トップアイドルへの道1
二人で泣き明かして想いを伝え合ったが、この日以来立香は以蔵とのことを口外しなくなった。
同級生に「以蔵先輩は今何してるの?」と問われても、曖昧に笑っていればみんな何かを察してくれた。
高校卒業後以蔵を追って上京することも考えたが、忙しい以蔵を気遣わせてはいけないと思い直して地元の国立大学に進学した。
その頃から、以蔵は月に一度新幹線のチケットを送ってくれるようになった。
またマーリンに借りを作ってはいないか……と心配になったが、理性とは裏腹に立香は毎月新幹線に乗り、以蔵の待つアパートに駆けつけた。
逢えない時間を埋め合わせるように肌を重ね、名残惜しく寄り添った。
「どいてわしはおまんをこがなカキタレみたいに扱 うちゅうがか……わしは最低の男じゃ」
よくない言葉をあえて使う以蔵の捨て鉢さに、涙が出た。
「以蔵さんの気持ちはわかってる、そんな風に言わないで」
「おまんにほがなことを言わいて……しょうすまん立香……」
火照る身体を引きはがすように翌朝の新幹線に乗り、車内で募る恋心を強引に落ち着かせた。
メジャーデビューしてからファイブスターは着実に露出を増やし、以蔵も単体で雑誌やネット記事に採り上げられるようになった。紙の雑誌は買い、Webの情報は匿名のアカウントでリツイートした。この世界では何より数が圧倒的に強い。
そんな中掴んだのが、このBLドラマの主演だった。
ステージでのパフォーマンスの派手さと繊細さに目をつけたドラマのプロデューサーが、演技経験のない以蔵にオファーしたのだ。
以蔵は立香に通話をかけてきた。
『びーえるちなんじゃ』
「主に女の人が読む、男の人同士の恋愛ものだね」
『……』
押し黙る以蔵に、
(やっぱり偏見はあるよね……)
とその心情を慮 る。
ヘテロセクシャルの人間はしばしば、LGBTだと思われることに抵抗を持つ。
特に以蔵は前時代的な『男らしさ』を持っているから、余計に拒むかもしれない。
わしを莫迦 にしゆうがか、とキレ散らかす姿を予想していたら、
『……オファー受けたマーリンが断らいでわしに持ってきた仕事じゃ。あいつはいまだに信頼できんが、仕事だけは信用できる。あいつなりにわしに合 うた仕事じゃち思うたがじゃろう。ほいたら、受けん理由はない』
意外なほどの落ち着きに驚いていると、
『立香、おまんに言うておきたいことがある』
以蔵は改まって、ひとつ大きく息をついた。
『わしはてっぺん取らんといかん。こん業界で誰にも文句言わせんようにならんといかん――おまんを迎えに行くために』
「以蔵さん……」
『マーリンはおまんのことを面白うのう思っちゅうが、わしが事務所の稼ぎ頭になれば口出しできんようになる。リアコがおらんくなっても、ほれをカバーできるばぁファンがおればえい。ほんためには、仕事ぉ選ぶらぁできん……立香、待っとうせ。必ずおまんを攫 うちゃるきに』
ひと息に言う以蔵を抱きしめたくなった。
「うん、待つよ、いつまでだって待つよ……」
『いつまでもはかからん。天才のわしが本気ぃ出せばすぐじゃ。不安にさせるろうが、わしを信じとうせ、立香』
そう言った以蔵は、その後も本気で仕事に向き合った。
『BLち言うても、人が人を想うがは変わらんの。おまんに逢いたい思うたら役にも入り込める。わしと違う人間になるがも悪うない』
その言葉のままに、以蔵はリクという役を演じている。
テレビの中の以蔵に立香の知らない面影を見るたび、落ち着かなくなる。
しかし、それも以蔵が立香を憂いなく抱きしめるためのものだ。初めての仕事で爪痕を残せれば、より大きな仕事が来るだろう。以蔵の望みが一歩進む。
以蔵の気持ちを信じなければ。
『立香、再来週の土日は空いちゅうかえ? えいならまた切符送るき』
「わたしは大丈夫。以蔵さんは忙しくない?」
『わしのことは気にせいでえいき、おまんと逢う以上に大事なことらぁあるか』
そこには立香への揺るぎない愛情がある。
もちろん、不安要素も捨てきれない。
芸能界の光と闇に足をすくわれる以蔵のことを想像するのは、残念ながらたやすい。自己肯定感が低いからこそ、以蔵はちょっとしたことで調子に乗る。
しかし、以蔵もまた立香へ不安を抱えているだろう。
以蔵を待ちきれなくなった立香が、もっと手近で地に足のついた男を選んでしまうという危惧――遠距離恋愛にはよくあることだ。
立香はそんな誘惑には負けない、と以蔵にわかってほしい。
『わしはおまんのために仕事しちゅう。おまんのためならわしは「みんなの以蔵くん」にもなっちゃる。マーリンにふとい顔させんように借金も返しちゃるき』
「うん、それだけは本当にお願いね……」
諌める立香に、以蔵は唇を傾ける。
その頬にカリスマ性の片鱗が見えるのは気のせいだろうか。
