チョコレートコスモス
「ちょうどえい時間やき、飯にせんかえ」
「そうだね」
立香はトートバッグの中にあったウェットティッシュで、テーブルを手早く拭く。
保冷バッグで二重に保護してあった二つの弁当箱と魔法瓶の水筒を取り出し、弁当箱の片方と箸箱を以蔵の前に置いた。
「開けてえいかえ」
「はい、召し上がれ」
勧められて弁当箱のふたを開けると、未知の世界が広がった。
おにぎりは海苔で飾られたものと桜でんぶを混ぜたものの二種類。
メインはにんじんといんげんの肉巻き。ハート型に切った卵焼きも添えてあり、プチトマトも入っている。
もちろん土佐の母の料理も好きだが、これは、こう、なんというか、
「女子が作っちゅう……」
「わたし女子だよ?」
立香は首を傾げる。
当たり前のことを口走ってしまったことを少し羞 ずかしく思いながら、
「いただきます」
手を合わせて箸を取る。
彩りにも負けず、おいしい。淡さが舌の上に広がるが、決して薄味ではない。肉巻きはジューシーでも、脂ぎってはいない。卵焼きは土佐の鰹節の味がして、プチトマトも口の中で新鮮に弾ける。
もぐもぐと咀嚼する以蔵に、
「以蔵さんのごはん、作りがいがあるなぁ」
と立香は言う。
「なんでじゃ」
「だって、こんなにおいしそうに食べてくれるんだもん」
「何ぃ言う、おまんの飯はうまいき」
「それを当然だと思ってるところ……」
頬を染める立香に、
「おまんもざんじ食え、うまいちや」
「はい」
自身の料理に箸をつけ、
「おいしいね」
と目を細める立香があまりに可愛い。
「知らざったか、わしの彼女さんの飯はうまい」
「もうっ……」
「照れるか食うかどっちかにしぃや」
立香がプラスティックのカップに注 いでくれた麦茶を飲み、
「ごちそうさま」
と再び手を合わせる。
カップを傾けながら、立香を見る。
箸でおかずを少しずつ口に運び、喉を上下させて飲み込む。
そこに以蔵は生の尊さを感じる。
人に迷惑ばかりかけ、ひどい人生を送ってきた。
龍馬に拾われ、立香と出逢い、少しでもまともになろうと努力を始めた。
味が強い酒の肴しか食べる気にならない。
満開の花を見ても何の感慨も湧かない。
――そんなかつての荒 みようが嘘みたいだ。
「ごちそうさま」
立香も食べ終わった。以蔵は逆さにした水筒のふたに麦茶を注ぐ。
「自分でできるよ」
「えいえい、わしに酌させぇ。飯の礼じゃ」
そう言ってやると、立香は嬉しそうにふたを手に取った。
「この茶ぁもおまんが淹れたがかえ」
「淹れたって言っても、ただやかんで煮出しただけだよ」
「わしにはできん」
「ありがとう……」
素直に感謝を受け止める立香が可愛い。弁当の片づけを手伝って、落ち着いて座り直したところで手を握る。
「あぁ……やりこい、ぬくい」
気持ちよさに任せてむにむにと握っていたら、
「以蔵さんは、硬くて、あったかい」
と、立香はつぶやいた。
「硬いがは厭かえ」
「そんなこと……すごく男らしいと思う」
頬を染める立香を抱きしめたいが、ここは外だ。愛されてとろける立香の顔など、そこらの人間に見せられるものではない。
「立香はぜぇんぶ、わしんもんやき」
小さく感慨をこぼす。
「ん?」
「なんちゃぁない」
立香の手の甲を己の腿に乗せ、しばし幸福を味わう。
横目で立香を見れば、その金色の瞳はまっすぐ前に向けられていた。
「そうだね」
立香はトートバッグの中にあったウェットティッシュで、テーブルを手早く拭く。
保冷バッグで二重に保護してあった二つの弁当箱と魔法瓶の水筒を取り出し、弁当箱の片方と箸箱を以蔵の前に置いた。
「開けてえいかえ」
「はい、召し上がれ」
勧められて弁当箱のふたを開けると、未知の世界が広がった。
おにぎりは海苔で飾られたものと桜でんぶを混ぜたものの二種類。
メインはにんじんといんげんの肉巻き。ハート型に切った卵焼きも添えてあり、プチトマトも入っている。
もちろん土佐の母の料理も好きだが、これは、こう、なんというか、
「女子が作っちゅう……」
「わたし女子だよ?」
立香は首を傾げる。
当たり前のことを口走ってしまったことを少し
「いただきます」
手を合わせて箸を取る。
彩りにも負けず、おいしい。淡さが舌の上に広がるが、決して薄味ではない。肉巻きはジューシーでも、脂ぎってはいない。卵焼きは土佐の鰹節の味がして、プチトマトも口の中で新鮮に弾ける。
もぐもぐと咀嚼する以蔵に、
「以蔵さんのごはん、作りがいがあるなぁ」
と立香は言う。
「なんでじゃ」
「だって、こんなにおいしそうに食べてくれるんだもん」
「何ぃ言う、おまんの飯はうまいき」
「それを当然だと思ってるところ……」
頬を染める立香に、
「おまんもざんじ食え、うまいちや」
「はい」
自身の料理に箸をつけ、
「おいしいね」
と目を細める立香があまりに可愛い。
「知らざったか、わしの彼女さんの飯はうまい」
「もうっ……」
「照れるか食うかどっちかにしぃや」
立香がプラスティックのカップに
「ごちそうさま」
と再び手を合わせる。
カップを傾けながら、立香を見る。
箸でおかずを少しずつ口に運び、喉を上下させて飲み込む。
そこに以蔵は生の尊さを感じる。
人に迷惑ばかりかけ、ひどい人生を送ってきた。
龍馬に拾われ、立香と出逢い、少しでもまともになろうと努力を始めた。
味が強い酒の肴しか食べる気にならない。
満開の花を見ても何の感慨も湧かない。
――そんなかつての
「ごちそうさま」
立香も食べ終わった。以蔵は逆さにした水筒のふたに麦茶を注ぐ。
「自分でできるよ」
「えいえい、わしに酌させぇ。飯の礼じゃ」
そう言ってやると、立香は嬉しそうにふたを手に取った。
「この茶ぁもおまんが淹れたがかえ」
「淹れたって言っても、ただやかんで煮出しただけだよ」
「わしにはできん」
「ありがとう……」
素直に感謝を受け止める立香が可愛い。弁当の片づけを手伝って、落ち着いて座り直したところで手を握る。
「あぁ……やりこい、ぬくい」
気持ちよさに任せてむにむにと握っていたら、
「以蔵さんは、硬くて、あったかい」
と、立香はつぶやいた。
「硬いがは厭かえ」
「そんなこと……すごく男らしいと思う」
頬を染める立香を抱きしめたいが、ここは外だ。愛されてとろける立香の顔など、そこらの人間に見せられるものではない。
「立香はぜぇんぶ、わしんもんやき」
小さく感慨をこぼす。
「ん?」
「なんちゃぁない」
立香の手の甲を己の腿に乗せ、しばし幸福を味わう。
横目で立香を見れば、その金色の瞳はまっすぐ前に向けられていた。