第九十三話 怨恨、憤怒、憎悪
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「さあーて、いよいよ本選のスタートです!!本選は予選を勝ち抜いた128名を4つのブロックに分け、各ブロックごとに、一対一のトーナメント方式で行われます。勝敗は、予選と同様、どちらかが降参するか、戦闘不能になるまで続けられます」
小兎が話していると、画面に対戦表が表示された。
「!!」
対戦表を見て、瑠璃覇は大きく目を見開いた。
表示された対戦表には、自分と華炎が同じCブロックに割りふられていたからだ。
「(こんなにうまいこといくとは……。華炎……今度こそ……絶対に貴様を殺すっ!!!!!!)」
瑠璃覇は、自分の都合のいいように対戦が割りふられていたので、心から喜び、また燃えていた。
それは、誰が見てもわかるほどだった。
「瑠璃覇の奴、えらく燃えてんな。よっぽど優勝してーんだな」
そんな瑠璃覇を見て、幽助は感心していたが、幽助の隣にいた蔵馬は、とても心配そうにしていた。
第九十三話 怨恨、憤怒、憎悪
いよいよ、本選が始まることとなった。
すぐに試合が始まる瑠璃覇は、自分が割りふられた、Cブロックの闘技場へと向かっていた。
向かっていると、通路の前に、三人の人物が立ちはだかっていた。
一人はマジシャンのような格好をした仮面をつけた男。一人は着物の上にストールをはおり、赤い帽子にビン底メガネとマスクをつけた女。そしてもう一人は、どう見ても人ではない、赤い全身タイツを着た、サングラスをかけ、天使の羽根をつけた者がいた。
「…………何をやってるんだ?コエンマ、ぼたん……」
呆れ顔でかるいため息をつきながら、あっさりと見破った瑠璃覇は、相手の名前を呼ぶ。
「なっ……なんでわかった!?」
「瑠璃覇ちゃん、エスパーかい!?」
「やはり私の美は、どんな格好をしてもにじみ出てしまうものなんですねー」
「あのな……」
ばれないと思っていたコエンマ達が、口々に驚きの声をあげると、瑠璃覇は更に呆れた。
「私は鼻がきく。誰が誰かぐらい、特に至近距離にいればわかる。
というか、鼻なんてつかわなくても、見ればすぐにわかる。バレバレだ。
特にお前は予選が始まる前、解説席にいただろう。あれでバレないと思っていたのか?」
三人はばれてないと思っていたようだが、瑠璃覇からしてみれば、何故こんなわかりやすい、変装ともいえない変装でばれないと思っているのかが、ふしぎでならなかった。
「そ、そうか。
ところで瑠璃覇、お前もこれから試合か?」
「まあな」
「そうか…。おまえなら、優勝をねらえるかもな」
コエンマの口から、幽助と同じ言葉が出ると、瑠璃覇は急にだまり、無表情になる。
「瑠璃覇……もし、お前が優勝したら、お前は何を望む?」
「……別に、何も望まない。優勝しても、私は魔界を支配するつもりも、国を建てるつもりもない。
私が望むのは、もっと別のもの…。それが、今ここにある。
それがかなえば、私は充分だ」
「望み?なんだ、それは?」
「そこまでは、貴様に教える義理はない」
そっけなく答えると、瑠璃覇はCブロックの闘技場へと、再び歩を進めていった。
「瑠璃覇が望むもの……。蔵馬とともにいること…ではないのか?」
今ここにある…と断定した言い方だったので、望みは蔵馬ではないと理解したコエンマは、瑠璃覇が今言ったことを疑問に思った。
Cブロックの闘技場に来ると、すでに対戦相手は待機していた。
