標的15 ホワイトクリスマス
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あれから魅真の母親は、一週間で退院した。
そして、それから数日が経ち、世間はクリスマスムード一色となった。
街を出歩けば、クリスマスのイルミネーションが美しく光り、クリスマスソングが流れ、いきかう人々の心を躍らせていた。
標的15 ホワイトクリスマス
世間ではクリスマスのシーズン。
しかし魅真は、どこか浮かない顔をしていた。
何故なら、世間は冬休みだというのに、魅真は応接室で、風紀委員の仕事をしているからだ。
終業式の日に、冬休みも学校に来るように言われた時、それまで浮かれていた魅真の心は一気に沈んだ。
雲雀に問うてみると、「風紀委員なら、休みの日も学校に来てあたり前でしょ」という、雲雀独特の、わけのわからない理由を言われ、逆らってもムダだということがわかりきってる魅真は、もう反論する気にもなれず、学校に来ながらもうなだれていた。
いつも通り、風紀委員の雑務や見廻りをこなしはいるが、やはり不満に思っていた。
不満はあるが逆らえない。自分の意見を言うこともできない。それが魅真のストレスとなっていたのだ。
「はぁ……」
雲雀が応接室にいない時、魅真は書類整理をしながら、何度目かわからないため息をつく。
「(なんで………なんで私が、冬休みに入ってまで、こんなことをしなきゃいけないの!?ふつう冬休みになれば、委員の仕事もお休みじゃないの?さすがに冬休みはないだろうと思っていたのに!それなのに、お休み返上で来なきゃいけないなんて……。ああ……でも……私には、雲雀さんに意見する勇気はないし…。雲雀さんて、なんだかんだ言って、結局自分の思い通りにしようとするし…)」
もんもんと考えながら、何度目かわからない愚痴を心の中でこぼす。
「はあっ…」
そしてまた、本日何度目かわからないため息をついた。
「おい、見ろよ。姐さんが、またため息をこぼしてるぜ」
「本当だ。どうしたんだろうな」
その様子を、扉の隙間から、風紀委員の生徒がのぞいていた。
「お前ら鈍いな。そんなの、仕事ばかりあって冬休みも来なきゃいけないから、どうやって雲雀さんと、クリスマスを二人っきりですごそうか悩んでるに決まってんだろ」
「なるほど」
まったくの見当違いであるが、雲雀と魅真が恋人同士だと信じて疑わない風紀委員達は、すごく納得をしていた。
「失礼します」
納得すると、今までのぞいていただけだった彼らは、急に中に入ってきた。
「あ……おつかれさまです。あの…雲雀さんは……」
「あ、いえ……今は委員長ではなく、姐さんに用がありまして…」
「私に?」
「はい。率直に聞きますが、今悩みとかありませんか?」
「悩み?ああ……まあ……ないことはないんですけど…。でも、こればっかりはどうしようもないことですから…」
冬休みでも風紀委員の仕事があり、雲雀に何を言ってもムダだから…という意味なのだが、彼らはそれを、雲雀とクリスマスを一緒にすごせなくても、仕事で一緒にいられるから、それだけで十分に幸せ…と勝手に解釈をし、妙な勘違いをしていた。
「姐さん!」
「は、はい…」
「いいんです、姐さん。オレらにまかせてください!」
「はあ……何をでしょう?」
「委員会の仕事ですよ。毎日はムリですけど、せめてクリスマスくらいはオレ達で全部やりますから。ですから姐さんは、委員長と一緒にいてください」
「? あの……何を言ってるのかわからないんですけど……クリスマスも、私出ますよ。それに、雲雀さんは委員長なので、よっぽどのことがないかぎりは会うと思うんですけど…」
「え……?姐さん…。一体何に悩んでるんですか?」
