第八十五話 平和な日常
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それは……
『貴様が、あのパープル・アイか』
遠い遠い昔のこと……。
『くくく…。さすがは、極悪盗賊と言われているだけのことはある。うわさにたがわぬ強さだな…。それだけ、我が同胞を皆殺しにするくらいの力をもっているということか…』
何千年も前の出来事であった。
『しかし、あの時ワシが留守にしていたのが、お前の運のつきよ。
ワシは……我が一族をとても誇りに思うておるし、とても大切であった。
だから、貴様がしたことは許せぬ』
それは……どんなに時が経とうとも、忘れることのない…
『何百年………何千年かけても、必ず貴様を殺してやろう……』
瑠璃覇の心に、深く…深くつきささる…
『復讐だ!!!!』
遠い昔の……記憶……。
第八十五話 平和な日常
仙水との戦いに決着がついて、早くも10日が経った。
朝の7時。
瑠璃覇は、セットしておいた目覚まし時計がなると、目覚まし時計のアラーム音を消してベッドから起き上がり、制服に着替えると、朝ご飯とお昼の弁当を作るため、下の階に降りていった。
「あれ…」
「やあ、おはよう瑠璃覇」
「蔵馬!?」
リビングに入ると、何故か、そこには蔵馬がいた。
休みの日でもないのに、学校がある平日の…しかも朝早くにいたことに、瑠璃覇は驚いて目を丸くした。
「蔵馬…。どうしたんだ?平日の朝に…」
「なんとなくだ」
「なんとなく?」
「なんとなく……瑠璃覇に会いたくなった。それじゃあ、理由にはならないか?」
蔵馬の言葉に、瑠璃覇は顔がほころんでいき、頬をほのかに赤くそめ、笑顔を浮かべた。
「いや……充分……」
そして短く言うと、瑠璃覇は蔵馬の胸にとびこんでいき、蔵馬もまた、そんな瑠璃覇を優しく抱きしめた。
その後二人は、一緒に朝ご飯(+お弁当)を作って食べて、学校に登校した。
「じゃあ行こうか、瑠璃覇」
「ああ」
もちろん、家を出る前は、キスを交わすことも忘れずに。
それだけで、二人は幸福に満ち足りていた。
恋人同士というのもあるが、こないだの仙水との戦いで、死んでいたかもしれないと思うと、余計にうれしくなるのだった。
瑠璃覇は、このまま蔵馬と一緒に、人間界で、何気ない平和な日常を送るのも悪くはない。そう思い始めていた。
本来は好戦的な妖怪で、戦うことを日常としており、戦いは自分のすべてであった。
けど、自分はいつ恨みを買ってもおかしくはないので、戦うことで蔵馬を巻きこみ、この前の…仙水との戦いの時ような状況になるかもしれない。
それが瑠璃覇には、たまらなく恐ろしかった。
戦えなくなるのは寂しいし、もの足りなさを感じるが、それでも、何よりも一番大切なのは蔵馬なのだ。
例え、伝説の妖怪が臆病風に吹かれた…と言われようともかまわない。どんなにののしられようともかまわなかった。
蔵馬を守ることができるなら…。
蔵馬と一緒に、毎日を過ごすことができるのなら…。
ただ……蔵馬が隣にいれば、それでよかったのだ……。
それから早々とお昼休みになり、瑠璃覇と蔵馬は、二人でお昼ご飯を食べるため、いつものように屋上に行った。
「食事会?」
いつものように、フェンスの近くまで行き、カバンから弁当箱を取り出してお昼を食べようとした時、急な蔵馬の話に目を丸くした。
「そう、食事会。ほら、四次元屋敷で城戸と対峙した時、母さんが、秋に再婚するって言ったろ」
「ああ、そういえば、そんなことを言っていたな」
「それでね、再婚相手とその家族と何度か食事会をしてて、今度もまたあるんだけど、母さんがぜひ、瑠璃覇に出席してほしいと言ってきたんだ」
「何故……私を?」
本来、そういうのは結婚する者とその家族で行うものなのに、まったく縁もゆかりもない自分が、何故招待されたのか疑問に思っていた。
