トップアイドルへの道1
高校の一年先輩だった以蔵とは、文化祭の縦割りチームで知り合った。
当時の以蔵は下級生からは顔立ちのよさで騒がれていたが、同級生からは『顔面の無駄遣いをしているろくでなし』と評されていた。
未成年なのに隠れて飲酒喫煙をする。決して地頭は悪くないのに勉強をサボる。定期試験は瞬発力に任せて一夜漬けでごまかす。自分を天才だと思い込んでいる。そのくせ自己評価と感情の波が激しく、高笑いしていたと思ったら泣く。
しかし立香は、そんな人を守ってあげたくなった。
周囲からは趣味が悪いと言われたし、他人事 だったら立香も余計なお世話を焼いたかもしれない。
それでも、足許に座り込んだ以蔵から濡れた犬のような目で見上げられたら、手を差し伸べたくなってしまったのだ。
幸い、以蔵も立香を必要としてくれた。
少し早かったが、身体の関係も持った。以蔵の情熱を、立香の肌はいつでもありありと思い出せる。
仲のいいカップルとして過ごしていた二人に転機が訪れたのは、立香が高校二年の時の冬だった。
アイドルプロデューサーを名乗るマーリンという男が現れたのだ。
「私は今原石を探していてね、君は磨けば光る」
彼は花が咲くように麗しく、同時になんともうさんくさかった。
「なんじゃおんしゃぁ、立香はほがなとこにはやらんぞ」
「彼女の希望もあるだろうに……でも、私が声をかけたのは君だ」
マーリンが言うと、
「どいてわしがほがなことをせんといかんがじゃ、女に媚び売るアイドルらぁて女々しゅうてやっちょられんわ。しゃんしゃん去 ね」
「うん、いい反応だね。君みたいなタイプは伸びる」
当初は洟 も引っかけなかった以蔵を、マーリンは手を替え品を替え説得した。
卒業間際に進学も就職も決めていなかったのが仇になった。売れた時に吸える甘い汁や華やかな生活に魅せられた以蔵は、勢いで契約書にサインをしてしまった。
もちろん立香も、以蔵の両親も驚いた。反対しても契約の縛りがある上、以蔵は既にマーリンからお金を借りていた。そしてなにしろ本人が乗り気なのだ。
「安心せぇ、わしは天才じゃき!」
以蔵はおだてられるがままに調子に乗っていた。
周囲はその扱いに困ったが、結局両親は「くじけたら泣いて逃げ帰って来るだろう、定職にも就かずにぶらぶらしているよりはマシ」と判断した。立香もその意見には反対しなかった。
上京した以蔵は、その翌日からLINEで泣き言を送ってきた。
『聞いちょった話と違う』
『ヤニ吸いとうて手が震えゆう』
『朝から晩までレッスン漬けじゃ』
『スパルタ教育はわしには向きやせん』
涙の跡が浮かんでいるような、悲痛さにあふれたメッセージだった。
『無理はしないでね、どうしてもつらかったら帰ってきても……』
『けんど……一日に一回ばぁうもういくことがある。そん時の気持ちよさは、他の何にもたとえれん』
文面に、少しだけ希望がにじんだ。
『一回が二回、二回が三回に増えることがあるなら……やっていけるかもしれん』
剣道以外には特に何にも興味を抱けず、ただだらだらと無為に過ごしていた以蔵らしくない。
そのらしくなさに、立香はきらめきを覚えた。
『できるところまでやろうよ、応援してるから』
立香のメッセージに、以蔵は黒ポメラニアンが弱気に笑うスタンプを返した。
その後も愚痴をこぼしつつレッスンを続け、とうとうパフォーマンスの舞台が整った。
マーリンがプロデュースするボーイズグループ『ファイブスターアイドル』が大きなショッピングモールでの初フリーライブを敢行した夜、以蔵はLINEでメッセージを送ってきた。
『すごい。あれはすごい。病みつきになる』
いつにも増して語彙力が乏しい。それが以蔵の興奮と達成感を伝えていた。
『みんながわしらを見ちゅう。きらきらした目ぇをわしらに向けちゅう……ほがな連中の前で歌 うて踊ると、生まれてきた意味がわかる。あがぁな気持ち初めてじゃ。ここから離れとうない』