《それでは、Cブロック第一試合は…瑠璃覇選手対鉄王(テツオウ)選手!!》
そして、カメラが瑠璃覇の姿をとらえると、解説席の方から小兎の声が聞こえてくる。
《始めっ!!》
試合開始の合図が出されると、鉄王は自分の武器の、二刀の大きな剣を構えるが、瑠璃覇はピクリとも動かず、その場に立っていた。
「まさか…一戦目で、あの生きる伝説のパープル・アイと戦えることになるとはな。この刀のサビにしてくれるわ!!そして、オレが魔界の支配者になり、新たな伝説を…
ぐぉおおああああっ!!!!!!」
しゃべっている途中で、鉄王は瑠璃覇が操る風で、あっさりと吹きとばされた。
「身の程知らずな発言は、ひかえた方が身のためだぞ…」
眉間にしわをよせ、不快そうに相手に話す。
「とはいえ、聞こえていないだろうがな…」
けど、鉄王は瑠璃覇の風に吹きとばされ、場外のかなたまですっとんでいってしまったので、まったく聞こえていなかった。
《鉄王選手、場外のため、瑠璃覇選手の勝利とします!!》
瑠璃覇は一回戦をあっさりと勝ってしまった。
一回戦を勝つと、瑠璃覇は会場にいる蔵馬のところに行くため、通路を歩いていた。
「!?」
けど、歩いている途中で、通路のド真ん中に、一人の妖怪が立っているのを目にした。
その途端に、瑠璃覇の目は大きく見開かれ、同時にとても鋭く、すべてを凍らせる、絶対零度のような冷たさをもつ目に変わった。
「華炎……」
そこには、予選の時に感じた気配の持ち主が立っていたからだ。
「くくくくくくくく。久しぶりだな、パープル・アイよ」
「…ああっ……そうだな…」
のどの奥で笑い、かるくあいさつをされると、瑠璃覇は語気の強い声で返事をする。
「もう、462年前にもなるか。貴様と最後に戦ったのは…」
「…ああ……」
冷静な声で話してはいるが、二人からは、ほんの短い言葉だけで、強い恨みや憎しみ、そして怒りが感じられた。
体から、すさまじい殺気と妖気があふれだしており、その殺気と妖気は、ここに他の妖怪がいたなら、それだけで死んでしまいそうな、とても恐ろしく、冷たいのに熱く感じられるものだった。
「くくっ。まさか、この大会に、貴様が参加しているとはな」
「そうだな。私も夢にも思わなかったぞ。しかも、同じグループで戦うことになるとはな…」
華炎はニッと笑うと、瑠璃覇が立っているところへ歩いてきて、瑠璃覇の横まで来た。
けど、瑠璃覇は華炎と目をあわせず、まっすぐ前を向いたままだった。
「わしは……この戦いに、自分の命をかけている」
「私もだ…」
瑠璃覇が自分の言ったことに同意すれば、華炎はまたニッと笑った。
「次の試合、全力でいかせてもらう。今度こそ貴様を殺すためにな」
「それは、私のセリフだババア。2000年以上抱いてきたこの恨み、今度こそはらしてやる!!!!!」
「くくく。それは、わしとて同じことよ」
今度は、瑠璃覇が言ったことに同意すると、華炎は再び歩きだし、瑠璃覇に背を向ける。
「楽しみにしているぞ」
その一言を言うと、華炎はそこから去っていった。
華炎の後ろ姿を、瑠璃覇は強い憎しみがこもった目で、華炎の姿が見えなくなるまで睨んでいた。
華炎が去ったあと、瑠璃覇もそこから移動したが、それでも憎しみや怒りといった感情は消え去ることはなかった。
それどころか、華炎と会ったことで、恨みや憎しみや怒りの感情は、ますます強く激しくなっていた。
周りにいる妖怪達は、瑠璃覇が魔界で有名なパープル・アイだからというのもあるが、ものすごい殺気と妖気が体からあふれでているので、さわらぬ神に祟りなしといった感じに、近寄ることはなく、逆に遠ざかっていった。
