしわがきざまれ、不機嫌なのが見てわかるほどだった。
もう、軽く返事をするだけで精一杯という感じである。
「確かに、喜多嶋には惹かれてたけど、それはもう過去のことなんだ。今オレが好きなのは、杏菜だけだから…」
「…ほんとにそうかな?」
「……どういう意味?」
自分の想いを疑われて、さすがの蔵馬もムッとして聞き返した。
「だって、さっき麻弥さんと会っていた時、私のことを紹介したくなさそうだったし。紹介しようとした時も、なんか麻弥さんに気をつかってるって感じだったし。それに何よりも、麻弥さんが男友達と来てるって知った時や、男友達と話してる時の蔵馬の言葉や態度に、すごいムカムカしたし、イライラした。なんか、蔵馬がその男友達に嫉妬してるみたいで。
もう、蔵馬の態度が、麻弥さんに未練たらったらーーって感じだったしさ。麻弥さんの態度もむかついたけど、蔵馬の態度はもっとむかついた!!」
「そんなことは…」
「そんなことあるっつの!!女のカンをなめんなよ!!」
蔵馬を好きになってから、せめて言葉づかいだけでも女らしくしようと思って直したが、頭に血がのぼった杏菜は、急に言葉づかいが荒くなったので、蔵馬はびっくりした。
「ねえ…なんで蔵馬は、私のことを選んでくれたの?」
「え…?」
「だってさ…。麻弥さんは、目も大きくて髪のさらさらで、女の子らしいじゃない。対して私は、髪も綺麗じゃないし、不良だし、ケンカ好きだし、授業もしょっちゅうサボってたし、学校の成績は悪いし、言葉づかいは汚いし、全然女の子らしくないもん。なんで、そんな対照的な私を、蔵馬は選んだの?」
「なんでって……それは…」
「答えられないんだ…」
理由を言わない蔵馬に、杏菜はますます機嫌が悪くなり、蔵馬から顔をそらして背を向ける。
「杏菜っ…」
「…ごめん、ちょっとやつあたりしすぎた。でもね、蔵馬がお母さんへの愛情を自覚する前に好きになったなんて、なんか悔しくてさ…。そりゃあ、蔵馬は私よりも長く生きてるし、思春期になれば、好きな人くらいできるだろうし、蔵馬が誰を好きになろうと勝手だし、そんなことは、私がどうこう言うもんじゃないけど。でも…やっぱり、悔しいものは悔しいし、嫌なものは嫌だよ。記憶を消してまで護りたい。それほどの相手なんでしょ?」
確かにその通りだが、そんなことは、杏菜の前では言えなかった。
杏菜はすでにわかっているが、それでもはいと言えなかったのだ。
「でも…ある意味では、麻弥さんがうらやましいよ」
「オレが…好きになった相手だから?」
「それもあるけど…蔵馬は妖怪で、麻弥さんは人間だから」
「…どういう意味?」
妖怪と人間であることに、何か問題があるのかと、蔵馬は少しきびしい顔つきで問う。
「だって……今蔵馬は、私を選んでくれてるけど…それも、いつまで続くかわからないもの」
「…オレの心を疑ってるの?」
「違う…。だけど、私は人間で、蔵馬は妖怪でしょ」
「だから、それがなんの問題があるの?」
「だって、人間と妖怪じゃ寿命も違うもの。たとえば、このまま順調に付き合って、結婚したとするじゃない。だけど、きっと自分が年をとっても、蔵馬は若いままだろうから。そうなったら、私はよぼよぼのおばあさんになっても、若いままの蔵馬を見ていなきゃいけない。そして、蔵馬を置いて死んでしまう…。そういった意味では、麻弥さんは幸せだと思う。
それにその前に、私だって、いつまでも霊界探偵をやってるわけじゃないだろうから、遅かれ早かれ別れはくるし。仲間という関係もいずれ壊れるだろうし、恋人という関係も、いつまで続くかわからないもの」
「杏菜……いい加減にしないと…怒るよ」
事実でがあるが、杏菜のいきすぎた発言に、蔵馬は目を鋭くさせ、低い声を出した。
「でもっ…本当のことだわ」
一瞬びくっとなったが、それでも勢いがついた杏菜は止まらなかった。
「私、自分が年老いた姿になって、若いままの蔵馬を見ていたくなんかないもん!それなら、いっそのこと今ここで別れ…」
バシンッ
最後まで言う前に、かわいた音が響いた。
「いい加減にしろ、杏菜っ…!!」
それは、蔵馬が杏菜の頬をたたいた音だった。
言ってはいけないことを言ったので、さすがの蔵馬も怒り、目は今まで以上に鋭くなり、迫力や怒気がすさまじかった。
「ご……め…なさ……」
こんなにも、蔵馬が怒るくらいのことを言ってしまった後悔と、心で思ってもいないことを言ってしまったことの後悔。そして、蔵馬にたたかれた頬の痛みで、杏菜は大つぶの涙をこぼした。
「うそ……うそよ…。うそなの……蔵馬と別れるなんて……。だって蔵馬、私と遊びに来てるのに……しかも蔵馬の方から誘ったのに、偶然とはいえ麻弥さんに会って、麻弥さんばかり見てるから、嫉妬しただけなの。
本当は嫌だよ、別れるなんて…。離れたくないよ。霊界探偵の任をとかれても、ずっと一緒にいたい…!」
泣きながら本心を語る杏菜の頬をつたう滴を、蔵馬は指でぬぐう。
「オレの方こそごめん。殴ったりして……。あと、不安にさせて……」
「うぅん、いいの。私こそごめんなさい。変なこと言ったりして…」
二人は、お互いに素直に謝ると、笑顔を浮かべた。
「本当にごめん。カッとなったとはいえ、女の子の顔を殴るもんじゃなかったよ」
