第四話 一緒にいたい
その日の夜…。
蔵馬は、昼間行った本屋の女性に言われたことを思い出していた。
それは、蔵馬が少女に恋をしているということだった。
愛や恋というものには一生縁がないだろうと、ずっと思っていた。
けど、確かに思い返してみると蔵馬は、少女が気になったり、ずっと少女のことばかり考えていたり、会いたいと思ったり、一緒にいたいと思ったり、隣にいると胸が高鳴ってドキドキしたり、護りたいと思ったり、他の男と一緒にいると胸がもやもやして、自分以外の男と少女が一緒にいるのが嫌だと思ったりもした。
そのことで、蔵馬は少女に恋をしているのを自覚したのだった。
未だに、自分が少女に恋をしていることが信じられず、蔵馬自身まだ戸惑っているが、それでもその感情に、ふしぎと違和感を感じることはなかった。
むしろ、すんなりと受け入れることができた。
この、恋という名の感情を、不快には思わなかった。
第四話 一緒にいたい
次の日、蔵馬はいつも通り、少女に会いに行った。
少女に恋をしていると自覚した蔵馬の足どりは軽く、とても機嫌がよさそうだった。
それは、とてもではないが、極悪盗賊の妖狐蔵馬と言われている男とは思えなかった。
見る者が見れば、別人だと思うほどに…。
蔵馬がいつものように、よくきく耳や鼻を使って少女を探していると、2時間ほどで少女を探しあてることができた。
「パープル・アイ!」
少女をみつけた蔵馬は、うれしそうに少女を呼んだ。
呼ばれると、少女は蔵馬の方へ振り向く。
蔵馬はそれだけで胸が高鳴り、ますますうれしくなった。
「…何をしに来た…!?」
対して、少女の機嫌はすこぶる悪かった。
それもそのはず。
蔵馬の方は、昨日少女に恋をしていることに気づき、そのことで頭がいっぱいで、考えるだけで機嫌がよくなるほどだったが、少女は一昨日の情報収集の最中に、情報を聞き出そうとしていた相手を殺され、計画を台無しにされたからだ。
少女は今の感情をかくすことなく、冷たく…鋭い目で蔵馬を睨みつけた。
それだけで蔵馬は凍りつき、動けなくなる。
「人の計画を台無しにしおって…。よくも平然と、私の前に来れたものだな…。そんなに死にたいのか?」
少女の怒りは当然だった。
あの男は、蔵馬にとっては嫉妬の対象であり、邪魔な存在だが、少女にとっては、自分の計画に必要な人物だったのだ。
それを、わけもわからずに勝手に殺され、自分の計画を邪魔されて、怒らない方がおかしかった。
蔵馬は、とにかく何かしゃべろうと思った。
しかし、少女の威圧感に気圧されて、口を開くことすらままならなかった。
「今までは、私の邪魔をしないから、そばにいても特に問題はなかった。だが、私の邪魔をするというなら、話は別だ」
次に、少女が何を言うのか容易にわかった蔵馬は、ビクッとなる。
「邪魔をするなら………もう…二度と私の前に現れるな…!!」
少女の口から出たのは、蔵馬が想像していた通りの言葉だった。
「ま……待てっ、パープル・アイ!!」
少女の威圧感で、話すこともままならなかったが、なんとか口を開き、少女の名を叫ぶ。
「一昨日のことは謝る。だから……これからもここに来させてほしい」
謝罪をする姿も、あの極悪盗賊の妖狐蔵馬からは想像できないもの。本当に、見る者が見たら驚愕するほどだろう…。
しかし、蔵馬は少女に会えなくなるのは嫌なので必死だった。
「………次はないぞ……」
まだ機嫌を悪そうにしてはいるが、少女の口から出ためずらしい言葉に、蔵馬はほっと胸をなでおろした。
蔵馬が胸をなでおろすと、少女は蔵馬に背を向け、風を手の上で操りはじめた。
「ん…?何をしているんだ?」
「妖気のコントロールの修業だ」
「修業…?何故…そのようなことを?」
「戦いにおいて……もっとも大切なものは、妖気のコントロールだ。それが、強さのすべてと言っても過言ではない。だから、毎日やっている。それだけだ」
少女の口から出た言葉に、蔵馬は更に驚いた。
何も借りをつくってないのに、少女が自ら教えてくれたこともあるのだが、パープル・アイの強さは天賦の才によるものだと思っていたので、このような地道な努力を、あの極悪盗賊と言われている少女が、日課として毎日こつこつとやっているからだった。
