標的17 バレンタインデー
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新学期が始まって、一ヶ月とちょっと経った時の、ある日の日曜日…。
「それじゃあ、お母さん行ってくるわね」
魅真の母の雪乃は、大きめのかばんとキャリーケースを持って玄関に立ち、目の前にいる魅真に、自分がでかける旨を伝えた。
「でも、本当に大丈夫かしら?年頃の娘を、家に一人なんて…」
けど、でかける直前になって、急に心配そうな目で魅真を見る。
「今更何言ってんのよ。前にも同じことあったし、大丈夫だって」
しかし魅真は、まったく気にとめておらず、軽く返した。
「けどねえ……やっぱり心配で…」
「もう!本当に今更だよ。もうお父さんと約束しちゃったんでしょ?タクシーも下で待ってるし」
「そうだけど…」
「ほらほら、早く行きなよ。待ってるよ、お父さん」
そう言われても、やはり心配なものは心配なので、不安げな顔をしてため息をこぼす。
「じゃあ、行くけど……。いい?戸締まりはしっかりするのよ。特に夜はね。あと、ちゃんと毎日学校に行って、予習復習もちゃんとやるのよ。宿題もね。三食ちゃんと食べてね。毎日電話するから、必ず出ること。それと…」
「あーあー、もういいから!早く行きなよ!行ってらっしゃい!」
あまりにも心配しすぎな母を、魅真はいい加減にしろと言うように、背中を押して強制的に家の外に出した。
「ふぅ…やっと行った…」
朝っぱらからこんな調子だったので、さすがに疲れた魅真は、ほっと一息ついた。
「さ、今日から四日間、また一人暮らしの気分が味わえるわ!」
こういうのはめったにないことなので、魅真はうきうきしてリビングへ向かっていった。
標的17 バレンタインデー
今回雪乃が、魅真を家に一人置いてでかけたのは、前のように病気で入院するのではなく、ただの旅行だった。
それも、結婚記念日に合わせた旅行である。
魅真の父は単身赴任をしているので、遠くに住んでいた。
忙しいのでなかなか会えず、電話すら数日に一回というペースだったが、そんな父が、母のために休みをとり、結婚記念日の旅行をしようと提案してきたのだ。
単身赴任をしていても、オシドリ夫婦な二人なので、雪乃はその提案を喜んで受け入れ、話がとんとん拍子に進んでいった。
けど先程、でかける直前になって、魅真のことが心配になった雪乃は、あれやこれやと言っていたが、それでも魅真に強制的に送られたために、旅行に出かけていった。
魅真が母を強制的に送り出したのは、もう父と二ヶ月も前から約束をしていたというのと、すでに旅館やツアーの予約をしてしまったというのもあるが、また中学生の身分で、一人暮らしの気分を味わいたいと思ったからだった。
そんな魅真は、母を送り出した後、今日の夕飯の買い物をするため、うきうきしながら町を歩いていた。
そして、外を歩いてしばらくすると、たまたま通りかかった目の前の百貨店に、バレンタインフェア開催中と書かれた看板を目にする。
「(バレンタインか…。そういえば、明後日はバレンタインデーだったな。せっかくだから、ツナ君達に買っていこうかな)」
そう……。今は2月。あと少しでバレンタインデーだった。
そのことを思いだした魅真は、百貨店の中に入ろうと、一歩踏み出した。
「あれぇ?魅真ちゃんじゃないですか」
「本当だ。偶然だね」
「京子ちゃん!ハルちゃん!」
入ろうとすると、後ろから京子とハルに声をかけられた。
二人の姿を見ると、魅真はうれしそうに、二人のもとへ歩いていく。
「久しぶりですねー、魅真ちゃん」
「そうだね。元気にしてた?ハルちゃん」
「はい、もちろんです」
学校が違うため、久しぶりに会うハルに、笑顔であいさつをした。
「ところで魅真ちゃん。明後日の14日の放課後なんだけど、予定あいてる?」
「え…なんで?」
