第八十七話 誰がために
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幽助が魔界に旅立った、その週の土曜日。
瑠璃覇は学校から帰ると幻海の寺に行き、そこから魔界へと旅立った。
行き先は、三竦みの一角である、黄泉が治めている国。
魔界都市、癌陀羅。
瑠璃覇は、蔵馬と同じように、夏休みの間だけという条件だったが、やることがあるため、一足先に魔界に来たのだった。
そして、魔界に来て二日目…。
「よろしいのですか?」
癌陀羅の中央にある、一際高い建物。
そこの五階のフロアに、二人の男がいた。
「パープル・アイの奴、昨日我々のところに来たと思ったら、今日いきなり出ていくなど。一体何しに来たのやら…。本当に大丈夫なのでしょうか?」
それは、この国の作戦参謀の妖駄と…
「黄泉様」
この国の国王である黄泉だった。
「かまわん。好きにさせておけ」
建物の外には、癌陀羅の外に出ようとしている瑠璃覇の姿があり、それを見ていた妖駄は心配そうにしていた。
「しかし黄泉様。パープル・アイのやつ、昨日は昨日で、ここに着くなり、黄泉様に一度あいさつをしたっきり、夕食の席まで姿を見せませんでしたし。あやつは本当に、我々の力になる気があるのでしょうか?」
「大丈夫だ」
妖駄は心配していたが、黄泉はまったく気にとめていなかった。
「あいつは雷禅と軀のところに行っただけだ」
「なっ!!昨日の今日で寝返る気か!?」
「いや、そうじゃない。聞けばあいつは、オレだけでなく、雷禅と軀からも誘われたようだからな。それを直接断りに行くんだそうだ」
「では、帰ってきたら、「国崩しの妖狐」の実力を発揮して、我々の手助けをしてくれるのでしょうか」
「いや、それはない。多少の手助けはしてくれるだろうが、「国崩しの妖狐」の力を発揮することはないだろう」
「なんと…。それでは、ますますあやつがここに来た意味がわかりませぬ」
雷禅と軀には、誘いを断りに行ったのに、黄泉のために、すべての力を発揮することはないと言われ、妖駄の頭はこんがらがった。
「…蔵馬のためだ」
「蔵馬?黄泉様が人間界からよんだという、もう一人の?」
「そうだ」
短く返すと、黄泉は目は見えてはいないが、外にいる瑠璃覇の方に顔を向けた。
「……瑠璃覇は……今まで一度も、オレを見てくれたことはない…」
そう言った時の黄泉は、どこか悲しそうで、どこか悔しそうな表情だった。
第八十七話 誰がために
瑠璃覇の姿が見えなくなった後、黄泉と妖駄は窓から離れ、別の場所に向かって歩きだした。
「黄泉様…」
「ん?」
「聞いてもよろしいですか?」
「なんだ」
歩きながら、妖駄は黄泉に話しかけ、黄泉は前を向きながら返事をした。
「パープル・アイの奴がここに来た理由が、黄泉様のためではなく、蔵馬のためとは、一体どういう意味なのでしょうか?私にはさっぱりわかりません」
「まんまだ。瑠璃覇は蔵馬を愛している。だから、オレが蔵馬に危害を加えないように守りに来た。それだけだ」
「それでしたら、わざわざこちらに来るより、蔵馬のそばにいる方が確実なのでは…」
「そうかもな。だが瑠璃覇は、敢えて「敵陣」にのりこむことで、蔵馬を守ろうとしている」
「敵陣…ですか?」
そう言われると、妖駄はますますわけがわからなくなった。
「妖駄、今外では風が吹いているだろう」
「え?ええ……」
「これは、瑠璃覇が操る風だ」
「それが……何か?」
まだ、言ってることがよくわからない様子の妖駄に問われれば、黄泉は再び窓に顔を向ける。
「瑠璃覇はな、風を操って、遠くのものを見通す力を持つんだ」
「遠くのものを……見通す?」
