第六十六話 言葉の戦い
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それから四人は、部屋にある椅子にすわり、何もしゃべらないまま、ただジッとしていた。
すわったまま、ただ時間だけがすぎていく。
一言もしゃべっていないので、当然禁句を口にすることもないが、突破することもできていなかった。
それなのに海藤は、変わらずニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「くそっ、とても戦ってるカンジじゃねーぜ。すわってるだけなんてよ。
おい蔵馬、瑠璃覇、奴に勝ついい手はねーのかよ!?」
この状況に苛立ち始めた桑原は、勝算はないのかと、二人に問いかける。
「ここを四人で通過する方法はありそうだ」
「まあ…いくつかは…」
「何っ、ほんとか!?」
頭のいい二人はちゃんと突破方法を考えていたので、桑原は喜んだ。
「だが、飛影の魂をとり戻すのが先だ」
「だな」
「やっぱり?」
けど、やはり飛影を助けるのが先決なので、結局状況は変わらなかった。
第六十六話 言葉の戦い
そして、更に時間が経ち、時刻は夜中の12時25分…。
海藤は読書をしていた。
時間が経つだけで、何も変化のない状況に、桑原は苛立ちが増し、ぼたんは部屋の暑さに手でパタパタとあおっていた。
「へっ。別にだまってる必要はねーんだよな。禁句さえ言わなきゃいいんだろ!?楽なもんだぜ」
この状況に耐えきれなくなった桑原は、沈黙を破るように口を開く。
「蔵馬、瑠璃覇…。あいつのことを教えてくれよ。一体どーいう奴なんだよ!?」
「海藤優。オレと瑠璃覇のクラスメートで、入学当時からとびぬけた知能指数で話題になっていた。盟王学園はじまって以来の、天才的頭脳の持ち主だ」
「ただ、無口な奴で、人と話してるのを見たことがないな。まあ、私もあまり人のことは言えないが…。
とりあえず、頭はいいかな。単位を落としてるの見たことないし…」
「それって、遠回しに自慢してない?オレ、総合テストで一度もあんたに勝ったことないぜ。銀、あんたにもな…」
瑠璃覇と蔵馬の説明に、海藤は本から少し顔あげてこちらを向き、不快感を示していた。
「文系はお前の方が得意だろ。すでに哲学論文や、文芸批評の本も何冊か出してたな。いわば言葉のスペシャリストだ」
「天才若手文筆家ってやつかァ?人はみかけによらねェな。おぉ!?」
「どーも」
「ケッ。子供だましもいいとこだぜ。こんなことで、「あの言葉」を言うと思ってんのか?それにしても蒸すな…。この部屋はよォ」
「熱帯植物を飼育してるからね。室温27度、湿度80%。慣れない人にはつらいかな。
ノドが渇いたら、冷蔵庫にいろんな飲み物が入ってるよ。グラスもあるし」
飲み物を提供されるが、桑原は疑いの眼差しを向け、立ち上がると海藤に歩み寄る。
「まさか、自白剤入りのジュースじゃねーだろな。まずはてめーが飲めや」
「ハッ、考えてもみなかったな。なるほど。キミ、ほんとに頭いいな」
「ケッ。ほめすぎだぜ」
とりあえず、何も入ってないようなので、飲み物をとろうと冷蔵庫がある方へ歩いていく。
「あたしがやるよ。なんかしてないと落ち着かなくてさ」
それを見ていたぼたんが立ち上がり、先に冷蔵庫の方へ行った。
ぼたんがやり始めたので、桑原は再び席についた。
「おやま、けっこういろいろ入ってるね」
冷蔵庫の中には、海藤が言っていた通り、いろいろな種類の飲み物が入っていた。
「桑ちゃん、オレンジジュースでいいかい?」
「ああ」
ぼたんに問われると、桑原は短く返事をした。
「ついでに氷も入れてくれ。コップは透明なのがいいな。ストローもあったらつけてな」
「もう、注文が多いやね~~~」
ぼたんがそう言った次の瞬間、先程の飛影と同様に、桑原の体が激しい光に包まれた。
「あっ…」
「何!?」
「桑ちゃん」
「はい、二人目」