「実はね、ハルちゃんと話してたんだけど、明後日の放課後、ツナ君ちでバレンタインのチョコを作ろうと思ってるんだ。それで、魅真ちゃんもどうかな?って思って…」
「あ……ごめん…。その日も、委員会があるから…」
「そうなんだ」
「残念です」
「うん、本当にごめんね。また今度誘ってね」
魅真は本当に残念そうな顔をして、二人に別れを告げると、百貨店の中に入っていった。
もちろん、ツナ達へのチョコを買うために。
そして、2日後のバレンタイン当日…。
ほとんどの女子が、意中の相手にチョコを渡そうと熱くなっていた。
とは言っても、そのほとんどが、山本か獄寺に渡そうとする者達である。
山本と獄寺は、朝登校して来た時も、休み時間も、ずっとチョコを渡そうという女の子達に、かこまれたり追われたりしていた。
魅真はとてもじゃないが、あの中に入っていって渡す勇気がないので…というか、あの熱気あふれる女子の中に入るのが怖いので、今はやめて、あとで落ちついた時に渡すことにした。
そんなこんなで昼休み…。
「ったくよォ、うっとうしいったらありゃしねーぜ」
いつものメンバーで、お昼ご飯を食べるために屋上に来て、地面にすわるなり、獄寺は文句をたれていた。
「どうしたの?隼人君」
何がうっとうしいのかわからない魅真は、その疑問を獄寺にぶつける。
「どうしたも何も、朝っぱらからずっと、女どもがチョコ持ってきやがるんだぜ」
「あ…それは、隼人君が好きだからだよ。みんな、両想いとまではいかなくても、自分が隼人君を好きな気持ちを、隼人君に伝えたいわけだし…」
「けっ。両想いだぁ!?恋愛なんて興味ねーんだよ。バレンタインなんてくだらねーぜ。それに、チョコにはいい思い出がねーんだ。あんなん迷惑だっつーの」
「獄寺君、何もそこまで…(気持ちはわからなくもないけど)」
「そうだぜ、獄寺。女子はみんな、食い物めぐんでくれるいい奴らじゃねーか」
「(それは違う)」
二人がなだめる(山本はどこかズレてる)が、獄寺のツンケンした態度は変わらなかった。
「そっか」
そんな中、話を聞いた魅真は、暗い顔になり、しょんぼりとしてしまっていた。
「ごめんね、うっとうしくて」
「はっ?」
「何言ってんの?魅真ちゃん」
別に、魅真は獄寺を追いまわすようなことをしていなかったのに、何故謝ってきたのか、三人とも疑問に思った。
「ツナ君と武君と隼人君には、いつもお世話になってるから……義理だけど、チョコ買ってきたんだ……。でも、そんなに嫌だなんて知らなかった。ごめんね、くだらないことして……」
獄寺の言葉でネガティブになってしまった魅真は、目じりに涙を浮かべながら謝罪する。
それを聞いた獄寺は、さすがに「しまった!」と思った。
「あ、あのよ……魅真…」
「本当にごめん、迷惑なことしちゃって…。でも、気にしないで。このチョコは、私が全部、責任をもって食べるから…」
「「「(空気重っ!!)」」」
ますますネガティブになる魅真に、三人は、もうどうしていいのかわからなかった。
同時に、まずい展開になってきたので、この状況をどうしようかと考えていた。
「女を泣かせるヤツは、マフィアとして最低だぞ」
「リボーン君!!」
「リボーン!!」
そこへ、どこからともなくリボーンが現れて、獄寺を説教する。
「ちゃおっす、魅真」
「こんにちは、リボーン君」
名前を呼ばれると、いつものように魅真のひざの上にとびのり、魅真にあいさつをした。
「おい獄寺」
「な、なんすか?リボーンさん」
「お前はもうちょっと、女を大事にしろ。別に想いを受け止める必要はねーが、女の心がこもったものは受け取れ。それが真のマフィアってもんだ。そんなんじゃあ、いつまで経っても、ツナの右腕にはなれねーぞ」
「うっ…」
なんか違うのだが、それでもツナ命な獄寺には効き目充分で、言葉をつまらせた。