「そうだ。自分の操る風で、その場所の状況を知ることができる、瑠璃覇の技のひとつだ。相手の行動、発言がすべてわかるんだ。つまり瑠璃覇は、敢えてここに来て、蔵馬に対し、何か不審なことをしないかどうか、我々…特にこのオレを、内側から見張っているのさ。そして瑠璃覇には、別の場所へ、一瞬で移動する技もある。もし、少しでも妙な言動をとれば、その技でとんでくる。
気をつけろ。ヘタなことをしゃべると、瑠璃覇に八つ裂きにされかねないぞ」
怖いことを言いながらも、黄泉は昔付き合いがあったからなのか笑っていたが、瑠璃覇のことをうわさでしか知らない妖駄は、背筋が凍る思いをしていた。
「つまり瑠璃覇は、オレすらも敵とみなしているということなんだ。瑠璃覇はかなり警戒心が強いからな」
「何故、黄泉様まで見張るのです?パープル・アイは、黄泉様の昔の仲間なのでしょう?」
「瑠璃覇は、オレを信用していないんだ。というより、蔵馬以外は誰も信用していない…」
「なんと…」
「オレはな妖駄、瑠璃覇が好きなのだ。昔……まだ瑠璃覇とともに、蔵馬の盗賊団にいた頃、瑠璃覇に求愛をしたこともある」
「…それで……パープル・アイは、なんと…?」
妖駄に聞かれると、黄泉は自嘲気味に笑い、口を開いた。
「「死にたいのか?貴様!」と返してきたよ」
「は?」
「笑ってしまうだろう?あまりにもひどいふられ方だ。受け入れるどころか、拒絶すらしてもらえなかった。ケンカを売っているのかと思われていたよ」
「信じられませぬ。まさか、一国の主である、黄泉様の求愛を断るなど…」
「ははっ。その時のオレは、国王ではなく、ただの一盗賊団の副頭領にしかすぎなかったからな。あと瑠璃覇は、権力などに惑わされるような女ではない」
そう言うと、黄泉は「それに…」と続ける。
「瑠璃覇には、蔵馬しか見えていないんだ。蔵馬以外の奴は、道端の石ころにしか見えないみたいでな」
空を仰ぎみるように窓の外を見て、どこか悲しそうにしている黄泉を見て、妖駄は何も言うことができなかった。
「実を言うとな、妖駄。同じ盗賊団にいたと言っても、オレは瑠璃覇のことは、何も知らないんだ。蔵馬にはいろんなことをしゃべっていたが、オレには何ひとつ話してくれなかったからな」
「…………」
「瑠璃覇は、蔵馬以外には誰にも心を許していない。例え、同じ盗賊団にいた副頭領であろうともな。自分が心を許した者でないと、何も話してくれん。話していたのはいつも蔵馬。名前すら教えてくれたことはない。オレがパープル・アイの本名を知っているのは、教えてもらったのではなく、蔵馬が瑠璃覇の名前を呼んでいたのを聞いたから、わかっただけだ。オレにはほとんど仕事の時のみ。こちらから話しかけないかぎり、話してくれたことはない。
それほどまでに、警戒心が強いのだ。オレは、瑠璃覇のことが好きだが、瑠璃覇はオレのことを、味方や仲間などとは思ったことはないだろう。
だから、オレがどうなろうと構わない。蔵馬を守るためなら、どこについても構わない。瑠璃覇はそういう女だ。今回蔵馬を守るには、どこにつくのが最善であるか?それが、たまたまオレのところだったというだけだ。雷禅と軀に直接断りに行ったのも、自分がオレの国にいるということを知らしめるため。伝説の妖怪がいれば、雷禅も軀も手を出しにくいだろうし、もし何かあった時は、自分が直接蔵馬の盾になれるからな。すべては蔵馬を守るためだ。
今回瑠璃覇は、最終的にはオレを選んでくれたが、雷禅や軀と大差ない。二人よりは、多少は瑠璃覇のことを知っている。それだけの話だ」