蔵馬は意外そうにしていたが、少女はそれを気にとめることなく、マイペースに修業をしていた。
そんな少女の姿を、蔵馬は驚くほど優しい目で見ていた。
少女に話しかけず、何もせず、ただ少女の隣にすわって、じっとみつめていた。
そして少女もまた、修業をしながら、そんな蔵馬をふしぎそうな目でみつめた。
蔵馬は夕方になると、アジトに帰ってきた。
それはもう、ものすごく機嫌がよかった。
一昨日とはあまりにも違いすぎるので、部下達はすごくふしぎに思った。
けど、蔵馬はそんなことは気にせず、自分の部屋で、昼間のことを思い出していた。
少女に、二度と来るなと言われた時、この世の終わりがきたような感覚に陥ったこと。
少女に、次はないと言われて、一応来てもいいという許可をもらった時、ほっとしたこと。
なんだか、少女に少しだけ心を許してもらったような気がした。
もちろんそれは、少女自身がそう言ったわけではないし、自分の都合のいい解釈であるが、その後、少女が自分の前で修業を始めた時のことや、再び来ることを許してもらった時のことを考えると、どうしてもそう思ってしまうのだ。
それは、少女が好きだということに、他ならなかった。
少女のことが好きだから、そう思ってしまう。
好きだから、昼間、少女の隣にいるだけで、幸福を感じていた。
ただいるだけで、何もしなくても、自然と顔がゆるみ、笑顔となれた。
そのことを思い出しているだけで、時間は過ぎていった。
一方で、少女もまた、昼間いた場所に生えている木の枝にすわり、蔵馬のことを思い出していた。
「(あの男は……何故…いつも何もしないのに、私のそばに来るのだろう?)」
少女は、蔵馬が何もしないのに自分のところに来ることに、疑問を抱いていた。
「(今日だってそうだ。私がもう来るなって言ったらあわてたり、次はないと言ったら、どこかほっとしていた。本当に変な奴だ)」
蔵馬の自分に対する言動は、不可解以外の何ものでもなかった。
「(それに、何故あの男は、私を見る時、あんなに優しげな目で見る。それに、何故私を利用しようとしない。何故、名をあげるために私を倒そうとしない?何故、あんなにも私を気にかける?何故あんなに、私に近づこうとする?
あんなに変な奴は、今まで見たことない…)」
少女は、自分は他人には興味がない。
今まで、ずっとそう思っていた。
事実そうだし、誰ともなれあわず、誰にも近づかず、千年以上も生きてきた。
他人が自分の近くに寄るだけで、とても不快だった。
それは、今もまったく変わらない。
けど、今は確かに、蔵馬に対してだけは、興味をもっているし、前よりも不快に感じなくなっていた。
少女はふしぎな気持ちを感じていたが、それがどういうものなのかはわからなかった。
わからなかったが、確かに今自分は、蔵馬を気にかけていることだけはわかった。
次の日……。
蔵馬は、いつものように少女を探していた。
昨日と同じ場所にはいなかったが、ニオイが残っていたので、そのニオイをたどり、森の中に入ってきた。
しばらく歩いていくと、ふいに水の音がした。
少女のニオイを、水の音がした方から感じたので、きっとそこに少女がいるのだろうと確信をもった蔵馬は、その先へと進んでいく。
「!!」
すると蔵馬は、そこにあるものを目にすると、大きく目を見開き、その場で固まった。
そこには、少女が裸になって泉に入っており、そこに流れてくる小さな滝で水浴びをしていたからだった。
白い肌に、豊満な胸、くびれたお腹、細くてすらっとした手足。そんな輝かんばかりのまぶしい裸体に、蔵馬は思わず息をのみ、目を見張った。
「ん…」
気配に敏感で、蔵馬と同じように鼻がきく少女は、すぐに蔵馬に気づいた。
けど、裸なので、蔵馬を見た瞬間固まってしまう。
「き…貴様っ……何を見てるんだ!?このヘンタイがっ!!!!!」
少女は顔を赤くし、胸を両手でかくしながら蔵馬に叫んだ。
その時だった。
「みつけたぞ、パープル・アイ!!」
「覚悟ォォオオオ!!」
