第八十八話 千年目の再会
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夏休みに入って何日か経った、ある日の晩。
南野家に一本の電話がかかってきて、何度か鳴り響いていた。
《もしもし、秀一》
しばらく鳴った後、通話状態になると、電話をかけてきた志保利の声が聞こえてきた。
真っ暗闇で誰もいない家の中、誰も受話器にさわってもいないのに…だ。
《ああ、母さん。どうしたのさ》
南野家には、どこにも誰もいなかった。
電話が置いてある廊下にも、リビングにも、もちろん…蔵馬の部屋にも……。
《メシ?ちゃんと食ってるよ》
それでも、志保利に受け答えする蔵馬の声は、ちゃんと聞こえていた。
《地震?ウソ!?場所ちがうんじゃないの?》
志保利は、地震などまったく起こっていないのに、地震が起きているのではないかと蔵馬に尋ねる。
けど、地震は起きていないが、雷が蔵馬の後ろで何度も鳴り響いた。
「大丈夫だよ。こっちは適当にやってるから。母さんこそ、ゆっくり旅行楽しみなって」
そう……。
蔵馬が今現在いる場所。
そこは、人間界ではなく魔界だったのだ。
志保利は、周りで常に鳴り響いてる雷の音を、地震と勘違いしていたのである。
もちろん、自分が妖怪であることは志保利には秘密なので、蔵馬はそのことを適当に誤魔化した。
「家のことは、何も心配いらないからさ」
今オレは、魔界で電話を受けている。
旅先からかけている、母親の電話を。
七月某日。
たった一人でオレを育ててくれた母が、予定を繰り上げて再婚した。
式は身内だけで行い、二人は幸福(しあわせ)そうだった。
古いけどと前置きして、「これからは、ぼくがあなたの支えになる」と母に言った彼は、それなりに頼もしくあった。
『おふくろさんの式…悪ィな、いけなくて』
二か月前、一足先に魔界へ出発した、幽助がもらした一言がうれしかった。
しきりに遠慮する二人へ、なかば強引に、八月一杯かけての海外旅行をプレゼントした。ほとんど、オレの都合のために。
「じゃあ、母さんも元気でね」
オレは、幽助、飛影から遅れること二か月…。
「さて…」
「終わったのか?」
「ああ、待たせて悪いな。行こう」
夏休みの間だけという条件で、黄泉の参謀として、瑠璃覇とともに、戦列に加わった。
黄泉には、かりがある。
第八十八話 千年目の再会
二人は、今までいた崖から降りていき、癌陀羅に向かって歩いていく。
しばらく歩いて行くと、癌陀羅の前に着き、目の前の高い建物を見上げた。
「あ…」
その時、二人は自分達以外の気配を頭上から感じとり、目を気配がした方に向けた。
「てやああああっ!!」
「うらあああっ!!」
それとほぼ同時に、上から三匹の妖怪が襲いかかってきたが、二人はそれを難なくよける。
「うああああっ!!」
「どああああっ!!」
それでも妖怪達は攻撃の手を休めず、蔵馬に剣で襲いかかってくるが、蔵馬は一匹目の妖怪の剣をよけると、相手の腰を手で押しとばし、二匹目の妖怪の剣を、持っていたリュックで受け止めて、剣をはらうと、そのままリュックで殴り倒し、三匹目の妖怪の剣をかわしてジャンプすると、袖口からバラの蔓を伸ばして、相手をしばってつりあげ、宙に放り投げた。
蔵馬は妖怪を宙に放り投げると、バラの蔓をしまった。
妖怪は、その勢いのまま落ちていくと、木に激突し、その際に折れてできた切り株の上に倒れた。
その妖怪がやられると、残る二匹は、同時に蔵馬に剣で襲いかかっていく。
しかし蔵馬は、落ちついた所作で立ち上がって後ろにふり向くと、冷静に妖怪達を見据え、髪の中に手を入れた。
「ローズウィップ!!」
