#20 揺れる、ココロ
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三井が本音をもらし、一件落着のように見えたが、大変なのはここからだった。
扉が開いたことで、体育館の中に入ってきた教師達は、湘北だけでなく他校の不良もおり、彼らとバスケ部がこの体育館にいて、一部ではあるが、生徒が血だらけになってるこの惨状を見て、何があったかはわからないが、ただごとではないことだけはわかった。
「おい…。お前達!!これは一体どういうことなんだ。ただじゃすまさんぞ!!」
「「「………!!」」」
当然バスケ部員に、事情を説明するように要求したが、全員言いにくそうだった。
こんなにメチャクチャで、血だらけになってる者もいては、頭の回転がいい赤木や木暮も、どう言い繕ったらいいかわからなかった。
「(マズイ…。どーにかしてゴマカさないと)」
「(モミ消さないと)」
花道と流川は、この状況をなんとか打破しようと考えた。
「「(思いつかん!)」」
しかし、頭が弱い2人は、うまい言い訳が思い浮かばなかった。
「先生!」
「ん?なんだ、真田」
その時、魅真がなんとか誤魔化そうと、教師に話しかけるが、洋平が、それ以上は言うなというように、魅真の前に来て、手を魅真の前に出す。
「三井君が、オレたちのグループを脱けて、バスケ部に戻るなんていうから、ちょっと、頭きて…。やっちまいました。バスケ部も、三井君も。スイマセン…」
「なに?」
「「洋平!?」」
洋平が、自ら罪を背負おうとしていたので、魅真と花道は驚く。
「な?堀田さん」
「…!!」
洋平は、今言ったことに真実味と説得力をもたせるために、この学校の番長である堀田を、何かを訴えるような目で見て、同意を求めた。
「スイマセン」
「実はそーなんです」
「オレたちが…」
「!!」
更に、洋平だけに罪をかぶせるわけにはいかないのか、洋平の話に真実味と説得力をもたせるためか、その両方か……。高宮、野間、大楠の3人も、洋平の隣にやってきて名乗り出た。
「なっ、堀田番長」
「組長」
「大統領」
「!!」
洋平だけでなく、高宮、野間、大楠も、何かを訴えるような目で堀田を見て、同意を求めてきた。
「そ…そうです…!!オレたちがやりました」
4人にそう言われては、もう逃げることができないので、堀田は覚悟を決めて、4人の前に立ち、名乗り出た。
「(徳男…)」
先程、八つ当たりで腹を殴ってしまったというのに、自分をかばった堀田を、三井は驚きの目で見た。
「…………」
その堀田は、顔だけを三井に向けて、驚くほど優しい目で三井を見ていた。
#20 揺れる、ココロ
事件があった、その週の日曜日。あと1週間でインターハイの予選が始まるので、バスケ部は日曜日も練習をしていた。
そしてそこには、あの三井の姿もあった。
2年間のブランクがあるので、腕は落ちてると思われたが、まったく衰えておらず、あっさりとシュートを決めた三井に、三井の相手をしていた木暮は、ショックをうけるほどだった。
途中で晴子も来て、差し入れを彩子に渡していたが、そこには魅真の姿はなかった。
その、魅真はというと、外の水飲み場で、ドリンクのボトルを洗っていた。
魅真はどこか元気がなく、ため息ばかりついていた。
「おい」
すると、後ろから三井がやって来て、魅真の頭を、拳の裏側で、こつんと軽くたたいた。
「えっ?」
突然のことに驚き、魅真は後ろへふりむく。
「あっ……」
そこには三井がいたので、魅真は驚いて、目を丸くした。
「何しに来たんですか…?」
「休憩中だから、水飲みに来ただけだ」
「体育館の中にもあるのにですか?」
「悪いか?」
ここに来た理由を説明すると、三井は蛇口をひねって水を出し、説明した通りに水を飲んだ。
「別に……」
理由を知ると、魅真はそっぽを向いて、冷たく返した。
魅真のそっけない返事と態度に、ムッとした三井は、水を飲むのをやめて、蛇口をしめ、口もとをぬぐうと、再び魅真に顔を向ける。
