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あなたの夢とわたしの妄想

 枕の上に、オレンジ色の髪が広がっている。以蔵は生唾を飲み込んだ。
 雪のように白い肌をこれから愛してやるのだと思うだけで、雄の部分がいきり立つ。
 立香はじらいを含んで以蔵を見上げた。

「以蔵さん、わたしの初めて――あげる」
「わしかたけが初めてで……ほんまにえいがか」
「以蔵さんがいいの」

 目を伏せた立香の頬が染まる。これほどに立香は以蔵を愛しているのか。
 以蔵はシーツの上に投げ出されていた華奢な左手を取った。己の武骨な手と較べたら、ガラス細工のようだ。美しく繊細で、少し力を入れたらたちまち折れてしまいそうで。
 以蔵はその手を己へと引き寄せ、薬指のつけ根に噛みついた。立香は顔をしかめ、そしてわらった。

「以蔵さん……」
「早いうちに指輪うちゃるき、今はこれで堪忍しとうせ」
「うん、うん……わたし、これだけでも、嬉しいよ」
「欲のないこと言いな。わしを男にさせぇ」

 言葉とキスを降らせれば、立香もおずおずと以蔵の舌を舐めてくるので、深くくちづけて舌や頬裏を愛撫する。粘膜同士の絡み合いにひとしきり満足して顔を上げれば、立香は苦しげに呼吸していた。

「のうが悪いか、ほうか。鼻で息しぃ」
「うん……」

 閉じられた目と開けられた口に誘われ、もう一度唇を落とす。立香も翻弄されるだけでなく、少しずつキスの作法を覚えているようだ。そのスポンジのような吸収力に、以蔵は心でほくそ笑む。
 ――おぼこい娘が、わしに抱かれていやらしゅうなる。
 それは男にとって美味極まりないご褒美だ。
 顔を起こして、乳房に触れる。着痩せする立香の、二つの膨らみは柔らかい。そっと握れば、指が脂肪に沈む。指先でその感触を味わっていると、立香は熱い息を吐いた。

「や、以蔵さん、それ、羞ずかしい……」
「誘われゆうようにしか聞こえんぜよ」

 そう笑ってやれば、立香は赤面して両手で口許を覆った。

「ちが、ちがうの……わたし……」
「あぁ、えいえい。おまんはおまんらしゅうしちょったらえい」

 小さめの乳首は、以蔵の愛撫にこごっていた。舌先でつつき、その味を確かめる。甘みを覚えるのは、味覚が以蔵の心を表しているせいだろうか。
 乳が出るほど愛してやろうと、口を開いて――
 けたたましいベルの音と電子音が耳に飛び込んできた。

「なんじゃぁぁぁぁっ!」

 周囲を手探りし、目覚まし時計のボタンを押してベルを止める。返す刀でスマホを掴み、画面をタップしてこちらも音を止める。
 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。薄明るい部屋の天井を見上げて、以蔵は呆然とした。ベッドの上には以蔵しかいない。
 立香の裸体は、視界からどんどん消えていく。

「夢、か?」

 背筋がいっぺんに寒くなった。あわてて起き上がり。下着ごと寝間着のジャージをめくり下げる。陰茎はしっかり屹立していたが、最悪の事態は避けられていた。
 安堵のため息を吐き、再び寝転がる。

「……あー……」

 起きたばかりだというのに、み果てた声しか出せない。

「どんだけ溜まっちゅうがか、わし……」

 癖毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、腕をマットレスに落とした。
 立香は以蔵のストーカーだ。以蔵が勤める探偵事務所の請けた仕事の一環で、立香を護ったことがあった。
 それ以来立香は以蔵への好意を隠さず、押しかけ女房として以蔵の周囲に出没している。
 まだ十九歳の大学生になど手を出すつもりはない。二十七歳の男がこの間まで高校生だった子供の相手をするなど、犯罪だ。
 しかし――
 好きな男を見上げる視線の色気に、油断をすれば抱きしめかねないほどには立香へ恋している。
 惚れた女が毎日のようにまとわりつき、時には下着姿で挑発してくる環境を、素知らぬ顔でやり過ごしているのだ。睡眠時に気が緩んでしまうのも無理はないだろう。
 立香に想いを悟られることなく、しかるべき時までストーカーの被害者として振る舞わなければならない。
 以蔵を想って泣くその肩を抱き寄せ、「わしもおまんを好いちゅうがじゃ」と打ち明けたい。しかし今それをしてはいけない。

「……」

 以蔵は陰茎を取り出した。
 結局のところ、以蔵も男だ。結晶のように純粋な恋情ばかりを抱いているわけではない。触れたいし、暴きたいし、奪いたい。
 発泡酒をあおる以蔵の腕にぴっとりと密着して来た時の、柔らかさと甘い香り。くるくると変わる表情の中の、眉をひそめた顔。かつて経験してきた玄人の女。
 それらを混ぜこぜにして、以蔵はベッドの立香を想像する。そして己を慰める。

「立香、りつか……」

 発情した犬のように荒い呼吸を繰り返し、硬さを増す陰茎をしごく。これを求めて喘ぐ立香の顔と声と粘膜を夢想する。
 手の中に放出して冷静さを取り戻すと、虚脱感と罪悪感が押し寄せてくる。
 ティッシュボックスを引き寄せて粘つく白濁を拭き取り、まとめてごみ箱へ放った。
 己だけこのような肉欲を持っていることも、以蔵が気後れしている原因のひとつである。
 ――わしは所詮、こがな男じゃ。おまんの中におる『かっこえい以蔵さん』らぁてこの世のどこにもおらん。やけんど、せめて夢ばぁ持たいちゃりたいがじゃ。

「――シャワー入るか」

 手はべたつくし汗もかいた。頭から湯を浴びて気分を切り替えたい。肩を超える長さの癖毛は乾燥に時間がかかるものの、今日の外回りは夜に依頼人の妻と浮気相手を尾行する仕事だけだから、それまでには乾くだろう。所長夫人のお竜からは生乾きの髪が香料くさいと苦情を言われるだろうが、人間ではない生き物の嗅覚にまで気を遣ってはいられない。
 そうと決めれば、行動するだけだ。以蔵はややこしいことを考えるのには向いていない。

「……立香」
 それでも以蔵は、結晶のように純粋な恋情も持っているのだ。
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