木の上から、敵が二人現れた。
「チッ……。どいつもこいつも、人の裸をただ見しおって…」
少女は返り討ちにしてやるとばかりに、左手で胸をかくしながら、右手に妖気を集中させる。
けど、技を放つ前に、蔵馬が少女を、ひざの裏と背中に手をまわして抱きあげて、敵の攻撃をよけながら、そのまま敵から離れるために走っていく。
当然少女は驚き、目を丸くしていた。
少女が驚いてる間にも、敵は泉の向こう側から次々と現れた。
今度の敵の数は、ざっと数えても軽く20人はおり、前よりも大勢だった。
「バカどもが…。返り討ちだ…!!」
蔵馬に抱きかかえられているのでよく見えなかったが、自分達の後ろから敵がせまってきていることはわかったので、少女は再び右手に妖気を集中させると、蔵馬の肩の上から手を伸ばして、矢を放つように、竜巻を横に放った。
「うあああああっ!!」
「ぐあああ!!」
敵は今の攻撃で、あっさりと全員やられてしまう。
だが、倒したのもつかの間、今度は別の敵が、少女と蔵馬の目の前に30人ほど現れる。
内心わずらわしかったが、それでも目の前の敵を倒そうと、そのまま右手を構えた。
けど、少女が攻撃をする前に、蔵馬が魔界の呪文を唱え、オジギソウを召喚して敵を一気にやっつけた。
蔵馬が、自分を殺しにやって来た敵を倒す姿を見て、少女は上を向き、ふしぎそうな目で蔵馬をみつめた。
少女がふしぎそうにみつめている間にも、蔵馬は少女を抱きかかえ、敵が出現した泉から離れるために走っていった。
それから10分ほど走ると、二人は川原にたどり着き、蔵馬は少女を地面におろした。
おろす時、驚くほど優しい顔をしていた蔵馬を見た少女は、本当なら、自分の裸を見たこの男に、拳を一発お見舞いするところだが、その優しげな、自分を慈しむような目に金縛りにあってしまい、何もすることはなかった。
否……何もすることができなかった…と言った方が正しいかもしれない…。
だが、それはそれとして、異性相手に自分の裸を見せるのは嫌なので、いつも着ている魔界装束を、手早く身につけた。
「…聞いてもいいか?」
衣服を着ると、少女は蔵馬に質問をした。
とてもめずらしい少女からの質問に、蔵馬は目を丸くした。
今まで、自分から質問をすることはあっても、少女の方から質問してくるなど、一度もなかったからだ。
「ああ……なんだ?」
蔵馬は一瞬驚き、固まっていたが、すぐに覚醒して少女に返す。
めずらしいことだが、少女から話しかけてきてくれたのがうれしかったのだ。
「何故……いつも……私の敵を、一緒に倒してくれるんだ…?」
少女はずっと疑問に思っていた。
今回の敵も、今までの敵も、すべて自分を倒しにきた敵で、蔵馬にはいっさい関係ないというのに、自分にはなんの得にもならないというのに、何故一緒に倒すのかが、ふしぎでならなかった。
更に言えば、初めて会った時、敵を引きつけるためにニセモノの宝石を渡したというのに、何故自分を助けるのかふしぎだった。
ふしぎそうな、それでいて真剣な目で問われると、蔵馬は口もとにかるく笑みを浮かべた後、口を開いた。
「単に……貴様のことが気になるからだ」
けど、返ってきた答えは、少女にはわけがわからないものだったので、少女は目を丸くする。
「気になる?」
「そうだ」
納得のいく答えではなかったので、聞き返してみたが、それでも肯定の返事が返ってくるだけだったので、少女はますます頭をこんがらがせた。
「……お前は変わっているな。私につきまとったり、気になると言ったり…」
「お前じゃない。…蔵馬……」
「え…?」
「蔵馬……。オレの名前だ…」
蔵馬は、少女に「お前」と呼ばれるのが急に嫌になり、自分の名前を名乗った。
できれば少女に、自分の名前を呼んでほしいという気持ちがあるが、それがかなわなくても、せめて自分の名前を覚えていてほしいからだ。
けど、少女は蔵馬の意図がわかっておらず、目を丸くしたままだった。
「お前の名は?パープル・アイ」
「へ?」
「お前の本当の名が知りたい。パープル・アイというのは、ただの通り名なのだろう?まさか、それが本名じゃないだろう」