昔の仲間だというので、瑠璃覇のことはかなり詳しく知ってると思っていたが、その逆だというのを知った妖駄は、もうなんと言っていいのかわからず、ただ黄泉の話を聞いているだけだった。
「瑠璃覇はオレを信用していない。だから、オレのとこに来たんだ。信用していないオレを見張るためにな…」
そして黄泉は、自分でそのことを話しながら、寂しげな…悲しげな顔をして、しばらく窓の外を見ていた。
その頃、軀の根城の移動要塞百足では……。
「来たな…」
要塞の主である軀は、自分の部屋で休んでいると、外の方で、あるひとつの妖気を感じとり、ぽつりとつぶやくと、そこから移動した。
そして、要塞の外では……。
「何者だ!?」
この要塞の見張りをしている妖怪が、目の前に現れた者に警戒心を抱き、持っている槍を構えた。
しかし、問いかけてみても、その者は何も答えず、歩みを進めていく。
「止まれっ。止まらんか!!」
得体の知れない、敵かもしれない人物に、いつでも攻撃ができるように、妖怪は妖気を放出した。
その者もまた、同じように妖気を放出して、いつでも攻撃できるようにする。
「待て」
だが、そこを軀に止められる。
「軀様」
突然軀が下にやって来たので、妖怪は驚く。
「そいつは敵じゃない。オレの客だ」
そう言って軀は、唯一包帯の間から見える右目で、目の前の人物を見やった。
「なんですと?ではこいつが、あの魔界屈指の実力者として名高い、「パープル・アイ」なのですか!?」
そこに来たのは瑠璃覇だった。
初めて見る、生きる伝説に、彼は目を見開いて驚いた。
それから瑠璃覇は、軀直々に、軀の私室に通された。
「すまなかったな。いきなり刃を向けさせて。あいつにはよく言っておく」
「部下の教育は、ちゃんとやっておけ。でないと、一国一城の主の程度が知れるぞ」
「ふふ、手厳しいな」
嫌味を言われるが、軀は笑って受け流す。
「どうした?パープル・アイ。そんなとこにつっ立ってないで、まあかけろよ」
「いや、ここでいい」
部屋に入っても、立ったままの瑠璃覇に、軀は椅子にすわるように促すが、瑠璃覇はそれを断った。
「そう言うなって。これから、どうやって雷禅や黄泉に、一泡ふかせてやるかを話しあうんだからな。長い話になるだろう」
「あのな、軀……」
「お前が来てくれて、オレはうれしいんだ。こんな感情、何百年ぶりかな」
浮き足だち、一人勝手にしゃべる軀に、瑠璃覇はなかなか本当のことを話しだせなかった。
「歓迎するぜ。さっそくお前の部屋を用意させる。必要なものも、すべてそろえよう」
「おい、待て軀」
まだこちらに組するとは言っていないのに、自分だけで突っ走っていってるので、瑠璃覇はそれ以上言われる前に軀を止めた。
「なんだ?」
「私は、お前につく気はないぞ」
「……なん……だと…?」
衝撃的な一言に、軀は体の動きが止まってしまう。
「一体どういうことだ!?」
だが、言葉の意味をすぐに理解した軀は、憤慨し、瑠璃覇を睨みつける。
「どういうも何も……そのまんまの意味だが」
怒りを露にする軀に対し、瑠璃覇は冷静沈着で淡々と答えた。
だが、それがますます、軀の怒りに拍車をかけた。
「なら、何故オレのところに来た!!人をぬか喜びさせておいて、よくそんな風に冷静でいられるなっ!!」
「お前が勝手に喜んだだけだ。そも私は、最初からお前に伝えようとした。しかし、お前が勘違いをしていたからなかなか言えなかった。それだけだ」
勘違いをするような状況にしていたのは自分だというのに、それでも悪びれたそぶりもなく、平然としている。
軀は怒り心頭であったが、瑠璃覇が言ってることも間違いではないため、あまり強く出ることができず、体をふるふると震わせていた。