「お前な…。だったらなんだよ?その態度は」
今の魅真の態度が気にいらなかった三井は、魅真の頭をつかんで、ぐりぐりと手を動かした。
「いたっ!いたたたっ!!痛いですって!!」
動かしている手には、そんなに力が入っていなかったが、魅真は痛がった。
「もう!!」
痛いと言ってるのに、頭をさわってるので、魅真は三井の、頭をぐりぐりしてる手を、自分の手ではらった。
「やめてください!」
そして、三井と顔を合わせると、強く訴えた。
「なんなんですか!?痛いじゃないですか!!あなたのお仲間の鉄男って人に、凶器で殴られたんですからね!!いくら異常がなかったと言っても、ケガを負ったことには変わりないですし、まだ治ってないんですから、さわらないでください!!」
力が強くないのに痛がっていたのは、三井が、ちょうどこの前の事件で、鉄男にモップで殴られたところをさわっていたからだった。
魅真が訴えると、痛いところをつかれたので、三井は言葉がつまる。
「そ…そりゃあ、オレもバカやっちまったし、悪かったと思ってるし、すぐになじめるとは思ってねえけど」
「けど?」
「そこまで、邪険にすることねーんじゃねーのか?」
「なんか矛盾してます。本当に反省してるんですか?」
「してるっつの!でも、そこまであからさまな態度をとることねーんじゃねーかって言ってんだよ!」
確かに、いくらバスケ部をブッ壊すと言ってても、今は戻ってきてバスケ部の一員となったのに、いくらなんでも態度が悪かったので、今度は魅真が言葉につまる。
「大体お前こそ、なんでわざわざ体育館の中にある方じゃなくて、外の方使ってるんだよ?」
「…そんなの……あなたに関係ないじゃないですか…」
それでも、魅真はどこか冷たかった。
「おい…。いくらなんでも、他人行儀すぎねえか?」
「他人行儀じゃなくて、他人でしょう…」
「…ひょっとして……去年のことを怒ってんのか?」
「……………」
思い当たる節がある三井は、もしかしてと思って問うてみるが、魅真は答えなかった。
「去年ケンカ売ったのは悪かったが、お前もオレを、一方的に殴ってたじゃねーか。この前だって……。でもオレは、そういう過去のイザコザは忘れて、マジメにバスケに取り組もうと、ここに戻ってきたんだぜ」
「…………」
三井は自分の思いを魅真に伝えるが、それでも魅真は、何も答えなかった。
どこかズレたことを言う三井を無視して、魅真はボトルを入れたカゴを無言で持ち上げた。
「……2年もブランクがあるんですから、私にかまう前に、さっさと練習したらどうですか?もうすぐ休憩も終わるでしょう?時間は待ってはくれないんですから。それに、ブランクがあるのなら、休憩時間もやったらどうですか?」
カゴを持つと、三井に背を向けたまま、静かに言い放つ。
「かわいくねえ~~…」
あまりにツンケンした態度に、三井は本音をポツリともらすが、何気なく言ったその言葉に、魅真は過剰に反応を示した。
「…………私…別に……あなたにかわいいと思ってもらうために、生きてるわけじゃありませんから…」
そして、眉間にしわを強くよせて、静かに、冷たく突き放すと、魅真は言うだけ言って、そこから去っていく。
そんな魅真に、三井は魅真の背中ごしに、「やっぱかわいくねえ」と言うが、魅真はなんの反応もせず、三井から離れていく。
三井から離れると、魅真はため息をついた。
「(憧れの三井寿が目の前にいるのに。こんなはずじゃなかったのに…。なんでこうなるの?入部当初、三井さんがいなくてガッカリして、やっぱり続けようと決意した時、三井さんと一緒に部活をやるのはあきらめた…。だから、三井さんがこの学校にいると知った時は、すごくうれしかった。せめて、同じ学校に通っていたかったから…。そして、紆余曲折あったけど、三井さんはバスケ部に戻ってきた。三井さんと一緒に部活ができるし、時間を共有できる。うれしくないといえばウソだし、うれしいかと言われれば、正直なんか、微妙な感じ…。