「みなさんこそ、私が何で悩んでると思ったんですか?」
「雲雀さんと、クリスマスを一緒にすごせないかどうかで悩んでたんじゃないんですか!?」
「冬休みも、委員会の関係で、学校に出てこなきゃいけないから悩んでたんですけど…」
「あ、それならやっぱ、クリスマスを雲雀さんとすごせるかどうかってことですね」
「いえ……ですから……」
「ちなみにプレゼントなんですけど、オレは恋人らしく、ペアルックのものがいいと思うんですが…」
「あの……」
「場所はどこでやるんですか?やっぱこの応接室ですか?なら、オレらいっさいジャマはしませんので…」
「えと……」
「それか、ツリーを見に行ったり、どこか遊びに行ったりするんスか?」
「……………」
勘違いをしまくっている上、ほとんど魅真のことは無視で話を進めているので、口をはさめない状況というのもあるが、もうなんと言ってもムダに思えてきたので、魅真は彼らを放っておくことにした。
「いいですよね~。恋人とクリスマスを過ごすの!」
「うらやましいっすよ」
「キミ達……そんなにうらやましいの?」
「そりゃそうっすよ。オレも男っすからね。憧れるっす!」
「オレもですよ。彼女つくって、一緒にイルミネーションとか見てみたいです。
……って…」
質問に答えていた二人だが、途中で違和感に気づき、おそるおそる後ろに振り向いてみた。
後ろにいた人物に驚き、その人物を目にした途端、みるみるうちに顔が青ざめていった。
「「雲雀さんっ!!」」
そこにいたのは雲雀だった。
二人は顔面蒼白となり、もう失神寸前になっていた。
「キミ達……群れるつもりかい?」
「「え…」」
「咬み殺すよ」
今言ったことが冗談ではないと示すように、雲雀はトンファーを出して構えた。
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい!!冗談です!!」
「オ…オレ、見廻り行ってきます!!」
肉食獣のような雲雀の目と、トンファーを見た二人は、脱兎のごとく逃げ出した。
彼らがいなくなると、雲雀はトンファーをしまい、何事もなかったかのように、執務机にすわる。
魅真も、二人が話しかけてきたので中断してしまった仕事を再開するが……
「(もぉお~~~。あの二人が変なことを言うから、雲雀さんのこと、妙に意識しちゃうじゃない!!)」
相変わらず雲雀とは恋人同士と勘違いされ、その上雲雀とクリスマスを二人っきりですごすのか?などと言われたので、魅真は雲雀のことを意識してしまい、あまり仕事がはかどらなかった。
「あれ、魅真ちゃん?」
「あ、ツナ君。武君と隼人君も」
帰り道、魅真は偶然にもツナと山本と獄寺と会った。
「どうしたの?制服なんか着て…」
「いや……今日も…委員会の活動が…」
「あ…そうなんだ。大変だね」
「うん」
もう、今日から冬休みに入ったというのに、制服姿でいる魅真を見てふしぎに思ったが、委員会の一言で全てを察し、同情の眼差しを魅真に向けた。
「魅真ちゃん、委員会の活動って…いつまでなの?」
「25日までだけど……どうして?」
「あ…うん…。実はね、明日のクリスマスイブに、山本んちでクリスマスパーティーをやるんだ」
「え…そうなの?」
三人の手を見てみると、大きな買い物袋があったので、今言われたことに納得をした。
「京子ちゃんもハルもお兄さんも来るし、ほんとは魅真ちゃんも誘おうと思ってたんだけど……明日委員会じゃ無理かな?」
「そうだなあ……。雲雀さん相手じゃ……絶対に休ませてくれないだろうし、理由が理由だから…」
「やっぱり……ダメ…かな?」
「ん~~~~……」
本当はどうしても行きたいが、雲雀に理由を言っても、絶対に休ませてくれないということはすでにわかりきっているので、魅真は悩んだ。
