第九十九話 生きている喜び
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医務室に運ばれた瑠璃覇は、あまりにひどいケガのため、緊急で手術室に入った。
大がかりなもののため、蔵馬は瑠璃覇をベッドの上に寝かせると、強制退去させられた。
蔵馬が外に出ると、扉が自動で閉まる時の機械音が辺りに響き、その音が蔵馬の耳に嫌に残った。
扉が閉まると、蔵馬は妖狐の姿から南野秀一の姿に戻り、暗い顔をしながら、ふらふらとした足どりで、近くの椅子にすわる。
「蔵馬っ」
そこへ、少し遅れて幽助達がやって来た。
「瑠璃覇の容体はどうなんだ!?」
蔵馬の前に来ると、幽助が瑠璃覇の容体について聞いてきた。
「………あまりにも外傷がひどいから、今手術を受けている…」
幽助達が来て、瑠璃覇の様子を問われたが、顔をあげることができないほど精神的にまいっている蔵馬は、簡潔に状況だけ述べた。
蔵馬に言われて、蔵馬がすわっている椅子の隣の扉の上を見てみると、手術中と書かれたプレートが赤く光っていた。
それだけひどいのだということがわかり、全員沈痛な面持ちになる。
蔵馬は何もしゃべらなかった。否…しゃべれなかった。瑠璃覇のことが気がかりで、しゃべる余裕がなかったと言った方が正しかった。
一方幽助達も、瑠璃覇の容体が思わしくないのと、蔵馬が沈んでいるのとで、何も声をかけることができなかった。
それから三時間が経ち、扉が開いた。
中からは医師が出てきて、軽く息を吐き出す。
「先生!!瑠璃覇の……容体は…?」
「とりあえず、一命はとりとめました」
瑠璃覇が無事なのがわかると、蔵馬達はほっとした。
「ですが……大変危険な状態です」
けど、ほっとしたのもつかの間、次に医師の口から出てきた言葉に、全員固まった。
「外傷もですが、内臓の損傷がかなりひどい。よくあの状態で戦っていたものです。今は眠ってますが、いつ目を覚ますかわかりません。予断を許さない状況です」
「…そうですか」
華炎を倒した代償は、あまりにも大きかった。
明日には目が覚めるかもしれないし、もしかしたら明後日かもしれない。ヘタしたら、一週間後…10日後ということもありうる、なんとも言えないこの状況に、蔵馬は気を落とした。
「先生、瑠璃覇のそばにいてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。今、この手術室から病室に移りますから、そこでなら…」
「ありがとうございます…」
蔵馬が静かにお礼を言った。しばらくすると、ベッドに寝た瑠璃覇が手術室から出てきて、そのまま病室へと向かっていき、蔵馬達もその後に続いて行った。
瑠璃覇を乗せたベッドが向かった先は、集中治療室。つまり、それほど重傷だということだった。
瑠璃覇が集中治療室に入るのを見届けると、飛影と軀はもうすぐ試合だということでそこから去っていき、他の者達は蔵馬に気をつかって、病室の外へ出ていった。
病室の中に自分と瑠璃覇の二人だけになると、蔵馬は瑠璃覇が寝ているベッドのそばにあるイスに腰をかける。
「瑠璃覇……」
そして、瑠璃覇の手を優しくとった。
「早く……目覚めてくれ…」
それは、蔵馬の切なる願いだった。
華炎を倒しても、瑠璃覇が無事でなければ、意味がないからだ。
第九十九話 生きている喜び
それから五日後…。
瑠璃覇はわずかに、まぶたを動かした。
「ぅ……」
そして、うっすらとまぶたをあけると、天井が目に映った。
目をあけると、少しだけぼーっとしていたが、突然脳裏に華炎の顔が浮かんだ。
「そうだっ…」
華炎が脳裏に浮かんだことで覚醒すると、ベッドから起き上がろうとした。