「一流のマフィアってーのは、女の頼みごとを断らねーんだ。そういった意味では、お前はまだまだだな」
「うぅ……」
更にダメ出しされ、獄寺はますますへこんだ。
「…ねえ、リボーン君」
「なんだ?」
リボーンが獄寺にダメ出しをしていると、途中で魅真がリボーンに話しかけてきた。
「リボーン君は、チョコ好き?」
「ああ、好きだぞ」
「よかったぁ」
目じりに涙を浮かべるくらい落ちこんでいたのに、リボーンから帰ってきた答えに、魅真は顔をほころばせる。
「じゃあ…はい、これ。リボーン君の分のバレンタインチョコだよ」
「おっ、サンキュー魅真」
そして、側に置いておいたかばんから、長方形の箱を取り出すと、リボーンに渡した。
リボーンはチョコを受け取ると、顔を再び獄寺の方に向ける。
「わかったか?獄寺。マフィアたるもの、紳士的にならねーとダメなんだぞ」
「く……」
まるで、自分がいい例だと言わんばかりに笑いながら、再び獄寺にダメ出しをした。
「……あ、あのよ……魅真…。わ、悪かった……な…」
「へ?」
「さっきのは、オレを追いかけてきた女どもに向けて言ったのであって……別に……お前が嫌いとか、お前がくれるチョコがいらないだとか…そんなんじゃなくてだな…」
「…じゃあ…私のチョコ、もらってくれる?」
「お……おう」
「よかった。うれしい」
自分のチョコを受け取ってもらえることになったので、魅真はにっこりと、満面の笑顔を獄寺に向けた。
それを見た獄寺は、ドキッとして、頬を赤くする。
「はい、隼人君」
「お、おう。サンキュ…」
魅真がカバンからチョコを出して、獄寺に渡すと、獄寺は照れくさそうにしながらもお礼を言い、そんな獄寺を見た魅真は、また軽く微笑んだ。
「はい、ツナ君と武君も」
「うわあ、ありがとう」
「サンキュー、魅真」
獄寺に渡すと、またカバンの中をあさり、今度はツナと山本の分を取り出し、二人に渡した。
「オレ、今日生まれて初めてチョコをもらったよ」
「そう?よかった」
「いや~~。しっかし、本当に女子って、みんな食い物めぐんでくれる、いい奴なのな」
乙女の気持ち(本命チョコ)を受け取るのはいいが、それを自分に対する真剣な想い(恋心)ではなく、ただ親切でくれてるのだと思っている山本を見た魅真は、山本に本命チョコを渡した女子と、これから渡す女子に、心の底から同情した。
それから獄寺と山本の二人は、屋上から戻る途中も、教室に戻ってからも、休み時間も、放課後になってからも、女子がひっきりなしにやってきて、チョコを渡されていた。(でも、獄寺は受け取っていない)
魅真は委員会があるので、ツナ達に軽くあいさつをして、早々に荷物を持って応接室に向かっていった。
獄寺と山本にあいさつをした時、すでに女の子が群がっていたので、やっぱりもてるんだな…と、改めて思っていた。
そして、廊下に出て、応接室へ向かって歩いてから数分経った時、いきなり自分が出てきた教室から、叫び声が聞こえてきた。
それも、どんどん近づいてきたので、何事かと後ろへ振り向くと、死ぬ気モードのツナがパンツいっちょでこちらへ走ってきたのだ。
「ツ…ツナ君!?」
すごい勢いで走ってきたので、魅真はびっくりして、真ん中を歩いていたのだが、思わずすみによけ、足を止めてしまう。
「うおおおおおおっ!!死ぬ気で京子のチョコの行方を知るーーー!!」
ツナは目の前に魅真がいたというのに、魅真のことには目もくれずに、叫びながら走り去っていった。
「ツナ君……。こんなところでもパフォーマンス?」
本当は、片想いしている京子が誰にチョコをあげるか気になっていたが、そんなことを本人に直接聞く勇気などなく、まごまごしていると、リボーンが現れて死ぬ気弾を撃ったためにこうなったのだが、これは自分が教室からいなくなった後のことであり、何よりも死ぬ気モードのことを、ただのパフォーマンスなんだと未だに信じて疑っていない魅真は、何故こんなところでパフォーマンスをやっているのか、ふしぎでしょうがなかった。