「さあ…。理由は言ってなかったからわからないけど、瑠璃覇が好きだからじゃないかな?」
「好き?私を?」
予想ではあるが、蔵馬から聞いた言葉に、瑠璃覇は驚いた。
志保利とは一度会ったっきりだし、何よりも、面識があるとはいえ赤の他人。その上、知らないとはいえ、極悪と言われた妖怪である自分を好きになるなど、瑠璃覇には信じられなかったのだ。
いや……むしろ、妖怪とか極悪盗賊とか関係なく、自分自身を好きになるということが、瑠璃覇には信じがたかった。
「あんまり難しく考えることないよ。誰かを好きになるには、理由や理屈は関係ないんだ。オレ達が互いに惹かれあったのと同じさ」
瑠璃覇が考えていることがわかった蔵馬は、にこっと笑いながら言う。
「まあ、瑠璃覇がそんな風に戸惑うのも無理はないけどさ。オレも、最初から母さんのこと大切だったわけじゃないし、瑠璃覇だって、最初からオレを好きだったわけじゃないだろ?」
「…まあな」
「ただ……気がついたら好きになっていた。それでいいじゃないか。きっと、母さんもそんな風だと思うよ」
「……そうか…」
「そうだよ」
もう一度にこっと笑えば、瑠璃覇も軽く微笑みを返す。
「……それで…その食事会とやらは、いつあるんだ?」
「明後日の夜7時からだよ」
「そうか」
特に行くとは言っていないが、今の言葉が、食事会に参加することを意味しているのを、長年の付き合いから理解している蔵馬は、それ以上は何も聞かずに、にこっと笑った。
そして二日後、夜の7時。
いつもより、少しだけ綺麗な服に身をつつんだ瑠璃覇は、時間ぴったりに、指定された店についた。
店に入ると、蔵馬達はすでに到着していると言われたので、ウエイトレスに案内されると、そこには蔵馬と志保利、そして再婚相手の男性とその息子であろう少年が席についていた。
「まあ、瑠璃覇ちゃん。久しぶりねぇ」
志保利は瑠璃覇の顔を見たとたんに、顔をほころばせて瑠璃覇を歓迎した。
「どうも、御無沙汰しています」
志保利がにこにこと笑いながら歓迎すると、瑠璃覇もあたりさわりのない返事を返す。
「待っていたのよ。さあ、すわって」
「はい、失礼します」
断りをいれると、案内してくれたウエイトレスが椅子をひき、瑠璃覇は席についた。
「瑠璃覇ちゃん、こちらが、私が今度再婚する畑中さんと、息子の秀一くんよ」
「秀…一…?」
「そうなの。偶然にも、うちの秀一と同じ名前でね」
「そうなんですか」
席につくと再婚相手とその連れ子を紹介され、連れ子の名前が、偶然にも蔵馬の人間名と同じだったので、少しばかり驚いた。
「はじめまして、瑠璃覇ちゃん。志保利さんの再婚相手の、畑中です」
「息子の秀一です」
「君のことは、志保利さんから聞いてるよ。秀一くんの彼女なんだってね」
「え…ええ…」
「聞いてた通り、すごい綺麗な人だね。やっぱり、秀一さんはかっこいいから、かっこいい人には、綺麗な女性が恋人になるんだね」
「き…れい…」
「それはほめすぎだよ、秀一くん」
「そんなことないですよ」
秀一に言われたことに戸惑っていると、フォローするように、蔵馬が口を開いた。
「あの……」
蔵馬と秀一の会話が終わった頃を見計らい、瑠璃覇は志保利を見ながら口を開く。
「何かしら?」
「何故…私を誘ってくださったんですか?家族水入らずの席に、部外者である私が、お邪魔してもよかったのでしょうか…?」
「あら、全然かまわないのよ。食事は大勢の方が楽しいし、久しぶりに瑠璃覇ちゃんに会いたかったしね」
一昨日、蔵馬に聞いた時から思っていた疑問を口にすれば、どうってことないように言うと、「それに…」と付け足す。
「瑠璃覇ちゃんは、秀一の未来の家族だもの」
少しだけ遠回しな言い方ではあるが、蔵馬(南野秀一)の未来の花嫁であり、自分の義理の娘だと言われ、瑠璃覇はいろんな意味で驚き、呆然とし、目を丸くした。