せっかく念願が叶ったはずなのに、そんな複雑な気持ちになるのは……きっと、一年前の、あの事件のせい…。会いたいって思ってた人が、二度と会いたくないと思った奴で、二度と会いたくないって思ってた奴が、実は、ずっと会いたい人だった。足を洗って、言葉づかいやふるまいを、女性らしいものに戻して、いろいろとがんばってきたけど…。去年の出来事が、私の心に深く突き刺さっていて離れないから、三井さんのことが好きかと問われると、すぐにイエスと言えない。でも、三井さんに3年前に抱いた思いが、心から離れない。それに、この前の事件で、彩子先輩が好みと言ったこと…。宮城先輩に対する挑発行為とはわかってるけど、なんだかイライラする…。でも、私は……本当に、三井さんのこと…好きなの?好きかといわれれば、イエスかもしれないけど、でも、前みたいに自信をもって、はっきり好きだと言えない…。結局どっちなんだろう?自分で自分の心がわからないや…)」
魅真は三井のことを考えていた。
三井に対する、複雑な思いを胸にして、魅真はぼんやりと空を仰ぎ見た。
次の週の月曜日。
「あ、真田さん。おはよー」
「おはよー」
「おはよう」
教室に入ると、クラスの女子が4人魅真のもとにやってきて、あいさつをした。
「聞いたよ、真田さん」
「聞いたって?」
「バスケ部のことよ!」
バスケ部と聞いただけで、この前の事件のことだとわかった魅真は、もしや自分が元ヤンで鬼神だったことがバレたのかと思い、ドキッとなる。
「先週、練習中に、不良がいきなり乗り込んできたんでしょ?」
「しかも襲った理由が、同じグループの元バスケ部が、またバスケ部に戻るからっていう、くだらない理由なんでしょ?」
「それで、抵抗しようとしたバスケ部全員、ケガを負わせたんでしょう?」
「いやーね。最低よね」
彼女らが話したのは、思った通りこの前の事件のことだったが、自分のことは話題に出なかったので、魅真はふしぎに思った。
てっきり、同じクラスの流川や石井や他の者達の口から、自分の正体をバラされてると思ったのに、そうではなかったので、すでに教室にいる石井を、ふしぎそうに見た。
魅真が石井を見ると、石井がこちらに顔を向けて、魅真を一瞬見るが、すぐに顔をそらして前に向けた。
石井の行動に、バラしてはいないようだが、自分を怖がり、嫌ってると思った魅真はショックをうけた。
その時後ろの扉から、流川が無言で教室に入ってきた。
「それで、真田さんも襲われたって聞いたんだけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。頭を殴られたけど、異常はないって言われたから」
一瞬のうちにいろいろあったが、まだ女子生徒の話は続いており、女子生徒の1人が魅真を心配すると、魅真は簡潔に答えた。
「よかったわね」
「ありがとう」
自分のことを心配してくれてるようなので、魅真は貼り付けの笑顔でお礼を言った。
「あ、流川君。おはよう!」
「聞いたわ、流川君。先週、練習中に不良グループが来て、襲われたんですって?」
「いや~ん。いたそ~~~」
「大丈夫?」
すると彼女達は、魅真と話していたのに、突然流川の方へ行って話しかけて、流川の心配をするが、流川は彼女達のことを無視した。
「(なるほど。私はついでか。私にかこつけて、優しい女の子を演じて、流川をゲットってか?将を射んと欲すればまず馬を射よ…みたいな?でもまあ、私は流川の馬じゃないし、馬になれないけど…)」
何故、普段特別仲がいいわけじゃない彼女達が話しかけてきたのかわかると、妙に納得しながら、机の横にカバンをかける。
「おはよう、真田さん」
「おはよう」
「おはよう」
「あ……おはよう」
女子生徒が離れていったと思うと、今度は男子生徒が3人魅真のもとにやってきて、話しかけてきた。
「真田さん、大丈夫?この前、バスケ部が襲われたって聞いたけど」
「ケガしたんだって?」
彼らの話は、女子生徒と同じ内容だった。彼らは魅真のことが好きで、下心をもち、鼻の下をのばしていた。
「え?うん。大丈夫よ」