「あ、ツナ君。パーティーって何時から何時まで?」
「パーティーはお昼の2時から5時までの予定だけど……どうして?」
「じゃあ、お昼までに明日の仕事を全部終わらせるわ。そしたらパーティーに行く!」
「えぇっ!!いいの!?ていうか、そんなことして大丈夫なの?」
「うん。だって、友達ができてから初めてのクリスマスパーティーだから、どうしても行きたいんだもの。仕事終わらせたら、雲雀さんも文句ないでしょ」
「いや…まあ…そう……なの…かな…?」
「そう……だと…思う…。だから、明日委員会の仕事が終わったら、すぐに行くね」
「わかった。じゃあ、飾りつけとか…用意はこっちでやっとくよ」
「ありがとう」
「そんかわし、プレゼント交換があっからな。そっちの用意だけ頼むのな」
「ちゃんと用意しとけよ」
「わかった」
「じゃあ、また明日ね」
「うん。またね、ツナ君、武君、隼人君」
魅真はとてもうれしそうに笑いながら、三人に手をふってわかれた。
家に帰って着替えると、もうすぐ夕方だが、プレゼント交換用のプレゼントを買うために、再度家を出た。
一人で買い物に行くのはこれが初めてではないが、こんなに楽しいと感じるのは、今日が初めてであった。
はずむように道を歩くその姿は、遠くから見てもうれしいというのがわかるくらいだった。
百貨店まで行くと、魅真は雑貨コーナーを見てまわった。
明日のパーティーには、女の子だけでなく男の子もいるので、男女どちらがあたってもいいようなプレゼントを選ぶために、いろいろなものを見てまわっていた。
高すぎず、安すぎず、それでいて男女どちらがもらっても大丈夫な、無難なものがなかなかみつからず、悩みに悩んでいたが、それすらも楽しんでいて、始終笑顔だった。
買い物が終わったのはそれから1時間ほど経った頃で、もう外は真っ暗になっていたが、それでも気にしていなかった。
明日のことが、楽しみで楽しみで仕方なかったのだ。
その後……夕飯の時も…お風呂の時も…宿題をしてる時も…更には寝る時も…魅真は眠りにつくまでずっと笑顔だった。
次の日には、もっと笑顔になっていて、風紀委員の人間だけでなく、草壁や雲雀も、その姿を見てかたまっていた。
「姐さん、何があったのかな?」
「さあ?雲雀さんと、今日のイブを一緒に過ごせるから…とか?」
「いや、どうにも違うみたいだぜ」
「じゃあなんだよ?」
「さあ…」
すみっこの方では、風紀委員の生徒三人が、魅真が何故こんなにも笑顔でいるのかふしぎに思い、こそこそと小声で話していた。
「あ、そうだ」
けど、急に魅真が大きな声を出したので、三人はびっくりして魅真の方を見た。
「雲雀さん」
「なんだい?」
魅真は雲雀に用事があって話しかけたのだが、雲雀は自分の仕事をしながら返事をしたので、顔を机にむけたままだった。
それでも、魅真はいつものことだと、気にすることなく話を続ける。
「私今日は、お昼の1時にはあがりますね」
「…何故だい?」
今日は、予定では4時までのはずなのに、3時間も早くあがると言う魅真を、雲雀は鋭い目で見た。
「今日は、午後から武君の家で、クリスマスパーティーがあるんです。昨日誘われて…。だから、今日は早めにあがります」
「許さないよ。いつもよりも早くあがる上に……理由が群れに行くから?今日やたらはりきっていたのは、そういうわけだったのかい…。絶対ダメだよ。大体、1時っていったらもうあとちょっとじゃないか。仕事もあるのに、そんなの許されるわけが……」
「仕事ならもうできましたよ。はい」
雲雀が話している途中で話をさえぎり、仕事が終わったことを証明するように、自分の今日の分の仕事を雲雀に渡した。
それを見た雲雀は一瞬固まった。