けど、あまり人を疑わない魅真は、きっとあれは、ツナの京子に対する愛情表現だと思い、特に深く追究することなく、再び応接室に向かって歩き出した。
「あ、草壁さん。お疲れさまです」
「ああ、真田か。お疲れ」
歩いていくと、もう少しで応接室に着くというところで、魅真は草壁に会った。
「そうだ、草壁さん。これを…」
ちょうどいいところで会ったというように、カバンの中からチョコを取り出した。
「え…。オレにか?」
「はい。草壁さんには、いつもお世話になってますから」
「いいのか?委員長が…」
「いいんです。雲雀さんの分はちゃんとありますから」
草壁が言わんとしてることがわかった魅真は、にっこりと笑って、安心させるように言った。
「そうか…。じゃあ…ありがたくもらっておこう」
草壁は、口角をあげて軽く笑みを浮かべて受け取り、それを見た魅真はうれしそうに笑う。
草壁にチョコを渡すと、魅真は応接室に行き、いつも通り仕事を始めた。
雲雀にチョコを渡さないまま…。
最初は、応接室に入って雲雀がいたら、あいさつした時の勢いで渡してしまおうかと思っていたが、雲雀の顔を見た途端に急に緊張してしまい、渡せず仕舞いだったのだ。
なので魅真は、仕事をしながら、どうやって雲雀にチョコを渡そうかと考えていた。
しかし、なかなかいい案が思い浮かばず、そわそわして浮き足立っていた。
「ねえ、何そわそわしてるの?」
「ふえっ?」
そこへ、魅真の態度を奇妙に思った雲雀が問いかけてきた。
「さっきから、仕事しているのに心ここにあらずって感じだし、なんか落ちつきがなくて変だよ」
「え……いや……なんでも…」
雲雀の言う通りなのだが、本当のことが言えない魅真はどもってしまった。
明らかに何かあると思ったのだが、どもった魅真を見た雲雀はため息をついた。
「まあ、いいや。それはそうと、コーヒー入れてくれる?」
「は、はい!」
けど、それ以上追究することはなく、雲雀は魅真にコーヒーを頼んだ。
魅真は了承すると、すぐに給湯室に向かった。
「(あ!これはチャンスかもしれない。いつも、お茶と一緒にお茶請けも出してるし。コーヒー持っていくついでに、チョコをさりげなく出すの。よし、これで行こう!)」
コーヒーを淹れ始めると、チョコを渡すいい案が思い浮かび、今度こそチョコを渡そうと決意していた。
そして、コーヒーを淹れると、ドキドキしながら雲雀のもとへ向かっていく。
「雲雀さん、コーヒーです」
「うん」
いつもなら緊張しないが、この日ばかりはかなり緊張して、手が震えそうだった。
風紀委員に入った当初、雲雀が怖くて緊張していたのとは、また別の意味で。
「ひ、雲雀さん!」
「ん?」
それでも勇気を出して、このタイミングでチョコを渡してしまおうと思った魅真は、雲雀に声をかける。
それはもう、胸から心臓がとび出そうなくらいに、うるさく鳴り響いていた。
「実は…「失礼します、委員長」
だが、話を切りだそうとした時、そこへなんともタイミング悪く、草壁がやって来た。
「見廻りの報告に参りました」
「うん」
このタイミングで草壁がやって来たのは、ただの偶然なのだが、あまりにも絶妙なタイミングでやって来たので、魅真はチョコを渡す機会を逃してしまい、落ちこんでしまった。
そんな魅真をよそに、二人は業務をこなす。
それから、何度も渡そうと思ったのだが、一度さがったテンションがそう簡単にあがるわけもなく、魅真はずっとそわそわしたままで、チョコを渡せず仕舞いであった。
そうこうしているうちに、時間だけが過ぎていき、あっという間に下校時間となった。
「(結局……渡せなかった…。ていうか、どうしよう?明日には渡せないし…。ていうか、なんでツナ君達だとすんなり渡せるのに、雲雀さんだとこんなに緊張するの?同じ義理チョコなのに…)」