「そういえば、瑠璃覇ちゃんのご家族は?何人いるの?」
突然話をふられると、瑠璃覇だけでなく、蔵馬もドキっとなり、蔵馬は心配そうに瑠璃覇を見た。
「…………私…は……家族は…いません…」
「え…?」
「両親は、私が生まれた時に亡くなりました。私はずっと、親戚の家を転々としてました。中学校の頃までは、叔父の家でお世話になってたんですが、その叔父も、今は外国に住んでまして、私は、その叔父の家をもらって暮らしてます」
「まあ……じゃあ、今は一人で…?」
「はい」
「いけないことを聞いてしまったわね、ごめんなさい」
「いえ…大丈夫です」
そう言いながらも向けた瑠璃覇の笑顔は、どこか曇っていた。
「じゃあ瑠璃覇ちゃんは、進路とかはどうするんだい?」
そこへ、今度は畑中の方が、瑠璃覇に話しかけてきた。
「特に決めてはいません。進学して、勉強したいこともないですし…。けど、就職したいところも、これといってないので…」
「そうかい。なら…もしよかったら、ボクの会社に就職しないかい」
「え…!?」
「ボクはこう見えて会社を経営していてね。瑠璃覇ちゃんさえよかったら、高校卒業後、ボクの会社に来ないかい?瑠璃覇ちゃんなら大歓迎だよ」
瑠璃覇は驚き、困惑した。畑中とは確実に初対面なのに、再婚相手の連れ子の彼女という、微妙すぎる立ち位置の自分に、そこまで親切にしてくれる畑中が信じられなかったのだ。
いや…むしろ、自分ではない他人に、ここまでするということ自体、ふしぎでならなかった。
人に親切にするのは理屈ではないのだが、それでも瑠璃覇にとっては、一種のカルチャーショックだったと言える。
「あ…ありがとう……ございます…」
けど、「この場面では礼を言うところ」なのだと頭で計算した瑠璃覇は、表面上を取り繕い、礼を言っておいた。
理屈でも感情でもない、ただの長年の経験からくるものだった。
その後、せっかくきた料理が冷めるからと、世間話もそこそこに、話している間に運ばれてきた料理に手をつけた。
高級な店というのもあり、運ばれてきた料理はどれも絶品であった。
周りの人々が楽しそうに話すと、瑠璃覇はぎこちなく笑いながら返す。
けど、そんなおいしい料理も、楽しい会話もわからないくらい、瑠璃覇は戸惑っていた。
蔵馬は瑠璃覇の心情を察していたが、そのことを口にすることなく、料理を口に運びながら、周りにあわせて会話をしていた。
それから2時間経つと、食事会は終了した。
志保利は畑中と秀一と一緒に、自分の家に帰っていったが、蔵馬は、瑠璃覇を送るために別行動をとった。
最初から送ってくつもりだったが、瑠璃覇が一人暮らしだと聞いて心配した志保利と畑中が、蔵馬に送っていくように言ったから…というのもある。
「別に…私一人でも帰れるのだが…」
「そうはいかないよ。いくら強くても、夜に女性を一人で帰らせるわけにいかないからね。それに、母さんも心配するし…。母さん達は、瑠璃覇が本当は妖怪で、誰よりも強いってことは知らないんだから。そういった意味でもね」
「………蔵馬って……」
「ん?」
「蔵馬って、本当に母親が好きなんだな」
「ん…まあね」
「妬けるな…」
「妬けるって……。別にオレは、母さんのことは、そういう対象としては見ていない。あくまでも、人間界での親と子という関係だよ」
「わかっている…。でも……蔵馬は、私と再会するまでは、私に関する記憶がなかった。だから、極悪盗賊として生きてきた蔵馬を、こんなに丸くなるまで変えてしまったことが、なんだか複雑なんだ」
瑠璃覇の心情を聞いた蔵馬は、目を細めてため息をついた。
「…それを言うなら、オレもだよ」
「へ?」
「オレだって、同じく極悪盗賊と言われていた瑠璃覇を変えてしまった、幽助や桑原くんや飛影に、すごくヤキモチ妬いてる。しかも瑠璃覇は、ちゃんとオレのことを覚えていてくれてたから、余計に複雑だ」