そして、彼らが攻撃をする前に、蔵馬は武器のバラのムチで、バラバラに斬りきざんだ。
「こいつらはザコだけど、それでも前より成長したな、蔵馬。きっと、私と再会した頃のお前だったら、歯が立たなかったと思うぞ」
蔵馬が敵を全員倒すと、近くにいた瑠璃覇が、にこにこと笑いながら歩みよってきた。
そんな瑠璃覇を見ると、蔵馬は軽くため息をつく。
「瑠璃覇……高みの見物か?瑠璃覇の力なら、一瞬でやれただろう。オレを守るんじゃなかったのか?」
「確かに蔵馬を守ると言った。それが自分の使命だとも思ってる。けど、守ってばかりでは、お前のためにならない。自分で自分を守れるようにならねばな。前にも、同じようなことを言ったはずだぞ。もちろん、ピンチになったら助けようと思ったがな。だが、こいつらの妖力を探ったところ、お前よりもずっと格下だったから、まかせても問題ないと思ったんだよ。これはこれで、信頼してるってことだぞ。
それに、仕方ないだろう。全員が蔵馬の方に向かっていったんだからな」
「はいはい。信頼してもらえてうれしいよ」
蔵馬が疑問をぶつければ、瑠璃覇は長々と理由を言い、それを聞いた蔵馬は、どこか疲れた顔で返した。
「ところで…」
けど、すぐ真剣な目に戻り、低い声を発する。
「黄泉、いるのはわかっている」
この国の主の名前を呼べば、二人の左側から、呼ばれた本人が姿を現した。
黄泉が現れたことで、二人の警戒心は更に強くなる。
「蔵馬、瑠璃覇と同じように、本当に来てくれたんだな」
「ふざけるな。使者まで送って、オレを招いておきながら、これは一体どういう歓迎のしかただ」
「そう怒るな。昔のお前と今のお前の、気配の違いにとまどったのだ。本当にお前に、オレの参謀が務まるのかどうか」
当然蔵馬は、先程のことに怒っているが、黄泉は至って冷静だった。
「それで腕試しというわけか。しばらく会わないうちに、ずいぶんと慎重になったものだな」
「オレはもう、昔のオレではない。今は魔界の三大国王の一人だ。かつて、オレ達のはるか頭上に君臨していた軀と雷禅。その二匹と肩を並べ、更に倒そうとしてる」
「千年の月日は長いな」
「悪く思うな。オレが見込んだお前の力が本当であれば、奴らなど、たわいのない相手。そしてその通り、おまえは勝った。蔵馬、瑠璃覇とともに、力をかしてくれ」
「黄泉様」
蔵馬と黄泉が話していると、城の方から第三者の声が聞こえてきた。
そのことで、警戒し、睨むように黄泉を見ていた二人の目が、少しばかりやわらかくなる。
「妖駄か」
「そろそろ魔界統一のための、軍事会議の時間です」
「うん」
そこへやって来たのは妖駄で、時間を知らされると、黄泉は城へ向かって歩き出す。
「そうだ。今日の会議には、そこにいる蔵馬と瑠璃覇も参加させる。案内してやってくれ」
けど、妖駄の手前で立ち止まって振り返ると、妖駄にその旨を伝える。
「パープル・アイとこの男を?」
黄泉に言われると、妖駄は瑠璃覇と蔵馬の方へ向き、二人を凝視した。
「見たところ、さしたる妖力も感じられませんが……パープル・アイはまだしも、本気でこんな男を、我が国の軍事会議に参加させるおつもりですか?」
「ああ、そうだ」
「ふん。着いて来い」
妖駄の問いに、少し強めに返事をすると、黄泉は先に歩いていく。
返事を聞いた妖駄は、気にいらなそうな目で二人を見ると、黄泉の後に着いていき、二人も妖駄の後へ続いた。
「まずは、このグラフを御覧下さい」
城の一角で、軍事会議が始まった。そこには国王である黄泉、瑠璃覇、蔵馬、作戦参謀である妖駄、他にはこの国の重役の妖怪が三人いた。