その日から、以蔵はレッスンにも真面目に取り組むようになった。
しかし同時に、LINEの既読のつくのに時間がかかってきた。
当時の以蔵は下級生からは顔立ちのよさで騒がれていたが、同級生からは『顔面の無駄遣いをしているろくでなし』と評されていた。
未成年なのに隠れて飲酒喫煙をする。決して地頭は悪くないのに勉強をサボる。定期試験は瞬発力に任せて一夜漬けでごまかす。自分を天才だと思い込んでいる。そのくせ自己評価と感情の波が激しく、高笑いしていたと思ったら泣く。
しかし立香は、そんな人を守ってあげたくなった。
周囲からは趣味が悪いと言われたし、
それでも、足許に座り込んだ以蔵から濡れた犬のような目で見上げられたら、手を差し伸べたくなってしまったのだ。
幸い、以蔵も立香を必要としてくれた。
少し早かったが、身体の関係も持った。以蔵の情熱を、立香の肌はいつでもありありと思い出せる。
仲のいいカップルとして過ごしていた二人に転機が訪れたのは、立香が高校二年の時の冬だった。
アイドルプロデューサーを名乗るマーリンという男が現れたのだ。
「私は今原石を探していてね、君は磨けば光る」
彼は花が咲くように麗しく、同時になんともうさんくさかった。
「なんじゃおんしゃぁ、立香はほがなとこにはやらんぞ」
「彼女の希望もあるだろうに……でも、私が声をかけたのは君だ」
マーリンが言うと、
「どいてわしがほがなことをせんといかんがじゃ、女に媚び売るアイドルらぁて女々しゅうてやっちょられんわ。しゃんしゃん
「うん、いい反応だね。君みたいなタイプは伸びる」
当初は
卒業間際に進学も就職も決めていなかったのが仇になった。売れた時に吸える甘い汁や華やかな生活に魅せられた以蔵は、勢いで契約書にサインをしてしまった。
もちろん立香も、以蔵の両親も驚いた。反対しても契約の縛りがある上、以蔵は既にマーリンからお金を借りていた。そしてなにしろ本人が乗り気なのだ。
「安心せぇ、わしは天才じゃき!」
以蔵はおだてられるがままに調子に乗っていた。
周囲はその扱いに困ったが、結局両親は「くじけたら泣いて逃げ帰って来るだろう、定職にも就かずにぶらぶらしているよりはマシ」と判断した。立香もその意見には反対しなかった。
上京した以蔵は、その翌日からLINEで泣き言を送ってきた。
『聞いちょった話と違う』
『ヤニ吸いとうて手が震えゆう』
『朝から晩までレッスン漬けじゃ』
『スパルタ教育はわしには向きやせん』
涙の跡が浮かんでいるような、悲痛さにあふれたメッセージだった。
『無理はしないでね、どうしてもつらかったら帰ってきても……』
『けんど……一日に一回ばぁうもういくことがある。そん時の気持ちよさは、他の何にもたとえれん』
文面に、少しだけ希望がにじんだ。
『一回が二回、二回が三回に増えることがあるなら……やっていけるかもしれん』
剣道以外には特に何にも興味を抱けず、ただだらだらと無為に過ごしていた以蔵らしくない。
そのらしくなさに、立香はきらめきを覚えた。
『できるところまでやろうよ、応援してるから』
立香のメッセージに、以蔵は黒ポメラニアンが弱気に笑うスタンプを返した。
その後も愚痴をこぼしつつレッスンを続け、とうとうパフォーマンスの舞台が整った。
マーリンがプロデュースするボーイズグループ『ファイブスターアイドル』が大きなショッピングモールでの初フリーライブを敢行した夜、以蔵はLINEでメッセージを送ってきた。
『すごい。あれはすごい。病みつきになる』
いつにも増して語彙力が乏しい。それが以蔵の興奮と達成感を伝えていた。
『みんながわしらを見ちゅう。きらきらした目ぇをわしらに向けちゅう……ほがな連中の前で
その日から、以蔵はレッスンにも真面目に取り組むようになった。
しかし同時に、LINEの既読のつくのに時間がかかってきた。