蔵馬は、純粋に少女の名前が知りたいだけだった。
けど、少女は名前を聞かれると、沈んだ顔になる。
「………………名などない………」
「…え?」
「名前などないと言っている」
少女の口から返ってきた返事に、蔵馬は少しだけ反応が遅れた。
蔵馬の耳が確かなら、少女は確かに名前はないと言った。
名前がないなど、何かの冗談か、単に名乗りたくないだけかと思った。
「それは…冗談とかじゃないのか?」
「本当のことだ。私には、生まれながらに名前はないんだ。強いて言うなら、パープル・アイが私の本名だ」
だが、それは決して冗談などではなかった。
名乗りたくないとかそういうのではなく、本当に名前がないから名乗りようがなかっただけなのだ。
「別に不便ではない。周りには誰もいない。誰とも馴れ合わないからな。だから、私の名前を呼ぶ者はいない。だから、名前などなくとも、別にこまらない」
少女がはっきりきっぱりと言い切ると、蔵馬はどこか悲しげな顔になる。
「お前がこまらなくても、オレはこまる…」
「は?」
「お前は、誰とも馴れ合いたくないかもしれない…。だが……それはオレがこまるんだ」
「どういうことだ?」
蔵馬が言ってる意味がさっぱりわからず、少女は怪訝そうな顔で蔵馬に聞いた。
「オレも……今一緒にいる奴らのことを、信頼しているわけじゃない。一緒にいるのは、自分の野望をかなえるため。都合のいい手ゴマだ。別に馴れ合っているわけじゃないし、これからも馴れ合うつもりはない」
話しながら蔵馬は、少女の手をとり、また慈しむような目で少女をみつめる。
「けど……お前とは…ともにいたい……!!」
手をにぎられ、慈しむような目で見られ、更にはともにいることを望まれたことで、少女はまた金縛りにあったように動かなくなった。
「何もしなくていい。ただ、隣にいてくれるだけで…。そばにいたいし、そばにいてほしいと思ってる。こまっているのなら、オレが力になる。お前の助けになりたい。
また今度敵が襲ってきたら、オレが必ずお前を護る!!
だから……」
蔵馬は力強く……それでいて優しく、少女のもう片方の手をとり、少女の両手を自分の両手で包みこむようににぎりしめた。
少女の冷たい手は、蔵馬の手の体温によりあたためられていた。
千年以上も生きてきたが、今まで一度も、あたためられたことはなかった。にぎられたことすらなかった。
初めて感じる他者のぬくもりに、少女は困惑していた。
「オレと……ともにいてほしい…!!」
そして、困惑したのは、手に感じるぬくもりだけではなかった。
自分とともにいることを望む者も、利用目的で近づかない者も、名をあげようと戦いを挑まない者も、自分の力になりたいと言う者も、自分を護ると言う者も、一度も会ったことはなかった。
そんな、告白のような、プロポーズのような言葉に、驚愕してその場に固まり、蔵馬を凝視していた。
その日の夜。
「(何故……あの男は、私にあんなことを…)」
少女は森の中の木の上の枝に腰をかけて、昼間に蔵馬が言ったことを考えていた。
『単に……貴様のことが気になるからだ』
「(気になる?一体どういう意味だ。何故、私のことなど気にかける?)」
『蔵馬……。オレの名前だ…』
「(何故、名前など名乗った?私に名前を名乗って、一体何が言いたいんだ?)」
『お前は、誰とも馴れ合いたくないかもしれない…。だが……それはオレがこまるんだ』
「(私がどのように生きようと、あの男には関係ないだろうに……。何故あいつがこまる?こまるとはどういうことなんだ?)」
『オレも……今一緒にいる奴らのことを、信頼しているわけじゃない。一緒にいるのは、自分の野望をかなえるため。都合のいい手ゴマだ。別に馴れ合っているわけじゃないし、これからも馴れ合うつもりもない』
「(ならば……何故私のことを気にかける?何故私をいつも助ける?)」
『けど……お前とは…ともにいたい……!!』
『何もしなくていい。ただ、隣にいてくれるだけで…。そばにいたいし、そばにいてほしいと思ってる。こまっているのなら、オレが力になる。お前の助けになりたい。
また今度敵が襲ってきたら、オレが必ずお前を護る!!
