チョコレートコスモス
「ねぇ以蔵さん、コスモスの花言葉知ってる?」
「ほがなん、わしが知っちゅうわけないろう」
「それは前置きだから気にしなくてよくて……色によって違うの」
立香は少し手を握る力を強めた。
「ピンクは『乙女の純潔』、赤は『乙女の愛情』、白は『優美』……」
「ほにほに」
「乙女とか純潔なんて、自分で言うなって話だけどね」
「おまんにはよう似合いゆうよ」
「……もう! そういうこと言う!」
「厭かえ」
「厭じゃないしむしろ嬉しい!」
「ならえいろう」
この短時間に何度も照れる立香が可愛くて、思わず口角が上がってしまう。
こほん、と立香はわざとらしく咳払いして、前を指差した。
「あそこ、あの辺……ちょっと黒っぽいの、わかる?」
以蔵は伸ばされた指の先を視線でたどる。少し高台から降りた辺りに、小さな黒い一団がある。
「おぉ、ほに」
「黒っぽい、茶色いのはチョコレートコスモスって言うんだけどね。花言葉は『恋の思い出』『恋の終わり』」
色鮮やかな仲間に比べたら、ずいぶんと不吉な言葉だ。
「やき、あげに肩身狭 うしちゅうがかえ」
「そういう解釈もあるだろうけど……わたしは、別の言葉が好きで」
立香は以蔵の方を見た。金色の瞳に宿る恋慕と愛情が、以蔵の胸を締めつける。
「『移り変わらぬ気持ち』」
真面目な口調。
二秒沈黙した以蔵の口から、ふはっ、と笑い含みの息が漏れた。
「あっちょっと! 笑うことないじゃない!」
「いや、ほがなんは、はは、すまんすまん、おかしゅうて笑いゆうわけやないがじゃ、ははは」
「おかしくなかったらなんで笑うの!?」
「わからんかえ?」
不意に真面目な顔になる以蔵の意図が読めないのか、立香は困ったように硬直した。
「おまんにはわしの気持ちが移り変わるように見えるがか」
「……そんなこと! ないけど!」
「なら、おまんの今の気持ちが移り変わるがか」
「それもない! 絶対ない!」
指でオレンジ色の髪を梳いてやる。立香は視線を落として、
「だから……好きなの……」
と、絞り出すように言った。
「ほうかほうか」
抱きしめたい。キスしたい。どれほど以蔵が立香を愛しているか、身体の芯にまで教えてやりたい。
立香と過ごすようになってから、何度この感情を覚えたかわからない。華奢な手を握って、なんとか衝動をやり過ごす。
「えい言葉じゃの。わしも好きじゃ」
「もぅ、以蔵さん、ずるい……大人……」
「ほうでもないがぞ」
ひひひ、と笑ってやれば、立香は顔から火を噴いた。
この付け焼き刃の理性を立香が知ったら、なんと言うだろう。
以蔵は大人でもなんでもない。ただ欲望に振り回されている男だ。
このことを知られたくないと思いつつ、いつか明かしてやりたくもある。
「のう立香」
「なっなに」
「しばらくここでこうせんかえ」
「わっわたしは問題ないですけど、むしろ大歓迎ですけど」
「おまんの好きな花、おまんとじっくり眺めとうての」
立香は目を伏せたまま、返事の代わりにうなずく。握った手からも、体温が上がっているのがわかる。
立香が見ていないのをいいことに、以蔵はにやけ面を浮かべた。
――あぁ。立香、好きじゃ。可愛 いわしの立香。
遠くのチョコレートコスモスの花弁が、以蔵と立香の感情を表すように揺れていた。
『移り変わらぬ気持ち』
――げにまっこと、えい言葉じゃ。
「ほがなん、わしが知っちゅうわけないろう」
「それは前置きだから気にしなくてよくて……色によって違うの」
立香は少し手を握る力を強めた。
「ピンクは『乙女の純潔』、赤は『乙女の愛情』、白は『優美』……」
「ほにほに」
「乙女とか純潔なんて、自分で言うなって話だけどね」
「おまんにはよう似合いゆうよ」
「……もう! そういうこと言う!」
「厭かえ」
「厭じゃないしむしろ嬉しい!」
「ならえいろう」
この短時間に何度も照れる立香が可愛くて、思わず口角が上がってしまう。
こほん、と立香はわざとらしく咳払いして、前を指差した。
「あそこ、あの辺……ちょっと黒っぽいの、わかる?」
以蔵は伸ばされた指の先を視線でたどる。少し高台から降りた辺りに、小さな黒い一団がある。
「おぉ、ほに」
「黒っぽい、茶色いのはチョコレートコスモスって言うんだけどね。花言葉は『恋の思い出』『恋の終わり』」
色鮮やかな仲間に比べたら、ずいぶんと不吉な言葉だ。
「やき、あげに肩身
「そういう解釈もあるだろうけど……わたしは、別の言葉が好きで」
立香は以蔵の方を見た。金色の瞳に宿る恋慕と愛情が、以蔵の胸を締めつける。
「『移り変わらぬ気持ち』」
真面目な口調。
二秒沈黙した以蔵の口から、ふはっ、と笑い含みの息が漏れた。
「あっちょっと! 笑うことないじゃない!」
「いや、ほがなんは、はは、すまんすまん、おかしゅうて笑いゆうわけやないがじゃ、ははは」
「おかしくなかったらなんで笑うの!?」
「わからんかえ?」
不意に真面目な顔になる以蔵の意図が読めないのか、立香は困ったように硬直した。
「おまんにはわしの気持ちが移り変わるように見えるがか」
「……そんなこと! ないけど!」
「なら、おまんの今の気持ちが移り変わるがか」
「それもない! 絶対ない!」
指でオレンジ色の髪を梳いてやる。立香は視線を落として、
「だから……好きなの……」
と、絞り出すように言った。
「ほうかほうか」
抱きしめたい。キスしたい。どれほど以蔵が立香を愛しているか、身体の芯にまで教えてやりたい。
立香と過ごすようになってから、何度この感情を覚えたかわからない。華奢な手を握って、なんとか衝動をやり過ごす。
「えい言葉じゃの。わしも好きじゃ」
「もぅ、以蔵さん、ずるい……大人……」
「ほうでもないがぞ」
ひひひ、と笑ってやれば、立香は顔から火を噴いた。
この付け焼き刃の理性を立香が知ったら、なんと言うだろう。
以蔵は大人でもなんでもない。ただ欲望に振り回されている男だ。
このことを知られたくないと思いつつ、いつか明かしてやりたくもある。
「のう立香」
「なっなに」
「しばらくここでこうせんかえ」
「わっわたしは問題ないですけど、むしろ大歓迎ですけど」
「おまんの好きな花、おまんとじっくり眺めとうての」
立香は目を伏せたまま、返事の代わりにうなずく。握った手からも、体温が上がっているのがわかる。
立香が見ていないのをいいことに、以蔵はにやけ面を浮かべた。
――あぁ。立香、好きじゃ。
遠くのチョコレートコスモスの花弁が、以蔵と立香の感情を表すように揺れていた。
『移り変わらぬ気持ち』
――げにまっこと、えい言葉じゃ。
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