しばらく歩いていくと、最初に来た会場まで戻ってきた。
瑠璃覇は蔵馬を探そうと思ったが、特に苦労することなく、すぐにみつかった。
自分が入ってきた出入口の、ちょうど右ななめ下の椅子にすわり、陣の戦いを観戦していたのだ。
「蔵馬っ」
出入口の隣には飛影と軀もいたが、瑠璃覇は二人には目もくれず、蔵馬のもとへ走っていく。
「瑠璃覇…」
瑠璃覇の存在に気づいた蔵馬は、瑠璃覇の名前を呼ぶが、瑠璃覇は何も言わずに、蔵馬の腕に抱きついた。
その姿はまるで子供のようで、とても、何千年も生きてきた妖怪とは思えないほどのものだった。
「どうしたんだ?瑠璃覇」
「…しばらく……このままでいてほしい」
問うてみても、詳しい理由を言わないが、蔵馬は事情を察して、何も言わずに、瑠璃覇をそのままにしておいた。
しばらく観戦していると、陣の敗北と、痩傑の勝利が決定した。
陣もがんばっていたのだが、痩傑の圧倒的強さの前には、手も足も出なかったのだ。
陣の戦いが終わると、今度は凍矢と九浄の戦いが始まり、凍矢と九浄の戦いが始まると、瑠璃覇と蔵馬は、近くにある選手の待機場所へと移動をした。
「やるな、凍矢も」
「ああ、大したもんだ。よくあそこまで鍛えたもんだぜ」
そこには幽助がおり、後ろから声をかけるが、幽助は驚くことなく、前を向いたまま蔵馬に返した。
「彼らには、幽助を倒すという大目標があったからね」
「弱いなりにがんばっていたよ。あいつらなりにな」
「まあ、そう言ってくれるのはありがてーけどよ。オレより強い奴なんざ、そこらにゴロゴロしてるぜ」
魔界は広いので、強い奴は他にたくさんいる。現に、死んだ父親の雷禅や、黄泉や軀、現在凍矢と戦っている九浄がそうなので、蔵馬にそう言われた幽助は、なんだか複雑そうだった。
「その通り。だけど、彼らは幽助が強いから戦いたいってわけじゃない。そこら辺が根本的に違うんだ」
「あ?」
「この試合が始まる前、凍矢が言ってたんだ」
蔵馬は、試合が始まる前に、凍矢が自分に言ったことを、幽助に話した。
『魔界の忍だったオレは、暗黒武術大会のあと光を手に入れた。それは自由にひとしいことだったんだ。お前達と戦いたいという気持ちが、いつまでもオレの中に残っていた』
『あんたは以前、オレにこう言った。光のあとに求めるものを知りたいと…。命をギリギリまでに燃やして、まっしろになるまで完全燃焼する戦いを、あんたや瑠璃覇や幽助、そして、飛影や桑原とも、そんな戦いをオレはしたい』
『それで、オレの光のあとに求めていたものがみつかるような……。いや……今回の戦いで、きっとみつけてみせる。笑うなら笑え。オレもバカなバトルヤロウになっちまった』
『だが、こうさせたのは間違いなくお前達だ』
凍矢は、確かに蔵馬にそう言っていたのだ。
「彼らの戦いの美学は、みんなあなたに影響を受けている。それは、オレや飛影にも言えることだけどね」
「はあ?戦いの美学ねェ…。オレにはちんぷんかんぷんだぜ」
「はは。たぶんそう言うと思った」
「まあ、だから幽助なんだけどな」
「どういう意味だ?それは」
「そのまんま。単純バカって意味だよ」
「くっ…」
自分でもそう思っているようで、幽助は瑠璃覇が言ったことに、ぐうの音も出なかった。
「でも……私はちょっとうらやましいけどな」
「それは嫌味か?」