「………それで?お前は雷禅のとこにでも行く気か?使いにやった部下から、雷禅の部下を見たと聞いたが」
「確かに雷禅からも来た。けど私は、雷禅のところにつく気はさらさらない。これから断りには行くがな」
「じゃあまさか…」
「ああ……。私は……黄泉のところに行く…」
自分のところでもなく、雷禅のところでもなければ、あとは一人しかいないので、問いかけてみると、思った通りの答えが返ってきたので、軀は包帯の下の顔を歪めた。
「何故、あんな若造のところに!!」
「それはお前には関係ないな。お前のところに行かない理由ならいくらでも言うが、黄泉のところに行かなきゃいけない理由は、お前には関係ない」
「……じゃあ、オレのところに来ないわけとはなんだ…?」
「……そうだな。言うなれば、なんの利点もないからだな」
「利点?」
「お前とは、千年以上も昔に一度会ったっきりで、特に親しいわけじゃない。お前についても何も得られそうにない。得もない。損しかしない。不安にしかならない。それだけだ」
「なんだ、それは!?そんな曖昧な理由で、オレが納得すると……」
「お前が納得しなくても、私はお前につく気などない。これ以上、詳しく説明する気もな」
そう言うと、瑠璃覇は部屋の扉を開く。
「どこへ行く!?」
「飛影のところだ。もういるんだろ?せっかくだから会いに行ってくる。その後は帰る。じゃあな」
そして、軀の返事を待たずに、軀の部屋から出ていった。
瑠璃覇は軀の部屋を出ると、ニオイと妖気をたどって、飛影がいる場所へ向かっていく。
しばらく歩いていくと、軀の部屋より離れた場所から、飛影の妖気をみつけることができ、中に入っていった。
中に入ると、飛影の他に、たくさんの妖怪がいた。
ぱっと見た目はザコっぽいが、妖気を探ると、全員A級の妖力をもっており、飛影はその妖怪達を相手に戦っていた。
剣で倒したり、炎の妖気で倒したりと、相手によって倒す方法は様々であり、どの妖怪も、同じA級でも飛影には勝てず、あっさりとやられていた。
S級クラスの瑠璃覇が中に入ってきたが、今瑠璃覇は妖気を放出していないことと、気配を消していること、全員戦いに夢中になっていることもあり、瑠璃覇の存在には気づいておらず、飛影は次々に敵を倒していった。
そして何分か経ち、残っていた敵を剣で一気になぎ倒すと、そこに立っているのは飛影だけとなった。
「ん…?」
敵を倒し、息を整えていると、急に自分以外の気配に気づいた飛影が、後ろへふり向いた。
「瑠璃覇……いたのか…」
「さっきからいたが…」
「気配を断って近づくな。蔵馬同様、悪趣味な奴だな」
「いやだな。ちゃんと気配を現していたぞ」
「今しがた…だろうが」
飛影の後ろに来るまで気配を断ち、飛影の後ろに来てようやく気配を現した瑠璃覇に、舌打ちまじりに話す飛影は、少々不機嫌そうだった。
「それでお前、何しに来たんだ。黄泉のところに行くとか言ってなかったか?」
「軀の奴に、ここに組することを断りに来ただけだ。あとは、お前の様子を見に来たんだ」
「数日前にも会っただろう」
「そう言うな。これからは、いつでも会えるとはかぎらない。もしかしたら、ずっと会えなくなるかもしれない。会えたとしても、前のようにはいかないだろう。だから、今のうちに、お前に会っておきたかったんだ」
にこっと笑顔で言われれば、飛影はそれ以上は何も言うことはなかった。
瑠璃覇は飛影の隣に来ると、その場にすわりこむ。
「……ところで飛影…。ずっと、お前に聞きたかったことがある……」
「なんだ?」
「お前……この前、幽助が魔界に行くために幻海の寺に集まった時に、あの氷女に、氷泪石をもらっただろ?」
