紅茶とクッキー

一度だけ、香介を伴わずに家を訪れたことがある。
家主の弟は驚いた顔をして、意外そうな声を隠しもせずに、一人でも来れるんだな、などと呟いていた。

「別に、四六時中一緒なわけじゃないよ」
「それもそうか」

そう頷いたくせに、その後もてなされたお茶には、二人のときは出されたことのないお茶請けが添えられていた。この場の誰にも似合わない、甘い香りのするクッキー。

「…おつかいが成功した子どもへの歓迎みたいに感じるんだけど」
「何なら手土産のひとつも用意してやるぞ」
「これと同じものかい?」

調理実習の成果を山程献上された日々が頭をよぎる。

「今日のことが秘密じゃないなら、話すきっかけにでもすればいい」

ゆらりと笑って、返事も聞かずに用意された手土産は想像に反して、透明なタッパーに飾り気なく詰められていた。わざとらしいくらいの素っ気なさに、固い意志さえ感じるのは自惚れだろうか。

「俺は企業的なものじゃないから、セキュリティはゆるゆるなんだよ」

穏やかな笑みに返す言葉が見つからず、出された紅茶に口をつける。
砂糖もミルクも入っていない紅茶は少し苦くて、なるほど、だから甘いクッキーが添えられているのかと、妙に納得した。

どちらかに例えるなら、彼は明らかに。

「弟なら、もっと甘やかされてもよさそうなものだけどね」
「精神年齢を見られるんだ」
「あぁ、確かに老成してる」

思わず笑うと、むっとしたように眉を寄せて、皿からひとつクッキーをつまんだ。

「あんたは妹らしく、甘やかされればいいと思うぞ」

視線に促されるまま口に運んだお菓子は優しく、甘っちょろい同居人にも食べさせてやりたいと思ってしまう。
あたしの思考も、存外甘っちょろい。

それを肯定したのは、このクッキーか、それとも。


 ≪fin.≫
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