「いや、純粋な本心だ。私はお前みたいに、すべての力を出しきって完全燃焼……なんて戦い方はしない。いつも計算して、なるべく妖気を残すようにしている。いつ強大な敵が現れるかわからないからな」
瑠璃覇が言ってることの意味を理解している蔵馬は、少しだけ鋭い目になる。
「それは、お前が昔盗賊として国を崩していたから、周りには、たくさん敵がいるってことか?」
「それもある…。けど、人間も妖怪も、何もしなくとも、ただそこに存在しているというだけで、他者から恨みを買ってしまう。ヘタしたら命さえも危うい…。魔界では、それはあたり前のことなんだ。だから、常に気をはっていなくてはならなかった…」
話している瑠璃覇は、怒りや憎しみといった感情にかられながらも、どこか悲しそうな目をしていた。
けど、幽助は瑠璃覇が言ったことの意味を理解できず、疑問符を頭に浮かべていた。
しばらく観戦すると、凍矢は九浄に敗北した。
「チッ!!おしかったなァ」
「いや、凍矢は充分満足したみたいだ」
「え?」
「ほら、彼の顔」
蔵馬に言われ、画面を見てみると、凍矢は九浄に手をひっぱって起こしてもらっていた。
負けはしたが、どこかすがすがしい、満足そうな顔だった。
「ふっ…。ほんとだ」
そんな凍矢を見ると、幽助も納得した。
「(幽助と、暗黒武術会で戦った奴ら。そして、雷禅とそのかつてのケンカ相手。この両者の戦いは、こんなにも試合を爽快にしてしまうものなのか?)」
この大会は、魔界の大将…つまりは魔界の支配者を決める大会。
自分が支配者になろうとたくらんでいる輩も、参加者の中には、少なからずいるだろう…。
けど、今は亡き雷禅と、その息子の幽助に関わり、戦ってきた者達の試合は、ギスギスしたものではないので、蔵馬は幽助を見て、そのことをふしぎに思っていた。
《ただ今をもちまして、A、B、C、D、全ブロックの一回戦を終了致します。二回戦出場予定の選手は、各ブロック選手控え室に集合してください》
少しすると、スピーカーを通じて、一回戦終了のアナウンスが会場全体に響き渡った。
「じゃあな、瑠璃覇、幽助」
「ああ」
「気をつけてな、蔵馬」
「わかってる」
二回戦最初の戦いに出場する蔵馬は、二人に軽くあいさつをすると、控え室へ向かうために、二人に背を向けて歩きだした。
「蔵馬」
「ん?」
けど、数歩歩いて行くと幽助に呼び止められたので、蔵馬は幽助がいる方にふり返った。
「負けんなよ」
蔵馬が自分の方へふり向くと、幽助は口もとに笑みを浮かべて、蔵馬にエールを送る。
「お前もな。いずれ戦うことになる黄泉は、かなり強敵だ」
「まかせなって。オレは強い奴ほど燃える」
「フ…。幽助らしいな」
相変わらずの、幽助のらしいセリフに、蔵馬も軽く笑みを浮かべると、再び幽助と瑠璃覇に背を向けて歩きだした。
「(戦いはさわやかなものばかりじゃない。これからが本番ってとこなんだろうな)」
それがわかっていながらも、蔵馬はその顔に笑みを浮かべながら、控え室へと歩いていった。
蔵馬が控え室に行って何分か経つと、突然瑠璃覇が、蔵馬が向かっていった方向へと歩きだした。
「ん?どうしたんだ、瑠璃覇」
「ちょっとな…」
まだ出番でもないのに、突然そこから移動をしようとした瑠璃覇に聞いてみるが、瑠璃覇は誤魔化すだけだった。
瑠璃覇が誤魔化すのは、今に始まったことではないので、幽助は、それ以上は何も聞くことはなく、瑠璃覇を見送った。
「(蔵馬のブロックの闘技場の周りにはっておいた結界に、誰か侵入した…。同じブロック以外の者には、反応しないようにしておいたから、侵入者か?
