第四十九話 情の心
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準決勝の試合を終えると、蔵馬は幻海に言われた通りに戸愚呂チームの戦いを観戦したが、瑠璃覇と飛影は幻海が言ったことを聞かずに、試合を見ることはしなかった。
瑠璃覇と飛影の二人はそれぞれどこかへ行ってしまい、桑原は幽助と螢子と合流し、幽助のそばには陣や凍矢達もいたので、幽助を連れ、幻海とともに試合会場からホテルに戻り、幽助をベッドに寝かせた。
幽助があまりにも寝てばかりいるので、桑原は幽助の心配をしていたが、鈴駒に、人のことより自分の心配したら?と言われ、殺すぞてめーと食ってかかっていた。
そこへ、部屋のすみで、壁に体をあずけてすわっていた幻海が間に割って入り、寝かしときなと声をかけてきた。その時になりゃ、イヤでも起きてくる。それは、そいつが一番よくわかってる…と…。
それだけを言うと幻海は立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
大事な用があると言って…。
そして桑原に、「負けるんじゃないよ」と、まるで遺言のように言い残し、部屋から出ていった。
幻海はホテルから出ると、目の前にひとつの影をみつけ、足を止めた。
「瑠璃覇か…」
そこにいたのは瑠璃覇だった。
第四十九話 情の心
幻海は瑠璃覇のもとへ足を進めていく。その間に、島にふく風が、二人をとりまいた。
そして、瑠璃覇の前に来ると足を止め、瑠璃覇を見上げる。
「お前……試合は見ないのかい?見ろと言ったはずだが」
「あんなもの、見なくても困らない」
「………私が出てくるのを、ずっと待ってたのか?」
「ああ…」
幻海の問いに、瑠璃覇は静かに答える。
「そうかい。それで、私になんの用だい?」
「…これから……戸愚呂と戦うんだろ?」
「何故…そのことを知っている?」
「私は鼻も耳もきく。試合が終わり、会場の通路を歩いていて、お前が先に行くと言った少し後に知った。近くで戸愚呂のニオイがしたし、会話も聞き取れた。戦うとは言っていなかったが、なんとなく雰囲気でわかった」
「そうかい…」
瑠璃覇の狐の耳としっぽを見ると、納得したように目をとじる。
「どうしても行くのか?」
「あたり前さ。奴とは、どうしても決着をつけなければならないからね」
「……そうか…」
瑠璃覇は一瞬悲しそうな顔になるが、すぐにいつもの顔に戻る。
「お前の気持ちはわかる。けど、お前と戸愚呂との力の差は歴然だ。前のお前ならまだしも、今のお前じゃ、返り討ちにあうのは必定だ。そうなったら、幽助が悲しむ。それでも……お前は……」
「ふふ…。お前らしくないね。私と初めて会った時のお前は、そんな……他人を気にかけるような奴じゃなかったというのに……」
そう言われると、瑠璃覇は顔をしかめた。
「初めて会った時のお前は、幽助の面倒を見るのも借りがあるからだと言っていたし、周りをよせつけない、鋭い顔つきをしていた。だが、今はどうだい。今は、とてもおだやかな顔つきになり、周りを気にかけ、大切にしている。とても、極悪盗賊とは思えないくらいにな」
「それはお前の勘違いだ、幻海。私は、決してそんなことは…」
「おや?そうかね」
何もかもお見通しといった感じで瑠璃覇に返すと、瑠璃覇は黙ってしまう。
「………最近私は、病気のようだ…」
「病気?お前さんがかい?」
「蔵馬は違うと言っていたが、私には……そうは思えない…」
「ほう…?」
「蔵馬と再会して間もない頃……私は、急に胸が痛みだした。私が、幽助に自分の素性を話した時のことだ。今までの奴は、私の正体を知ると、恐れるか、名をあげるために戦いを挑むかのどちらかだった。でも、幽助はそのどちらでもなく、逆に興味をもってきた。
桑原も同じだったし、飛影は、戦いを挑んできたけど、ただ純粋に戦いたいといった感じだった。
そいつらに会い、そいつらが私を優しいと言ったり、仲間と言ったり……他にも色々あるが、あいつらが不可解な行動をとるたびに、その胸の痛みは増していった…。
でも………今はそれがない。
今まで私は、周りは敵なのかそうでないのかで判断していた。蔵馬以外の他人と関わるのが、正直苦痛でしかなかった。
けど、今はそんな風には思えない。
今は………あいつらといるのが、苦痛じゃなくなってる……」
瑠璃覇は、以前蔵馬に話したことを幻海にも話した。
「そうかい。なら、蔵馬が言った通り、それは病気じゃないさ」
「え…?」