そして、桑原の魂もとられてしまい、海藤の手に渡った。
二人目の魂が手に入ったことで、海藤は不敵に笑う。
「なぜだ!?」
「なぜ桑原が!?」
「桑ちゃん、「あつい」って言ってないじゃないか!!」
「「あ」」
「あ」
確かに、「あつい」とは言っていないのに、何故魂がとられたのか不思議に思ってると、隣でぼたんが、しっかりと「あつい」と言ってしまった。
言った後にようやく気づくが、もう後の祭りである。
「やだやだ。しまった~」
禁句を言ってしまったため、ぼたんの体を光が包みこみ、魂がぬけ、海藤の手に渡ってしまった。
「はい三つ目。フフフフフフフフ。まったく、簡単に手に入るもんだね」
あっさりと、二つ目と三つ目の魂が手に入ったので、海藤はまた不敵に笑った。
「聞かなかったから言わなかったけど、オレの領域の禁句は厳しいよ。それは『あ』と『つ』と『い』を、続けて言っちゃいけないってことなのね…。それは、意味も意図もない、厳然たるルールなんだよ」
「なるほどな」
「そういうことか」
扉の前のはり紙に、カッコ書きで『あつい』と言ってはいけない…と書いてあった。
それは、あたかも『あつい』という単語を言ってはいけないとにおわせるもの。
そして、家の中はひどく蒸し暑いので、余計に『あつい』と言ってはいけないというのを、熱に関する『あつい』という単語なのだという先入観が生まれ、勘違いをしていた。
けど、実際は違った。
それは、その三つの文字を続けて言ってはいけないというもの。
『あつい』という単語を言っていなくとも、会話の文章の中で続けて言っていたら、例え文章を途中で切ったとしても、魂をとられてしまうというものだった。
そう……。
桑原は先程、ぼたんに問われた時…。
「ああ」
と返事をした後
「ついでに氷も入れてくれ」
と言っていた。
その時、自分でも『あつい』と言ったことに気づかず、魂をとられてしまったのだった。
二人は海藤に説明され、ようやく桑原の魂がぬけてしまった理由がわかった。
「魂ってさー、きれいだよね~。女のコが、一番オレ好みの色してるな~~。魂だけはさぁ~~、鍛えようがないよね…。美しく、もろい。これにさわることのできる者が、ちょっと力を込めただけで、たやすく握りつぶすことができる。フッ…。少しだけひっかいてみようか?少しだけ…」
海藤は、三人の魂にふれようとした。
「やってみろ」
「やれるものならな」
けど、その行為を、蔵馬と瑠璃覇の鋭い声によって止められる。
「それはオレと瑠璃覇にとっての、禁句だと言っておく。もしお前がそんなマネをすれば、いかなる手段を用いてでも、お前を殺す」
蔵馬は椅子にすわり直し、両手を組み、左の人差し指を海藤に向けて忠告した。
「ナイス。やっとキミ達の素顔が見れたような気がするな」
海藤は眼鏡を上に押し上げ、余裕の笑みを浮かべる。
「そのポーズがいつまでもつかな」
そう言って蔵馬は、柳沢の胸ポケットに入ってるはずの鍵を見せた。
「それは………!?あのドアのカギ?
お前!!」
何故、柳沢が持ってるはずのドアのカギが蔵馬の手元にあるのかわからず、海藤は椅子から立ち上がり、柳沢に問う。
「そ…そのカギは、オレのポケットの中にあるはず……」
自分でも信じられず、柳沢は慌ててカギを入れた胸ポケットを探った。
「バ…バカな。ねェ!?一体いつの間に。
あ!!」
不思議に思っていたが、その答えはすぐにわかった。
柳沢の上まで、植物が天井をはうように伸びていたからだ。
「別にいたくもかゆくもなかっただろ。キミの胸ポケットから、こっそり借りただけだから」
「チィ…」
今まで余裕だった海藤は、事実を知って悔しそうな顔をする。
「そちらのルールさえ守れば、こちらの能力も使えるようだな」
蔵馬は、わざと見せつけるかのように、植物を自分の背後から出した。
「植物に…ぬきとらせたってのか。これが奴の能力…!!」
「やったのはオレだけじゃないけどね」
「え?