「よかった」
「困ったことがあったら、力になるからさ」
「なんでも言ってよ」
「ありがとう」
鼻の下をのばしながら話す彼らに、魅真は女子生徒の時と同様に、貼り付けの笑顔でお礼を言った。
それだけでうれしくなった男子生徒は、喜びながら、教室の外へ行った。
「(それにしても意外……。私が元ヤンだってこと、絶対バラされてると思ったのに…。石井君だけでなく、流川も何も言ってないんだ)」
男子生徒がいなくなると、魅真は、未だに女子生徒にかこまれ、彼女達を無視している流川を見た。
すると、魅真がこちらを見ていることに気づいた流川は、魅真に顔を向けたが、それは一瞬のことで、すぐに顔をそらした。
石井の時と同様に、自分が元ヤンなのを怖がってると思った魅真は傷つき、教室を出た。
魅真は教室を出ると、屋上に行くために廊下を歩いていた。
「(やっぱり、いくら流川でも怖いんだ。私が元ヤンで、しかも鬼神と呼ばれてたことが…。そりゃそうよね。人を、腕一本で宙にふりあげたり、頭上にもってきて回転させるなんて、男だってなかなかいないもんね……)」
考えごとをしていると、屋上へ続く階段まで来たので、魅真は階段をあがっていった。
「えっ!!晴子、あんた日曜日にバスケ部見にいったの!?」
「そうよ」
その時、屋上と4階の間の踊り場の前まで上がって来ると、上から晴子と松井の声が聞こえてきて、しかもバスケ部のことを話題にしているので、思わず立ち止まる。
「大丈夫なの?」
魅真がいることに気づいていない晴子達は話を続け、藤井は心配そうに晴子に聞いた。
「大丈夫って、何が?」
しかし、晴子は藤井の言ってる意味がわからずに、きょとんとした。
「だって、真田さんがいるんでしょ?」
藤井が核心にふれると、下で聞いていた魅真はドキッとなった。
「いたけど…。それがなんなの?」
「なんなの?って……あの子が元ヤンで、しかもあの鬼神だったって、あんたもこの前聞いたでしょう?よく行けるわね」
「まあ、そうだけど…」
意味がわかってない晴子に、松井が必死になって説明すると、魅真の鼓動はどんどん早くなっていく。
「やっぱり流川君がいるから?」
「えっ!?」
「流川君がいるから、真田さんがいても平気なの?」
「んー。まあ、流川君に会いたいのは確かだけど…」
「だとしても、やめた方がいいわよ!あの時、あの人のあの怪力を見たでしょう?怒らせたらヤバいし…。それに、何より私、あの人怖いわよ」
「!!」
松井だけでなく、藤井も晴子を心配するが、藤井の口から怖いという言葉が出ると、魅真は目を大きく見開く。
「私も怖いし、晴子があの人を怒らせて、どうにかなっちゃったら嫌だし…」
「………」
別に、藤井に特別な思い入れがあるというわけではない。ただ、チームメイトの流川を見にきている、キャプテンの妹の友人。それだけだった。そんな、ほとんど関係ないといっても過言ではない人物だが、自分をそういう目で見ていたのだとわかり、やはり…と思うと同時に悲しくなった。
「んーー…。それでも私は行くかな」
「え!」
そんな魅真の気持ちや、松井や藤井の心配をよそに、晴子はこれからもバスケ部を見にいくことを宣言する。
「真田さんがいるいないは関係なく、やっぱり流川君に会いたいし…」
「本当にもの好きね。何かされても知らないわよ」
「大丈夫よう」
今の晴子の言葉は、別に魅真を怖がってるというわけではないが、魅真にはそういう風に聞こえてしまい、魅真の表情は、氷のように冷たい顔になる。
一方、晴子達は話が終わったので、教室に戻ろうと、階段を降りていた。
「「「!!」」」
踊り場まで来ると、踊り場の前に立っていた魅真と遭遇する。
「あっ……。えっと……あ、あの………真田……さ……」
ここにいたということは、会話を聞かれていた可能性が非常に高いので、晴子達は気まずそうにしていた。
すると、魅真が目を細め、無表情で晴子達を見たので、晴子達はビビった。
けど魅真は、見ただけで何もせず、晴子達の横を通りすぎて屋上に行った。