ひょっとして……華炎…!?
そんなことは、絶対にさせない!!)」
蔵馬が危害を加えられないように、蔵馬の周りや、蔵馬が戦う闘技場の周りに、外部の者が侵入、または蔵馬に危害を加えようとした時に反応するように作られた結界を、瑠璃覇ははっておいた。
その闘技場の周りにはっておいた結界に、誰かが侵入した気配があったので、瑠璃覇は急いで蔵馬が戦う闘技場へ向かった。
もしかしたら敵ではないかもしれないが、誰かが侵入したことはわかっても、それが誰かまではわからないので、瑠璃覇は幽助から離れたのだった。
瑠璃覇は建物の外に出ると、建物の中にいる時に場内のアナウンスで聞いた、蔵馬が戦う第18闘技場へと、風の移動術を使って蔵馬のもとへ急いだ。
本当は、この後の戦いのことを考えると、あまり妖気を使うようなことはしたくないのだが、蔵馬が危害を加えられては元も子もないので、やむをえず使ったのである。
一方、第18闘技場の前では、蔵馬が黄泉と話をしていた。
話を終えた黄泉が、蔵馬のもとから去ろうと、闘技場とは反対の方へ歩き出した時、竜巻が二人の隣に出現し、竜巻がおさまると、そこから瑠璃覇が現れた。
「「瑠璃覇っ」」
蔵馬と黄泉の姿を見ると、瑠璃覇は顔をしかめた。
けど、瑠璃覇とは対照的に、蔵馬と黄泉は冷静なままで、突然の瑠璃覇の出現にも特に気にとめることなく、黄泉は蔵馬から離れていく。
「見せてくれ。お前の本当の力をな」
黄泉がいなくなると、瑠璃覇は黄泉を追いかけていき、蔵馬も瑠璃覇に少しだけ目をやると、闘技場へと登っていった。
「おいっ、黄泉っ!!」
一方で、黄泉を追いかけていった瑠璃覇は、強く名前を呼んで、黄泉を呼び止めた。
呼び止められた黄泉は、無言で無表情のまま、瑠璃覇の方へふり返る。
「お前っ……蔵馬に何もしてないだろうな!?蔵馬に何かしたら許さない!!」
「それは、今さっき蔵馬を見た時にわかったと思うが?」
瑠璃覇が黄泉を追いかけた理由はこれで、瑠璃覇は熱くなっているが、黄泉は冷静なままだった。
「外傷はな……。だが、この1000年の間に、お前が身につけた技を、私は知らない。もしかしたら、内側を傷つける技や、精神を傷つける技を、身につけている可能性は高い」
「フッ…。お前らしくなく、やけに熱くなっているな」
「あたり前だ」
「蔵馬のため……か…」
理由は聞かずともわかっているので、黄泉は悲しそうな顔をした。
今度は黄泉が顔をしかめたが、何故そんな顔をしたのか、瑠璃覇はわからなかった。
けど、特に気にすることはなかった。
「安心しろ。オレは誓って何もしていない。お前のジャマはしたくないからな」
「は?」
わけのわからないことを言われると、瑠璃覇はすっとんきょうな声を出した。
「お前がずっと追いかけてきた女が、この会場にいるのだろう?」
だが、次に出た言葉で、瑠璃覇の目は鋭いものに変わる。
「しかも同じグループで、次の対戦相手…。あの老婆を近くで見たが、今のオレから見ても、すごい妖力をもっていた。妖力が足りない状態で倒せるほど、甘い相手ではないだろう…」
「…何が言いたい?」
「たとえば、オレが蔵馬に何かしたら、必ずお前は、オレを倒そうとするだろう?そうなったら、妖力がなくなり、あの女と戦うどころではなくなる。そうなったら、お前はお前の悲願を成就させることはできない。だから、お前にも…蔵馬にも…オレは何もしない。