はっ!!」
蔵馬に言われると、柳沢はまさかと思い、瑠璃覇にも目を向ける。
目を向けた先…蔵馬の隣に立っている瑠璃覇の周りには、瑠璃覇の体を中心に風がうずまいていた。
それは、自分の力を誇示するかのようで、わざと見せつけているようだった。
「なるほど…。銀の風の力で柳沢のポケットから鍵を浮かせ、そこを南野の植物が持っていったのか…」
「そういうことだ…。
三人の魂は大事にあつかえ。オレ達が必ず、無事にとり戻す」
宣戦布告をされると、海藤は無言のまま椅子にすわった。
「オレに勝たなきゃ、この魂は、とり戻せないよ」
「ところで、「禁句」を変えることはできないのか?」
「ん?」
「オレも瑠璃覇も、「あの言葉」を言わない………。キミも言わないだろう。このまま何時間座っていてもな」
「もちろん、禁句を変えることはできるよ。実は、初めからそのつもりなんだ。キミと一対一になったら、ルールをもう少し上級にしようとね。まあ…銀がいるけど、銀なら大歓迎だよ」
この時を待っていたかのように、海藤はうれしそうに口角をあげた。
「もし、オレに「禁句」を決めさせてもらえれば、45分以内でキミに「禁句」を言わせてみせると断言する」
「ほう。45分以内で?」
自ら断言しただけあって、蔵馬は自信あり気な顔をしている。
「もし…オレがその時間内に、禁句を言わなかったら?」
「オレの魂をやろう」
「ほう…」
「さあ、どうする?キミに有利すぎて、少しこわいか?」
そう言われた海藤は、たった今自分の能力を知ったばかりの蔵馬が、どんな「禁句」をもちだすのか、逆にすごく楽しみだと思っていた。そして、自分はあらゆる言葉のパズルや暗号、言霊などといった、言葉に関することを研究したのだから、不安がることはないのだと自分を説得した。
「よしわかった!!その条件でいいよ。さあ、キミが考えた「禁句」を教えてもらおう」
「「禁句」は一文字。ただし、1分ごとに増していく。最初は『あ』、その次は『い』と、1分ごとに、あいうえお順に「禁句」が増えていく。まあ、使える文字が一つずつ消えていく……と言ってもいいがね」
「全ての文字が消えるまで45分か。ハハハハハハハハ。やっぱ君、すごいね。おもしろいよ、それ」
蔵馬の考えた禁句を気に入った海藤は、壁にかけてある時計を見た。
「今、12時51分32秒。1時ちょうどから始めよう」
「いいだろう」
蔵馬が了承すると、海藤はテーブルを出し、その上にひらがなの表を出した。
三人はテーブルをはさんで腰をかける。
時計の秒針の音が静寂な部屋に響く中、三人は一言も発せず、時間になるまで待った。
「「「始め!!」」」
1時ちょうどになった瞬間、海藤は再び領域を広げる。
「こうして自由に話せるのもあとわずか。もうすぐで『あ』がなくなるよ」
開始から1分経ち、表の『あ』に✕がついた。
『あ』の文字が使えなくなったという証拠である。
「もうこの言葉は使えない…。『い』もそろそろだぜ。今のうちに、いっぱい言っておいた方がいいんじゃないかい?今、『い』は9回くらい言ったかな?」
「お前……意外におしゃべりだったんだな…」
「最初にはりきると、そのうちボロが出るぞ」
「御心配なく。こうみえても、言葉はオレの専門だぜ」
蔵馬に忠告されるも、海藤は余裕の笑みを浮かべていた。
「5分たったな」
それから、更に4分が経過し、あ行は全て使えなくなった。
「しゃべれるもんだね。ひとつの列がなくてもさ」
「少し間違ったら、口にするかもしれんな」
「ここは、気をつけてしゃべらねばな」
そして、また更に3分が経過して、『か(が)』、『き(ぎ)』、『く(ぐ)』も使用できなくなった。
「言葉のやりとりを楽しみません?」
「「もちろん」」
「南野…。何狙ってるんだ?」
「さてね。すでに察してるんじゃ?」
少し考えると、海藤は突然立ち上がる。
「なんだ?」
「どちらへ?」
「便所さ」
そう言って海藤は、後ろの階段をあがっていった。
その姿を、蔵馬と瑠璃覇は何かを企むような目で見ていた。
「柳沢(ヤナ)…しゃべるなよ」
忠告されると、柳沢は声を出して了解しようとしたが、すぐに海藤の領域にいることに気がつき、口をおさえた。
海藤がトイレに入り、ドアが閉まると、蔵馬と瑠璃覇は顔を見合わせ、無言でうなずいた。
それが合図のように、二人は同時に立ち上がった。
立ち上がると、瑠璃覇は風をおこし、蔵馬は、妖気で部屋の熱帯植物を急激に成長させ、ジャングルをつくった。
それを見ていた柳沢は驚き、その隙に、瑠璃覇が風で柳沢を宙に浮かせた。