前の方では、妖駄が映像を使い、今の三国の現状の説明をしようとしていた。
「これは我が国の総合戦力を100として、三国の軍事力を相対化したものです。下の数字は、グラフ中で国王の占める力を示します。ま、見ての通り、どの国もほとんど、国王のワンマンチームです。これに、一年後の予想戦力を加えます」
妖駄がボタンを押すと、映像の右側にある棒グラフの右隣に、もうひとつ棒グラフが現れ、雷禅の右側の棒グラフの下の数字がゼロになり、映像の左側に映された、国の領土を示す図の、雷禅の国の部分が極端に小さくなった。
「雷禅の力が0になったぞ」
「どういうことだ?」
「まさか…」
「さよう。一年以内に雷禅は死にます。雷禅の体力の低下は、すでに生命の危機にかかわるところまで達しています。これは、確かな情報です」
妖駄がニヤリと笑うと、真実を知った重役の妖怪三人も、同じようにニヤリと笑う。
「よって、今年度下半期の軍事計画ですが、雷禅の国から流出する戦力の獲得。及び、各地の人材発掘の強化を考えております」
「ふむ、それが妖駄の見解か。蔵馬、瑠璃覇、どう思う?お前達の意見を聞きたい」
妖駄の意見を聞くと、黄泉はいきなり、瑠璃覇と蔵馬に話をふってきた。
「そうだな。興味深い」
「黄泉様が参謀にと推されるお前達の、智略智慮とやら、見せてもらおう」
「見せられる智略智慮があるのならな」
向かい側にすわる二人の部下は挑戦的に言い放ち、隣にいる鯱は嫌味を言ってきた。
誰一人として、瑠璃覇と蔵馬を歓迎などしていないが、二人は大して気にも止めていない様子だった。
「そうだな。では、それぞれの国の国王と、国王の次に強い者の戦力データを見せてもらおうか」
黄泉に言われると、二人は目で合図し、まずは蔵馬から話を始めた。
「お望みとあらば、三国とも、ほぼ全ての主力データをお見せできますがな」
「いや、国王とNo.2だけでいい」
「ホッホッホッ。数が多いと、把握しきれませんかな…。ま、いいでしょう。
我が国自慢の諜報員が、妖力測定機を用いて調べた戦力データをお見せします」
妖駄は、目の前のコンピュータを操作し、蔵馬に言われた通りのデータを出す。
「まず雷禅。
続いて軀。
そして、我が国王黄泉様」
最初は、各国の国王のデータを出した。
「次に、各国のNo.2戦力のデータです。
雷禅側は、仙術道士北神。
軀側は、魔道本家奇淋。
そして、我が国は、軍事総長鯱殿」
国王のデータが終わると、次に、各国のNo.2のデータを見せた。
「以上です。さあ、御意見を」
「うむ。つまり、各国ともNo.2は、戦力において、国王の右腕にすらなれてないわけだ」
いきなりのきびしい意見に、隣にいる鯱は、蔵馬を横目で睨みつける。
「組織同士の戦いは、副将にかかっている。仮に雷禅が死ねば、残り二国の一騎打ちだが、国王同士には、力の差がない。となると、敵国の王の戦力を大幅に減らすための「捨て石」が必要だが、No.2でさえ、国王の力に対して、あまりに弱い。
つまり、王以外のあらゆる戦力が、なんの役にも立たない無意味な力だ。王に対抗しうる、新しいNo.2が出てくるまで、今の状態では、どちらが勝つかわからない」
「ふん…。結局お手上げというわけか。粗末な智略智慮もあったもんだな」
つまりは、この国のNo.2である自分も、国王の黄泉の役に立ってないと言われているのだが、気づいてか気づかずか、鯱は自分のことは棚上げで、蔵馬に対して嫌味を言った。
荷物扱いされたというのに、蔵馬に嫌味を言うことに関しては達者だと、瑠璃覇は表情を変えないまま、心の中で呆れていた。
「しかし、近い将来、この構図が激変する」
「何ィ!?」