というより、最初から何もするつもりはない」
とりあえず、黄泉が自分にも蔵馬にも何もするつもりはないと知ると、殺気だけはおさめた。
しかし、警戒だけはとかなかった。
口ではああ言っていても、それが本当かどうかはわからないし、心変わりはいつでもするものだからだ。
そのことを言うと、今度こそ黄泉はそこから去っていき、黄泉が去ると、瑠璃覇はそこに残って、蔵馬が戦う第18闘技場を見上げた。
さすがの瑠璃覇も、上の様子は下からではわからないので、風の力を使って闘技場の様子を見ることにした。
瑠璃覇がここに残ったのは、ここにいた方が、結界をはらなくとも、誰かが来ればすぐにわかり、もし万が一のことがあっても、すぐに対処できるからだ。
それに、風で遠くのものを見通す力を使えば、誰かが来た時すぐに知ることができる上、蔵馬の試合も観ることができて一石二鳥なのだ。
こちらに残ろうと、別の場所で画面ごしに観戦しようと、結界をはるか、遠くのものを見通す力か、瑠璃覇はどちらにせよ力を使うつもりだった。
なので、結界をはってすぐに対処できないよりも、遠くのものを見通す力で監視及び観戦をして、すぐに対処できる方がいいと思い、そういった意味でもこちらに残ったのである。
瑠璃覇が力を使って少しすると、小兎の合図で試合が開始された。
時雨は燐火円礫刀を、蔵馬はバラを構えると、横に走り出した。
少し走ると、蔵馬はバラをムチに変化させ、跳躍するとムチをふり下ろす。
時雨が燐火円礫刀で対抗すると、ムチについたトゲがひとつかけた。
そのかけたトゲは、時雨が右目の上につけている鈴を切り落とした。
けど、時雨はそんなことは気にせず、刀でムチをはじくと、蔵馬に向かって刀を横にふった。
蔵馬はそれを、後ろへ跳んでよけたが、服が切れていた。
蔵馬は間合いをはかり、相手と距離をたもっていたが、そんなものは時雨の武器の前では無意味で、時雨は燐火円礫刀を、ブーメランのように投げて攻撃をした。
もちろん、蔵馬はそれをよけた。
だが、燐火円礫刀の破壊力は半端なく、リングを破壊したので、蔵馬は森の中へ逃げこんだ。
しかし、それでも時雨は、燐火円礫刀を蔵馬に向けて投げつけた。それは、蔵馬を追うように向かってくるが、蔵馬はジャンプをしてよけると、再びムチをふって、ムチを燐火円礫刀に巻きつけ、動きを止めようとするが、巻きついたとたんにムチは切れてしまう。
そこへ、時雨が蔵馬の後ろの、燐火円礫刀で切れた木の上に降り立った。
刀がダメなら…と、蔵馬は地面に着地すると同時に、地面を蹴ってジャンプして、後ろに来た時雨をムチで攻撃しようとするが、どこかへ行ってしまったはずの燐火円礫刀が時雨のところへ戻ってきて、時雨がそれをつかんで蔵馬の前に持ってきたので、蔵馬は勢いを殺され、下に落ちていくが、地面に手をついて後ろへ跳び、体勢を立て直した。
時雨は地面に降り立つと、蔵馬に、何にケリをつけようとしているのかを聞いていたが、蔵馬は時雨に話すつもりはないと、風華円舞陣で攻撃した。
だが時雨は、燐火円礫刀を頭上で勢いよく回して竜巻を作り、蔵馬の攻撃を防いだ。
そして、竜巻は蔵馬に向かってきた。
竜巻の中心には時雨がおり、燐火円礫刀を構えて蔵馬に激突した。
あたりには土煙がたちこめていたが、少しはれてくると状況がわかり、そこには大穴があいていた。