「あ、もう1時ですね。では、お先にあがりまーす」
雲雀が固まっている隙に、魅真はそばに置いておいたカバンを手早くひっつかんで、断りを入れると、雲雀の返事を待たずに帰っていった。
「(あがる直前にまくしたてて、返事も聞かずに強引にあがるなんて、ちょっと卑怯かもしれないけど……。でも、雲雀さんて絶対にダメって言いそうだし、パーティーは絶対に行きたいしね…。けど、仕事は全部終わらせておいたから…ま、いっか)」
多少罪悪感はあるものの、パーティーに行きたいという気持ちの方がまさっているため、魅真は少し早めに廊下を歩いた。
一方でとり残されていた風紀委員達は呆然としていたが、すぐに覚醒した。
「姐さん、雲雀さんに有無を言わさず帰っていったぞ」
「しかも、雲雀さんがいるのに、他の男とイブをすごすとは……」
「姐さん、いろいろとすげェ…」
「おそるべし、姐さん」
雲雀を前に、普通に早退した魅真を見て、彼らは感心していたが、ふと後ろから殺気を感じたので、後ろにおそるおそる振り返ってみた。
そこには、ダメだと言われたにもかかわらず、了承を得ずに勝手に帰ってしまった上、群れに行った魅真に怒りを燃やしている雲雀の姿があった。
「(雲雀さんが怒ってる。姐さんが他の男と、堂々と浮気するからだ)」
「(許可も得ずに帰った上、群れに行ったからあたり前だろうけど…。一番の理由は、他の男のもとに行ってしまうからだ)」
「(雲雀さんという、ちゃんとした恋人がいるのに、他の男とクリスマスイブを過ごすから怒ってるんだ…)」
彼らは雲雀があまりに怖いので、顔面蒼白になり、大量の冷や汗をかきながら、何やら勘違いをしていた。
魅真は直接山本の家に行くのではなく、一度家に帰り、着替えてから向かった。
「(ここが……武君の家か…。お寿司屋さんなんだ)」
山本の家の場所は、昨日山本本人に電話で確認をしたので、迷うことなく家に着くことができた。
「(あ、どうしよう…。なんか…急に緊張してきた…!きっと、こんな風に友達とパーティーするのが初めてだからだわ)」
山本の家に着くと、楽しみなことは楽しみなのだが、楽しみすぎて緊張してしまい、扉の前に少しの間立っていたが、意を決して中に入っていった。
「あ、魅真ちゃん」
「よっ、来たな」
「ちゃおっす。久しぶりだな、魅真」
中に入ると、ツナとリボーンと山本が迎えた。
特に何も言わないが、近くには獄寺も一緒にいた。
「ツナ君!武君!隼人君!リボーン君!」
四人の姿を見ると、魅真の顔は明るくなる。
「魅真ちゃん、結構早かったね」
「うん。もう昨日のうちに準備しといたから、家では着替えるだけだったの。武君の家から私の家まで、そんなに離れていないし…。何よりわかりやすかったし」
「確かにね。山本んち、お寿司屋さんだから」
「そうなのよ。あ、そういえば……準備ってもう終わったの?何か手伝うことある?」
「もう飾りつけは終わったから、あとは料理を運ぶだけなんだ」
「そうなの。じゃあ、私も手伝うわ」
「ありがとう、魅真ちゃん。じゃあ、そこのカウンターにあるものを、テーブルに持っていってもらっていいかな?」
「わかった」
ツナに言われると、魅真はコートや他の防寒具をぬいで、荷物と一緒にふちの方に置くと、カウンターまで歩いていった。
「やあ、いらっしゃい。君が武の新しい友達の魅真ちゃんか」
カウンターには山本の父親の剛がいて、山本と同じように、人のよさそうな笑顔を浮かべて、気さくにあいさつをした。
「あ、はじめまして。武君の友達の、真田魅真と申します。よろしくお願いします」
剛があいさつをすると、魅真はあわててあいさつをした。
「はい、よろしく」
「今日は、親父がにぎった寿司も出るんだぜ」
「そ、そうなの!?