「べ、別に私は、変わった覚えはないぞ」
「でも…昔とくらべると、信じられないくらい丸くなってるし、表情もやわらかいよ」
「確かにあいつらのことは特別だが、それでも私は、昔と何も変わっちゃいない。蔵馬を好きなところも、強くなる理由も……」
頬を赤くしながら、少しだけ蔵馬から目をそらして話す瑠璃覇に、蔵馬は更に複雑そうな表情になる。
「…ねえ、瑠璃覇」
「なんだ?」
「魔界にいた頃にも、何回か言ったけど……もう、すべてを忘れないか?」
「え…?」
「昔あったことをすべて忘れて、オレと人間界で、ずっと一緒に暮らそう」
プロポーズにも似た言葉に、大好きな蔵馬に言われたこともだが、いきなりのことに、一瞬目を丸くする。
「ああ、そうだな。私も……そう思っていた」
けど、すぐに満面の笑顔となり、うれしそうに答える。
その返答に、蔵馬はほっとした。
「よかった。断られるかと思ったよ」
「何故……私が、蔵馬の申し出を断るんだ?」
「いや……再会した時は、瑠璃覇は魔界に帰りたがっていたから…。オレは、あのことがまだひっかかっているから、瑠璃覇は魔界にどうしても帰りたいんだと思っていたんだ。それに、魔界にいた頃に何度そう言っても、やはり無理だって言われたしね。でもよかった、今度こそ本当なんだね」
瑠璃覇の質問に蔵馬が答えると、途端に瑠璃覇の顔から笑顔が消える。
「……魔界に帰れるわけないだろ。魔界の穴はまたふさがれて、結界がはられているんだ。私はS級だぞ。例え願っても、無理な話だ」
「でも、瑠璃覇…」
「家が近くなった。この辺でいい。帰る。じゃあな」
まるで、一刻も早く蔵馬から離れたいというように、要点のみを矢継ぎ早に言うと、あわてて帰っていく。
ただ見送ることしかできず、瑠璃覇が家の角をまがっていく姿を確認すると、蔵馬は踵をかえして自分の家に帰っていった。
蔵馬から離れて、蔵馬の気配を近くに感じなくなると、瑠璃覇は寂しげな表情を浮かべながらも、どこかほっとしていた。
「……誰だ…?」
角を曲がり、少し歩くと、突然背後に気配を感じ、前を向いたまま、後ろにいる人物に話しかける。
「こんな時間になんの用だ?私は、今少しだけ機嫌が悪い。つまらん用事だったら、その顔面に風穴があくことになるぞ」
ゆっくりと、鋭い目を向けた先には、中央に網笠をかぶった僧侶のような格好をした男。そしてその右隣には、虚無僧がかぶる笠のような仮面をかぶった男、左隣には、ただの布で顔を覆っている男がいた。
全員、目の部分以外は布で覆われており、顔も見えない格好だったので、顔はわからなかったが、体格からして男であることと、彼らから放たれる気が、人間ではなく、妖怪のものであることがわかった。
それがわかっている瑠璃覇は、少しぴりっとした殺気を放ちながら、三人の男を見据える。
「これを………」
だが、男達は大して気にとめる様子もなく、中央にいる…おそらくは、この三人の中のリーダーであろう男が、顔を隠している布の下から、黄金に光る玉を取り出し、瑠璃覇に向けて放った。
玉は浮いたまま、まっすぐに瑠璃覇の前までとんでくる。
「…なんだ?これは」
「黄泉様からの言玉でございます」
「黄泉!?」
彼の口から出た人物の名に、瑠璃覇は驚き、目を見開く。
「失礼」
自分の用件をすませると、彼らはあっさりと、その場から消えていなくなった。
瑠璃覇は目の前に浮いてる言玉を手に取ると、顔を空に浮かぶ月に向け、目を細めた。
次の日……。
瑠璃覇は授業が終わるなり、カバンをひっつかんで姿を消し、立入禁止と書かれた、地下に続く扉があるところまで行く。
この学校の生徒なら、そこは入ってはいけないことがわかってるため、人は来ないので、格好の隠れ場でもあったのだ。
瑠璃覇はそこに着くなり、扉を開けてすぐのところにある階段の前にすわりこみ、カバンの中から昨日受け取った言玉を取り出し、ジッとみつめた。