「それは…お前に今まで足りなかったものが、芽生えているだけだよ」
「足りなかった……もの?」
「ああ。それは……情の心だ」
「情の……心…?」
幻海の言ったことが信じられず、瑠璃覇は目を丸くした。
「お前が今まで送ってきた人生が、どんなものだったかは、私は知らん。しかし話を聞くに、お前は今までずっと、信じられる者が、蔵馬以外いなかったとみえる」
「……そうだが…」
「そして、蔵馬に出会う前は、一人もいなかった。違うかい?」
「ああ……その通りだ…」
「きっと、そのせいで情の心がなかったんだろうな…。だが、蔵馬と出会い、幽助達と出会って、お前は…」
「ちょっと待て!」
話を聞いてる途中だが、瑠璃覇は幻海の話を遮る。
「私に情の心がある?信じられんな…」
「そう思っていても、そうなんだよ」
「そんなわけ……」
「お前は、蔵馬が好きなのだろう?」
「ああ…」
「それが情の心。愛情だ。お前は、自分にはないと思ってるようだが、幽助達と出会う前……蔵馬と出会った時から、すでに情の心を持っている。相手を思いやる心。それが情の心だ。それが今は、幽助達にもむけられた。ただそれだけの話さ」
「…………」
「そして、今は蔵馬だけでなく、幽助達のことも大切に思ってる。自分が気づいてないだけでな」
幻海の話を聞くと、瑠璃覇は切なげな表情になる。
「さて……私はもう行くよ」
「もう…行くのか?」
「ああ、もうこれ以上、相手を待たせられないんでね」
「そうか…」
瑠璃覇が短く返すと、幻海は森の中へ足を進める。
「幻海…!!」
けど、そこを瑠璃覇に呼び止められた。
幻海は、それに無言で振り向く。
「私……お前のこと……嫌いじゃなかった…」
「ああ…。私もさ…」
瑠璃覇の言葉に短く返すと、再び前を向き、足を進め始めた。
「元気でな」
歩いてる途中、瑠璃覇に背中を向けたままあいさつをすると、幻海は森の中へ姿を消した。
「………本当に……嫌いじゃなかったよ……。幻海……」
それに答える者はもうそこにはおらず、その言葉だけがむなしく辺りに響くと、あっという間に消えた。
瑠璃覇は、幻海と話をすると、もう目的はとげたので用はなくなったというように、ホテルへ戻っていった。
けど、瑠璃覇は自分が寝泊まりしている部屋には行かず、屋上に行き、妖気のコントロールを始めた。
その間に思い出すのは、幻海とのことだった。
幻海と初めて会った時のこと。
暗黒武術会への出場が決まり、この島へ来た時のこと。
そのことを、風を操りながら思い出していた。
「!!」
けど、始めてから数十分経った頃、突然ひとつの霊気が消えるのを感じ取った。
「幻海……」
それは、幻海の霊気だった。
霊気の消失…。
それは、すなわち死を意味する。
最初からわかっていたことではあるが、それがわかった瑠璃覇は、眉をひそめ、悲しげな顔をした。
操っていた風は、おだやかだったものが、突如乱れ、激しく狂ったように動く。
それは、どんなに制御しようとしても、なかなかおさまるものではなかった。
夜……。
外の風は、まだおさまることなく、激しく荒れ狂っていた。
そんな中、瑠璃覇は一人、ホテルの最上階にあるバーにいて、そこでカクテルを飲んでいた。
しばらく、まだ半分残ってる状態のグラスを持ったままぼーっとしていたが、ある瞬間覚醒して、ヤケ酒といった感じで、残った酒をのどに流しこんだ。
その時、瑠璃覇の後ろを、一人の男が通り過ぎる。
その男は、瑠璃覇から五席離れた場所にすわると、バーテンダーの男に注文をする。
少しして、瑠璃覇はバーテンダーから、注文していないカクテルを目の前に置かれた。
「あちらのお客様からでございます」
頼んでいないものを置かれたのは、単に他の客からのおごりだったからで、そう言われると、バーテンダーが手を向けた方に目を向けた。
「やあ、久しぶりだね、お嬢さん」
そこには戸愚呂弟がいた。
「貴様か……」
「白々しいねェ…。本当は、オレがこの店に入った時点で気づいていたんだろう?」
「気づかないふりをしていたかったよ。今貴様のツラなど見たくないからな。貴様がカクテルをおごったりなどしなければ、ずっと気づかないふりをしているつもりだった」
そう言うと、一気にカクテルを飲みほす。
「よくもぬけぬけと、私の前に姿を現せたものだな…。なんの用だ?」
瑠璃覇は鋭い目で睨みつけるが、戸愚呂は動じなかった。
「オレも男だ。美しいお嬢さんを、エスコートしに来たのさ」
「貴様がそんなツラか。本音を言え」
「そうだねェ。だが、あんたに会いに来たのは本当だ」