「うっ!!」
けど、起き上がろうとした瞬間、傷が痛んだので起き上がることができず、そのまま力なくベッドに倒れた。
起き上がるのが無理だと判断すると、それ以上起き上がろうとはせず、天井をみつめながらぼーっとしていた。
「(……そうか…。私は……華炎と戦って…勝ったんだ…。華炎は死んだ……。華炎に復讐を果たし、念願は叶った。………これで……ようやく……蔵馬と……)」
念願が叶って、これで蔵馬とともに暮らせる日がやってくるというのに、あまりうれしそうな顔はしておらず、どこか沈んでおり、眉間にしわをよせていた。
天井を見ながら、華炎との試合を思い出していると、急に、この部屋の扉が開く機械音が聞こえてきた。
「あら、よかった。お目覚めになられたんですね」
部屋に入ってきたのは、看護師だった。
「……ここは……どこなんだ…?」
華炎との試合でひどいケガを負ったことや、自分が寝ているベッドや周りの医療機器で、ここが病室だということはわかったが、なんとなく看護師に聞いてみた。
「ここは、集中治療室です。あなた……とてもひどいケガをして、ここに運ばれてきましたから…。でも、もう大丈夫のようですね。本当によかったわ」
「あれから……どのくらい経ったんだ…?」
「あれから、もう5日も経ちました。あなたはその間、ずっと眠っていたんですよ」
「……そうか…」
瑠璃覇が力なく返事をすると、看護師は外へ出ていった。
看護師がいなくなると、またぼーっとしていたが、少し経つと足音が聞こえてきて、自分がいる部屋の前で止まったかと思うと、また扉が開いた。
今度は一体誰なのかと思った瑠璃覇は、頭だけ扉の方に向ける。
すると、扉の前にいた人物を見た途端、瑠璃覇の目が大きく開かれ、生気の色が宿った。
「くら…ま……」
そこにいたのは、蔵馬だった。
蔵馬は外で、先程病室に入ってきた看護師に、瑠璃覇が目覚めたことを聞いて、あわててやって来たのである。
そのせいか、少しだけ息があらくなっていた。
蔵馬が来たことで、瑠璃覇は無理にでも上半身を起こした。
「蔵馬…」
蔵馬は名前を呼ばれても、何も反応せず、まっすぐに瑠璃覇のもとへ歩いていく。
その足は、普段歩く時よりも早かった。
「くら……
!!」
再度名前を呼ぼうとすると、目の前にやって来た蔵馬に、言葉を遮られるように、突然抱きしめられた。
「蔵馬?」
何も言わず、いきなり抱きしめてきたので、瑠璃覇はふしぎに思って名前を呼んだ。
それでも何も答えず、瑠璃覇の体にさわらない程度に、強く…強く抱きしめた。
「く……」
「よかった…」
何も言わず、呼びかけにも答えず、ただ自分を抱きしめる蔵馬に、瑠璃覇が再度名前を呼ぼうとすると、蔵馬が弱々しく言葉をつむいだ。
「瑠璃覇が……無事でよかった。目がさめて……本当によかった……」
声が弱々しくなっているだけでなく、蔵馬の体が震えていることに気づいた瑠璃覇は、蔵馬を安心させるように抱きしめ返す。
「ひどいケガをしただけでなく、血を大量に吐きだすし…。その後は、緊急で手術を行って、集中治療室に運ばれて…。それだけ重傷だということが、現実味を増して…。その後も、たびたび苦しみだすし…。その間オレは、すごく不安だった。とても心配した。もしかしたら、もうダメなんじゃないかと思った。
でも、もう大丈夫みたいだね。よかった。本当に……」
蔵馬は、自分の不安をぬぐうように、抱きしめる手に、少しだけ力をいれた。
そして瑠璃覇は、それに応えるように、蔵馬を強く抱きしめた。
それから瑠璃覇は、今まで着ていた医療用の寝巻きから、自分の服に着替えて病室を出た。