あ、あの……いいんですか?そんな…高そうなもの…」
「いいってことよ。いつも武が世話んなってるみたいだかんな。おっちゃんのおごりだ」
「(な…なんていい人なんだろう。武君みたいに気さくで優しいだけでなく、気前もいいだなんて!武君が、なんでいい人なのかわかったわ)」
魅真は、剛の気さくなところと気前のよさに、心の中で感動していた。
「どうしたの?魅真ちゃん。動き止まってるけど…」
「え?あ、いや…なんでもないの。じゃあ、これはこぶわね」
感動のあまり、動きが止まっていたのをふしぎに思ったツナは魅真に問いかけるが、魅真は適当に誤魔化して、カウンターに置いてある料理をはこんでいく。
それから、魅真が来てから10分ほど経った頃、他のメンバーもやって来た。
パーティーをやるメンバーは、いつも通りの、魅真、ツナ、山本、獄寺、リボーン、ハル、京子、了平だった。
全員がそろうと、シャンメリーがそそがれているグラスを手に、乾杯をした。
パーティーは立食形式で、乾杯をしたあとは、みんな自分の好きなものを食べたり、ドリンクを飲んだり、そばにいた相手と語らったりしていた。
しばらくくつろいでいると、一部の者だけであるが、出し物をしたり、終わった後はゲームをしたりと、内容はどれも飽きがないくらいに充実しているものだった。
それからパーティーも終盤に近づいた頃、メインともいえる、プレゼント交換を行った。
交換が終わった後は、自分の手に渡ってきたプレゼントをあけて、そのあとは何気ない話で盛り上がった。
喜んだり…笑いあったりと、本当に楽しいパーティーだった。
しかし、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去るもので、しばらく歓談した後、パーティーはお開きとなり、山本以外全員帰路についた。
パーティーは予定通りに進行し、夕方の5時にお開きとなったので、辺りはだいぶ暗くなっていたおり、魅真は少し急ごうと、早めに歩いていた。
そして、目の前の角を曲がろうとした時…。
「!! (あれは……雲雀さん…?)」
ちょうど自分が行こうとした先には、雲雀がいた。
暗がりだったが、完全に夜になってないのと、ちょうど街灯の下にいたということで、雲雀だということがわかった。
特に何もしていないのだが、昼間強引に早く帰ってしまったので、顔を合わせづらいため、塀にかくれた。
けど、何をしているのか気になったので、塀からこっそりのぞいてみた。
街灯の下には、雲雀だけでなく、他の見知らぬ男子生徒が三人いた。
彼らは、その風貌と格好からいかにも不良という感じの人物で、それを見ただけで魅真は、雲雀が強いのは知っているが、はらはらしながら見守っていた。
見ていると、雲雀は魅真の予想通り、目の前の三人の不良を、一瞬で出したトンファーで、一撃のもとに倒したのである。
せっかく楽しかったパーティーの余韻にひたっていたというのに、何故最後の最後でこんな場面を目撃しなければならないのかと思っていると、雲雀が地面から何かをひろいあげるのを目にする。
ひろいあげた「それ」は、小さくにゃーと鳴いた。
鳴き声を聞いただけで、ひろったものが何かわかった魅真は、嫌な気持ちが流れていった。
仔猫が鳴いたことで、雲雀が不良を倒した理由がわかったからだ。
けど、雲雀の性格を考えると、にわかには信じがたいことだった。
「弱い連中ほど、ムダに群れたがる。そして……」
だが……
「小さな動物を虐げる…」
雲雀本人が言ったことから、魅真が考えていたことがあってることがわかった。
本当に信じられないことだが、雲雀が不良を倒したのは、彼らがあの小さな仔猫を、数人がかりでいじめていたからだった。
普段は、天上天下唯我独尊という言葉がぴったりの、口より先に手が出るくらい暴力的で、自分の都合で横暴な振る舞いをする。ワガママで自分勝手でマイペース。いつも横柄な態度をとっている。それは、もちろん自分に対しても例外ではなく、幾度となく経験してきた。
そんな雲雀が、たった一匹の仔猫のために動いたことが、やはり信じられなかった。
けど、この瞬間、魅真が今まで抱いていた雲雀への印象は、今雲雀が小さなすて猫を助けたのを見たことで、確かに変わったのだった。
彼らを倒すと、雲雀は仔猫を抱えていずこかへ歩き出し、どこに行くのか気になった魅真は、こっそりと後をつけていった。