本音を語られれば、瑠璃覇は心の底から迷惑そうな顔をする。
「二人っきりで話がしたい。少し付き合ってくれ」
支払いをすませると(戸愚呂が出すと言ったが、瑠璃覇はこんな奴におごられたくないと、意地でも自分で支払った)、瑠璃覇は戸愚呂に連れられ、屋上へと行った。
「こんなところまで連れてきて、一体なんの用だ?」
「言っただろ?お前に会いにきたと…」
「私は、お前になど会いたくはなかった。
……何故、私の前に現れた?」
「オレは会いたかったよ。魔界屈指の実力者といわれ、生きた伝説の極悪盗賊、パープル・アイと恐れられてるあんたにね…」
自分に対する不快感を表され、睨みつけられるが、戸愚呂は意にも介していない様子だった。
「お嬢さんは、この大会で優勝したら、何を望む?」
「なんだ?唐突に…」
「この大会で優勝すれば、どんな望みでも叶えられる。魔界屈指とまで言われたあんたは、何か望むものがあるのかと聞いているんだ」
「それを、貴様に教えてなんになる?」
「単純に、強さを得た奴が次に望むものは何かということに、興味があるだけだ」
戸愚呂は正直に話すが、瑠璃覇は不快感を示すだけで、黙って睨みつけるだけだった。
「実は、オレはもとは人間だ。50年前、あんたと同じように、この暗黒武術会のゲストとして参加し、優勝した時、妖怪に転生した。仲間は猛反対したがね…。
オレが今回望むのは、魔界に行って、強い相手と戦うことだ。
あの時はまだ脆弱な妖怪だったが、50年経ち、オレも強くなりすぎた。これだけでかい妖気だと、自然発生する小さなひずみじゃあ魔界に行けない。これで浦飯を倒しちまったら、トンネルあけてでも魔界に戻らなきゃあ、戦う相手がいないからねェ」
真実をあかされても、まったく動じず、体を少しも動かすことなく戸愚呂の話を聞いていた。
変わっているのは、ますます不快感を感じているということだけである。
「なァ、オレはあんたの強さに、非常に興味がある。大会が終わったら、一戦交えてくれるかい?」
けど、次に戸愚呂が言ったことに、瑠璃覇は眉をひそめ、更に強い不快感を示した。
「黙れこわっぱ!!」
そして、怒鳴りながら、強い風圧で戸愚呂を吹きとばすと、戸愚呂は後ろの壁に激突する。
この時の瑠璃覇は、人間ではなく妖怪の姿に戻っていた。
「貴様のようななりそこないが、魔界に行って生き残れると、本気で思っているのか!?」
「ぐォオ……!!」
壁に激突し、瑠璃覇が操る風の力だけで壁におさえられている戸愚呂は、自分の力をなんとかふりしぼり、この風から逃れようとするが、それは敵わなかった。
「貴様は、魔界の真に強き妖怪を知らんようだな…。貴様ごとき半端者の力など、通用するのは下等妖怪のみだ。
魔界は広大だ。貴様より数倍も強い者などごろごろいる。それこそ、貴様などには手に負えないような強者がな…。
貴様など、魔界に行ったら一瞬で食われるぞ」
「(風圧だけで………このオレが……)」
まるで、怒りをぶつけるかのように風でおさえこむ瑠璃覇。
戸愚呂は、何も技を使ってないのに、自分がおさえこまれていることが信じられずにいた。
「いや……もう私にケンカを売った時点で終いだ。魔界に戻れば、私は本来の妖力に戻ることができる。そうなったら、私は一瞬で、貴様をひねりつぶせる…!!」
瑠璃覇は殺意と敵意をむき出しにし、それを戸愚呂にぶつける。
戸愚呂は、瑠璃覇の強大な妖気と恐ろしさを感じとっていた。
「戸愚呂…。私の望みを教えてやる。
それは……お前の死だ…!!」
自分の死を望んでいると言われても、何も言い返すことができなかった。
それは、自分よりも強い者に威圧されてるからだった。
強者にのみ許される、弱者を支配する権利。
そして、弱者を屈服させられるその圧倒的な力を、瑠璃覇からひしひしと感じとっていたからである。
「私はお前が大嫌いだ。私に不快感しか与えない、世間知らずな半端者だ。本当は、私が今ここでお前をぶっとばしたいところだが……それでは、幻海や幽助の気持ちに水をさすことになる。貴様は、幽助がぶっとばす。見る影もなくなるくらいにな…。
覚悟しておけ…!!」
そのことを言うと、戸愚呂をおさえつけている風をとき、そこから去っていった。
戸愚呂は、まだ冷や汗をかいていたが、それでも瑠璃覇の恐ろしさを感じると同時に、うれしそうな顔をした。
それは、魔界にはあんなに強い奴もいるのだという、強者と戦いたいと願う戸愚呂の感情だった。
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