頭に血がのぼったとはいえ、申し訳ないことをしたと、蔵馬は悲しそうな顔で、殴った方の頬に手をそえた。
「どってことないよ、こんなの。ダテに不良やって、ケンカ三昧な日々を送ってきたわけじゃないのよ。それに、霊光波動拳の継承者でもあるんですからね!」
後者はともかく、前者は自慢できることではないのだが、それでも自信満々で杏菜は言ってのけた。
「だから気にしな……!!!??」
そして、蔵馬に気にしないように言おうとしたが、最後まで言うことはできなかった。
何故なら、蔵馬が杏菜の唇を自分の唇でふさいでいたからだ。
蔵馬は何度も角度を変えて、杏菜の唇を堪能した。
「んっ…く……ら…」
長い間唇をかさねていたせいか、杏菜は次第に苦しみだした。
そんな杏菜を見て、蔵馬はようやく唇を放す。
唇を放して目に映った杏菜は、見るからに顔が真っ赤になっていた。
「杏菜、かわいい」
今の杏菜を見て、蔵馬は愛しそうに笑う。
「なっ……!ななっ、いきなり何を…!?」
しかし、いきなり唇を奪われた杏菜は、かなり動揺していた。
「何って……。オレが杏菜に本気だってことの証と、殴ってしまったことと、嫉妬させたことに対するおわび」
「何それ?それって、蔵馬がしたかっただけなんじゃ…」
「まあ、そうともいうね」
「そうとしか言わないでしょ!」
対して、蔵馬は余裕たっぷりの表情で、平然としていた。
「それよりも、オレが杏菜を選んだわけだけどね。オレが杏菜を選んだのは、杏菜がいつも明るい、太陽みたいな存在だからだよ」
「え?」
しかも、いきなり脈絡のないことを言い始めたので、杏菜はすっとんきょうな声をあげる。
「さっき杏菜が疑問に思っていたことだよ。杏菜はいつも明るくて、笑顔で、まるで太陽のように、オレを明るく照らしてくれる。それにあたたかい春風のように、オレを包んでくれる。それでオレは、ずいぶんと癒されるんだ。
でも、肝心なことは言わなくて、ガンコで後先考えず突っ走るし、わりと短気だし、無鉄砲だし、いつも突拍子もない行動に出る。それを見て、いつもハラハラさせられるよ」
それは、蔵馬が杏菜を選んだ理由だったが、途中から悪口になっていた。
けど、事実だけに何も言えず、杏菜は先程とは違う意味で顔を赤くした。
「でも……そんな杏菜だからほっとけない。そして、そんな杏菜だから好きになった…」
「私も!蔵馬のこと大好きだよ」
杏菜は、先程とは打って変わって笑顔になり、蔵馬に抱きついた。
蔵馬もまた、自分に抱きついてきた杏菜を、愛しそうに抱きしめる。
「ねえ蔵馬」
「ん?」
「私ね、高校受験、盟王を受けようと思ってるの」
「えっ!?」
いきなりの衝撃的な言葉に、蔵馬は驚き、体を離して杏菜を見た。
「何よ…その反応」
驚いて目を丸くした蔵馬に、ムッとしながら話しかける。
「なんでまた盟王に?」
「だって、蔵馬もてるんだもの!」
「は?」
気になって理由を問うが、意味がわからない答えが返ってきたので、蔵馬はすっとんきょうな声をあげた。
「気づいてなかったの?ここに来てからも来るまでも、女の子はみんな蔵馬に釘づけになってるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの!だから蔵馬って、ずぇえ~~~~ったいに、学校でももててると思うのよね。だから、色目を使って蔵馬に近寄る女どもを排除するために、盟王を受けるのよ!」
「そんな理由で?」
「私にとっては大きな理由よ!!」
到底高校を受験するような理由とは思えないので、蔵馬は再び問うが、杏菜は真剣そのものだった。
「あとは……単純に、蔵馬と同じ学校に通いたいからよ」
「でも……自慢するわけじゃないけど、盟王は都内一の名門進学校だよ。正直杏菜の成績で通えるとは……」
「わかってるわよ、そんなことは!何しろ、全教科すべて赤点!テスト順位だって後ろから数えた方が早いし、成績表は、体育以外全部1だもの!はっきりいって、その辺のバカ校くらいしか受けられないでしょうね。しかもおなさけで」
「うん……自慢にならないね」
「でも、やってできないことはないし、生まれて初めてできた大目標だからやってみたいの」
「じゃあ、オレが杏菜の家庭教師をするよ。杏菜が盟王に受かるようにね」
「うん。よろしく!」
正直勉強は得意ではないが、それでも杏菜は、蔵馬と一緒の高校に通うために勉強を頑張ろうとして決意していた。
しかし……この数日後に、コエンマから出された任務がきっかけで、魔族に目覚めてしまう。
寿命の心配はなくなったが、魔族に目覚めたことにより、霊界にねらわれる身となる。
それでも盟王を受験して、蔵馬と同じ学校に通おうと思っていたが、その数日後に自分の父親の使いの者達に会い、魔界に行くことを決意する。
更には、蔵馬も父親の国の敵対国に行くこととなった。
それにより、杏菜は盟王に通うことも受験することすらできなくなり、二人は敵対してしまうこととなるが、想いが消えることも、絆が断たれることもなかった。
それどころか、より強固なものとなった二人の絆は、永遠に続いていくこととなる。
それは、杏菜が思いえがいていた理想。何よりもかけがえのないものだった。
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