もう、渡す機会は今をおいて他にないのに、どうしたらいいかわからず、まだもんもんとしていた。
「(別に、「いつもお世話になってるんで、そのお礼です」とか言って渡せばいいのに…。なんでできないかな?私のいくじなし!)」
そうやって、心の中で葛藤していると
「ねえ、ちょっと」
「は、はひ!なんでしょう?雲雀さん」
急に雲雀が話しかけてきた。
ちょうど今、雲雀のことを考えていたので、魅真は緊張のあまり、声が裏返ってしまう。
「もう、今日の仕事は終わったから、そろそろここも閉めたいんだけど」
「あ、そうですか。そうですね。じゃあ、片づけて、帰りの支度します」
「そうして」
魅真の心情などまったく知らない雲雀は、ただ淡々と話すだけだった。
魅真はドキドキしながらも後片付けをし、帰りの支度をした。
そして、自分と魅真が出ると雲雀は応接室に鍵をかけて、昇降口へ向かっていき、魅真もその後に続くように昇降口へ向かっていく。
渡すなら、もうこれが最後の機会だと思いつつも、魅真はなかなか渡せず、とうとう昇降口に着いてしまった。
「(ああ~~~、どうしよう~~~!早く…早く渡さなきゃ…)」
「それじゃあ、僕は行くから」
くつをはいた雲雀は、魅真に一言言うと帰ろうとした。
「あ……ま…」
もう、家に帰られたらアウトなので、なんとか引き止めようとするが、上手く声が出せないでいた。
「ま………」
もうすぐで、昇降口から出てしまう。
だというのに、のどに何かがつまったように、声を出すことができなかった。
「待ってください、雲雀さん!!」
けど、それでもなんとか声をふりしぼり、雲雀を止めた。
突然の大きな声に、雲雀はびっくりして後ろへ振り返る。
「…何?」
「あ、あの……」
魅真はあわてて雲雀のもとへ駆けよりながら、カバンからチョコを出した。
「こ…これを!!」
そして、勢いのままにチョコを雲雀に渡した。
「何?これ」
「チョコレートです。今日はバレンタインですから。あの…義理ですけど…。お世話になってるので……」
話し終えた後、緊張で頬が赤くなり、受け取ってもらえるだろうかという不安にかられた。
「ふーん…。まあ、もらっとくよ」
けど、そんなことは杞憂に終わり、あっさりと受け取ってくれた雲雀を見ると、魅真はほっとして、表情が明るくなった。
「あの…雲雀さん」
「何?」
「私……最初は雲雀さんのこと、ものすごく苦手で、極力関わりたくなくて……。風紀委員に無理矢理入らされたのも、すごく嫌だったんですけど……。でも…今は雲雀さんのことが、そんなに苦手じゃないっていうか……風紀委員も嫌じゃないっていうか……。なんだか、だんだん私の生活の一部になってきて、楽しいって思えるようになってきたんです。
だ…だから、あの……これは……そのお礼っていうか…」
今の想いを告げられると、雲雀はすごく意外そうな顔をし、目を大きく見開いていた。
「…行くよ」
「へ?どこにですか?」
「駐輪場。このチョコの借りに、送っていってあげる」
「借りって……。え……駐輪場?」
別にそんなつもりはないのに、お返しでなく借りと言い、更には駐輪場と口にしてきたことに疑問を抱いた。
「しっかりつかまっててよ。落ちても知らないから」
今雲雀は、道を歩くのではなく、あろうことかバイクを走らせていた。
それも、後ろの席に魅真を乗せて…。
「雲雀さん!あの……ノーヘルなんですけど!私も雲雀さんも!」
「だから何?」
「いや……だから何?ではなくて…。せめてヘルメットくらいつけましょうよ!」
中学生がバイクを運転しているだけでも大問題なのに、その上ヘルメットを着用していないので、魅真は抗議した。
「この並盛では、僕がルールだよ」
「そういう意味じゃなくって」
わけのわからない、それでも雲雀らしいといえば雲雀らしい発言に、魅真はげんなりとする。