ひざ丈までの、ミニスカートタイプの赤いチャイナ服を着ており、手がまだ充分に回復していないために、髪の毛はおろしたままで、右の足は、付け根からつま先まで包帯を巻かれているので、左足のみくつをはいていた。
顔以外全身に包帯を巻いて、蔵馬の手につかまりながら少しずつ歩く姿は、まだ完全に回復していないのだということがわかるほどだった。
「おーー。やっと目ェ覚ましたのか、瑠璃覇」
「気分はどうだい?」
そこへ、瑠璃覇と蔵馬の目の前から酎達六人がやって来て、酎と鈴駒が瑠璃覇に声をかけた。
六人の姿を目にした時、瑠璃覇は一瞬固まる。
「よかったな、無事で。一時はもうダメかと思ったぞ」
酎と鈴駒に続き、鈴木。
「心配したぜ」
鈴木に続いて、陣。
「まだ包帯を巻いているが、とりあえずは大丈夫そうだな」
陣に続いて、凍矢も瑠璃覇に声をかけ、安堵の表情を見せた。
「…すまんな、心配をかけた。もう大丈夫だ」
瑠璃覇は六人に、満面の笑顔を向けた。
それを見た蔵馬は、違和感を感じた。
「それにしても、オメの戦いすごかったな、瑠璃覇。オラ、あのすっげェ技や、風の操り方に感動しちまっただ。
な、いつかオラと戦ってくれ」
「いいだろう。受けてたつ」
蔵馬は、今の瑠璃覇と陣のやりとりに、またしても違和感を感じる。
今までの瑠璃覇なら、陣がそう言っても、適当にあしらうだけだったのに、ちゃんと受け答えした上に、陣の要望を聞き入れたからだ。
「ところで瑠璃覇、まだ休んでいた方がいいんじゃないのかい?そんな包帯ぐるぐる巻きの状態の足じゃ、まだ歩きづらいだろ?蔵馬に手をひいてもらってるみたいだしさ」
「まあな。右足はあまり力をいれられん。特にひどいからな」
鈴駒が心配そうに問い、瑠璃覇が答えると、今まで何もしゃべらなかった死々若丸が、どこに持っていたのか、瑠璃覇に無言で松葉杖を渡した。
「…私にか?」
「貴様以外に誰がいるんだ?」
「そうか。すまないな」
にこっと微笑みながら礼を言われると、死々若丸は顔を赤くした。
「お?オメー、それだけで照れてんのかよ?死々若丸」
「意外とウブなんだね」
「というか、まだ瑠璃覇のことを好きだったのか?死々若」
「結構一途だったんだな」
「…うるさいな」
酎、鈴駒、鈴木、凍矢にからかわれ、死々若丸はぶっきらぼうに返す。
「ほう…。お前は私のことが好きなのか?」
「……………」
瑠璃覇本人につっこまれると、死々若丸はますます顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。
「好いてくれるのはありがたいが、あいにくと私は、蔵馬にしか興味がないんでな」
「…わかってる」
言ってることは、暗黒武術会の時と同じだが、明らかに違っている。
蔵馬は先程の違和感の正体に、ようやく気がついた。
そして、今瑠璃覇達がいる通路から一番近い、陣達の後ろの方のまがり角では、黄泉が瑠璃覇達の一連の会話を聞いていた。
「瑠璃覇」
黄泉はまがり角をまがると、瑠璃覇に声をかける。
「…黄泉」
目の前に黄泉が来ても、瑠璃覇はいつものとげとげしい感じにはならず、つぶやくように黄泉の名前を呼んだ。
蔵馬もだが、黄泉も瑠璃覇に違和感を感じた。
感じたが、そのことを表情に出したのは一瞬だけで、すぐにいつもの顔に戻り、瑠璃覇に近づいてきた。
「瑠璃覇、ちょっといいか?話があるんだ」
「話?」
黄泉は、蔵馬達は見えていないかのように、瑠璃覇の前までまっすぐにやって来ると、それだけを言って、もと来た道を歩いていった。
瑠璃覇は死々若丸にもらった松葉杖を使って、ゆっくりと、少しずつ黄泉の後に着いていく。
「瑠璃覇、歩いていくの大変だろう。オレも着いていく」