「組織のカギは副将がにぎる。半年以内に、このNo.2が、全て入れかわるだろう」
「なんだと!?笑わせるな。三国のにらみ合いが始まって以来、500年も続いたこの力関係がそんな急に崩れるものか」
蔵馬の発言にキレた鯱は、興奮のあまり立ちあがり、蔵馬に怒鳴るが、蔵馬はまったく意にも介していなかった。
「では、次に瑠璃覇。お前の意見を聞かせてほしい」
「ああ」
蔵馬の話が終わったので、次は瑠璃覇の番だと言うように、黄泉は話をふる。
まだ会議は続いてるので、鯱は怒りながらも、渋々席についた。
「私も、蔵馬の意見とあまり変わらない。大将同士の力は互角。このままでは、負けもしないが、勝てもしないだろう。国王以外の者が、あまりにも弱すぎる。肝心のNo.2でさえ、これでは…な…」
瑠璃覇の話が始まり、最後に言われた言葉に、また鯱の目つきが鋭くなり、鯱は今度は、瑠璃覇を睨みつける。
「これが個人……国王だけで戦うワンマンプレーなら、問題ないだろう。けど、これは組織同士の戦い。昔私が行っていた、個人的に国を崩壊させるのとはわけが違う。
だから、今早急に必要なのは、妖駄が言った通り、人材発掘。ここにいる者を育てるか、もしくはどこかからみつけてくるか…。最低でも、妖力値が10万は軽くこす奴がいいな。でないと話にならない。そして、強力なNo.2。これらを集め、地盤固めをするのが最善策かと思う。今の戦力では、とてもじゃないが、固めることなどできはしない。全員が弱すぎる。このままでは、せいぜい小競り合いしかできないだろうからな。
だが、このくらいのことは、相手も当然考えているだろう。それに戦いは、常に予測不可能なことが起こるもの。これらのことを全てこなしたからといって、必ずしも、勝利を手にすることはできないだろうな」
「結局貴様も、蔵馬同様にお手上げか。まったく、二人して粗末な智略智慮だな」
けど、次に聞いた瑠璃覇の意見に、鯱はまたしても、自分のことは棚上げで嫌味を言った。
「だが、No.2だけはなんとかしなくてはならない。このままでは、絶対に勝てないだろうからな」
「なにィ!?」
けど、今言った瑠璃覇の言葉に、過剰に反応を示し、興奮した鯱は、再度席を立ちあがる。
「ふざけるな!!ここに来たばかりの貴様に、この国や、他の二国の情勢が、わかるというのか!!」
「興奮するな、鯱よ。新参者の言うことだ」
蔵馬の時と同様に興奮する鯱だが、反対側にすわっていた妖怪になだめられる。
「(くっ…。瑠璃覇と蔵馬め……覚えとれよ)」
鯱は拳をにぎり、にぎった拳をわなわなと震わせて、瑠璃覇と蔵馬を鋭い目で睨みつけていたが、二人はまったく意に介していなかった。
その様子を、黄泉は拳をあごにあてて静かに見ていた。
会議が終わると、瑠璃覇と蔵馬は、黄泉とともに広く長い廊下を歩いていた。
「久々に面白い会議だった。お前達の発言の間中、ずっと鯱がお前達をニラんでいたぞ。鯱の目は、憎悪を越えて、お前達への殺意があふれ始めていた」
「お前にそこまでわかるのか」
「意外だな」
「体温や血圧の変化、筋肉の緊張具合、空気の流れ、全てわかる。オレは光を失って、強くなれた」
そう言った黄泉の言葉に、蔵馬と瑠璃覇は目を細める。
「蔵馬、お前の考えている、半年後の魔界の構図というのを言い当てようか。
雷禅が人間の女に産ませた子供、浦飯幽助は、日夜壮絶な実践訓練を続けている。近いうちに雷禅の軍を率いるためにな。
そして軀のもとを訪れた、お前と瑠璃覇の仲間飛影も、短期間に驚くべき力を身につけていると知らせがあった。
浦飯と飛影、そして蔵馬。この三人が半年後には、No.2になっている。お前は、そう確信しているんだろう?