「ところで雲雀さんて、私の家知ってるんですか?」
「もちろんだよ。全校生徒………特に風紀委員の詳細は、全部把握してるからね」
「(なんか……別の意味で怖いんだけど…)」
雲雀のストーカーのような発言に、魅真は身震いした。
「(それにしても……雲雀さんの背中って……結構ひろいんだな)」
雲雀に密着するために、横に向けていた顔をあげて、まじまじと見た。
「(雲雀さんて、ツナ君ほどじゃないけど、結構華奢な感じだから、そんな風には見えなかったけど…。だけど……骨と筋肉でがっしりとした体は、雲雀さんが、男の子なんだってことを思わせる…。それに、近くに行って私とくらべると、やっぱり手はごつごつと骨ばっているし、体も大きくて、全然違う。
でも、やっぱり無駄なものがいっさいついてないから、腰は細くてすらっとしてるのよね。それに、雲雀さんてどっちかといわなくても美形な方だし…)」
そして、雲雀を見ていろいろと考えていた。
「(あれ…?なんだか、急にはずかしくなってきた。ていうか、私…何を考えてんのよ!!)」
けど、よく考えたら結構はずかしいことだったので、今更になって、魅真は顔を赤くした。
「ねえ…何してんの?」
「へ?」
「離れたらおっこちるよ。もっとくっついて」
魅真が顔を離したことで、密着していた体が離れたので、雲雀は注意を促す。
「僕が運転するバイクから君が落ちたら、風紀が乱れるからね」
理由がすごい自分本位な意見だし、そんなことをいうくらいならヘルメットつけろ!とも思うが、魅真は今はそれどころではなかった。
今までは、雲雀が近づいてきただけで怖がっていたのに、今は雲雀に密着してドキドキしているからだ。
それから数分経つと、魅真が住むマンションの前に着いた。
「送ってくれてありがとうございます、雲雀さん。では、また明日」
「うん。明日……」
雲雀から返事が返ってくると、魅真はうれしそうに笑い、雲雀は魅真の笑顔をじっと見ると、何も言わずにバイクで走り去っていった。
そして、雲雀の姿が見えなくなると、魅真も自分の家に帰っていった。
「ただいまー」
エレベーターで上にあがり、自分の家に入るとあいさつをした。
家の中には誰もいないので、当然返事はないのだが、魅真は気にすることなく自分の部屋へ行く。
そして、部屋に荷物を置いて私服に着替えるとリビングに行き、夕飯を作ろうとした。
だがその時、突然リビングのすみに置いてある電話が鳴ったので、魅真は電話がある方へ向かった。
「もしもし、真田です」
受話器をとると、電話の相手に話しかけた。
《もしもし。こちら、真田雪乃さんのお宅ですか?》
「はい…そうですけど…」
てっきり母かと思ったが、まったく知らない男性からの電話だった。
《私、〇×県警の森山といいますが…》
「はあ…」
しかも、母の名前が出たので、母の知り合いかと思ったが、自分が知るかぎり、母に県警の知り合いはいないので、頭がこんがらがった。
《あの……真田雪乃さんのお嬢さんですか?》
「はい、そうですが…」
《あの…実はですね…》
県警の男が次に言った言葉に、魅真は固まり、目の前がまっしろになる。
《実は、あなたのご両親の、真田雪乃さんと真田将寿さんが乗っていたツアーバスが、事故にあいまして…。それで……大変申し上げにくいのですが……お二人が…お亡くなりになりました》
それは、まさに衝撃的な言葉だった。
魅真は力がなくなり、にぎっていた受話器がするりと落ちると、受話器は電話を置いている台にガツッとぶつかり、ゆらゆらとゆれる。
けど、そんな音や、受話器の向こうで必死に話しかけている男の声すらも、遠くで聞こえる。そのくらい衝撃的だったのだ。
魅真は、しばらくそのまま、呆然自失とたたずんでいた。
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