その穴の中に時雨はおり、蔵馬をやったと思って、不敵な笑みを浮かべる。
だがその時、後ろの方で、別の妖気を感じとった。
その妖気は、時雨の周りを囲み、時雨はそれに警戒して、燐火円礫刀を構える。
時雨の目の前には、蔵馬が妖狐の姿となって立っていた。
先程よりも妖気がケタ違いに上がっているが、時雨はまた不敵な笑みを浮かべると、燐火円礫刀を投げて攻撃をするが、蔵馬はそれを軽々とよけた。
何度か時雨の攻撃をよけるが、よけるだけで、自分からは、いっさい攻撃をしなかった。
ふいに、南野秀一の肉体に憑依してからの、母とのことや、瑠璃覇、幽助、飛影、桑原のことを思い出すと、蔵馬は妖狐の姿を解き、南野秀一の姿に戻った。
妖狐から南野秀一に戻ると、時雨が蔵馬の依頼なら受けてやってもいいと言ったが、蔵馬はそれを断った。
そんな蔵馬を見て、何故妖狐の姿から今の南野秀一の姿に戻ったのかと、瑠璃覇も、ここにはいない黄泉もふしぎに思った。
自分の申し出を断られると、時雨は、勝負をつけるまでと、再び燐火円礫刀を投げつける。
それは蔵馬にあたり、蔵馬は腕と体から、真っ赤な血を流した。
「蔵馬っ!!」
それを見ていた瑠璃覇は、心配そうに叫んだ。
蔵馬はなんとか穴の中に着地をするも、体勢をくずしてひざをついてしまう。
そのあとに、時雨も蔵馬の前に着地してきて、もう終わりかと強く叫ぶ。
だが、蔵馬は苦しそうに息をしながらも、不敵な笑みを浮かべた。
それを見た時雨が、何を狙っていると問うた瞬間、周りでは木が成長を始めた。蔵馬が、億年樹の幹に種を植えこみ、それがやっと融合したのだ。
そして、蔵馬が地面に手をつき、妖気を送りこむと、化石化していた億年樹が、爆発的に成長していった。
「すごいな」
「黄泉…!!」
闘技場の外では、ずっと近くで蔵馬の試合を見守っていた瑠璃覇の隣に、黄泉が戻ってきた。
「…何しに来た?」
「フ…。やはり、お前の隣で試合を観戦しようと思ってな」
瑠璃覇に問われても、黄泉は適当に誤魔化すだけだった。
それがわかっている瑠璃覇は、警戒心を抱きながら、鋭い目で黄泉を見た後、またすぐに闘技場の方へ目を向ける。
闘技場では、時雨がケリをつけようと燐火円礫刀を構えると、蔵馬はひざをついたまま、木の枝を時雨に放った。
時雨は燐火円礫刀を勢いよく回して、自分の周りに竜巻をつくると、蔵馬に突進していった。
竜巻をまとった時雨は、すごい勢いで木を破壊しながら蔵馬に向かっていき、蔵馬が放った枝さえも破壊してしまう。
もうすぐで蔵馬のもとに到達するというところで、木が下から生えてくるが、それすらも時雨は破壊して、木に穴をあける。
そしてその勢いで蔵馬を攻撃しようとしたが、それは敵わなかった。
何故なら、生えてきた木のひとつが、燐火円礫刀のわっかの部分を通って、燐火円礫刀を止めていたからだ。
しかし、そこに時雨はいなかった。
蔵馬の前からは、先端が鋭くとがった木の根っこが襲いかかってきたが、時雨はいなかったので、あたることはなかった。
一方時雨は、一瞬にして、今しがた自分が穴をあけた大きな木の後ろに跳んでいたが、着地すると、蔵馬がいる枝から伸びた、先端が鋭くとがった木の枝が、時雨の首のあたりまで襲ってきた。
時雨に刺さるか否かという、ギリギリのところでそれは止まり、そのことで時雨は負けを認めた。
