闇夜に覗くテレスコープ

それは1979年の寒いとある日のことだった。

星が崩れたのだ。

私は星を見ることができる。
それぞれの人の背負う星が。その人に課せられた漠然とした運命が。
そういう血筋らしい。昔母が言っていた。

崩れたのは私の星だった。
私の運命が崩れたのだ。
それに気づいたとき私は驚いた。そして(もう少しで死ぬのだろうか)と恐怖した。私は死にたくない。だってまだ学生なのに。
でもそれは杞憂に終わった。私はそれからも生きた。生き延びた。
崩れた星を不可解に思いながら。

星の並びは歪み、けれど新たな形をなそうとしていた。
そして二年ほど経つある日、私は死んだのだ。
最後に見たのは私の星。産まれたときから二年前のあの日までずっと背負い続けていた星とは全く違う星の形を成した星。

私の星は確か──────


私は気づいたら学生時代へと戻っていた。ホグワーツに入学して一月が経ったばかりの頃。失望を胸に過ごしていた頃。

ホグワーツの中庭のとある一角で上級生に囲まれていた。何かよくわからないことをぎゃあぎゃあと叫んでいる。
……確かこの人はえぇっと、何だっけ?知ってはいる。知ってはいるのだ。卒業後風の噂で死喰い人になったときいた人が三人、その内一人は早々に死んだらしい。他もとっくに死んだかもしれない。
あと魔法省に入ったという人。この人もきっと死喰い人になったと思っていたのだけど。

「混血」だとか「スリザリンの恥さらし」だとか聞こえる。
……この人たちは私の母について絡んできたわけではないらしい。いや、混血ということは一応私の母も関わっているけど。

ぼーっと眺めていると唐突に水浸しになった。ローブが重い。
(うわ、びしょ濡れだ)と思い少し焦るけど持ち物は全てポーチのなかにいれているから問題ないだろう。
これは少し困るなあ、とひとりごちながらローブの裾を絞る。けど、まあ正直に言えばどうでもいい。どれほど暴言を吐かれようと。殴られようと蹴られようと。
そりゃ、痛いのはいやだけど。別に死なないし。そういえば私ってなんで死んだんだっけ?ああ、そういえば確か……。うん?靄がかった思考を辿るけど私には何も思い出せない。そのことに微かないらだちを覚える。忘れることは嫌いだ。

眉をよせて考え込んでいると急に胸ぐらを掴まれる。どうやら無視されるのが気にくわないらしい。「なにシカトしてんだよ!」とか言っているけど別にお互い関わりたくないなら関わる必要はないと思うのだ。だってこの人たちだって“混血“には関わりたくないだろうし。
私だってただ同寮の先輩というだけで肩をいからせて人の血統について喚く人間とかかわる趣味はない。
これならレイブンクローの先輩と“見えるものと見えないもの“について話す方が有意義だ。そういえばあの先輩は今も夜中に“ピクシーの女王“をさがしているのだろうか。
卒業後、あの人が結婚して子供が生まれたときいたときは驚いた。
会った旦那さんとはホグワーツ生だったときに何度か話したことがあったからもっと驚いた。

じっと先輩方の目を見つめながらもんもんと出会いを振り返っていると「気持ち悪いんだよ!」と叫ばれ突き飛ばされた。咄嗟に手を地面に着くとぬかるんでいた。不快さに眉を寄せて逆の手で杖に触れて乾かした。土も自身も。
このぐらいなら何とか無言呪文でもできる。だってあの不安定なご時世を生きたんだ。こんな簡単な魔法を無言呪文でするだなんて最低限のことだろう。人によっては杖なしでだってできる。

ふと、草の踏む音が聞こえる。さきほどまでの湿った土の匂いはとっくにどこかへ行ってしまった。代わりというように秋らしい涼しい風が頬を撫でる。草原の香りが鼻腔をくすぐる。
先輩方のうざったいコロンを上書きするように。

