皇帝陛下と恋のしがらみ
男の名はコンスタンティノス十一世パレオロゴス・ドラガセス。
まず名前が長いのが気に食わない。
この男こそが、今回の『ビザンツ皇帝の醜聞』事件の依頼人である。
怪奇に包まれた、彼の治める小国の醜聞になり得るアイテムを探してほしいという依頼だった。
事件解決に寄与した立香(前述の通り、以蔵がかなりのサポートをしたのだが)に感謝したい、とコンスタンティノスは立香をデートに誘った。
しかし想い人のいる立香には、感謝と友誼しかない申し入れでも受けることはできなかった。友人も同席するならいい、と立香は返事をした。
そこで呼ばれたのが以蔵である。
(以蔵さんに後ろめたいことはしたくないから)
と、立香は言った。
コンスタンティノスは立香と以蔵に「こちらへ」と言い、颯爽と背中を向けた。ホテルの車寄せにはハイヤーが停まっていて、運転手が開いたドアの前で待っていた。レディファーストで立香を先に後部座席に導いたコンスタンティノスは、以蔵にアイコンタクトを送る。
「わし……私が前に座ります。私は護るがぁ仕事ですき」
アクセントが土佐弁のままだという自覚があるが、今度は理解してもらえたらしい。コンスタンティノスは「君は仕事のできる人だからね」と笑顔を見せた。
コンスタンティノスは日常会話程度の日本語を問題なく喋れる。
王たるもの、さまざまな語学に堪能であらねば、ということだそうだ。
それでも日本語では意思の疎通が難しい時、コンスタンティノスと立香は英語でやり取りしている。
学校の勉強など社会では役に立たないと思っていた以蔵だったが、この時ばかりは過去のひねくれた自分の襟首を掴みたくなった。
今も後部座席では、立香とコンスタンティノスが笑いさざめいている。
己に何も言う資格がないとわかっているから余計にもどかしく、腹立たしい。
以蔵は立香にストーキングされている。
とある事件で以蔵は立香を護り、命を救った。
吊り橋効果というべきか、立香は以蔵に恋心を覚えてつきまとい、何くれとなく世話を焼くようになった。
厭なら断ってしまえばいい。
だが実際のところ、以蔵も立香に惚れている。
互いの同意があるなら交際してもいいのではないか、という向きがあるのを承知しつつ、以蔵は立香へ何の言質 も与えてはいない。
まず、歳の差がある。以蔵は社会に出て十年近くになる男だ。この間まで高校生だった立香に手を出すなど、乏しい倫理観に照らしても許されることではない。
それに、勢いで盛り上がった恋を信じきれない。ちょっとしたことで火の点いた立香の恋が、ちょっとしたことで消えてしまうのを恐れている。
一度受け容れられたのに拒まれることになったら――と考えただけで、以蔵は丸一日落ち込める。
だからまともな返事もできないまま、立香がストーキングするに任せている。
ただの顔見知りでしかない女が他の男と談笑するなどどうでもいい、と言わなければいけない立場だ。
しかし立香に対しての欲があるから、以蔵はとても達観などできない。
苛立ちを隠そうと必死の以蔵をよそに、ハイヤーは都心の閑静な住宅地を縫うように走る。
やがて森の前で、ハイヤーは止まった。
運転手がうやうやしく開けたドアから出たコンスタンティノスは、車内の立香へ手を伸べて後部座席から降りるのをエスコートした。
(こがな! こがなところが! わしはまっこと気に食わん!!)
内心で歯噛みする以蔵だが、『護る』と言った手前、周囲を警戒する。
まず名前が長いのが気に食わない。
この男こそが、今回の『ビザンツ皇帝の醜聞』事件の依頼人である。
怪奇に包まれた、彼の治める小国の醜聞になり得るアイテムを探してほしいという依頼だった。
事件解決に寄与した立香(前述の通り、以蔵がかなりのサポートをしたのだが)に感謝したい、とコンスタンティノスは立香をデートに誘った。
しかし想い人のいる立香には、感謝と友誼しかない申し入れでも受けることはできなかった。友人も同席するならいい、と立香は返事をした。
そこで呼ばれたのが以蔵である。
(以蔵さんに後ろめたいことはしたくないから)
と、立香は言った。
コンスタンティノスは立香と以蔵に「こちらへ」と言い、颯爽と背中を向けた。ホテルの車寄せにはハイヤーが停まっていて、運転手が開いたドアの前で待っていた。レディファーストで立香を先に後部座席に導いたコンスタンティノスは、以蔵にアイコンタクトを送る。
「わし……私が前に座ります。私は護るがぁ仕事ですき」
アクセントが土佐弁のままだという自覚があるが、今度は理解してもらえたらしい。コンスタンティノスは「君は仕事のできる人だからね」と笑顔を見せた。
コンスタンティノスは日常会話程度の日本語を問題なく喋れる。
王たるもの、さまざまな語学に堪能であらねば、ということだそうだ。
それでも日本語では意思の疎通が難しい時、コンスタンティノスと立香は英語でやり取りしている。
学校の勉強など社会では役に立たないと思っていた以蔵だったが、この時ばかりは過去のひねくれた自分の襟首を掴みたくなった。
今も後部座席では、立香とコンスタンティノスが笑いさざめいている。
己に何も言う資格がないとわかっているから余計にもどかしく、腹立たしい。
以蔵は立香にストーキングされている。
とある事件で以蔵は立香を護り、命を救った。
吊り橋効果というべきか、立香は以蔵に恋心を覚えてつきまとい、何くれとなく世話を焼くようになった。
厭なら断ってしまえばいい。
だが実際のところ、以蔵も立香に惚れている。
互いの同意があるなら交際してもいいのではないか、という向きがあるのを承知しつつ、以蔵は立香へ何の
まず、歳の差がある。以蔵は社会に出て十年近くになる男だ。この間まで高校生だった立香に手を出すなど、乏しい倫理観に照らしても許されることではない。
それに、勢いで盛り上がった恋を信じきれない。ちょっとしたことで火の点いた立香の恋が、ちょっとしたことで消えてしまうのを恐れている。
一度受け容れられたのに拒まれることになったら――と考えただけで、以蔵は丸一日落ち込める。
だからまともな返事もできないまま、立香がストーキングするに任せている。
ただの顔見知りでしかない女が他の男と談笑するなどどうでもいい、と言わなければいけない立場だ。
しかし立香に対しての欲があるから、以蔵はとても達観などできない。
苛立ちを隠そうと必死の以蔵をよそに、ハイヤーは都心の閑静な住宅地を縫うように走る。
やがて森の前で、ハイヤーは止まった。
運転手がうやうやしく開けたドアから出たコンスタンティノスは、車内の立香へ手を伸べて後部座席から降りるのをエスコートした。
(こがな! こがなところが! わしはまっこと気に食わん!!)
内心で歯噛みする以蔵だが、『護る』と言った手前、周囲を警戒する。