「…そうだが……それがどうした?」
「何故だ?」
何故と言われても、質問の意味がわからない飛影は、疑問符を浮かべるだけだった。
「前々から疑問に思ってたんだ。お前とあの氷女は兄妹。つまり、お前は氷女から生まれたということになる。
私は長く生きている。当然、氷河の国のことも知っている。お前がどんな扱いを受けてきたのかは、想像に難くない。
だからふしぎだし、謎なんだ」
「どういう意味だ?」
「何故…あの氷女を憎まない…!?」
鋭いが、とても真剣な瞳に、飛影は一瞬固まった。
「何故気にかける?何故あの時、垂金から救い出すために動いた?何故怒らない?何故殺さない?何故恨まない?私には、それがふしぎでならない……」
瑠璃覇に問われると、飛影は瑠璃覇から目をそらし、首にさげている、あの日雪菜からもらった氷泪石を手にとり、ジッとみつめた。
「確かに……」
そして、少しすると、瑠璃覇の問いに答えるために、ゆっくりと口を開く。
「確かにオレは、最初は憎んだ。だが、途中でどうでもよくなったんだ」
飛影の答えが信じられず、瑠璃覇は怪訝そうな顔をした。
「その辺は理解できん。だが……」
瑠璃覇がすべてを言う前の、この時の瑠璃覇の表情を見た飛影は、再び固まる。
「私とお前は……似た者同士かもしれんな…」
どこか悲しげで、それでいて、憎悪も少しまじっている、そんな複雑な表情をしていたからだった。
そんな、今の瑠璃覇の表情を見て、飛影は思わず口を閉ざす。
そして、それから話題を変えて、小一時間ほど雑談すると、瑠璃覇は飛影に別れを告げた。
「じゃあな、飛影。今度会う時は、敵同士かもな」
「ああ……」
瑠璃覇が扉の向こうに姿を消し、扉が完全に閉まると、飛影は首にさげている氷泪石を、再びじっとみつめた。
それから瑠璃覇は、雷禅の国へと向かった。
玉座まで通されると、そこにすわっていた雷禅は、軀と同じことをしゃべった。
そして瑠璃覇が断ると、軽く睨んできたが…
「ははははは。昔と変わらず、いい度胸してやがる」
軀とは違い、豪快に笑いとばしてきた。
「んで?お前がオレの誘いを断って、黄泉んとこに行く理由は、やっぱ男か?言玉でも言ったが、ウワサでは、男を追って人間界に行ったらしいからな」
からかうように、ニヤッと笑う雷禅だが、瑠璃覇はまったく動じず、冷静なままだった。
「そんなこと……お前に何か関係あるのか?あと、一年するかしないかのうちにくたばるお前に…」
それどころか、悪態までついてきた。
「関係はねェ。だが、興味はある。てめェは、千年以上前に会った時は、鋭利な刃物のように鋭い眼でオレを睨み、今にも爆発しそうな雰囲気があった。
だが、今はそれがねェ。信じられねェくらいにとげとげしさがなくなってる。さっき、ここに入ってきたてめェを見た時は、一瞬目を疑っちまった。別人かと勘違いするくらいにな。そいつはまるで、700年ほど前のオレみてェだからな。本当にそうなのかと思って、ちょっと気になっただけだ」
「ほぉ…。ということは、貴様は女に溺れたということか。闘神とまで言われた貴様が…」
そして更に、嫌味で返してくる。
しかし、雷禅もまた、そんなことで動揺する人物ではなく、逆にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あいつもいい女だったが、おめェも悪くねえ…。オレの妾くらいにはしてやってもいいぜ」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるぞ。あいにくと、お前のような野卑で野蛮な奴には興味ないんだ。せっかく、まだ一年くらいはある寿命なんだ。その線香花火みたいにもろい命、今ここで散らせたくはないだろ?」