言玉は一つだけでなく、なんと三つもあった。
言玉をみつめながら、瑠璃覇は、昨夜の黄泉の使いが去った後のことを思いだす。
昨夜、黄泉の使いが去ると、瑠璃覇も自分の家に入り、荷物を置き、風呂に入った。
それから数十分後、瑠璃覇は複数の気配を感じとったので、庭に続いているリビングのガラス戸を開け、庭に置いてあるサンダルをはいて庭に出た。
「風呂あがりの女をたずねるなんて、ずいぶんと無粋な輩だな」
「すみません。入浴の時間が、いつか存じませんでしたので…」
「恋人でもないのに、夜に女をたずねること自体無粋だがな。…で、誰だ?お前は。私に一体なんの用なんだ?」
「やはりお忘れですか。無理もありません。千年以上も昔のことですから……。
私は北神といいます」
「北神?」
「雷禅様の部下です」
「雷禅……?ああ……確か、闘神とかいわれている…」
目の前に立っているのは、魔界の三竦みの一人である、雷禅の部下の北神だった。
右隣には東王、左隣には西山が立っている。
「で?その雷禅の部下とやらが、私になんの用だ?」
「あなたに、お渡しするものがあって参りました」
「言玉か?」
「…よく……わかりましたね」
「さっき、黄泉のところからも使者が来たからな」
「そうですか。では、これを」
北神は服の中に手をつっこむと、そこから言玉を取り出して、瑠璃覇に渡した。
黄泉の使者から渡されたのと、同じ黄金色に光る玉を、瑠璃覇は特になんの拒否をすることもなく受け取った。
「黄泉も言玉を送ったということは、黄泉もあなたを欲しているということ。どちらを選ぶかはあなた次第ですが、できれば、我々のところに来ていただきたい。雷禅様も、それを望んでいます」
そう言われても、まったく話が読めない瑠璃覇は、眉間にしわをよせて、疑問符を浮かべた。
「それでは、夜分遅くに失礼しました」
北神は一礼すると、東王、西山とともに、いずこかへ消えていった。
そのすぐ後に、今度は、雷禅と同じく、魔界の三竦みの一人である、軀からの使者がやって来た。
用件は北神と同じで、軀からの言玉をもってきたとのこと。
瑠璃覇はそれを受け取ると、家の中に入っていった。
「こんなところにいたのか、瑠璃覇」
昨夜のことを思い出していると、そこへ、蔵馬がカバンを持ってやって来た。
蔵馬が来ても、いつものようにうれしそうな顔で話しかけることなく、無表情で一瞥をくれるだけで、視線はすぐに言玉の方に戻る。
それでも蔵馬は、気にすることなく瑠璃覇のもとへ歩いていくと、瑠璃覇の隣に無言のまますわりこんだ。
「瑠璃覇も…言玉をもらったのか?」
「ああ…」
「それも三つ…」
「黄泉と雷禅と軀のだ」
「そうか…」
「…オレは、黄泉からもらった」
「…そうか」
同じように、カバンの中から言玉を取り出して瑠璃覇に見せるが、瑠璃覇はまた、言玉に一瞥をくれるだけで、すぐに目線を自分がもらった言玉に戻す。
蔵馬は瑠璃覇に向けていた目を自分の言玉に戻すと、その言玉を、目の前の壁に放り投げた。
言玉は壁にぶつかると、ガラスが割れるように砕け、同時に輝いていた光は消え、代わりに黒い墨のようなものが壁についた。
それは、まるで墨汁を上からたらしたかのようにつくと、勝手に動いて人の形となり、左右合わせて六つのとがった耳と、六つのツノをもった妖怪…黄泉の姿を描いていった。
《久しぶりだな蔵馬。生きていてうれしいよ。――と言っても、言玉じゃ一方的にオレが話すだけだ。早く会いたいよ。
今想えば、以前共にいた頃は、お互い未熟な妖怪だった。だが、オレは強くなった。もう少しで、魔界を掌握できる程だ。
雷禅と軀、この名はまだ覚えているだろう?オレ達が生まれた時には、既に魔界を支配しようとしていた妖怪だ。
何百年か前、オレはこの二匹と、肩を並べるまでになった。この二匹を凌駕し、魔界を統一したい。