組織のカギは、副将が握る。お前の持論だったな」
蔵馬が考えていることを全ていい終えると、蔵馬は顔を黄泉がいる方に向けた。
「そうそう、蔵馬。会議会議で、大事なことを忘れていたよ」
話題が別のことに変わると、今度は下に向けていた顔をあげる。
「ぜひお前に会ってもらいたい奴がいるんだ。ついてこい」
黄泉は、蔵馬の意志などまったくの無視で、その「会ってもらいたい奴」のところに足を進めていく。
そこは、決して誰も寄りつかないような、陰気くさい、暗い場所であった。
「ここだ」
三人がたどり着いたのは、見るからに立ち入り禁止といった感じの、太い杭で扉を閉ざしてある、大きな扉の前だった。
「誰だと…思う?」
わざとらしく問われると、蔵馬の顔がけわしくなり、少しだけ冷や汗をかいていた。
「オレがこの千年の間探し続けた男。オレから光を奪った奴だ」
話していると、今度は、黄泉の顔もけわしくなる。
「いるのか?あの扉のむこうにそいつが」
「ああ」
返事を返されると、蔵馬の顔はますますけわしくなり、短く返事をした黄泉は、扉に近づいていき、パスワードを入力する。
蔵馬は扉が開く前に、目をつむり、顔を下に向けた。
「顔ぐらいあげろよ」
けど、黄泉に言われると、すぐに顔をあげた。
「心拍数があがってるぞ。どうした?さあ、見てやってくれ。奴の今の姿を」
上と下からささっている二本の杭、左右についている二つのストッパー、この計四つのカギがはずれると、扉がものものしく開かれた。
真ん中から、左右にわかれるようにして開いた扉からは霧が流れ出てきて、その奥には、黄泉が「会わせたい奴」がいた。
その妖怪を見て、蔵馬は驚愕した。
その妖怪は、上にあげられた手に杭を打たれ、逃げられないように、足をコンクリートで固められていた。
ひどく痩せ細った体は、腹のあたりで胴体がまっぷたつにわかれ、そこから肉と内蔵と骨が見えており、背中に生えている羽はボロボロ。
返しがついた細い槍のようなものが体中に刺さり、目は、自分にやったことへの報復なのか、上のまぶたと下のまぶたを糸でぬって、強制的に閉じられている。
そんな、あまりにもむごく、悲惨な状態であった。
「ここ数日、腐蝕が進んで、しゃべる言葉もめっきり少なくなった」
中に入ると、その姿がありありと見え、蔵馬は凝視し、顔には冷や汗をかいていた。
「フッ…。千年前に、こいつに襲われた時のことを、今でもはっきり覚えている」
黄泉は一人、その時のことを話し始めた。
「そう…。あの頃は、お前が大将で、オレが副将。オレ達の立場は逆だった。オレの目は、まだ光を失わず、お前もオレも、魔界の新興勢力として、名を上げようと、躍起になっていた頃だ。
名を上げ、国を建てるためには、力と財産がいる。一挙にその二つを得るために、オレ達が選んだ方法は盗賊。魔界では最もポピュラーな職業だ。
当時のオレは、我が強く、血の気も多く、何より頭が悪かった。自分の力を過信して、どんな危険にもとびこんだ。
やがてオレは、大将であるお前の制止も振り切って、身勝手な行動をとるようになり、たくさんの城や、村を襲い、大勢の部下を見殺しにした。
逆にお前は冷静沈着。オレとは別の残酷さはあったが、まずは計画を重視し、人より三つほど先のことを、常に考えていた。
今思えば、あの頃のオレの愚直な玉砕主義は、将来を見越すおまえの、懸念材料だったといえる。
たぶん、オレはおまえの副将としては、失格だったのだろう。
そんな折だった。あの城に、高価な財宝が集められていると聞いたのは…。
オレは、そのニセ情報に踊らされて、数人の部下を従え、何もない、廃墟の城へと向かった。そこで、オレの目の前に、こいつが現れた。
こいつは強かった。もちろん、当時のオレと比べての話だが。
目を失うかわりに相手にも深手を負わせた。
「報酬よりも、命が大事」。それがヤツの捨てゼリフだった。
オレは光を失った。なんの目的で、誰に襲撃されたか、わけもわからぬまま、オレはいつものように、蔵馬…お前の助けを待った。だが、いつまで経っても、お前は現れなかった。
そうして、千年もの長い月日が流れた。今日(こんにち)に至るまで、ついにオレはお前と出会うことはなかった。何故だ?