だから……』
『オレと……ともにいてほしい…!!』
「(何故、私とともにいることを望む?何故、他人である私の力になることを望む?何故、私を護ろうとする?他人だろう?お前は…。自分以外を護ってどうする?しかも、私よりもはるかに弱いというのに、何故護ると言う?何故護ろうとする?)」
昼間、蔵馬が自分に言ったことは、あまりにも不可解だった。
けど、蔵馬とは付き合いは短いものの、うそを言ってるようには思えなかった。
千年以上もの長い年月を生きてきたのもあり、少女は蔵馬がうそをついていないことがわかっていた。
だからこそ、不可解だったのだ。
何故あのようなことを言ったのか。
何故、自分を見て優しい顔をしていたのか。
慈しむような目で見ていたのか。
あの、告白のような言葉を言ったこと。
自分を望んでくれたこと。
すべてが不可解であり、謎であった。
そんなことを言う者は、今まで一人もいなかったからだ。
「(それに……何故あの男は、私を恐れない?周りの奴らは、みな敵意のある目で見るか、畏怖するというのに…)」
それに蔵馬は、自分を恐れるわけでも、利用するわけでも、名をあげるために挑むわけでも、敵視するわけでもないので、ますますふしぎに思った。
今まで自分に近づいてきた者は、すべてそのどれかにあてはまったからだ。
「それに……」
少女は、ひざの上に置いていた手を、目の前までもってきた。
「あいつの手…………とても……あたたかかった……」
それは、あの時…蔵馬に手をつかまれた時に感じたぬくもりのことだった。
もう、とっくに冷えているはずなのに、どこかまだあたたかみがあり、そのあたたかさは少女の手をつつんでいた。
少女は、昼間手に感じたあたたかさが忘れられずにいた。
そして、そのあたたかさとともに、心にむずがゆいものを感じたが、それが一体なんなのかはわからなかった。
次の日の朝。
蔵馬はいつも通り、少女に会いに来ていた。
「待っていた」
いつもと違うのは、少女からのあまりにもめずらしい言葉だった。
蔵馬は驚きのあまり、目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「お前にしてはめずらしいな。どうした」
「お前に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ…。お前は何故、私とともにいることを望むんだ?」
予想外の質問に、蔵馬は再び目を丸くした。
「何故、自ら私に近づこうとする?何故利用しようとしない?何故、名をあげるために挑もうとしない?何故私を護ろうとする?私より弱いのに…。それに、何故私を恐れない?私のことが、怖くはないのか?」
少女は蔵馬が目を丸くして何も言わない間に、次々と質問をした。
「お前のことが…怖くないと言えば、うそになる。今も、正直恐ろしい。お前はあの、魔界屈指の実力者として名高い、パープル・アイだからな」
蔵馬が、正直に自分の気持ちを言うと、少女は眉間にしわをよせる。
「けど……それ以上に…会いたい、そばにいたいという気持ちの方が勝っている」
けど、次に出た蔵馬の言葉に、今度は少女の方が目を丸くした。
「確かにオレは、自分の野望のために他者を利用している。だから、利用するつもりはないと言っても、説得力がないだろう。だが、お前に対しては、そうしようとは思わない。
いや……したくないと言った方が正しいかもしれない。
お前とは、対等に付き合っていきたいからな」
思わぬ蔵馬の答えに、少女は目を丸くしたまま固まり、蔵馬を凝視する。
この時少女は、また変な感覚に陥った。
昨日の夜、とっくに冷えたはずの手に、あたたかさを感じた時と同じ感覚だった。
「…お前は……」
「ん?」
変な感覚に陥り、心にまた、むずがゆさを感じた。
けど、不快ではなかった。
「お前は……変な奴だな」
心がむずがゆくなるのと同時に、胸の奥に、じんわりと微かな熱さを感じていた少女は、ほんの少しだけだが、口もとに笑みを浮かべた。
それは、笑顔とは言えないもの。
だが、出会ってから今まで無表情しか見てこなかった蔵馬には、新鮮と驚きそのもので、目を見開いていた。
「変?オレがか?それは何故だ?」
驚きながらも、蔵馬は少女が言ったことに質問をした。