そうであってほしいような、遠くへ行ってほしくないような。
落ち着かない気持ちを制御したくて、立香は液晶画面に微笑みを返した。
同級生に「以蔵先輩は今何してるの?」と問われても、曖昧に笑っていればみんな何かを察してくれた。
高校卒業後以蔵を追って上京することも考えたが、忙しい以蔵を気遣わせてはいけないと思い直して地元の国立大学に進学した。
その頃から、以蔵は月に一度新幹線のチケットを送ってくれるようになった。
またマーリンに借りを作ってはいないか……と心配になったが、理性とは裏腹に立香は毎月新幹線に乗り、以蔵の待つアパートに駆けつけた。
逢えない時間を埋め合わせるように肌を重ね、名残惜しく寄り添った。
「どいてわしはおまんをこがなカキタレみたいに
よくない言葉をあえて使う以蔵の捨て鉢さに、涙が出た。
「以蔵さんの気持ちはわかってる、そんな風に言わないで」
「おまんにほがなことを言わいて……しょうすまん立香……」
火照る身体を引きはがすように翌朝の新幹線に乗り、車内で募る恋心を強引に落ち着かせた。
メジャーデビューしてからファイブスターは着実に露出を増やし、以蔵も単体で雑誌やネット記事に採り上げられるようになった。紙の雑誌は買い、Webの情報は匿名のアカウントでリツイートした。この世界では何より数が圧倒的に強い。
そんな中掴んだのが、このBLドラマの主演だった。
ステージでのパフォーマンスの派手さと繊細さに目をつけたドラマのプロデューサーが、演技経験のない以蔵にオファーしたのだ。
以蔵は立香に通話をかけてきた。
『びーえるちなんじゃ』
「主に女の人が読む、男の人同士の恋愛ものだね」
『……』
押し黙る以蔵に、
(やっぱり偏見はあるよね……)
とその心情を
ヘテロセクシャルの人間はしばしば、LGBTだと思われることに抵抗を持つ。
特に以蔵は前時代的な『男らしさ』を持っているから、余計に拒むかもしれない。
わしを
『……オファー受けたマーリンが断らいでわしに持ってきた仕事じゃ。あいつはいまだに信頼できんが、仕事だけは信用できる。あいつなりにわしに
意外なほどの落ち着きに驚いていると、
『立香、おまんに言うておきたいことがある』
以蔵は改まって、ひとつ大きく息をついた。
『わしはてっぺん取らんといかん。こん業界で誰にも文句言わせんようにならんといかん――おまんを迎えに行くために』
「以蔵さん……」
『マーリンはおまんのことを面白うのう思っちゅうが、わしが事務所の稼ぎ頭になれば口出しできんようになる。リアコがおらんくなっても、ほれをカバーできるばぁファンがおればえい。ほんためには、仕事ぉ選ぶらぁできん……立香、待っとうせ。必ずおまんを
ひと息に言う以蔵を抱きしめたくなった。
「うん、待つよ、いつまでだって待つよ……」
『いつまでもはかからん。天才のわしが本気ぃ出せばすぐじゃ。不安にさせるろうが、わしを信じとうせ、立香』
そう言った以蔵は、その後も本気で仕事に向き合った。
『BLち言うても、人が人を想うがは変わらんの。おまんに逢いたい思うたら役にも入り込める。わしと違う人間になるがも悪うない』
その言葉のままに、以蔵はリクという役を演じている。
テレビの中の以蔵に立香の知らない面影を見るたび、落ち着かなくなる。
しかし、それも以蔵が立香を憂いなく抱きしめるためのものだ。初めての仕事で爪痕を残せれば、より大きな仕事が来るだろう。以蔵の望みが一歩進む。
以蔵の気持ちを信じなければ。
『立香、再来週の土日は空いちゅうかえ? えいならまた切符送るき』
「わたしは大丈夫。以蔵さんは忙しくない?」
『わしのことは気にせいでえいき、おまんと逢う以上に大事なことらぁあるか』
そこには立香への揺るぎない愛情がある。
もちろん、不安要素も捨てきれない。
芸能界の光と闇に足をすくわれる以蔵のことを想像するのは、残念ながらたやすい。自己肯定感が低いからこそ、以蔵はちょっとしたことで調子に乗る。
しかし、以蔵もまた立香へ不安を抱えているだろう。
以蔵を待ちきれなくなった立香が、もっと手近で地に足のついた男を選んでしまうという危惧――遠距離恋愛にはよくあることだ。
立香はそんな誘惑には負けない、と以蔵にわかってほしい。
『わしはおまんのために仕事しちゅう。おまんのためならわしは「みんなの以蔵くん」にもなっちゃる。マーリンにふとい顔させんように借金も返しちゃるき』
「うん、それだけは本当にお願いね……」
諌める立香に、以蔵は唇を傾ける。
その頬にカリスマ性の片鱗が見えるのは気のせいだろうか。
そうであってほしいような、遠くへ行ってほしくないような。
落ち着かない気持ちを制御したくて、立香は液晶画面に微笑みを返した。
4/4ページ