オレの目から光を奪ったこいつが、その謎をといてくれるかもしれない。そう考えたオレは、千年かけて、ついにこいつを探しあてた」
ここに入った時から今までは、冷や汗をかき、心拍数があがっていた蔵馬だが、黄泉の長い長い話を聞き終えると、途端に冷静になった。
それを感じとった黄泉は、突然高らかに笑う。
「何がおかしい?」
「さすがだな。こいつのこんな姿を目の前にしながら、お前はもう、心拍数が正常に戻った」
そう言うと、黄泉は捕えた妖怪の前まで歩いていった。
「おい、おきろ」
そして、妖怪の体を蹴って、無理矢理に起こした。
そのことで、妖怪は、弱々しいうめき声をあげる。
「こ…殺してくれ。たのむ…。もう、この苦しみにはたえられない」
「いいだろう。お前はもう、充分すぎるほど苦しんだ。だが、その前にもう一度オレの質問に答えろ。
あの時、誰に頼まれて、オレを狙った」
黄泉が質問している時、蔵馬の目は、とても鋭く、冷たいものとなっていた。
「お…おそろしく、冷たい眼をした男。銀…髪の、妖狐…蔵馬」
犯人の名前を聞くと、黄泉は歯を噛みしめ、眉間にしわをよせて絶叫する。
そして、妖怪の顔を足でつぶした。
その様子を、蔵馬は感情のない、冷たい目で見ていた。
「蔵馬。断っておくが、オレは、恨んではいない。今考えれば、当時のオレは確かに愚かだった。実際、何百という仲間を見殺しにした。オレが大将なら、同じことをしただろう。迷うことなく、オレを殺させただろう」
「何が望みだ」
「言玉にたくした通り、オレの参謀として力をかしてほしい。あの当時、オレはバカなりに、お前の役には立っただろう?今度は、オレの魔界統一の野望のために、今のお前なりに、オレを助けてほしい」
「いやだ――と言ったら」
はっきりとノーとは言っていないが、蔵馬のその言葉に、黄泉は一瞬眉がぴくりと動き、二人の間には、何やら緊迫した空気が流れだす。
しかし、黄泉はすぐに不敵な笑みを浮かべる。
「人間は旅行好きらしいな」
「なに!?」
「お前が今、一番大切にしている人間が、飛行機で旅行中なんだろ?」
「くっ……」
「飛行機が落ちないといいがな。熟年カップルが再婚旅行で悲劇…なんて、ワイドショーのネタとしてもB級だ」
「貴様」
黄泉の脅しに、蔵馬だけでなく、隣にいる瑠璃覇も黄泉を睨みつけた。
「霊界ハンターに追われ、霊体の状態で人間界へと逃げのびた、妖狐のお前が憑依した人間、南野秀一の母・志保利。お前に、人間の愛情を教え、お前もまた、必死に愛情をそそいだ女。
戦略の第一歩は情報収集。これも、お前の教えだよ」
「オレに会って、最初はとまどった…だと?猿芝居は一体誰に習った?」
「くっくっく。はっはっはっはっは。お前は本気で怒りながらも、頭のどこかで冷静に考えている。大切な人を失わないための方法をな。もうすでに、オレの脅しの二歩三歩先を考え始めている。いい方向へ動かそうと、あの手この手を。
愛情や憎しみより先に、かしこい対処法を考えることにいそがしい。
悲しい奴だ。冷たい奴だ。そして…恐ろしい奴だ。
魔界はもうじき、大混乱に陥る。その時こそ、瑠璃覇だけでなく、お前の冷静さと、冷酷さが必要なのだ。
その力を、オレのために発揮してくれ」
言い残すと、黄泉は瑠璃覇と蔵馬を置いて、そこから去っていった。
黄泉は、昔自分があの妖怪に襲われたのは、すべて蔵馬がしかけたことだと知っていた。
その上で、わざとあの妖怪に会わせた。
蔵馬だけでなく、瑠璃覇さえも、自分の思うように動かすために…。
すべては、黄泉の策略だったのだ。
蔵馬が弱みをにぎられた以上、蔵馬を大切に思っている瑠璃覇も、したがわないわけにはいかない。
それを知った二人は、この状況をどう打破するかを考えながら、体を前に向けたまま、冷たい目で、黄泉が去っていく姿を見ていた。
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