「今まで、私に近づいてきた奴は、私を恐れたり、利用しようとしたり、名をあげるために挑もうとするかのどれかだった。ましてや、私を護ろうと考えたり、対等に付き合おうと考えたりする奴はいなかった。
だがお前は、私を気にかけたり、護ろうとしたり、対等に付き合いたいと思っている。
本当に変な奴だよ、お前はな」
少女がまた、口もとに少しだけ笑みを浮かべると、蔵馬は心臓が高鳴った。
心臓の音はとても大きく鳴り、とても早く鼓動した。
「パープル・アイ……」
「なんだ?」
少女が返事をすると、急に蔵馬は少女の手をひっぱり、そのまま抱きしめた。
突然のことに、少女は驚いた。
返事をしたと思ったら、蔵馬の腕の中にいたのだから…。
突如体に感じたあたたかさに、少女は固まる。
「好きだ」
そして、突然の告白。
飾りも何もない、シンプルな短い言葉。
たったの三文字ではあるが、少女を驚かせるには充分すぎるものだった。
「……冗談では…ないのか…?」
少女は動揺し、驚愕し、呆然としていた。
生まれて初めて動揺した少女は、少し遅れて反応し、蔵馬に聞き返した。
「冗談で、こんなことは言わない」
蔵馬の声は真剣そのもので、それは少女にも充分伝わった。
「パープル・アイ…。お前はこの先、オレがずっと護る。だから……」
蔵馬は少女を抱きしめていた手を肩に置くと、少女の体を離し、少女の紫色の瞳を、自分の金色の瞳でまっすぐにみつめた。
「オレの女になってくれ!!」
告白するだけでなく、蔵馬は更に強く少女を求めた。
最初は、ただ隣にいるだけでいい。そう思っていた……。
けど、次第に欲が出てきた。
隣にいるだけでいい…以外の欲が…。
自分のものにしたい。
一人じめしたい。
そんな欲にかられ、蔵馬は少女を強く…強く求めたのだ。
「貴様が私を求めてくれてるのはわかった。でも、正直よくわからない」
「わからない?何がだ」
「お前が…どういう意味で私を求めているかはわかる。しかし私は、愛だの恋だの、そういったものはよくわからない。
だから私は、お前にどう答えたらいいかわからないんだ」
少女の返事に、蔵馬は少し複雑になった。
好きとは言われなかったが、嫌いともはっきりと言われなかった。
以前の少女なら、間違いなく嫌いだと言っていただろうが、今はそう言われなかった。
拒絶もされなかったが、受け入れてももらえない。あまりにも中途半端だからだ。
「私は千年以上も生きてきたが、その長い年月の間、私を受け入れてくれた者も、受け入れようとしてくれた者もいなかった。向けられたのは、恨みや憎しみや敵意といった、負の感情のみ。
だから私は、好きという感情はわからない。だから私は、自分をあまり好きではない。
自分自身が……何よりも、この紫色の瞳が…」
少女は忌々しそうな顔をしており、自分の右目を、手で覆った。
この時、少女の目は左側しか見えなかったが、その片方の目からは、とても強い憎悪が感じられた。
「以前、強いて言うなら、パープル・アイが私の本名だと言ったが、その名前も嫌いだ。この目は、私にとっては憎しみの対象でしかない。恨みと憎しみの産物。忌まわしく、醜いものだ」
「そんなことはない」
「え?」
自分が言ったことを否定した蔵馬に、少女は目から手を離し、顔をあげ、驚きの表情を蔵馬に向けた。
「とても綺麗な瞳だ」
「え……」
更には、自分が言ったこととは正反対のことを言ってきたので、少女は目を丸くする。
この時少女の顔からは、怨恨や憎悪といった感情はなくなっていた。
「初めて会った時から、ずっと思っていた。お前のその瞳は、宝石のように綺麗だ。醜くはない。本当だ」
生まれて初めて聞いた言葉に、少女は戸惑い、驚きを隠せなかった。
けど、ふしぎと嫌な気持ちにはならなかった。
また、胸の奥がじんわりと、微かに熱さを感じていた。
けど、それがなんなのか、まったくわからなかった。
だが、蔵馬が自分を好きだと言ったことも、自分のこの紫色の瞳を綺麗だと言ったことも、不快には感じなかった。
むしろ、あたたかいものを感じた。
けど、その感情に名前をつける術を、少女は知らなかった。なんという言葉をあてはめたらいいのか、少女にはわからなかったのだ。
そんな奇妙なものを感じた少女は、その日は蔵馬をじっとみつめながら、蔵馬の話を聞いていた。
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