瑠璃覇の能力は知っていたものの、突然自分の体が宙に浮いたので、柳沢は驚いた。
だが瑠璃覇は、すぐに風を操るのをやめ、そのせいで柳沢は落ちてしまい、運悪く頭を打ってしまう。
「って…」
頭を打ったと言っても、気絶するほどのものではなかったので、すぐに体を起こし、立ち上がろうとしたが、その間に、自分の目の前に伸びてきた一本の植物の蔓を見て固まった。
その蔓の先についていたつぼみが、ぷくーっとふくらんだかと思うと、はじけるように開き、中から花粉がとんできた。
花粉は柳沢にかかり、そのせいで柳沢は眠ってしまった。
柳沢が倒れると、二人は植物の中に姿を消し、それから数秒後に、柳沢の倒れた音に驚いた海藤が、トイレからとび出してきた。
「柳沢(ヤナ)!!」
扉の前で気絶している柳沢に驚いたが、すぐに眠らされていることがわかった。
そして、原因を探ると、すぐに蔵馬が植物を操れることに気づいた。
まさか、瑠璃覇と二人だけで先に進んでしまったのかと考えたが、その考えはすぐに払拭された。
何故なら、柳沢がもっていた鍵の他にもう二つ鍵があり、ひとつは自分が持っているが、もうひとつは隠してある。それに何よりも、蔵馬は三人の魂をとり戻すことを宣言していた。まさか、魂だけ持っていったん逃げ帰ったのかと思い、元いた部屋に顔を向ければ、そこはジャングルになっていたので、ますます驚いた。
海藤は植物をかきわけながら進んでいき、三人の体と魂を確認すると、蔵馬と瑠璃覇は逃げ帰ったのではなく、この部屋にいて、ケリをつける気なのだという結論に至った。
部屋のどこかに隠れ、自分の油断を狙っていると…。
海藤は冷や汗を流し、胸をドキドキさせながら辺りを見回した。
蔵馬が植物を、瑠璃覇が風をあやつっていることで、周りから物音がしており、周りから音がするたびに緊張は増していき、いつどこから来るのかと警戒していた。
時計を見ると、針は1時30分をさしていた。
残り時間はあと15分となり、海藤は、もう一言もしゃべらないと決意する。
自分を驚かし、悲鳴という方法で声を出させるという蔵馬の作戦を見抜いた海藤は、部屋の中央にいれば、二人がどこから来てもすぐにわかるので、電灯の下まで移動し、何がきてもいいように構えた。
勝負の終了まで残り二分になり、残るは『わ』と『ん』の文字のみになると、言葉を発しないように、手で口をおさえた。
そこへ、どこから来る気なのかと胸をドキドキさせている海藤の背後に、足を電灯にひっかけて、逆さまになった蔵馬が、ひっそりとおりてきた。
「わ!!!!!」
そして、海藤を背後から驚かす。
海藤は思わず悲鳴が出そうになったが、両手で口をおさえこみ、必死にこらえた。
なんとかこらえていると、その間に、『わ』の文字にも✕がつき、残り1分をきった。
もう時間がないので、自分が勝ったと思った海藤は、後ろへふり返った。
「ん?」
ふり返り、蔵馬の顔を見ると固まった。
蔵馬は手を使い、自分の顔を変形させていたのだ。
「プ」
固まり、体をふるわせると、思わずふきだしてしまう。
「あはははは。
し、しまった………」
蔵馬の変顔を見て大爆笑した海藤は、魂がぬけてしまった。
海藤の魂がぬけると、領域は消え、三人の魂も無事に元に戻ったのだった。
「あっ!?」
「も、元に戻った!!」
三人の魂が戻ると、植物もなくなっていく。
「海藤の領域は消しましたよ」
蔵馬は涼しい顔で椅子にすわっており、そう言って顔を向けた先には、指をさし、涙を浮かべながら笑ったまま魂がぬけた海藤が、仰向けになって倒れていた。
「あ~あ~あ~。自分の能力にひっかかって、魂が抜けちまうとはな。結果として勝ったが、蔵馬と瑠璃覇がいなかったらと思うと、ゾっとするぜ。
しかし、もとはと言やぁ飛影!!」
「う……」
名前を呼ばれると、飛影はバツが悪そうに目をきょろきょろさせる。
「オメーが魂をとられちまうからわりーんだよ!!」
「フン…」
桑原に怒鳴られると、飛影は自分でも失態だったと思っているのかそっぽを向く。
「こういう勝負はね、心理的に、「タブーを言わなければ勝てる」と思った方が負けるんですよ」
「それにしても、よほどおもしろいもん見たんだね」
「蔵馬…。お前一体、どんなへんな顔で笑わせたんだよ」
「もちろん。企業秘密です」
蔵馬は笑みを浮かべ、一部始終を見ていた瑠璃覇は、初めて見た恋人の変顔に、顔を赤くしていた。
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