それから20分ほど歩いていき、一体どこまで歩いていくのかと魅真が思った時、雲雀はあるひとつの建物の中に入っていく。
「動物病院?」
そこは、動物病院だった。
雲雀の後をつけているため、中に入ることはできないので、こっそりと病院の窓に近づけば、何やら声が聞こえてきた。
「ひっ!雲雀くん!!き……今日は一体なんの用ですか!?」
こんなところまで支配しているようで、獣医であろう男の声は、かなりびびっていた。
「この猫のケガを診て。診ないと咬み殺す」
「わっ……わわ!わかりましたぁ!!」
中では、猫のケガを診てもらうためだけに獣医を脅す雲雀と、それにびびっている獣医の声が聞こえてきた。
それを外で聞いていた魅真は、相変わらずだ…と思うと同時に、いつものこと…とも思っていた。
毎日毎日こんな感じなので、ため息をついたりすることはあるものの、雲雀の横暴さにいつのまにやらなれてしまったのだ。
けど、今の言動は、自分勝手なワガママといえばそうかもしれないが、他ならぬケガをした仔猫のためなので、いつもとどこか違う感じもしていた。
それから魅真は、いつ終わるかわからないので帰ろうかとも思ったが、自分も仔猫のことが気になったので、雲雀が出てくるのを待つことにした。
そして、30分ほど時間が経つと、中から仔猫を抱えた雲雀が出てきた…。
見るかぎり、仔猫はケガをしているというが、それを感じさせないほど元気だった。
仔猫の元気な様子を見てほっとしていると、魅真は今までで一番といっていいくらい、信じられないものを目にした。
それは、あの雲雀が笑っているところだった。
満面の笑顔ではないのだが、それでも今ままで見たことのない微笑みに、魅真は一瞬夢でも見てるのではないかと思うほどだったが、頬をなでる冬の冷たい風が、今見ているものは現実であると告げていた。
「(雲雀さんて……もしかして、動物好き?)」
魅真は驚き、すごく意外…といった感じの目で見ていた。
その、自分の目に映った微笑んでいる雲雀は、普段の態度からは考えられないほどおだやかな表情で、優しい目をしており、そんな雲雀を見ていた魅真は、心臓が大きく高鳴り、どきっとした。
「(あれ…。なんだろ?この感じ)」
けど、それがなんなのかはまったくわからなかった。
わからないまま雲雀の姿を見送り、雲雀の姿が完全に見えなくなると、自分も今度こそ帰路についた。
そして次の日。クリスマス当日…。
前日、雲雀の許可なく帰ってしまったため、応接室の空気は重苦しかった。
一応、来た時に謝ったことは謝ったのだが、そんなことであっさりと機嫌が直るような雲雀ではなく、朝からずっとぶすくれていた。
口をへの字にまげ、もともとつりあがっている目が、よりいっそうつりあがり、鋭くなっている。
なので、いつも以上に近寄りがたく、委員の者達は全員びくびくしており、魅真も、いくらパーティーに行きたいと言っても、ちょっとまずかったのではないかと、今更ながら反省していた。
そんなこんなで、気まずい雰囲気のまま夕方となり、この日の業務は終了した。
終了すると、委員の者達は雲雀に一言あいさつをしてから、早急に帰っていった。
つまり、今この応接室にいるのは、魅真と雲雀だけなのである。
昨日の罪悪感がまだあるせいなのか、雲雀と二人きりというこの状況に、魅真はドキドキしていた。
「あっ、あの……雲雀…さん…」
「何…!?」
まだ機嫌が悪い雲雀は、自分の感情をかくすことなく、低い声で返事をする。
魅真はそれだけでドキッとした。
「あの……昨日は…本当にすみませんでした」
「それは、もう今朝聞いたよ。それに、そういう風に思うんだったら、最初からやらないでくれる?」
「うっ……」
謝罪しても冷たく返され、魅真は言葉がつまってしまう。
「あ……あの…これ…」
けど、それでも魅真は勇気を出して、ソファに置いておいた自分のカバンから、黄色のリボンでラッピングされた、水色の袋を取り出した。
「…それは何?」
「クリスマスプレゼントです。昨日のお詫びも兼ねて…」
「ふーん…。まあ、もらっといてあげるよ」
群れるのが嫌いなので、もしかしたら受け取ってもらえないかもしれないと思っていたので、あっさりと受け取った雲雀を見て、魅真はほっとした。
雲雀は受け取ると、意外なほど丁寧に、ラッピングされたリボンをほどき、中身を取り出す。
取り出したものを見ると、雲雀はそれを凝視した。
中に入っていたのは、黒猫のアクセサリーがついたボールペンと、小さな黄色い小鳥のマスコットがついた携帯のストラップ。