「へっ、相変わらずいい度胸だぜ」
その上、更にケンカまで売ってきたが、雷禅は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
それから、少し雷禅と話した後、瑠璃覇は用はすませたので帰ろうとした。
国から出ようとしばらく歩いていると、城からちょっと離れた場所に鍛錬場(といっても、ただ地面の上に大きなリングがひとつあるだけ)があり、そこで北神達相手に奮闘している幽助の姿が目に入った。
力が目覚めてまだ間もない幽助は、力の使い方がまだよくわからないためか、北神達に手も足も出ない状態で、たまに攻撃できてもあっさりと返されて、地面に倒れてしまう。
「いってぇ~~~……」
後頭部から落ちていき、思いっきり頭を強打したので、頑丈な幽助も、これには頭をおさえ、顔をしかめた。
「ん…」
目を開けると、目の前にいる人物に、幽助は目を丸くする。
「瑠璃覇じゃねーか」
瑠璃覇は黄泉の側にいったはずだが、大して驚くこともなく名前をよんだ。
自分に気がつき、名前を呼ばれたことで、瑠璃覇はうれしそうににこっと笑った。
幽助は瑠璃覇が来たので、休憩をとることにした。
二人は闘技場のふちに腰をかけると、何気ない話をしていた。
学校の話、桑原達の話、戦い方の話、いろんな話をして盛り上がった。
「ところでよ、お前ここに、一体何しに来たんだ?」
「今更か」
話している最中、ふと疑問を口にした幽助に、瑠璃覇は思いきりつっこんだ。
「前にも話しただろ。私は黄泉だけでなく、軀や雷禅にも招待されたと」
「ああ、そういえばそうだったかな?」
説明しても、記憶が曖昧になってる幽助に、呆れ気味になり、軽くため息をついた。
「あれ?でもおめー、黄泉んとこに行くとか言ってなかったか?なんでこんなところにいんだよ」
「だから、雷禅に直接断りに来たんだ。お前の誘いにのる気はないってな」
「ふーん…。しっかしわかんねーな」
「何がだ?」
「オレと蔵馬と飛影は、一人だけに誘われたってのに、なんでおめーだけ全員なんだよ?」
「そんなこともわかんないのか?お前は。相変わらずバカだな。決まってるだろ」
「何がだよ?」
「そんなの、私が貴様らより優秀だからだ」
瑠璃覇は、わざと優秀という言葉を強調して、幽助に聞かせた。
「まあ、それだけではなく、私の魔界での通り名にも関係しているな」
「通り名?」
「そうだ。私は魔界では、いくつもの通り名をもつ。「パープル・アイ」、「極悪盗賊」、「生きる伝説」、「魔界屈指の実力者」…。そして……「国崩しの妖狐」…!!」
「国崩し?」
「文字通り国を崩壊させる。国王はもちろん、国王の家族も…家臣も…メイドも…衛兵も…国民も…国にいる者をすべて殺し、国そのものを滅ぼす。跡形もなくな…。最初から、そこに誰も…何も存在しなかったかのように消すんだ」
「ひ…一人でか?」
「あたり前だ」
口で言うのは簡単だが、実際に行動に移すとなると、かなりの力が必要だということは幽助もわかったので、生唾を飲みこんだ。
「今まで滅ぼしてきた国は、自分でも覚えていない。魔界は、小国なら星の数ほどあるし、ずいぶん長いことやってきたし、いちいち数えていないからな」
「なんで……そんなことしてたんだ」
「…詳しくは言えないが……私は、国というものは、どうにも好かんでな」
意外にもシンプルな答えが返ってきたので、幽助は目を丸くする。
「え……。え…?そ……それだけか?」
「それだけだ」
本当にそうなのかどうかを確かめるように問うと、瑠璃覇ははっきりきっぱりと言い放った。
