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未完成

深津side










 高校一年生の時、二つ上の部活の先輩から特別な感情を向けられていた。

 入学当初は純粋にその先輩を慕っていた。先輩はレギュラーではなかったものの、自分のバスケを客観的に指導してくれるのはありがたかった。

 しかし次第にその接し方に違和感を感じるようになった。太ももに手のひらを置かれた辺りで流石におかしいと感じ始めた。特に全身を舐め回すような視線に鳥肌が立った。

 その時、一方的に向けられる性欲の不快さを知った。

 とはいえ部活が同じである以上関わりは避けられず、上下関係もあるためあからさまに拒絶することも出来なかった。先輩が卒業後は県外に出て行くと聞いたときは心からホッとした。




***




 春になり二年生に進級し、先輩からも解放された。
 そして同時に、山王に沢北栄治という男が入学した。

 有り余るバスケの才能が眩しい存在だった。入学当初は立場上衝突することも多く手を焼いたが、ともに時間を過ごす中で少しずつ懐くようになり、憎めないやつだと思うようになった。

 一年ほど経ち、沢北に親しい後輩以上の感情を抱いていると自覚した瞬間、愕然とした。
 今の沢北は一年前の自分と全く同じ境遇ではないか。
 好きでもない先輩から向けられる特別な感情がどれだけ不快なものか、他でもない自分が嫌と言うほど知っている。

 だから自覚するのと同時にこの想いは墓場まで持っていくと決めた。湧き上がる感情は仕方ないとしても、本人に悟られなければいい。
幸か不幸か、自分は感情が顔に出やすいタイプではない。そのため気持ちを隠すのは案外容易かった。

 沢北は入学当初こそツンケンとした態度を取っていたが、打ち解けてからはむしろ他人との距離感は近く、スキンシップを好んだ。
事ある毎に抱きついてくるので、封じ込めた想いがふいに溢れてしまいそうになった。

 しかし逆に言えば沢北の行動は秘められた気持ちに気付いていないからこそとも言える。そのことに胸を撫で下ろした。

 そしてこの想いを誰にも打ち明けることのないまま、沢北はアメリカへ飛び立った。

 よくある初恋の思い出話だ。





***





「深津さんて高校の頃、俺のこと好きでした……よね?」


 背中から冷や汗が吹き出した。
 ドクドクと脈打つ音が脳内に響き、先ほどまで聞こえていた周りの喧騒が急激に遠ざかる。

 沢北が渡米してから会う頻度も少なくなり、想いを隠す労力もほとんど必要なくなった。本人に気付かれていないのをいいことに、沢北の帰国時に開かれる同窓会には顔を出し、交流を続けていたのだ。
 今日は沢北の誘いで、二人で近くの居酒屋で夕食をともにしていた。
 手の僅かな震えを悟られないようグラスを掴むと、冷えた烏龍茶を喉に押し込む。


「……何でそう思うピョン?」
「んーアメリカに行ってからなんですけど、山王で過ごした時のことよく思い出してて……深津さんの視線とか思い出してなんとなくそうだったのかなって……もちろん、気のせいかもですけど」


 視線だって?
 俺は無意識のうちにあの気持ち悪い視線を送っていたというのか?
 感情というものはどれだけ抑え込んだつもりでも滲み出てしまうものらしい。隠し通せているなんてとんだ驕りだった。

 否定しなければ。すぐにそう思った。
 気のせいだピョンとなかったことにして、やり過ごすことにしよう。
 しかし、今日わざわざ呼び出したのが、このためなのだとしたら。もしも沢北が嫌な思いをしたというのなら有耶無耶にするのは不誠実なのではないか、とも思う。


「……たしかに高校の頃はお前のこと、好きだったピョン」
「本当ですか⁉︎ あのっ実は「付き合ってる人がいるピョン」えっ」
「お前を好きだったのは過去の話ピョン。もう何とも思ってないから安心しろ」
「……そう、ですか……」
「嫌な思いをさせたなら、すまない」
「…………」
「……そろそろ、出るか」
「…………」
「沢北?」
「っ!すみません、」
「会計するピョン」
「……はい」


 勿論恋人なんていない。なんて虚しい嘘だろう。
 沢北が言葉を続けようとしているのを見て、咄嗟に口が動いてしまった。

 深津さんの視線がずっと嫌だった。気持ち悪かった。軽蔑します。本当はもう会いたくないんです。……想像はどんどん悪い方向へ流れていく。

 たしかに時が経ってから嫌だったと気付くこともあるだろう。あの時の自分のように、先輩だからと中々言えずにいたのだろうか。
 何も知らずにスキンシップを取っていたことも、嫌な思い出へと上塗りさせてしまっただろうか。

 もっと早くこうするべきだったのに、邪な気持ちを抱いたまま、良き先輩でいたいなんて欲をかいたからバチが当たったのだ。

 もう沢北に会うのは、やめよう。



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