蔵馬、お前の力をかしてくれ。今度はオレを助けてくれ。瑠璃覇も誘っておいたんだ。きてくれると信じている》
その言葉を聞くと、蔵馬の表情がけわしくなった。
《言い忘れたが、オレから光を奪った妖怪は、百年ほど前に見つけ出すことができたよ》
そして、更にそのことを聞くと、より一層けわしくなる。
《お前に会わせたくて、殺さずに飼ってある。ぜひ見てほしい。笑ってしまうから》
もう、言玉にこめられていた言葉を言いつくしてしまったようで、壁に描かれた黄泉の姿は消えてなくなった。
この言玉を見て(聞いて?)、昨夜北神が言っていた言葉の意味を、瑠璃覇は、まだ自分の言玉を見なくとも理解した。
「古い知り合いか」
「飛影」
そこへ、いきなり飛影が、立入禁止と書かれた扉から入ってきて、声をかけた。
飛影の姿を見た蔵馬は、目を丸くして驚いた。
「フフン、驚いたか。お前らしくもなく、周りが見えない程熱中していたな。オレの方にも使いがきたぜ。こっちは軀の手下だったがな」
飛影の手には、瑠璃覇や蔵馬が持っているのと同じ、黄金色に光る言玉があり、飛影はその言玉を、蔵馬と同じように壁に放り投げた。
壁にぶつかった言玉は、今度は軀の姿を描いていく。
《初めまして飛影、オレが軀だ。オレは、滅多に人前に姿を見せない。危険だからじゃない。顔が売れると動きづらいからな》
「フッ…」
《早速だが、お前オレの目にかなったぜ。部下にならないか。お前なら、オレの片腕にだってなれる。
これは極秘情報だが、実は雷禅がくたばりかけている。雷禅が死んだら、すぐにでも黄泉に総攻撃をかける。ヤツは魔界統一とか言って、手前好みの秩序を押しつける。雷禅以上にいけ好かねェ野郎だ。もし、黄泉から誘いがあったら断れ。それが長生きの秘訣だ。自殺願望があるなら、雷禅のところに行きな。くくく。
魔界はもうすぐ正常に戻る。お前が、まだ生まれてさえもいなかった昔にだ。オレがお前に見せてやる。その時は、オレの側にいろ》
言玉にこめられていた言葉を言いつくすと、軀の姿は消えてなくなった。
「フン、よくしゃべる野郎だ。いわゆる、ひきぬきってヤツだ。軀も、仙水とオレ達のイザコザを知っていやがった。ヤツら、魔界のあちこちで起きる、大きな妖気の衝突を、余すことなくチェックしてるぜ。どうやら面白くなりそうだ。
オレは軀に会いに行く。
安心しろ。軀につく気はない。――だが、てっとり早く戦闘能力を上げるには、年中戦ってるのが一番だ。軀のところに行けば、戦闘には不自由しないようだからな。せいぜい利用させてもらうぜ」
「(飛影、お前は知らないんだよ。軀の恐ろしさを)」
飛影は軀の恐ろしさを理解していなかった。蔵馬は千年以上も生きているために軀のことを知っていたが、そう思いながらも心の中にとどめておく。
「おろかだな」
「ん?」
「軀は……お前のような未熟な妖怪が利用できるような、カンタンな相手じゃないぞ」
そこへ瑠璃覇が、蔵馬が思っていることを代弁するように、飛影に忠告した。
未熟と言われると、飛影は瑠璃覇を睨んだ。
「なんだ瑠璃覇。お前……軀のことを知っているのか?」
「まあな」
「お前も言玉を持ってるな。それも三つ……」
「…軀と雷禅と黄泉からだ」
「ひっぱりダコというヤツか……。ちょうどいい。何故、奴らがこぞってお前を誘ってきたのか興味がある。その言玉を見せろ」
「……お前……もう少し、プライバシーというものを学んだ方がいいぞ…」
そう言いながらも、瑠璃覇は言玉のひとつをとった。
「どれも同じだから、どれが誰からのだか忘れた。適当にぶつけていく」
そして、今とった言玉のひとつを壁にぶつけると、雷禅が壁に描かれていく。
《よォ、パープル・アイ。久しぶりだな。ウワサじゃあ、人間界に移り住んだって聞いたが、本当だったんだな。それも男を追って…ね…。くくくくくくく》