「ありがとう。でも大丈夫だ。あまり頼ってばかりでは、回復するのに時間がかかってしまうからな」
蔵馬は瑠璃覇に着いて行こうとするが、瑠璃覇はそれを、にこっと笑い、やんわりと断った。
「…そうか……」
一応は納得をした蔵馬は、短く返し、二人が遠ざかっていくのを見送った。
黄泉は瑠璃覇を外に連れ出すと、小高い丘の上までやって来た。
そこは、眼前に森が広がり、森の向こうには真っ赤に燃える夕日が見えた。
瑠璃覇にはいいと言われたが、蔵馬は修羅と一緒に、こっそりと二人のあとをつけていき、丘の下まで来ていた。
よくないこととはわかっていたが、恋人である瑠璃覇と、その瑠璃覇に想いをよせる黄泉が、どんなことを話すのか気になったからだった。
「それで…。話とはなんだ?黄泉」
黄泉が立ち止まると、瑠璃覇は背中を向けた黄泉に用件を聞きだす。
「瑠璃覇……。お前や蔵馬と別れてからこの千年の間、オレは強くなった。強くなった…つもりでいた…。けど、今回のトーナメントで思い知った。自分などはまだ、井の中の蛙でしかなかったのだと…。魔界には、まだまだ強い奴がたくさんいる。それがわかった。浦飯はまだまだ弱いが、これからもっと強くなるだろう。戦ってみてわかったよ」
「幽助!?幽助はどうなったんだ?」
言葉の流れで、幽助は負けたのだとわかった瑠璃覇は、やや興奮気味に、幽助の安否を確認する。
「大丈夫だ。ケガはしているが、命に別状はない。今は医務室で眠っているが…」
幽助が無事だとわかると、興奮はおさまり、瑠璃覇は安堵の表情を見せる。
「瑠璃覇……。お前は…変わったな…」
「なんだ?急に」
「オレが千年前、まだ蔵馬率いる盗賊団にいた時、お前は蔵馬には明るく話していたが、オレや他の者には、冷たくあしらうだけだった。とても冷たい目と、ぴりぴりとした雰囲気をもっていた。
けど、一年前に再会した時、目をうたがうくらい変わっていたよ。ずいぶんとおだやかになった…」
「……そうかもしれないな…」
「そして……今は、一年前よりも更におだやかになっている。とげとげしさがまったくない」
「そうか……」
瑠璃覇は、黄泉が言ったことに対して否定をしなかった。
自分でも、その原因が何かわかっているからだった。
「オレは、次回トーナメントがあってもなくても、強くなるために、修業にあけくれようと思う。修羅を鍛えつつな。
瑠璃覇、お前は大会が終わったら、人間界に帰るのか?」
「まあな」
「もう……魔界には戻ってはこないのか?」
「そのつもりだよ。蔵馬が魔界に戻りたいと言ったら一緒に戻るが……どちらにいても、もう…昔のように、戦いにあけくれることはないだろう…」
華炎には、今回のトーナメントで復讐を果たした。
そういった意味では戦う理由はなくなったし、何よりも念願叶って、ようやく蔵馬と暮らせる日がやってくるので、よほどのことがなければ魔界には帰らないし、戦うことはしない。
そのことは、自分でもわかっていた。
そして目の前にいる黄泉も、目が見えていなくとも、瑠璃覇の心臓の音や、瑠璃覇自身から放たれる雰囲気から、そのことがわかった。
「瑠璃覇、ひとつ聞きたい…」
「なんだ?」
「試合中、お前は言っていたな。蔵馬にあずけた金鈴珠のネックレスには、結界をはっているのだと。その結界は、ただ攻撃を防ぐだけでなく、瑠璃覇が敵と判断した者を、自動的にはじきとばすと…」
「それがなんなんだ?」
「お前はあの時……オレを、敵とは判断していなかったのか…?」
「…お前は、もとは国王で、三竦みの一人だった。今のお前が、かなりの力を持っていることは、私も認めている。だから、いざという時は役に立つと思ったんだ。
