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ハッピー・ビター・バースデイ

『もしもし、以蔵さんかい?』

 電話の向こうの龍馬は、以蔵からすればひどく呑気だった。

『こんな時間にどうしたの、立香ちゃんの誕生日だから定時で上がったんだろう?』
「えいからぃ。ざんじ来ぃ」
『えっどうしたのいきなり』
「わしが正気ぃなくす前に来とうせ……」

 いつもよりも下手に出る以蔵に、龍馬は驚いたようだ。

『お竜さんも一緒に来ることになるけど』
「なんでもえい、こんままじゃわしは狂う」
『立香ちゃんは帰ったの?』
「おる」
『いるのに僕らが行ったら迷惑じゃないの』
「寝ゆう……立香は酔うてベッドで寝ゆう」
『寝てるんだ』

 声とともに絞り出した以蔵の情欲は、うまく伝わったらしい。

「成人したうて飲んで寝た……ベッドに運んで寝かいてなんもせざったわしはえらい思わんか?」
『うん、以蔵さんはえらいよ……立香ちゃんのこと大好きなのにね』

 以蔵の訴えに、龍馬は電話口で苦笑する。
 理解されている感じが腹立たしいが、それを口にはできない。もし龍馬に振られて、立香と二人きりにされたら、狼藉を働く自信しかない。
 それだけ、立香の体温も肌触りも匂いも最高だったのだ。触れたい。服がもどかしい。手のひらで立香を感じたい。
 ドア一枚など、何の隔てにもならない。

「助けとうせ……」
『わかったよ、以蔵さんが困ってるなら放ってはおけない』
「しゃんしゃん来ぃよ」
『可及的速やかにね』

 通話が切れたのを確認して、以蔵はため息をつく。
 立香のことを愛している。
 優しくしたいとも、守りたいとも、大事にしたいとも思っている。
 だからこそ、どれだけ迫られても拒み続けてきた。
 せめて大学を卒業するまでは――そう思ってきたのに、今日の立香は全力で以蔵の理性を叩き壊しに来た!
 しかしここで欲望に流されては、今まで重ねてきた我慢と努力が無に帰してしまう。そうしてしまっては、以蔵は自分が許せなくなる。

「……はぁ……」

 もどかしくて身悶えしそうだ。
 立香の大学卒業まで、あと二年と少し。
 何やかや言っても、以蔵もまだ三十年も生きてはいないのだ。二年は長い。

「立香……好きじゃ……」

 叫びたい衝動を抑え、口の中でつぶやいた。
 夜の長さに、独りでは耐えられそうにない。
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