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あなたの夢とわたしの妄想

「……」

 立香はベッドに横たわったまま、両手で口を抑えた。

「何、今の夢……」

 息が熱い。声も熱い。頬も熱い。

「以蔵さんが、わたしを……」

 その先を言葉にできない。
 夢の中の以蔵は凛々しく、雄々しかった。立香をそっと抱きしめ、流れるように組み敷いて、耳許で「好きじゃ」とささやいた。
 立香に男性との経験はない。同級生の噂話や無料アプリのティーンズラブマンガなどでおぼろげな知識を得ただけだ。
 以蔵はうやうやしく立香を脱がせ、焦りを見せずに優しいキスをして、腰を撫でた。乳房をほどよい力で揉み、脚を開かせ、男の器官を立香に押しつけた。

「以蔵さん」

 立香が呼ぶと、

「立香、わしがおまんを幸せにしちゃる」

 場にそぐわないほど穏やかな声が降ってくる。

「わたし、以蔵さんとこうするだけで幸せだよ」
「ほうか……わしもじゃ」

 そう言って、以蔵は立香の中へ押し入ってきた。
 なにしろ、自慰もろくろくしたことがない処女の夢だ。何もかもが曖昧模糊としている。
 しかしふんわりした圧迫感が怖くて見上げれば、以蔵が顔を歪めている。その表情があまりにセクシーで、立香は思わず目を逸らした。
 以蔵は立香の視線に気づいたようで、細い顎を掴んで立香に己の方を向かせた。

「わしを見ぃ、おまんはわしだけ見ちょりゃえい」

 その言葉に、立香の涙腺は崩壊した。
 普段わしを見なや、わしかたけに関わっちょったらまともになれん、と説教する男が。

「以蔵さんっ……!」
「立香……」

 背景に薔薇が散るほどに耽美な笑みで己を呼ぶ以蔵に、立香は感極まった。
 そこで目が覚めた。

「何やってんだわたし……」

 独りのベッドで、枕に顔を埋めてごろごろと転がる。

「あー羞ずかしい羞ずかしい……」

 見る者も聞く者もいないのに、羞恥があふれて止まらない。
 現実の以蔵は、いつも恰好いいわけではない。深酒をした翌日は顔を青くして苦しげにえずくし、競馬中継を熱心に聞いて馬券が外れれば騒ぐ。

「わしはおまんが思うちょるほどえい男やながぞ」

 と、何度も言われる。
 それでも、立香にとって以蔵はあの瞬間の以蔵だ。
『聖杯』を巡る事件に巻き込まれた時のことだ。人の影の形をした恐ろしい何かに袋小路へ追い立てられて、このままこのバケモノに殺されるのだと思った時、「助けて!」と叫び声が出た。
 その懇願に応えるように。

「死に、さら、せぇぇぇっ!」

 以蔵はバケモノに背後から飛びかかり、その脳天を日本刀で斬り割った。光を反射した刀身が場違いに美しいと思った。
 そのまま立香の前面へ転げ、以蔵は日本刀を構え直す。

「無事か立香ぁっ!」
「岡田さん!」

 立香は震える脚をこらえて言った。

「おまんはわしが護る言うたろう!」

 頭を砕かれたはずのバケモノは、傷口から黒い影をにじみ出させ、うにうにと気持ち悪くうごめいてその形を回復させつつあった。
 舌打ちした以蔵は、背後の立香を少しだけ振り返った。

「おまんはそこでおとなしゅうしちょれ! えいか、わしより前に出るがやながぞ!」

 立香が今まで触れてきた『無愛想で不躾で下品な探偵さん』の姿が打ち壊され、立香をその身でかばって恐ろしいバケモノと対峙する以蔵の背中が目に焼きつけられた。
 きっと、恋に落ちた音は稲妻のようだったに違いない。
 だから、以蔵自身が何をしようが何を言おうが、立香にとって以蔵はただただ恰好いい存在なのだ。
 思わぬ形で己の欲を突きつけられ、ただ悶える立香だったが、このまま何もしないでいては学校に遅刻してしまう、という現実的な思考が割って入った。

「……シャワー浴びよ……」

 頭から温湯を浴びることで、妄想をリセットしたい。自分がこんなにいやらしい存在であるということを忘れたい。
 立香はゾンビのように起き上がり、身を引きずってユニットバスへ向かった。
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