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トップアイドルへの道1

焦りを持て余していたある日、以蔵から通話が来た。

『立香』

 以蔵の顔と声には、いつもよりも緊張感があった。悪い予感が立香を襲った。

『マーリンがうた……「立香と別れぇ」ち』

 思わず息を呑んだ。
 ――しかし、心のどこかで覚悟していたことでもあった。
 これから以蔵が目指すのは偶像アイドルだ。偶像には欠けやこぼれがあってはいけない。プライベートでの人間らしい行動は時に理想を損ねる。
 また『リアコ』と呼ばれる女性たちは以蔵を恋愛の対象として見る。夢を壊しては愛しさ余ってで叩かれかねない。
 自分が以蔵の将来の邪魔になることはわかっていた。
 それでも、こうしてそのことを突きつけられれば心が締めつけられた。

「……うん」

 震える声を、以蔵に悟られはしないだろうか。
 以蔵が後腐れを覚えないように、笑って送り出さなければいけないのに。

「うん、わたし、いつまでも以蔵さんのこと応援してるから。わたしのことなんて気にしないで、頑張ってね」

 好き、大好き、離れないで、行かないで――などと言う権利は、立香にはない。
 だから、恋心は殺さなければ。

「以蔵さんなら、絶対国民的アイドルになれるよ。大丈夫、以蔵さんは天才だもん……」
『……おまん、わしを舐めちゅうがか』

 以蔵の声が半オクターブ低くなった。

『話は最後まで聞きぃ。マーリンはやちもないこと言うてきたけんど、わしがほがなこと認める思うか? 突っぱねたに決まっちゅうろう』

 決然とした声が全身に刺さる。
 アイドル業において大きな障害になる立香と別れたくない、と言ってくれる以蔵の想いは、推し量るに余りある。
 以蔵と逢えない時間の長さが、淋しさを募らせる。いけないことだとわかっているのに、その愛情にしがみつきたくなってしまう。

『わしは天才じゃ。ファイスタには欠かせん存在じゃき、多少の無理ばぁ利かせれる。わしにはおまんだけじゃき、立香』

 熱っぽい言葉に、涙が止まらなくなる。
 しゃくり上げる立香に、

『泣きな、泣きな立香……くそ、わしがねきにおればおまんを独りで泣かすらぁさせんがに……』
「ううん、そう言ってくれるだけで嬉しい……こうやって話してると、包み込んでくれてるみたいに感じる。だから、大丈夫」
『立香、すまん、まっことすまん……わしを許いとうせ』

 以蔵の声にも湿り気が混じった。
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