どう見ても女の子向けのものなのだが、動物好きだからか、雲雀は少しだけ口角をあげて笑みを浮かべた。
魅真は、そんな雲雀の笑みに釘づけになり、昨日の夜と同じように、また少しだけドキッとする。
「で……なんでこれを選んだの?」
「あ……いえ……雲雀さんにぴったりかな…と思いまして…」
「ぴったり?なんで?」
何故魅真がそう思ったのかわからず、雲雀は軽く眉間にしわをよせる。
だがそれは、機嫌が悪いからではなく、単に魅真が言ったことに対して疑問を抱いたからだった。
魅真がこのふたつのものをプレゼントに選んだ理由は、もちろん昨日の夜の出来事だった。
雲雀が仔猫を助けるのを見て、動物好きだと思ったので、昨日の黒い仔猫にちなんで、このボールペンと、同じ店にあったかわいらしい小鳥のストラップを選んだのだ。
けど、魅真は言おうかどうか迷っていた。
そのことを言うということは、昨日のぞき見をしていたのがばれるということ。
勝手な想像ではあるが、そういうのは、雲雀はあまり好きではないだろうと思ったのと、もしかしたらまた機嫌を損ねてしまうかもしれないという恐怖があったからだった。
「で、なんでこれが僕にぴったりだと思ったわけ?」
そんな魅真の心など露知らず、理由をはっきりさせたい雲雀は、再度魅真に理由を尋ねた。
そのまっすぐな目を見た魅真は、絶対に理由を言わなきゃ、いつまで経っても同じことの繰り返しで、それだとまた雲雀の機嫌を損ねてしまうことも、決して逃れることなどできはしないだろうということも察した。
それがわかった魅真は、諦めて本当のことを話した。
適当にそれっぽい理由を言うなど、性格上できないというのもあり、昨日パーティーから帰る時に雲雀を見かけたこと。雲雀が、不良にいじめられていた仔猫を助けたこと。いじめられてケガをした仔猫を病院で診てもらったこと。その出来事を見て、雲雀は動物好きだと思ったこと。それでこのプレゼントを選んだことを、全て話した。
もしかしたら機嫌が悪くなるかも…と思っていたが、雲雀は意外なほどおとなしく、魅真の話に耳を傾けていた。
「あの時、すごい意外でした。それに私、雲雀さんのこと見直しました」
「見直す?」
「はい。たった一匹の仔猫のために戦うなんて…雲雀さん、結構優しいところがあったんですね」
魅真は話しながら、満面の笑顔で微笑んだ。
今まで、びくびくおどおどしたり、怖がった顔や泣きそうな顔しか見たことがなかったので、それを見た雲雀は驚き、目を丸くした。
「真田魅真」
「は、はい」
「このストラップに免じて、今回は許してあげるよ」
そして魅真の笑顔を見ると、雲雀も少しだけ口角をあげて笑い、その笑顔を魅真に向ける。
その雲雀の笑顔を見た魅真は、昨日と同じようにドキッとした。
「あ…でも、僕は何もないから」
何もないというのはプレゼントのことで、それを聞くと、魅真はくすっと笑う。
「いいんです。私が、雲雀さんにあげたかっただけなので」
また笑顔で言えば、雲雀はきょとんとする。
そして何故だか、少しむず痒い思いをしたのだが、雲雀はその正体が、なんなのかわからなかった。
「あ!見てください、雲雀さん」
その正体について考えていると、急に魅真が、窓の方を見て声をあげた。
どこかうれしそうな顔をしているので、何かと思って後ろを見てみると、外では白い小さなものが空から舞い降りてきていた。
「雪だぁ…」
それは雪で、魅真は窓の前まで歩いていくと、きらきらとした目で見ながらはしゃいでおり、同じように窓の前まで歩いてきた雲雀は、雪ではなく魅真をじっと見た。
「ホワイトクリスマスなんてロマンチック…」
「ふーん…」
クリスマスに雪が降ることにロマンを感じ、感動している魅真だが、雲雀にはどこがいいのかさっぱりわからず、ただ窓の外の雪を見ているだけだった。
「あ、そうだ。言い忘れてました」
「なんだい?」
「メリークリスマス…ですね。雲雀さん」
「……そうだね…」
魅真はにこっと軽く微笑むと、再び窓の外に顔を向け、雲雀は雪を見る魅真を見ていた。
二人はしばらくの間、応接室で、二人っきりで雪を見ていたのだった。
昨日今日と魅真が感じたドキドキの正体と、先程雲雀が感じたむず痒い思いの正体。それが一体どういうものであるのかを二人が知るのは、まだまだ先の話である。
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