「特に…国のルールとか、掟とか、国王とか、王族とかいうのが大っ嫌いなんだ」
ここは雷禅の国の中で、そこからは雷禅がいる部屋の塔が見えているというのに、瑠璃覇はどうどうと包みかくさず言うのだった。
「そんなんでおめェ…よく、黄泉んとこにつく気になったな」
「まあ……私にも、いろいろとあるんだよ」
「いろいろ?」
「そう。いろいろだ」
誤魔化されたことで、瑠璃覇はそれ以上語る気はないと悟った幽助は、強引ではあったが話題を変えた。
瑠璃覇の通り名に興奮した幽助は、たった一人で、瑠璃覇が国をいくつも滅ぼしてきた話を中心に、瑠璃覇の今までのいろんな戦いの話を聞いたのだった。
戦いが好きな幽助は、話を聞くごとに興奮していき、実に楽しそうだった。
瑠璃覇は、こんなにも自分の闘いの話を楽しそうに聞く人物はいないので、とてもうれしそうに語っていた。
それから一時間。
まだほんの少ししか話していないが、あまり長居をするわけにはいかないので、瑠璃覇は雷禅の国から引きあげた。
「帰ってきたか、瑠璃覇」
癌陀羅に戻ると、門の前で黄泉に会った。
「国王に、直々にお出迎えされるとは思わなかったな。私が裏切って、雷禅か軀のところに行きやしないかと不安だったか?」
「そんなことはない。ただ…お前自身のことが心配だったんだ」
「ああ、そう。それはそれは、国王に心配されるだなんて、痛み入るね」
そう言うと、一人で中に入っていき、マイペースを貫いて建物の方へ向かっていく。
「…どこへ行くんだ?」
「ここで宛てがわれた私の部屋だ。荷物を取りにな」
「荷物?」
「私は一度、人間界に帰る。今回は、お前への報告と、雷禅と軀に直接断りに来ただけだからな。学校もあることだし、蔵馬も待ってる」
「………そうか……」
会話をしたというよりは、ただ文字を並べただけで、瑠璃覇は一度もふり返ることなく歩いていく。
黄泉が、とても悲しそうな顔をしていたことにも気づかないまま……。
それから瑠璃覇は、自分で宣言した通り、一度人間界に帰っていった。
人間界に着いたのは朝で、時計の針は6時をさしていた。
この日は平日で、学校があるので、とりあえず風呂に入り、学校に行く仕度をして、それからあまった時間で、朝ご飯と昼ご飯をどうするかを決めようと考えながら、家の中に入った。
一人で暮らしているので特にあいさつもせず、無言のまま扉を開けて中に入ると、玄関に、見慣れた、自分のものではないくつが置いてあることに気がつき、固まった。
「あ、瑠璃覇。やっと帰ってきたんだね」
すると、その見慣れたくつの持ち主…蔵馬が、扉が閉まる音で瑠璃覇が帰ってきたことに気づき、リビングから顔を出した。
「蔵馬…」
「朝ご飯と…あと、お昼のお弁当も作っておいたよ」
「蔵馬が?」
「うん。あとお風呂も沸かしておいたから。お風呂から出てきたら、一緒に食べよう」
「…ああ」
蔵馬がそこにいることが、すごくうれしく感じた瑠璃覇は、満面の笑みを浮かべる。
それは、黄泉といる時とは違うもの。はりつめた空気などまったくない、素直でおだやかな微笑みだった。
「ああ、そうだ瑠璃覇。まだ言ってなかった」
「ん?」
何か重要なことでもあるのかと思い、瑠璃覇が蔵馬を見つめると、蔵馬はにこっと笑い、口を開く。
「お帰り、瑠璃覇」
そう言われると、瑠璃覇は一瞬固まったが、すぐに笑顔を返す。
「ただいま、蔵馬」
そして、静かに言葉を返した。
こんな何気ないやりとりでも、とても愛おしく感じる。
そんな日常を守っていきたいと、この時瑠璃覇は思った。
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