誰かが近づいてきたのがわかった。

たなびくローブの隙間から深緑のネクタイが見えた。スリザリンの生徒か。
それだけ確認して(今って何時だろうか)と考えた。そろそろ授業が始まる時間のはずだ。
今来たスリザリン生が何やら先輩方に言ったらしく去っていく。
それを確認して私は自分のローブについた泥を払う。サッサッとローブを掠めた手に泥がつく。当たり前のことだけどやっぱり不快だ。

呪文を唱える声と共に急に全身から砂や泥が離れ地面へと散る。私は、おそらく私に対して魔法を使い清めてくれたのであろう人物の胸元へと視線を送る。
ぴっしり一番上まで止められたシャツからして先ほどやってきたスリザリン生だろう。

「大丈夫ですか?」
「えっと、何がですかね?」
「……何って……だって君、酷いことを……」

戸惑いがちに紡がれた言葉に私は首を傾げた。

ひどいこと?
そうか、私はひどいことをされたのか。確かに水浸しにされたのは困るし焦ったものな。
うんうんと頷く少女に引き気味なスリザリン生のことを見てみようと私は顔を上げて驚愕した。自身の目が見開かれるのがわかる。

そのスリザリン生の背中越しに見えるのは星座。散りばめられた星々は黒い。
黒くそれでいて鮮烈に輝く星はブラック家の特徴。
ただ、それはいい。一つ大問題があった。うしかい座である。
そう、彼の背負う星座がうしかい座なのである。

だったらなんだと思われるかもしれないが問題はうしかい座がどうこうではない。私の知る限り彼の背負う星座は『獅子座』であった。
そう、星が変わったのである。
そんな前例聞いたことがない。星にまつわる本はそれこそ星の数ほど読んだが背負う星が変わったなんて……(まず背負っている星が見える人が稀であるが)聞いたことも見たこともなかった。

ああ、長い前髪でよく見えない。星が見えない。もっとちゃんと見たい。
……寮の自室に戻ったら切ろうかな、と予定をたてながら見つめていると居心地悪そうに目前で立ち竦んでいた先輩が口を開いた。

「あー、その、災難でしたね。僕は……」
「……レギュラス・ブラック」

つい口から漏れる。
知っているのだ、私は。この人の名前を。
背負う星の名を受け継いだ人。レグルスの名を持つ人。黒く輝く星が示すのは獅子座で最も輝く全天21の一等星の一つ。しし座のα星『Alpha Leonis』とマグルに名づけられた星……だったはず。

だって覚えている。初めて見たときの衝撃を。黒く輝く星なんてそれまでの人生で聞いたことはあれど見たことはなくて。興味深くて。なのにどうしてどうして彼が背負うのはアークトゥルスなのだろう。相変わらず黒く輝く星は見事で、なんなら過去に見たときよりも強く輝いてはいるけど。
言葉を遮られたことに微かに眉を寄せた先輩が薄い唇を歪めた。

「よくご存じですね。あなたは…何と?」
「……」

取り繕うようなその様子をじっと見つめて口を開く。いつもは返事なんて面倒だけど、でも。
(この人の星はどうして変わったのだろうか?)
私はこの人に興味があるのだ。

「エスター・キャンベル。私の名前はエスター・アウローラ・キャンベルといいます。レギュラス・ブラック先輩」

先輩は少し困惑した様子で小さく漏らす。

「キャンベル……聞いたことがない……いやでもどこかで聞いたことがあるような……」
「レギュラス・ブラック先輩。私、純血じゃありませんよ」

おおかたスリザリンによくある家の名から純血かどうか名家かどうかの推測モードだろうとあたりをつけてそれだけ言う。でも私の名字なんて聞いたことがあるわけない。

「私、そろそろ次の授業がありますので。レギュラス・ブラック先輩も急いだほうがいいですよ」

と言いながら踵を返して次の授業へと向かった。私の次の授業は変身術。遅刻してしまって厳しいマクゴナガル先生を怒らせ、罰則を申しつけられてはごめんである。だって今日の一番星が見れないかもしれないのだから。
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