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トップアイドルへの道2

 昼間の歌番組の収録が終わり、電車で帰る道すがら。
 マーリンからのメッセージを受信した。

『「火曜八時からの歌番組に出ます! 新曲初披露です、見てください!」を土佐弁で』

 流れる車窓に目をやり、しばし考えてから以蔵は返信する。

『~に出るぜよ! しんきの曲初めて歌うき、見とうせ!』

 依頼を意味する語尾の中でも、『つかぁさい』では少し仰々しい。
 即座にマーリンから感謝の意のスタンプが送られる。ぷにぷにした手触りを連想させて緑色に光る『コン』というキャラクターは、若い女子に流行っているという。
 流行への目配りがなければ、メインターゲットへの訴求はできない、とでも考えているのだろう。
 どうでもいい。
 ツイッターの鍵つきアカウントを開くと、早速以蔵の公式アカウントがツイートしていた。

『火曜八時からの歌番組に出るぜよ! しんきの曲初めて歌うき、見とうせ!』

 それを見て、ふぅ、とため息をつく。
 マーリンがプロデュースするボーイズグループ『ファイブスターアイドル』は、PVや日常の光景をアップした動画や定期的なミーグリイベント、メンバーのまめなSNS投稿などが功を奏して地上波の歌番組に呼ばれるほどになった。
 まだまだ認知度は以蔵がキャップとマスク姿で電車に乗れる程度なのだが、デビュー二年目のグループとしては上々の部類のはずだ。
 スマホをスワイプしてタイムラインを追うと、楽屋のドアの名札の前で自撮りしたシグルドの画像も流れてくる。
 先ほどごちゃごちゃやっていたのはこのためだったのか。
 以蔵の公式アカウントが、シグルドのツイートに笑顔の絵文字を添えて引用する。以蔵の翻訳を必要としないから、マーリンはしばしばこの形でツイートする。
 もちろん、鍵垢しか持たされていない以蔵はこの投稿に何ら関与していない。
 ただタイムラインを眺めるだけのアカウントを与えられてから、もう一年近くになる。
 デビューからまもなくの頃は、以蔵にも公式アカウントを使う権限があった。
 高校時代SNSのアカウントを持たず、立香のインスタグラムに映り込む形でしか画像を公開していなかった以蔵は、SNSの作法を知らなかった。
 ファイブスターを応援する立香のツイッターアカウントを教えてもらい、画像や動画の感想を添えた引用リツイートや日常のツイートにいいねをつけた。
 また、上京した立香とスタバへ行った時の二人の紙コップを撮ってアップした。
 恋人との逢瀬を記録に残しておきたい、それを誰かに見てほしい、と思うのはそれほど不自然ではない。
 ――と、考えていた。
 地元へ帰る立香を東京駅まで送った帰り道で、マーリンから呼び出された。
 肩にストールを巻きつけたマーリンの笑顔はいつも通りうさんくさく、しかしどこか棘があった。

「以蔵、私が何を考えているかわかるね?」
「わかるわけないろう、わしは超能力らぁ使えん」

 疑問符を浮かべる以蔵に、マーリンはスマホの画面を見せた。
 そこには『以蔵 匂わせ』というワードをつぶやいているファンのツイートが並んでいた。

『あれ彼女? 彼女だよね?』
『いいねしてるツイの中に彼女いるのかな』
『やめて勘弁して』
『夢見させろよ、アイドルだろ』

「――わかるね?」

 マーリンは以蔵の顔を見て、わずかに笑みを深くした。
 以蔵から――ファイブスターからファンが離れる。それは以蔵にとって不本意なことだ。
 ボーイズグループの世界で覇権を取って、誰はばかることなく立香と結婚する。そのためには、デビュー一年目から以蔵を推すファンを幻滅させるのは賢くない。

「そもそも私は藤丸さんと別れようと君に提案したじゃないか」
「ほがなこと、聞けるわけないろう。わしは立香のもんじゃ」
「まぁ、素直に言うことを聞く君だったら私はスカウトしていないさ。君が何をしたいかもわかっている。だからこそ、何をすべきで何をすべきでないかわからないとは言わせないよ」

 そう言ってマーリンはその場で以蔵のアカウントのパスワードを変えた。
 自分のアカウントにログインできなくなった以蔵は、『最低限タイムラインを見られなくては不便だろう』と英数字を羅列した鍵アカウントを渡された。
 立香のアカウントを検索したら、既にマーリンがブロックしていた。
 以蔵は最新技術に疎い。設定をいじったら元に戻せる自信がない。だから鍵も外せないしブロックの解除もできない。

(立香)

 回想から立ち戻り、つり革に掴まってぼんやりと立香の名を念ずる。もちろん返事はない。
 正直、この道を歩んだことを後悔する時もないではない。
 マーリンの甘言に乗らず、誘われるがままに借金もしなかったら、地元で就職していただろう。勉強は嫌いだからホワイトカラーにはなれなかったとしても、職場で経験を積んで独り立ちし、立香と一緒になる未来もあった。
 芸能界の華やかさに目をくらまされたことで失ったものは多い。
 しかし――得たものも多い。
 血のにじむような、つらいばかりのレッスンをこなしてステージに立つ。何対なんついもの輝く視線に迎えられ、一挙手一投足を期待される。その期待に応えた時に浴びる、割れんばかりの歓声。
 未成年で覚えた酒より煙草よりギャンブルよりも強く、快感が脳を焼いた。
 あれを知ってしまったらもう戻れない。
 指先にまで気を遣う所作もできる。
 土佐弁の矯正も乗り越えられる。
 もとより以蔵は目先の快楽に弱い。
 もちろん、立香より大事なものなどはないのだけれど。

(立香、待っちょきよ。わしはアイドルの天才じゃき。しゃんしゃんおまんにいぬるき)
(……じゃき、ちっくと寄り道してもえいろうか?)

 立香と逢うたび、以蔵は思い通りにしてやれないことを詫びる。謝るべきことが増えるたび、立香へ甘えていることを実感する。
 早く幸せにしてやらねば、と思うのだが。
 LINEを開いて、立香へメッセージを送る。

『もうツイッターで言ったけんど、今日歌番組の収録じゃった。おまんのためゆうたらおっこうおおげさじゃけんど』
『マーリンさんが考えたんじゃない言葉で教えてくれて嬉しいよ、これはわたしだけのものだから。ありがとう』
『わしの彼女さんはげにまっこと健気じゃ』

 脳と指先が直通したことを言うと、立香はコンが赤面するスタンプを押した。
 やはりコンは流行っているようだ。よく見れば愛嬌があるような気もする。スタンプを買ってみよう。
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