だから、決してお前が思っているようなことはない。私はお前を、味方と思ったことはない」
「…そうか」
「でも……敵でもないと思っている…」
瑠璃覇の口からその言葉が出ると、黄泉ははじけたように、瑠璃覇を抱きしめた。
抱きしめた瞬間、瑠璃覇が使ってた松葉杖が、カランという音をたてて、地面に落ちる。
「何を…」
「好きだ」
突然の黄泉からの抱擁に、瑠璃覇は眉間にしわをよせるが、次に黄泉の口から出た言葉に、目を大きく開いた。
「1000年以上前からずっと好きだったんだ。その時も告白したけど、お前は冷たくあしらうだけだった。
けど、今なら受け入れてはもらえなくとも、言葉は聞いてもらえそうな気がしたんだ」
いつもなら、瑠璃覇は黄泉を意地でもつき放すが、この時はそうしなかった。
ただ単に、ケガをしていて力が入らないとか、妖力が回復していないからとかではなかった。
「瑠璃覇……愛してる…」
「!」
「愛してる…愛してる…愛してる…愛してる…愛してる…愛してる…」
黄泉は、今まで離れていた1000年間の想いをぶつけるように…何かから解放されたように、瑠璃覇に何度も同じ言葉を送った。
その言葉を、瑠璃覇だけでなく、下にいる蔵馬と修羅も聞いていた。
「愛してる……」
そして、最後にもう一回だけ言うと、瑠璃覇の体を放した。
黄泉の告白に、瑠璃覇が呆然として黄泉を見上げていると、黄泉はにこっと笑い、何も言わずにそこから去っていった。
瑠璃覇は黄泉の姿が見えなくなると、松葉杖をひろい、森に目を向けた。
黄泉は下に降りると、蔵馬と修羅と遭遇した。
「修羅、帰るぞ」
「うん、パパ」
けど、特に気にする様子もなく、修羅に声をかけ、修羅とともに帰ろうとした。
だが、そこから去る前に蔵馬に目をやった。
「黄泉…」
蔵馬が黄泉の名前を呼ぶも、黄泉はフッ…と軽く笑うだけだった。
「じゃあな、蔵馬」
「あ、ああ……」
「瑠璃覇を……幸せにしてやってくれ…」
「…わかっている」
それは、黄泉なりのけじめだった。
それだけを言うと、黄泉は修羅を連れて、そこから去っていった。
蔵馬は、黄泉の瑠璃覇への想いをもとから知っていたのと、今の告白を聞いたのとで、どこか複雑そうな顔をしていた。
ここから去っていく黄泉の後ろ姿を、蔵馬は、黄泉の姿が見えなくなるまで見送っていた。
黄泉は、蔵馬が自分を見送っていることに気づいていた。
けど、決して後ろへふり返ることはなかった。
一方、瑠璃覇は丘の上で、眼前に広がる森と、その奥にある、燃えるような真っ赤な夕日をずっと見ていた。
夕日を見ている目はとてもおだやかで、負の感情はどこにも見られなかった。
「瑠璃覇……」
そこへ、蔵馬がやって来て、瑠璃覇に声をかける。
「蔵馬…」
自分に着いてくるのを断ったのに、蔵馬がここにいたことに、瑠璃覇は驚くことなく、冷静な顔でふり向く。
蔵馬は名前を呼ばれても、特に何も言わずに、瑠璃覇の隣まで歩いてきた。
「黄泉に告白された」
「知ってる。すまない、聞いていたんだ」
「知ってる……」
瑠璃覇は、蔵馬が丘の下に修羅とともにいたことに気づいていた。
蔵馬も、瑠璃覇が気づいていることはわかっていた。
けど、あまりほめられる行為ではないので、謝罪をしたのだった。
「昔は……蔵馬以外の奴から好意をよせられたり、興味を示されたりするのが、不快でしかなかった。最初は……蔵馬のことも……。
あの頃は、つねにイライラしていた。何もかもが敵に思えた。
けど……蔵馬と愛しあい、幽助達と出会ったことで、私は変わった。そして、華炎を倒したことで、私の世界は更にひろがって、海が凪いだような感じになっている。蔵馬や…幽助や…飛影や…桑原と一緒にいる時と、似てるけど、また少し違う感じだ……」