ウワサというわりには結構詳しく知っており、しかも意味深にのどの奥で笑ったので、瑠璃覇は軽く眉間にしわをよせる。
《ところで……わざわざ北神達を使いにやり、お前に言玉を届けさせた理由は、他でもない。お前を、オレの仲間に誘うためだ。
軀と黄泉のことは知ってるだろ?オレ達は互いに、500年くらいニラミあってきた。しかし、そろそろ決着をつけたい。
だが、オレの命はそう長くない。あと一年くらいで死ぬだろう。
そこで、お前にオレんとこに来てほしい。
実はな…オレには、700年近く前に、人間界で行った、魔族大隔世によって生まれたガキが、今の人間界にいてな。
つっても、そのガキは霊界探偵で、テメェはそのパートナーだったっていうから、知ってるだろうがな。
まあとにかくだ、そいつにも北神達を使いにやって、オレの仲間に誘ったところよ。
だからお前も、オレんとこにきて、霊界探偵のパートナーの時と同じように、息子を助けてくれ。そして父親であるオレも助けてほしい。
千年以上昔に一度会っただけだが、お前ほど強い奴は、他にいないとも思ってる。
絶対に来てくれ。軀や黄泉から誘いがあっても断ってほしい。たのむ…》
すべてを言い終えると、壁に描かれた雷禅の姿は消えてなくなった。
「次はこっちだな」
自分宛てのもので、あの雷禅が誘い、お願いまでされたというのに、特に表情を変えることなく、淡々と、残っている二つのうち一つの言玉を、壁にぶつけた。
それは軀からのもので、再び、壁に軀の姿を描いていく。
《久しぶりだな、パープル・アイ。軀だ。と言っても、もう千年以上も前に一度会ったっきりだから、忘れているかもしれないな。
しかしオレは、一日たりとも、お前のことを忘れたことはなかった。お前ほど、強く…美しく……そして、恐ろしい妖怪はいないからな。
さっそく本題に入るが、オレのところに来てほしい。三竦みの話は知っているだろう?実は、これは極秘情報だが、雷禅がくたばりかけているんだ。雷禅が死んだら、すぐにでも黄泉に総攻撃をかけようと思っている。そのためには、お前の力が必要だ。『国崩しの妖狐』として魔界に知られる、お前の力をかしてほしい。
実は、お前の今の仲間の飛影も誘ってある。飛影と一緒に、オレの力になってほしい。お前なら、即幹部クラスだ。
黄泉とは昔の仲間だったそうだが、そんなことは関係ない。大事なのは、過去よりも今だ。だろう?
では…待っているぞ》
軀の言玉も雷禅と同じ内容だったが、瑠璃覇は相変わらず淡々としており、壁から軀の姿が消えると、最後の言玉を壁に投げつけた。
言玉は、再び黄泉の姿を壁に描いていく。
《久しぶりだな、瑠璃覇。生きていてうれしいよ。――と言っても、言玉じゃ一方的にオレが話すだけだ。早く会いたいよ。
瑠璃覇、オレはこの千年の間に強くなった。もう少しで魔界を掌握できる程にな…。雷禅と軀を知っているだろう?オレは何百年か前、この二匹と肩を並べるまでになったんだ。そのくらい強くなった。この二匹を凌駕し、魔界を統一したい。
瑠璃覇、お前の力をかしてほしい。パープル・アイと恐れられたお前の力で、オレを助けてほしい。
オレのそばにいてほしい。また、オレと共に戦ってほしいんだ。
ぜひ、オレのもとにきてほしい。たのむ…》
「……フン…」
《そうそう、もうひとつお前に言いたいことがある。
実はな、お前が何千年もずっと追っていた妖怪と、ついこないだ会ったんだ》
今までずっと、無表情で聞いていた瑠璃覇だったが、今の言葉に過剰な反応を示し、思わず立ち上がる。
《もしオレのところに来てくれたら、あの女の居どころを教えよう。蔵馬も誘っておいたし、必ず来てくれると信じている。ではな》
言霊にこめられたすべてのことを言うと、黄泉の姿が消えてなくなった。