負けを認めた時雨は、そのままそこから跳び降りていき、蔵馬は追いかけようとするが、傷の痛みで、その場にひざをついた。
そして、そのあと蔵馬は、桜の花びらが舞い落ちる中、その場に倒れ、意識を失った。
「蔵馬ぁあっ!!」
蔵馬が倒れ、意識を失ったのがわかると、瑠璃覇は悲鳴をあげるように蔵馬の名前を叫び、その場を走り出した。
「くそっ」
あまり妖気を使いたくはないが、今優先すべきは蔵馬なので、瑠璃覇は風の移動術を使って、闘技場の根元まで移動した。
木の根元まで来ると、今度は風を使って上まで飛んでいった。
「蔵馬っ!!」
木の上まで来ると、すぐに蔵馬をみつけ、木から木へ跳び移りながら、蔵馬のもとへ行った。
「蔵馬っ…。蔵馬っ!!!!」
瑠璃覇は蔵馬のもとへ駆け寄ると、蔵馬の体を抱き起こした。
けど、瑠璃覇の力では、自分よりも背が高くて重い蔵馬を運ぶことはできないので、仕方なく風で浮かせて運ぼうとした。
「瑠璃覇」
その時、黄泉が後ろからやって来た。
「黄泉……」
瑠璃覇は黄泉が来ただけで、警戒心をむき出しにした。
けど、黄泉はそんなことは気にすることなく、瑠璃覇と蔵馬のもとへ近づいてくる。
「近寄るなっ」
瑠璃覇は黄泉が近づいてくると、蔵馬を抱きしめて、殺気を放つが、黄泉は平然としたまま二人のもとへやって来て、蔵馬の腕をつかんだ。
「何をっ…。さわるなっ!!」
今にも黄泉に攻撃をしそうな瑠璃覇だが、黄泉はにこっと笑うだけだった。
「大丈夫だ、何もしない。言ったろう?お前のジャマをしたくないと…。お前は、このあとに大事な試合をひかえている。ここはオレにまかせろ」
そう言って黄泉は、瑠璃覇から蔵馬を奪い取ると、蔵馬を背負って下に降りていった。
笑みを浮かべた黄泉からは、殺気も敵意も感じられなかったのと、確かに黄泉の言う通り、次の試合のために、少しでも妖気を多く残しておきたいので、警戒しながらも黄泉に蔵馬をまかせ、自分も下へ降りていった。
地上に降りると、黄泉は背負っていた蔵馬を一度おろし、蔵馬の腕を自分の肩にまわし、体の前と後ろを両方の手でささえた。
また、蔵馬の隣…黄泉の反対側では、瑠璃覇が心配そうにして、黄泉と同じように、蔵馬をささえていた。
体勢を直して少しすると、蔵馬が目をあけた。
「黄泉…」
蔵馬が目をさまし、黄泉の名前を呼ぶと、黄泉はすぐに手をどかし、蔵馬は一人で立った。
黄泉は蔵馬が立つと、蔵馬の肩をかるくたたいて、横に歩いていく。
「蔵馬…。お前は…妖狐であったお前をすてたのか?」
けど、何歩か歩いていくと、蔵馬に背を向けたまま、蔵馬が試合中に変化をといた疑問をぶつけた。
「オレは、何もすてはしない。永遠に」
その疑問に蔵馬が答えると、黄泉は何も言わずに、そこから去って行った。
「蔵馬ーー」
黄泉が自分のもとから離れていき、小高い丘の方に目を向けると、そこから、幽助、飛影、ぼたん、酎、鈴駒、陣、凍矢、鈴木、死々若丸が走ってきた。
みんな、倒れて意識を失った蔵馬を心配して、蔵馬のもとへ駆けつけたのだ。
それは、今蔵馬が護りたい、大切にしているものだった。
蔵馬の後ろでは、億年樹と融合した桜の花が、大きく、美しく咲きほこっていた。
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