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金曜の夜、あなたと/君と

 テーブルに戻ると、一同は驚いたように立香たちを見た。
 それはそうだ。しばらく席を外していた立香が、知らない歳上の男に手を引かれて現れたのだ。しかもその目は泣き腫らしている。
 その上、以蔵の見た目は堅気ではない。
 普通の大学生が身構えるのもしかたないことだ。

「幹事さんはおりますか」

 以蔵の言葉に、幹事の男子学生は身を強ばらせてから手を挙げた。

「藤丸さんの分、これで足りますろうか。釣りはいらんです」

 以蔵は財布から取り出した一万円札をテーブルに置いた。
 この場のルールは少し特殊なのだが、それを説明する余裕はなかった。一回でも多く、一秒でも長くくっついていたかった。
 幹事にお金が渡ったのを確認して、以蔵は立香の座っていた席を見た。現れる前から、どこかでこのテーブルのことを観察していたのだろう。

「すまんですが、藤丸さんの荷物取ってつかぁさい。もう帰りますき」

 立香はバケツリレー方式で受け渡されたカバンを受け取る。

「忘れもんないか」
「うん」

 立香の顔を覗き込んでから、以蔵は学生たちのいぶかしげな視線を受け取った。最初の段階から気づいていたはずだが、立香の支度を優先したのだろう。

「わしですか? 藤丸さんの彼氏です」
「メイヴちゃん、この人が以蔵さん!」

 立香はあわてて叫んだ。せめて一人だけでも、望んでこの人と一緒にいるのだとわかってもらいたかった。
 メイヴはうなずいててを振ってくれた。

「ほいたら失礼します」
「また来週!」

 二人はもの問いたげな雰囲気を振り払って店から出た。以蔵の爪の短く切り揃えられた指が、エレベーターの降ボタンを押した。

「おまんまで送っちゃる」
「えっ、以蔵さんち行かないの!?」
「もう遅い、こがな時間やと泊まりになるろう」
「そこはほら、あれじゃないの」
「あれってどれじゃ」
「その……朝まで、身体で語り合う的な」
「勘違いしゆうようじゃが、まだ抱かんぞ」
「えっ」

 素で太い声を出してしまった。

「ほんまは今日もうつもりなかったがじゃ。大学出るまで大人扱いはせんきの」
「そんなぁ」
「学生ん本分は勉強やき、せいぜい励みぃ」

 ちり、とベル音を立ててエレベーターが到着した。乗り込んでドアを閉じると、ケージが動き始めた。軽い重力を感じながら、どちらともなく抱きしめ合う。

「キスもしないの?」

 勇気を出した立香の唇に、柔らかいものが当たった。一瞬ののち、以蔵の顔が遠ざかる。
「こればぁなら、の」
「ねぇ、以蔵さん」

 うっとり見上げると、以蔵は視線を逸らした。

「なんじゃ、ほがな顔して」
「キスって、気持ちいいね」
「――っ! やめぇや、我慢できのうなる!」

 以蔵は派手に赤面した。
 本当は立香と先に進みたいのに、大人だからと我慢している人が可愛くて、ついくすくすと笑ってしまう。
 本当は立香も、以蔵の意志を尊重したい。
 しかしそれはそれとして、この熱く愛おしい感情を常に示したくもあるのだ。
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