「なるほどな。あの三人が、お前を誘ってきたわけがわかったぜ。お前がパープル・アイとして有名なだけでなく、ずっと昔に、三人に会っていたからなんだな」
黄泉の最後の言葉で、立ったまま固まってしまった瑠璃覇と、瑠璃覇から放たれる、異様な重苦しい空気を感じとった蔵馬は、何もしゃべらずに、いや…何もしゃべることができずに、冷や汗をかいて、固まったようにその場にすわっていたが、何も知らない飛影は、自分が思ったことをそのまま口にしていた。
「ところで、黄泉が言っていた、「あの女」ってのはなんだ。お前の仲間か?」
だが、今の飛影の質問に、瑠璃覇と蔵馬は、それぞれ違う反応を示した。
それが原因で、更に重苦しい雰囲気となり、瑠璃覇からは不穏な空気が流れだす。
「おい、瑠璃覇?」
その不穏な空気にまったく気づかない飛影は、どうも様子がおかしい瑠璃覇に話しかけるが、そのことを即座に後悔する。
「……………あれと……一緒にするなよ……」
飛影の方へふり向き、静かに…低い声でしゃべる瑠璃覇は、見るからに機嫌が悪そうで、体中から殺気があふれ出ており、とても恐ろしい形相で飛影を睨みつけたからだ。
今まで見たことないくらいに恐ろしい瑠璃覇を見た飛影は、冷や汗をかき、金縛りにあったかのように動けなくなる。
それだけ言うと、瑠璃覇は不機嫌なまま、カバンをひっつかんで、飛影が入ってきた扉から外へ出て行った。
「なんだ、今のは……。殺気だけで死ぬかと思ったぜ…」
瑠璃覇が去った後も、飛影は未だに冷や汗をかき、そこから動けないでいたが、かろうじて口だけは動かすことができ、感じたことを口にした。
「おい、蔵馬。黄泉が言ってた、「あの女」ってのは、一体誰なんだ?何故瑠璃覇は、あんなに怒った?」
事情を知らない飛影も、あれはただごとではないと察し、瑠璃覇との付き合いが長い蔵馬なら何か知っているだろうと、蔵馬に質問をする。
「……詳しくは言えないけど……黄泉が言っていた「あの女」と瑠璃覇は、因縁浅からぬ仲なんだ」
「そうか…」
「そして、あいつのことが絡むと、瑠璃覇は非常に不機嫌になる。だから飛影、もし死にたくなかったら、それ以上、「あの女」のことを口にするのはやめろ。いくらお前でも、殺されてしまうかもしれない…」
「…ああ……」
仲間と認め、信頼している飛影でもそうなってしまう可能性があるというのは、別の誰かが言えば笑いとばしただろうが、他ならぬ蔵馬の言うことなので、言ってることは説得力があり、飛影はめずらしく、素直にうなずいた。
その日の夜は、とても激しい風が吹いていた。
《以上、ニュースをお伝えしました。それでは次に、天気情報です。
今日の夕方から、皿屋敷市を中心に、近辺の市では、非常に強い風が吹いております。皿屋敷市とその近辺の市の住民の皆様は、なるべく外出をひかえてください。やむをえず外出される方は、突風や、落ちてくる木や看板などに、充分ご注意ください。
では次に――》
ニュースでは、皿屋敷市に強風注意報が出てることを、ニュースキャスターが伝えていた。
それは蔵馬の部屋のテレビから流れるもので、蔵馬はそこだけを聞くと、リモコンを手にとって、テレビ画面を消してしまう。
そして、机から立ち上がると、窓まで歩いていき、カーテンを開けると窓の外を見た。
窓の外は、風が吹く激しい音と、ガラスが軋む音が聞こえ、木の葉がすごい勢いで目の前を通りすぎていく。
「瑠璃覇……」
蔵馬は瑠璃覇の名前をぽつりとつぶやくと、しばらく窓の外を眺め、どこにいるかわからない瑠璃覇を心配していた。
同じ頃……。
以前、桑原と二人で特訓した山の中。
その山の中にある、一本の木の上に、瑠璃覇が顔をうつむかせた状態で、ひざを抱えてすわっていた。
そして、今吹いている風は、瑠璃覇を中心にうずまき、激しく吹き荒れていた。
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