「うん…。さっき、みんなと話している瑠璃覇を見て気づいたよ。瑠璃覇はもう、昔の瑠璃覇じゃないって…。オレや幽助、飛影、桑原くんだけじゃない。他の、いろんな人達のことも認めるようになって、心を許すようになったんだって」
「そうかもな……。だからかな…。昔は不快だった黄泉の告白も、さっきは…不快に感じなかった」
「そうか……」
「まあ…だからといって、黄泉の告白を受け入れる気はないがな。
私が好きなのは蔵馬だけだ。
華炎も倒したし、これでようやく、蔵馬とともに暮らせる日がやってくる。
生きていてうれしい。
今、心からそう思うよ」
「オレもだ…。オレも、瑠璃覇が生きていてくれてうれしい」
瑠璃覇が満面の笑顔を向ければ、蔵馬も優しい微笑みを返す。
「オレは、瑠璃覇が華炎と戦って、傷つくたびに、不安になっていった。あの時…暗黒武術会で、オレが鴉と戦った時と、同じ状況になっていたから……。華炎は強いから、余計に…。
そして、瑠璃覇が血を吐いて倒れて、意識不明になって、手術まで受けて、5日間も目をさまさないから、オレは最悪のことまで考えてしまった。
同時に、17年前の瑠璃覇の気持ちが、初めてよくわかったよ。瑠璃覇はそこにいるし、死んではいないけど、覚悟はした方がいいと、医師に言われたから…。
だから、不安にさいなまれた。もし本当に、このままいなくなってしまったら?瑠璃覇を信じなきゃいけないのに、不安ばかりが押しよせてきた。
細かいところはもちろん違うけど……。でも、きっと瑠璃覇も、こんな気持ちだったんじゃないかと思った」
そして蔵馬は、この5日間思ったことを、瑠璃覇に打ち明けた。
「そうだな…。不安しかなかったよ。17年前、蔵馬は霊体の状態で人間界に行ったが、本当に人間界にいるのか…。そして、人間界にいたとして、無事に憑依できたのか…。とても心配だった。コエンマに問い詰めて、蔵馬が生きていると確信を得たが、それでも不安はつきなかった。いつ会えるかわからない。再会するまでの間に、蔵馬がやられてしまったらどうしようか…とか、いろんなマイナスのことを考えて、毎日を生きてきた。苦しみや悲しみ、寂しさが、つねに私の心の中を支配していた。でも…それでも耐えたよ。いつか蔵馬に、笑って会うためにな」
瑠璃覇もまた、17年前の思いを蔵馬に打ち明ける。
それは、蔵馬ですら初めて聞く、17年前に蔵馬とわかれてから再会するまでの、15年間に抱いた本音だった。
「1000年以上昔は、生きている意味を見い出せなかった。私の人生には、復讐という目的しかなかったからな。
けど、蔵馬と出会って、私の世界は色づき、フルカラーに輝いた。生きる意味を見い出すことができた。
幽助、桑原、飛影と出会って、蔵馬以外の奴といて、初めて楽しいって思った。華炎がいなくなって、蔵馬達以外の奴といても、心が安らぐようになった」
そこまで言うと、瑠璃覇は森の方へ向けていた顔を、蔵馬の方に向ける。
「今……生きていてよかったって、心から思うよ」
「オレもだよ。こうして、瑠璃覇と一緒にいられるんだから」
瑠璃覇が自分の方に向くと、蔵馬もまた、森の方へ向けていた顔を瑠璃覇に向け、うれしそうに微笑んだ。
「私もだ」
そして、瑠璃覇が微笑みながら答えると、二人は同時に体を寄せ合い、お互いに抱きしめあった。
赤く、燃えるような夕日を背にして…。
こうして、瑠璃覇の…2000年以上に渡る、長い長い復讐劇は、魔界統一トーナメントによって幕を閉じた。
すべては終わり、今度は蔵馬との、新しい生活が幕をあける。
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