「び、びっくりしたあ~」
「何かされるかと思った…」
「でも…もしかしなくても、今の会話…聞かれてた…よね…」
「「うん…」」
魅真の表情にもだが、聞いていただろうに、何も言わずに通りすぎていったので、いろいろな意味で、晴子達はドキドキした。
魅真はというと、屋上で、柵に腕をあずけ、無表情のまま景色を眺めていた。
そして放課後。
体育館の扉の前(屋内の方)には、すでに流川を見に来た晴子と、晴子に付き合って来た藤井と松井がいて、体育館の出入口をふさぐように立っていた。
まだ練習が始まる前だというのに、晴子はすでに流川にキャーキャーいっており、藤井と松井は、いつものことだと思いつつも、どこか呆れていた。
「こんにちは」
その時、後ろから人がやってきて、3人にあいさつをした。
「「「え?」」」
いきなりあいさつをされたので、3人は一体誰なのかと思って後ろへふり返り、あいさつをした人物を見ると、ビビって顔が青ざめた。
「そんなに広がっていたら通れないので、道をあけてもらえますか」
3人に声をかけたのは魅真だからだ。
魅真は貼り付けの笑顔でにっこりと笑い、3人にお願いをする。
「「「は、はい!!」」」
今朝のことがあるので、晴子達は気まずそうにして、即座にどいた。
「ありがとう」
でも、魅真は気にすることなく、貼り付けの笑顔でお礼を言った。
そのことで、晴子達は余計にビビった。
そんな晴子達をよそに、魅真は体育館の中に入っていく。
その日から魅真は、仕事を完璧にこなした。それと同時に、周りに距離を置いた。あいさつはするが、事務的で、部活に関すること以外は話さず、そのことですら、必要最低限だった。そのふるまいは、自分の中に入ってくるな!と言っているようだった。
花道以外には……。
そして水曜日。
この日も、魅真は周りと距離を置きながら、マネージャーとしての仕事を、完璧にこなしていた。
「彩子先輩。私、部室のそうじとボールみがきをしてきますね」
「え?ええ、お願いね」
今は、特にマネージャーが手助けするような練習をしていないので、魅真は別の仕事をしに、部室へ行った。
それから、魅真が部室に行ってから、わりとすぐに休憩となり、三井は体育館から出ようとしていた。
「あれ?三井サン、どこか行くんスか?」
「ああ。忘れ物をしたから、部室に取りに行ってくらあ」
三井が体育館から出ようとしていたのは、単に忘れ物をとりに、部室へ行こうとしていたからだった。
部室はそんなに遠くなく、少し歩いていくとすぐに着き、三井は部室に入った。
「あっ…」
そこには、部室のそうじとボールみがきに行った魅真がいた。
今魅真はボールみがきの最中で、イスにすわってボールをみがいていたが、扉が開く音がしたので、ボールに向けていた顔をあげると、そこには三井がいたので、少々間のぬけた声を出して、一瞬固まった。
「えっと……着替えですか?」
まだ練習は終わっていないので、まさかそんなことはないだろうが、もしかしてと思った魅真は、あわててイスから立ち上がる。
「いや…忘れ物をとりに来ただけだ」
「そうですか」
着替えではなかったので、魅真はイスにすわり直して、ボールみがきを再開した。
三井は三井で、自分のロッカーをあけて、忘れもののタオルをとり出した。
「お前さ、最近変じゃねえ?」
忘れ物をとって、それで体育館に戻るかと思いきや、そうではなく、突然話しかけてきた。
「えっ……。変……というのは…?」
そのことにびっくりした魅真は、再び顔をあげて三井を見た。
「生気や覇気がまるでない。人形みたいだ」
核心をつかれたので、魅真はドキッとする。
「オレは、つい最近戻ってきたばかりだし、いくら去年会ってるっつっても、お前のことは、まったく何も知らねえ。けど、なんか変なのはわかる。オレはともかく、他の部員ともあきらかに距離をとって、自分の中に入ってくるなって言ってる。桜木以外にな」
その三井の言葉に、魅真はなんだか自分のことを見抜かれてる気がして、ドキドキしていた。
「そんなこと……あなたに、何か関係があるんですか?」
「関係はねえ。けど、なんか調子が狂うんだよな。お前がおとなしいとよ」
「それって……どういう意味…ですか……?」
「なんつーか、オレが知ってるお前は、覇気はすごかったし、勢いも、威圧感も、迫力も、強さもあった。でも、今はぬけがらみたいっつーか…。鬼神なのに弱々しくて、なんか変な感じがするぜ」
けど、今の言葉には落ちこみ、悲しそうな顔になる。
「………鬼神という呼び方は、周りが勝手に言い出しただけ。私の意図するところではありません……」
「あ?」
「それに、私は強くありません。自分の弱さを見抜かれたくなくて、知られたくなくて…。だから、見た目を強く見せて、ふるまいや言葉づかいを乱暴にして、虚勢をはって、いきがっていただけです…」
「……………」
魅真の言葉に、なんとなく、少し前の自分を重ねた三井は、思わず口を閉ざした。
「私、勉強は得意ではありませんでしたが、ケンカの才能はあったみたいなので、わりとすぐに、その名で呼ばれました。その時は、人間関係がわずらわしかったので、誰も近づかないからちょうどいいって思いました。でも……その名に頼れば頼るほど、周りから人が離れていって、孤独になって、なんだかむなしくなる。孤独は嫌なくせに、現実から目をそらして、自分自身にウソをつく…。でも私は、そのことに気づくのに、ずいぶんと時間がかかりました。気づいた時に足を洗ったのですが、それでも、それまでに築きあげてきたものは、しっかりと残りました。不良じゃなくなっても、不良だったという事実と、鬼神と呼ばれていたという事実は消えない…。
人間ていうのは、めずらしいものがあると、すぐにさわぎたてる。周りに吹聴する…。私が不良になった時もそうでしたし、足を洗った時もそうでした…。でも、人のウワサも75日。しばらくすると、みんななれてくる。でも、普通に接したりはしない。みんな、腫れ物のように扱う。実際、中学校でそうでした…。だから、今回も覚悟しました。私が元ヤンだって、学校中にバレること…。腫れ物扱いされて、怖がられて、周りから、誰もいなくなること…。意外にも、みんなしゃべってないみたいですけど、いつバレるかわからない。そうでなくても、すでに怖がられている…。やっぱり、元ヤンなんかじゃ、誰も愛してはくれないんです…。
でも…それでも平気です…。私には、花道達がいますから…。不良になる前の私も、不良の頃の私も、今の私も、すべて受け止めてくれるのは、花道達だけですから…」
「だけじゃねーんじゃねーの?」
「え…?」
「全ての奴が、お前の中学の奴らと同じとはかぎんねーだろ」
意外な三井の言葉に、魅真は目を丸くして呆然とした。
「オレはお前のこと、怖いと思ってねーよ」
けど、次に三井が言った言葉に、魅真の顔はゆるくなった。
「早く戻った方がいいんじゃないですか?ただでさえ練習遅れてるんですから」
でも、それでも魅真は、今の表情を誤魔化すように、憎まれ口をたたいた。
けど、その顔はちょっとうれしそうだった。
「るせっ。おまえに言われなくても戻るわっ」
けど、ケンカを売られていると思った三井は、売り言葉に買い言葉で、反発して部室から出ていった。
「ありがとう…ございます」
三井が部室から出ていき、足音が聴こえなくなると、魅真は静かにお礼を言う。
今の三井の言葉で、心が軽くなった魅真は、少しだけ笑った。
時間は少し遡り、三井がいなくなってからすぐのこと。
体育館では、赤木、木暮、彩子が、壁に寄りかかってすわっている花道のもとへやって来た。
「桜木、ちょっと話があるんだが」
「ん?」
3人は花道の前までやってくると、赤木が声をかけた。
花道は声をかけられると、3人がいる方へ顔をあげる。
「なんだ?」
「真田のことなんだが……」
「魅真?魅真がどうした?」
赤木の口から魅真の名前が出ると、過剰に反応を示す。
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